ページトップへ戻る

Volume 26, No.4 Pages 368 - 371

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

長期利用課題報告1
メガバール超高圧物質科学の展開
Material Science at Mbar Pressure

清水 克哉 SHIMIZU Katsuya

大阪大学 基礎工学研究科附属極限科学センター 超高圧研究部門 KYOKUGEN, Graduate School of Engineering Science, Osaka University

Abstract
 本研究は、メガバール(=1 Mbarは、106気圧=100万気圧)を超える圧力領域の物質科学を新展開させると同時に、これまで為し得なかった物質創造に挑戦する、科学研究費補助金(特別推進研究)「超高圧力下の新物質科学:メガバールケミストリーの開拓」(H26~30)の研究推進に不可欠な超高圧力下の構造科学の推進を目的としている。これは、実験責任者がこれまで発展させてきた高圧力下の物質研究を強化して、超高圧の世界に隠されている新奇物性を解き明かし、新現象や新物質を創成し、革新的な材料開発につながる新しい固体物理の構築につなげることを目指したものである。
Download PDF (1.22 MB)
SPring-8

 

1. はじめに
 メガバールを超える高圧力の領域では、単純に原子間距離を縮めて結晶構造が変化するといっただけの変化に留まらず、それ以下の圧力では考えられなかった変化を生み出すことが、これまでの研究からも考えられるようになってきた。メガバールの超高圧力によっていわば「化学」操作を行うことで、物質科学および材料開発における新たな知見を創成する可能性を持つと考え、課題名のように「メガバールケミストリー」と呼ぶことにした。圧力下において非金属体が金属化する圧力誘起金属化や、非超伝導体が超伝導体化するなどの効果を明らかにしてきた。しかし、メガバール領域では典型的な金属と考えられるリチウムが絶縁体化する(T. Matsuoka and K. Shimizu: Nature 458 (2009) 186)などの発見に至り、メガバールの超高圧力は、もはや単純に原子間距離を縮めるだけの効果ではなく、電子軌道を変化させ、原子のネットワークを組み替え操作する「超高圧化学」すなわち、メガバールケミストリーの領域に入ろうとしていると着眼して本研究課題を立案した。
 本長期利用課題の期間において、研究対象は3項目「金属水素」、「超高圧発生」、「高温超伝導」とした。これらは超高圧力下という条件であっても、物質の存在形態に対する普遍性や可能性の追求であり、基礎科学、惑星宇宙学、科学技術、物質科学に対して明瞭な結果を与え得ると考えている。
 項目1「金属水素」は、室温超伝導体と期待される固体金属水素の探索に加えて、関連する軽元素の超高圧相およびそれらの化合物の高圧相を追求。項目2「超高圧発生」は、新規形状のダイヤモンドアンビルを設計・作成して「金属水素」の探索を現実化させる。項目3「高温超伝導」は、硫化水素とその周辺物質において超伝導を探索し、結晶構造と超伝導性を明らかにする。

 

 

2. 主な研究成果
 研究対象とした項目ごとに実施経過とその結果を示す。
〇項目1「金属水素」
 固体水素の加圧実験環境の確立を目指し、超高圧力の発生技術は格段に進歩し、固体金属水素への挑戦に必要な開発要素はほぼ達したといえる。残念ながら、研究期間において水素を十分に加圧することはできなかったが、かつての2014B期からの長期利用課題において達成した流体水素の金属状態の生成手法である、ダイヤモンドアンビル中に封入した水素へのレーザー加熱法は、後に述べる項目3の「高温超伝導」に積極的に応用し、170万気圧までの広い圧力領域で活用できる水素化技術としてほぼ確立できた。ダイヤモンドアンビル内に電極を導入することで、より直接的に水素の伝導度を測定する試みも実施した。これは、項目2の「超高圧発生」に詳しく記述する。

〇項目2「超高圧発生」
 ダイヤモンドアンビルの先端をトロイダル型形状に設計して作成して、達成圧力限界の拡張を引き続き目指した。先端部分の圧力だけでなく、先端周辺の圧力分布の解析、X線透過率測定によってダイヤモンド先端形状の変形挙動を詳細に分析するなどして、超高圧力発生に最適な形状を探索した。その結果、これまでの形状では発生が困難であった400万気圧を超える発生に成功した。トロイダル型は、同様に400万気圧の発生が可能とされる2段式アンビル法と比べて電極の挿入が比較的容易と思われる。水素の封入には未だ困難があり、水素への応用には至らなかった。トロイダル形状アンビルへの電極挿入の試験として、元素の中で超伝導転移温度が最も高いカルシウム(29 K)の超伝導検出に応用し、200万気圧以上でその超伝導を検出することに成功した。トロイダル形状のアンビルを用いた世界初の超伝導検出により、固体水素の加圧のための重要な実験要素を確立したといえる。

