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Volume 26, No.3 Pages 335 - 336

5. 談話室・ユーザー便り/USER LOUNGE・LETTERS FROM USERS

SPring-8ユーザー協同体(SPRUC)四季報
SPRUC Communications

木村 昭夫 KIMURA Akio

SPring-8ユーザー協同体(SPRUC)会長/広島大学 大学院先進理工系科学研究科 Graduate School of Advanced Science and Engineering, Hiroshima University

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SPring-8

 

1. はじめに
 分野融合については、これまでSPRUCを中心に進めておりますが、ここにきて仕切り直しが必要になってきたようです。今後どのように進めていくかについては次号以降に記したいと思います。異分野を跨いだ研究を進めるには、異なる研究分野の方々との対話が必要になると思います。むしろ、最初から意識してそのような研究が生まれることは稀なことなのでしょう。私自身は物性物理学の分野で研究をしていますが、新型コロナウイルスが発生する前には、異分野の研究者の方々との対話の機会があり、そこから時折、気付きを得ることがありました。ここ数年、国内外で異常気象による災害が数多く報告されるようになりましたが、その中でも地球の赤道域で発生するエルニーニョ現象は日本を含め世界中の異常気象の要因となり得ると言われています。このエルニーニョ現象ですが、赤道付近で東に一方向に流れる気流「ケルビン波」が原因と考えられているそうです。その「方向を変えない強固な気流」がトポロジカルな現象であると指摘した研究が2017年に発表されました[1][1] P. Delplace, J. B. Marston, A. Venaille: Science 358 (2017) 1075-1077.。トポロジカルという言葉は、馴染みのない方が多くいらっしゃるかも知れませんが、物性物理学分野ではトポロジカル物質が10年位前から盛んに研究されるようになり、私自身の研究対象でもあります。10年前はトポロジカルという言葉がセンセーショナルで、全く新しいものという捉え方が蔓延しておりました。しかし、2016年のノーベル物理学賞で、その概念がすでに80年代にはできていたということに気付かされるのです。1980年にVon Klitzing博士らにより整数量子ホール効果が発見されました[2][2] K. v. Klitzing, G. Dorda and M. Pepper: Phys. Rev. Lett. 45 (1980) 494-497.。そもそもホール効果は、磁場中では電流と磁場に直交した方向に起電力が発生する現象として知られていますが、整数量子ホール効果はその直交した方向に生じるホール伝導度が飛び飛びの値を取る量子化現象です。この発見後、理論研究者によって、その整数値がトポロジカルな性質からきていることが明らかにされました[3][3] D. J. Thouless, M. Kohmoto, M. P. Nightingale and M. den Nijs: Phys. Rev. Lett. 49 (1982) 405-408.。その中のお一人がThouless博士で、2016年にノーベル物理学賞を受賞されました。これだけ述べると、基礎物理学の中に閉じた話に感じられる方も多いと思いますが、話はここからです。整数量子ホール効果でも一方向に流れ、不純物などに散乱されない電流(エッジ電流)があります。磁場をかけると電子はローレンツ力で回転運動し、あたかも陽子の周辺を回転する原子に舞い戻ったかのようになり、絶縁体化します。しかし、試料の端では電子は円軌道を形成することができず、電流が一方向に流れるというものです。ケルビン波では、外部磁場により電子が受けるローレンツ力を、地球のコリオリ力に置き換えて考えると同じ数学構造で理解できるというものだそうです。その意味では、地球そのものをトポロジカル絶縁体として捉えることができると考えられます。このようなトポロジカルな理由でケルビン波も天候や様々な障害物があるにも関わらず赤道という地球の境界で流れ続ける気流となるのだそうです。この話をお聞きし、とても興味深いと思いました。ここでは、これを細かにお伝えしたいということではなく(その割には紙面を費やしてしまいましたが)、異分野の方々との対話によって、新たな発想が生まれてくるということです。先の話は、単なる数学的な一致に満足するというものにも感じられますが、ケルビン波の起源がわかることで地球温暖化の問題解決にもつながるはずと想像を膨らませています。
 分野融合を考える際に、企業における研究開発も視野に入れる必要があります。私もこの立場になって気付かされたことも多いのですが、「産業は学問の道場である」という言葉に代表されるように、やみくもに製品開発をするよりも、学理に基づいて行う必要があるということは、これまでも実証されているようです。その中で、分野融合というものが、企業にとっても、なくてはならないというものなのかも知れません。企業理念もここ10年で変わってきたと思います。最近、日用品大手のユニリーバのCEOを務めたPolman氏のインタビューを聞く機会がありました[4][4] "Ex-Unilever CEO: Climate action will unlock economic growth" (https://edition.cnn.com/videos/tv/2020/03/03/paul-polman-unilever-corporate-action-climate-change-aman.cnn)。17の項目を含む持続可能な開発目標、いわゆるSDGsは2015年に国連サミットで採択されたものですが、ユニリーバはその随分前から、企業概念に取り込んでいたとのことです。当時は、「なぜ森林破壊を心配するのか?」「なぜ国連に出入りするのか?」などと皮肉や疑念の声が絶えなかったということですが、Polman氏は強い信念でそれを進めてきたということです。今ではSDGsが設定され、様々な企業がそれに参入しているわけですが、ユニリーバはいち早く「地球そのものをステークホルダー(利害関係者)」として扱うようなビジネスモデルを示したのです。企業にとって、SDGsのために投資は必要ですが、長期的に見ると企業の成長を促すものであるという認識のようです。先日のBLsアップグレード検討ワークショップでも施設側から提示されたプランはSDGsに基づき、よりプロダクティブな研究支援体制を作るというものでした。たとえば、使い捨てのプラスティックの代わりとなるリサイクル可能な材料の探索・開発など色々あるようです。材料探索・開発の観点では、人工知能や機械学習なども関わってきて、まさにDXを活用したビームラインの開発が必要ということになってくるでしょう。ユニリーバは想像力と深い信念で持ってSDGsが設定される前に、ユニークなビジネスモデルを立てていたわけですが、我々ユーザーも、10年後20年後の研究モデルを設定し、現在に「照らし戻す」ことが必要になってきたということなのかも知れません。

