ページトップへ戻る

Volume 26, No.4 Pages 452 - 455

3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

利用系活動報告
放射光利用研究基盤センター タンパク質結晶解析推進室 測定技術開発チーム
Activity Reports – Experimental Instrumentation Team, Protein Crystal Analysis Division

長谷川 和也 HASEGAWA Kazuya

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター タンパク質結晶解析推進室 Protein Crystal Analysis Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

Download PDF (2.14 MB)
SPring-8

 

1. はじめに
 構造生物学分野においては構造研究の目的が多様化し、①膜タンパク質など良質な結晶を得ることが困難な試料の構造解析、②薬剤探索などを目的とした迅速自動構造解析、③生理条件下での構造解析、④反応の過程を追跡する時分割構造解析、⑤活性に重要な役割を果たす水素原子を可視化する高精度構造解析などが求められている。これらのニーズに対応するため、タンパク質結晶解析推進室 測定技術開発チームでは2本の共用ビームラインBL41XU・BL45XUの維持管理・利用支援に加えて、80%を共用に供出しているBL26B1(理研ビームライン)の利用支援を行っている。本稿では、これらのビームラインの運用と、ユーザー支援に資する測定技術開発について紹介する。

 

 

2. ビームラインの運用
 BL41XUは、高強度X線を利用した膜タンパク質などの高難度試料の構造解析に用いられてきた。次に述べるビーム性能がほとんど同じBL45XUの運用開始後は生理活性温度での構造解析や時分割構造解析のための環境整備を進めている。自動化に向かない実験にも対応し、例えば、ヘリウムパスを利用して極低角反射の回折測定を行い、膜タンパク質の膜貫通部位をとり囲むリン脂質を可視化する研究などにも用いられている[1][1] Y. Norimatsu et al.: Nature 545 (2017) 193-198.。また実験ハッチが2つあり、下流側にある実験ハッチ2は波長0.7~1.9 ÅのX線を用いた回折実験(通常モード)、上流のハッチ1は波長0.35~0.6 ÅのX線を用いた回折実験(高エネルギーモード)に利用されている。このような高エネルギーX線を用いた回折実験ができるタンパク質結晶解析ビームライン(PX-BL)は、国内ではBL41XUだけであり世界的にも珍しい。後述するように分解能0.8 Åを超えるような構造研究などに利用され[2][2] Y. Hirano et al.: Nature 534 (2016) 281-284.、BL41XUの特徴の1つとなっている。
 BL45XUは、2019年に運用が始まった最新のPX-BLであり、全てのビームタイムがZOOシステム[3][3] K. Hirata et al.: Acta Cryst. D75 (2019) 138-150.を用いたメールインによる自動測定で運用されている[4,5][4] タンパク質結晶解析推進室:SPring-8/SACLA利用者情報 24 (2019) 468-470.
[5] 馬場清喜、水野伸宏:日本結晶学会誌 63 (2021) 216-218.
。ビームサイズ5~50 μmの高強度ビームを利用できることから、高難度試料の低品質結晶から回折能の高い水溶性タンパク質の結晶まで幅広いターゲットの自動測定が可能である。アカデミックユーザーに加えて、国内外の企業による利用が多いこともこのビームラインの特徴である。
 BL26B1では、偏向電磁石ビームライン(BM-BL)の自由度を生かし、挿入光源ビームライン(ID-BL)では実施しにくい室温測定や汎用的な高分解能測定などに対応している。活性部位の化学状態を同定するための可視紫外顕微分光法と組み合わせた回折実験も可能である。また、我々の技術開発にも利用されており、ここで開発した技術をID-BLに展開する流れとなっている。
 なおこれらビームラインの性能諸元は次のサイトを参照されたい。
 http://bioxtal.spring8.or.jp/ja/blinfo/SPring8_PX_beamlines.pdf

 

 

3. 自動化・ハイスループット化のための技術開発
(1)サンプルチェンジャー
 自動測定の基盤となるのがサンプルチェンジャーである。SPring-8のPX-BLのサンプルチェンジャーはSPACEと呼ばれ2000年代初頭に開発された[6][6] G. Ueno et al.: J. Appl. Crystallogr. 37 (2004) 867-873.。その後継続的に高性能化され、最新型のSPACE-II(図1)は、測定済みの試料を下ろすアームと新しい試料を載せるアームの2本のアームを備えることで1サイクルの動作での試料交換を実現し、交換に要する時間を60秒から16秒にまで短縮している[7][7] H. Murakami et al.: Acta Cryst. D76 (2020) 155-165.。2017年にビームタイムの逼迫していたBL41XUで開発され、その後BL45XUを含む3本のPX-BLに導入されている。

 

図1 サンプルチェンジャーSPACE-II

 

 