〇項目3「高温超伝導」
 2015年にEremetsらが発見した、硫化水素(H2S)[1][1] A. P. Drozdov, M. I. Eremets, I. A. Troyan, V. Ksenofontov and S. I. Shylin: Nature 525 (2015) 73-76.を出発物質とした200 Kの超伝導の再現実験と結晶構造解析を、2018B期の長期利用課題で世界に先駆けて明らかにした[2][2] M. Einaga, M. Sakata, T. Ishikawa, K. Shimizu, M. I. Eremets et al.: Nature Physics 12 (2016) 835-838.。より高い転移温度を持つ水素化物の探査には、(1)H2Sから高温超伝導相H3Sへ構造変化する過程などの、超伝導物質生成過程の計測(放射光X線回折と電気抵抗との同時測定)、(2)ドーピングや元素置換、(3)出発物質の選択を含めた他の合成手法の探索、(4)他の元素の水素化物の合成などが必要であり、これらを実施した。
 以下に(1)~(4)の結果を示す。
 (1)H2Sは低温での加圧により長周期構造を失い、その後再秩序化してH3Sとなっていることが実験的に明らかとなった。第一原理計算を用いた硫黄−水素系の安定構造を調査し、50-70 Kの超伝導となるH5S2が変化過程で出現することを予測した。これは実験結果を非常によく再現した。
 (2)硫化水素超伝導体の超伝導転移温度の上昇を目指して、リンの化学ドーピングを試みた。硫化水素をリン共存下で低温加圧し、電気抵抗測定と放射光X線回折実験を行った。その結果、他の理論グループが提案している280 Kの超伝導は観測されなかったが、硫化水素がリン共存下でも単体の場合と同様に超伝導体となることを確認した。これを理論的に検証するために、スーパーセル法を用いてホールドープしたH3Sの超伝導を調べたところ、超伝導転移温度に大きな変化は見られず、他の理論グループが予測した大幅なドーピング効果を否定した。
 (3)単体の硫黄(S)と水素(H2)の混合物からH3Sを合成することに成功した[3][3] H. Nakao, M. Einaga, M. Sakata, M. Kitagaki, K. Shimizu et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 88 (2019) 123701.。図1の内挿図に示すようにSをH2が封入される試料室をブリッジするように配置し、150 GPaまで加圧した後にレーザー加熱を行った。同時に計測した電気抵抗が大きく変化し、H3Sの合成を強く示唆するX線回折ピークが現れた。この回折線から、直接合成されたH3Sは、従来のH2Sを加圧して得られたものよりも結晶性が高いことがわかった。その後冷却して得られた超伝導転移もシャープであることがわかった。この合成手法は、理論提案された水素化物の合成において多くのグループによって利用され、さらに多くの超伝導水素化物の合成に導いたといえる。

 

図1 硫黄と水素からの直接合成により合成されたH3Sの超伝導転移。内挿図は加圧および加熱前の試料室の顕微鏡写真。SはH2が封入される試料室をブリッジするように配置され、金電極に接触している。黒線と赤線はそれぞれ冷却と昇温過程の電気抵抗の温度変化を示す。これには金電極の電気抵抗の線形の温度変化を含んでおり、それを差し引くと200 Kに超伝導による電気抵抗の変化が観測される。

 

 

 また、アルミニウム水素化物(AlH3)を水素発生源に用いて、ランタン水素化物の高温高圧合成に成功した。図2に150 GPaの圧力下において、レーザー加熱を行った際の抵抗変化と、加熱前後の試料写真を示す。加熱時には試料抵抗は上昇を見せるが、これは温度上昇による抵抗上昇である。レーザーの出力を上げていくと、加熱前の抵抗値に戻らなくなり、これにより反応が起きたことが示唆される。加熱後の試料を冷却して超伝導性を調べたところ、純水素を用いた合成手法と比較して、低い超伝導転移温度が観測された。水素源から分解したAlが不純物として影響している可能性が示唆された[4][4] M. Sakata, M. Einaga, M. Dezhong, T. Sato, S. Orimo et al.: Superconductor Sci. and Technol. 33 (2020) 114004.