 

 

2. SPring-8シンポジウム2021の開催
 SPRUCの重要な活動の一つとして、SPring-8シンポジウムが挙げられます。今年は記念すべき10回目となりますが、昨年に引き続き、オンラインを主体としたハイブリッド形式の開催が決まりました。昨年は1日だけの開催でしたが、今年はSPring-8やSACLAで行われた成果報告も含め2日間の開催となります。昨年は「ポスト・コロナ時代のSPring-8利用」と題して開催したわけですが、そこで色々なことを学びました。この機会に実験のリモート化を進め、より効率の良い成果創出の環境作りをしていくことが必要であるとのメッセージがありました。また、このことで、普段放射光に近寄れなかったユーザーの敷居を下げることにもつながり、新たなユーザー開拓も可能であるというものでした。構造生物学の分野では、すでに10年以上前からリモート化を進めていて、昨年のシンポジウムではその経験や今後の進め方について関係者の方々から教えていただきました。今年は、いっそのこと将来像を設定し、そこから現在に照らし戻して「今我々は何をすべきか」を問う機会にしようという声が上がりました。将来像には当然、リモート化、DX、AIなどが関わってきます。また、欧米の動きにも目をやると、コロナをきっかけにリモート化が急速に進んでおります。先ほども述べましたが、新しい研究、とりわけ分野を跨ぐような研究を進めるには、異分野の方々との対話や情報収集が必要だと思います。このシンポジウムでは、新たな気付きの場になるとともに、会員の皆さんの将来像をSPring-8のそれに射影してみていただければと思います。ぜひ、たくさんの会員の方々にご参加いただき、有意義な議論ができる機会になることを切に願っております。

 

 

 

参考文献
[1] P. Delplace, J. B. Marston, A. Venaille: Science 358 (2017) 1075-1077.
[2] K. v. Klitzing, G. Dorda and M. Pepper: Phys. Rev. Lett. 45 (1980) 494-497.
[3] D. J. Thouless, M. Kohmoto, M. P. Nightingale and M. den Nijs: Phys. Rev. Lett. 49 (1982) 405-408.
[4] "Ex-Unilever CEO: Climate action will unlock economic growth" (https://edition.cnn.com/videos/tv/2020/03/03/paul-polman-unilever-corporate-action-climate-change-aman.cnn)

 

 

 

木村 昭夫 KIMURA Akio
広島大学 大学院先進理工系科学研究科
〒739-8526 広島県東広島市鏡山1-3-1
TEL : 082-424-7400
e-mail : akiok@hiroshima-u.ac.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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