 試料交換の高速化やピクセルアレイ検出器(PAD)の導入による測定時間の短縮、ZOOシステムによる測定の効率化に伴い、BL45XUでは1つのサンプルの測定が5分程度で終了する。しかし、SPACE-IIには、16個の測定試料を装着したサンプルカセットを8個しか搭載することができないことから、8~10時間に一度はスタッフによるサンプルカセットの交換が必要になり、高効率な自動測定を実施する中でボトルネックとなっている。これを解決するために、SPACE-IIに搭載されたサンプルカセットを自動交換するためのサンプル交換システムの開発も進んでいる。このシステムは、最大42個のサンプルカセットを液体窒素中に保管するサンプルカセットストックと、そこからサンプルカセットを搬送する多軸ロボットから構成される。多軸ロボットによるサンプルカセットのハンドリング技術は既に完成され、ZOOシステムと組み合わせたテストも始まっている。来年度には自動交換を用いた3日間程度の連続自動運転を開始する予定である。
 この他、ゴニオメータに載せた凍結結晶に付着している霜を除去するための液体窒素滴下装置も開発し、ZOOシステムに組み込んで運用している[8][8] Y. Nakamura et al.: Acta Cryst. F76 (2020) 616-622.

 

(2)プレート回折法
 プレート回折法は、タンパク質の結晶を析出させる結晶化プレートのままX線を照射し回折データを測定する手法である。このための専用の回折計と最大54枚のプレートを保管するプレートストッカー、さらにプレートを回折計まで搬送する多軸ロボットをBL26B1に整備している。
 この方法は、100 K以下の凍結状態で行う通常の回折データ測定に比べてX線損傷の影響が大きいものの、抗凍結剤への浸透や凍結作業が不要であることから実験効率が良いというメリットがある。そのため、結晶化ロボットを用いて大規模結晶化スクリーニングで得られた結晶からのデータ測定に特に威力を発揮する。これまでに初期スクリーニングで得られた結晶からデータ測定を行い、構造解析の成功に至った例もある。数ミクロンの微小結晶のデータ測定を行うためBL45XUへの導入も進んでいる。

 

(3)遠隔実験
 JASRI情報処理推進室の協力によりリモートデスクトップ方式の遠隔実験システムを立ち上げ、2020年度よりBL41XUとBL45XUでの運用を開始した。PX-BLでは2010年より遠隔実験システムの運用を実施してきた(遠隔実験システムver1.0)[9][9] G. Ueno et al.: AIP Conference Proceedings 1741 (2016) 050021.。このシステムでは遠隔実験専用のソフトウェア(SP8Remote)をユーザーのPCにインストールして実験を行っていたが、オンサイト実験で提供しているソフトウェアの一部が利用できなかった。新しい遠隔実験システム(遠隔実験システムver2.0)ではver1.0で培ったビームライン現場での安全を担保できる仕組みを受け継ぎつつ、リモートデスクトップNoMachinehttps://www.nomachine.com)を用いることでオンサイトの実験とほぼ同じ環境で実験することができるようになった[5,10][5] 馬場清喜、水野伸宏:日本結晶学会誌 63 (2021) 216-218.
[10] 水野伸宏、熊坂崇:SPring-8/SACLA利用者情報 26 (2021) 265-267.
。コロナ禍で来所困難なユーザーが存在する中、新しい利用形態として活用されている。

 

 

4. 構造ダイナミクス・高精度構造解析に向けた開発
(1)生理活性温度でのデータ測定
 放射光ビームラインにおけるタンパク質結晶の回折データ測定は、ほとんどの場合X線照射損傷を低減するために100 K以下の極低温で行われる。しかしながら、ある種のタンパク質では凍結状態と非凍結状態で活性部位の構造が異なる報告もされており、近年、非凍結状態での構造解析が注目されている。Humid Air and Glue-coating method(HAG)法は、ポリビニルアルコール(PVA)などのポリマーで包埋した結晶に調湿気流を吹き付けることで非凍結状態の回折実験を実現した我々独自の測定手法である[11][11] S. Baba et al.: Acta Cryst. D69 (2013) 1839-1849.。吹き付ける調湿気流の温度を変える技術も開発し(図2)[12][12] S. Baba et al.: J. Appl. Crystallogr. 52 (2019) 699-705.、それを利用してSACLAを用いてチトクロムC酸化酵素の中間体を捉えることにも成功している[13][13] A. Shimada et al.: Sci. Adv. 3 (2017) e1603042.。また、結晶によっては吹き付ける湿度を最適化することで品質を大幅に改善することが可能であり、Post Crystallization Treatment技術としても利用されている。PVAが抗凍結剤として働くため最適湿度で結晶を凍結することも可能であり、非常に多機能な測定技術である。BM-BLを用いて開発されたこの技術は、現在BL41XUへの導入が進んでいる。

 

図2 HAG法のために開発した調温調湿装置

 

 