 

図2 ランタン水素化物の高温高圧合成。レーザー加熱時の抵抗変化(左)、加熱前後の試料写真(右上)とその説明図(右下)。ランタン試料は水素発生源となるAlH3をブリッジするように置かれ、加熱にともない試料の電気抵抗は上昇を見せるが、2.8 kWまでは試料の温度上昇によるものと思われる。レーザーの出力を上げていくと、3.3 kWでの加熱中に電気抵抗が上昇し(内挿図)、その後2.5 kWの加熱を数回続け、大きく上昇した後に加熱を停止した。その後は加熱部分の試料の色が黒く変わり、加熱合成がされたことを示唆している。

 

 

 (4)白金水素化物(PtH)の合成に成功した。これは水素供給源としてアンモニアボラン(NH3BH3)を用いている。単体水素を使うより簡便であり、多くの水素化物合成で利用されている。さらに、35万気圧で約12 Kを観測し、マイスナー効果も確認できた。この超伝導体が六方晶の結晶構造を持つPtHであることを、X線回折測定により明らかにした。遷移金属水素化物の超伝導転移は、パラジウム水素化物の超伝導転移以来、約40年ぶりの発見となった。
 新規な金属水素化物Li5MoH11の圧力誘起超伝導を発見した[5][5] D. Meng, M. Sakata, K. Shimizu, Y. Iijima, H. Saitoh et al.: Phys. Rev. B 99 (2019) 024508.。これはMoを中心に9個の水素原子が配位する高水素化物といえる。水素の電子軌道に由来する価電子帯を持っており、固体金属水素で実現されるのと同様な超伝導性が期待されたものである。高圧力下電気抵抗測定から、100万気圧の高圧力下で約5 Kにおいて超伝導を発見した。転移温度は高くはないが、水素由来の超伝導の可能性として注目される(図3)。

 

図3 金属水素化物Li5MoH11の160 GPaにおける超伝導転移。外部磁場の印加によって転移が低温側にシフトしていくのがわかる。Moを9個の水素原子が囲んで配位した[MoH9]3-イオンが格子をなす高水素化物の超伝導である。

 

 

3. まとめ
 以上をまとめると、100万気圧を超える超高圧力状態(メガバール)の安定な生成とその極限状態での新たな物質科学の展開を行った。300万気圧以上の発生を達成し、同時に超高圧で誘起される新物性の発見および新物質の合成法の開拓に寄与することができたといえる。特に、室温に迫る高い温度で超伝導を示す水素化物系の高温超伝導の探索研究が急加速した。超高圧力を発生し利用する技術を拡張したことで、物質科学に多くの可能性を与えたといえる。究極の挑戦項目であった固体水素の金属化と室温超伝導の実現には到達しなかったが、水素化物においては室温超伝導体の実現がより現実的になったといえる。
 水素は扱いにくい物質である。可燃性ガスであるなどの高い反応性の他に、高い圧縮率、接触する容器や加圧器のダイヤモンドを脆化させるなど、高圧下の実験には高い技術が必要である。本研究を通じて、これらの現象を一つずつ克服した材料選択と封止技術の開発が同時になされた。高密度の水素の生成、水素を多く含む物質の合成を可能にしたことは、将来の高密度の物質科学の発展の基礎となり、ここに科学技術的価値があると考える。また、新物質の結晶構造の情報は不可欠であり、水素化物の高い超伝導転移の解明に留まらず、室温超伝導への超伝導体の開発指針を示すものである。

 

 

4. 今後の課題
 本研究期間のうちに、目標に挙げた3項目のうち項目1の「金属水素」が未達成である。項目3の「高温超伝導」に注力した結果といえるが、これは特別推進研究の最終評価においても同様な観点から同様に評価がなされている。メガバールケミストリーの推進は、同時にメガバールテクノロジーの発展すなわち基盤技術をいかに構築するかにかかっている。以上の研究の実施経過をうけ、引き続き科学研究費補助金(基盤研究S)「水素化物の室温超伝導化とデバイス化の研究」(R2~6)が採択された。これにより、メガバールを用いた高温超伝導体の合成手法の開拓、さらに産業化への基盤技術として、デバイス化を目指した研究へと展開している。

 

 

謝辞
 本研究は科学研究費補助金 特別推進研究(26000006)の助成を受け、SPring-8/BL10XUにおいて長期利用課題(2018A0149~2019B0149)により行ったものである。

 

 

 

参考文献
[1] A. P. Drozdov, M. I. Eremets, I. A. Troyan, V. Ksenofontov and S. I. Shylin: Nature 525 (2015) 73-76.
[2] M. Einaga, M. Sakata, T. Ishikawa, K. Shimizu, M. I. Eremets et al.: Nature Physics 12 (2016) 835-838.
[3] H. Nakao, M. Einaga, M. Sakata, M. Kitagaki, K. Shimizu et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 88 (2019) 123701.
[4] M. Sakata, M. Einaga, M. Dezhong, T. Sato, S. Orimo et al.: Superconductor Sci. and Technol. 33 (2020) 114004.
[5] D. Meng, M. Sakata, K. Shimizu, Y. Iijima, H. Saitoh et al.: Phys. Rev. B 99 (2019) 024508.

 

 

 

清水 克哉 SHIMIZU Katsuya
大阪大学 基礎工学研究科附属極限科学センター 超高圧研究部門
〒560-8531 大阪府豊中市待兼山町1-3
TEL : 06-6850-6675
e-mail : shimizu@stec.es.osaka-u.ac.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794