(2)微小結晶解析・時分割測定
 Serial Synchrotron Rotation Crystallography(SS-ROX)法は、サンプルループで多量の微小結晶を含んだ懸濁液をすくい上げ、それを回転させながら網羅的にX線を照射して回折データを取得する測定手法であり、XFELのSerial Femtosecond Crystallography(SFX)法の成功を受けて放射光ビームラインで開発された。我々もこの手法に着目し、luciferin regenerating enzyme(LRE)の水銀誘導体結晶の異常分散を用いた構造解析により、試料を回転しながら測定する本手法は回転のない場合に比べて構造解析に必要な試料の量を1/10以下に減らせることを示した[14][14] K. Hasegawa et al.: J. Synchrotron Radiat. 24 (2017) 29-41.。さらに上述のHAG法と組み合わせることで微小結晶の室温回折データ測定を実現し[15][15] K. Hasegawa et al.: Acta Cryst. D77 (2021) 300-312.、時間オーダーの遅い反応のダイナミクス研究も行われている。
 また、サブミリ秒の時分割構造解析を行うために、SACLAの時分割実験で実績のあるSFXインジェクターの導入や、少ない試料での時分割実験を目指した固定ターゲットシリアル法用の試料ホルダの作製などをBL41XUで進めている。反応開始に使用するナノ秒波長可変レーザーの整備も進み、これを用いた実験が試行的に2021A期より開始した。急速凍結による中間体捕捉のための技術開発にも取りかかり、そのための専用の試料準備設備をBL41XUの実験ハッチ2の下流に整備中である。

 

(3)超高分解能構造解析
 タンパク質の中には回折分解能が0.8 Åを超える非常に良質な結晶が得られるものがあり、そのような試料では機能に関わる水素原子や、活性部位の原子の電荷を正確に決めることができる。このような超高分解能構造解析には波長の短いX線を利用することが有利であり、BL41XUの実験ハッチ1にその環境を整備し、昨年度末にはEIGER2 X CdTe 4M検出器も導入されている(図3)。高エネルギーX線への感度が高くダイナミックレンジの広いこの検出器は、超高分解能データ測定に適しており、今後のユーザー利用の広がりが期待できる。また、高エネルギーX線利用の利点を生かすために、34.56 KeVにK吸収端をもつXeを用いた多波長異常分散法(Multi-wavelength Anomalous Diffraction method:MAD法)の汎用化などの技術開発も進めている[16][16] N. Mizuno et al.: J. Synchrotron Radiat. 20 (2013) 999-1002.

 

図3 EIGER2 X CdTe 4M検出器

 

 

5. 今後の展開
 クライオ電子顕微鏡の単粒子解析法による構造解析の技術革新、高精度構造予測プログラムAlphafold2の出現により構造生物研究を取り巻く環境は大きく変わりつつある。今後は、良質な結晶が得られれば迅速に正確な構造を実験的に決めることができる放射光X線結晶解析法の利点を生かし、以下のテーマに取り組んで行きたい。①測定試料の調製や解析をミッションとする結晶解析チームと連携し、結晶化から解析までのパイプライン化を実現すること、②SPring-8次期計画を見据え、ピンクビームを用いたより短い時間分解能での時分割構造解析を実現すること、③2021B期より試行運用が始まった共用のクライオ電子顕微鏡と連携し、双方の長所を生かした構造生命科学の基盤を構築すること。これらの実施にあたっては、これまで同様に理研RSC生物系ビームライン基盤グループと協力しながら進める予定である。

 

 

 

参考文献
[1] Y. Norimatsu et al.: Nature 545 (2017) 193-198.
[2] Y. Hirano et al.: Nature 534 (2016) 281-284.
[3] K. Hirata et al.: Acta Cryst. D75 (2019) 138-150.
[4] タンパク質結晶解析推進室:SPring-8/SACLA利用者情報 24 (2019) 468-470.
[5] 馬場清喜、水野伸宏:日本結晶学会誌 63 (2021) 216-218.
[6] G. Ueno et al.: J. Appl. Crystallogr. 37 (2004) 867-873.
[7] H. Murakami et al.: Acta Cryst. D76 (2020) 155-165.
[8] Y. Nakamura et al.: Acta Cryst. F76 (2020) 616-622.
[9] G. Ueno et al.: AIP Conference Proceedings 1741 (2016) 050021.
[10] 水野伸宏、熊坂崇:SPring-8/SACLA利用者情報 26 (2021) 265-267.
[11] S. Baba et al.: Acta Cryst. D69 (2013) 1839-1849.
[12] S. Baba et al.: J. Appl. Crystallogr. 52 (2019) 699-705.
[13] A. Shimada et al.: Sci. Adv. 3 (2017) e1603042.
[14] K. Hasegawa et al.: J. Synchrotron Radiat. 24 (2017) 29-41.
[15] K. Hasegawa et al.: Acta Cryst. D77 (2021) 300-312.
[16] N. Mizuno et al.: J. Synchrotron Radiat. 20 (2013) 999-1002.

 

 

 

長谷川 和也 HASEGAWA Kazuya
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター タンパク質結晶解析推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : kazuya@spring8.or.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794