ページトップへ戻る

Volume 26, No.2 Pages 124 - 132

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

長期利用課題報告3
先端X線分光法を用いた分子地球化学的研究によるサステナブル科学への貢献
Contribution to Sustainable Sciences by Molecular Geochemistry using Advanced X-ray Spectroscopy

高橋 嘉夫 TAKAHASHI Yoshio

東京大学 大学院理学系研究科 Graduate School of Science, The University of Tokyo

Abstract
 ひたすら発展を続けてきた人類は、ここにきて地球環境・資源・食糧などの観点から、人間平等という原則を堅持しながら持続可能な社会を実現するという困難な課題に直面している。環境資源科学・地球科学において、試料中の元素から先端X線分光法により得られる原子分子レベルの分子地球化学的情報は、環境中での物質移行・元素サイクルを解明する上で最も基盤的な情報となる。この情報を各元素の化学的性質に基づいて系統的に解釈することは、ここで着目する試料についてだけでなく、様々な環境における元素の挙動の物理化学的予測につながるため、先端X線分光法で分子地球化学的情報を得ることの波及効果は極めて大きい。ここでは、高エネルギー領域でのマイクロ/ナノXRF-XAFS-XRD法、高エネルギー分解能を持つ波長分散型検出法や超伝導転移端検出器(TES)の応用、X線マイクロCTと分光法の複合利用などの先端X線分光法を発展させ、様々な研究対象に応用して得た持続可能な社会の確立に関わる大気化学、資源化学、環境化学(サステナブル科学)に関する研究成果を紹介する。
Download PDF (3.05 MB)
SPring-8

 

1. はじめに
 サステナブルな社会の実現は人類最大の課題であり、特に地球・環境科学においては、地球環境問題の実態解明・対策や新たな資源開発による資源の長期的利用への貢献が重要となる。このような中で我々のグループでは、原子分子レベルの化学素過程の解明を基に地球表層で起きる環境挙動・物質循環に関する研究を進めてきた。こうした化学素過程の解明は、有害元素の挙動(環境問題)、有用元素の濃集現象(資源科学)、気候変動問題(大気科学)などの多くの問題の理解・解決の基盤になると共に、よりよい環境修復法の開発にも必須な情報となる。
 我々は、天然試料分析、室内模擬実験、有害元素除去法開発などの様々な研究に対してSPring-8における種々のX線分光法を適用し、化学素過程解明に基づく環境化学・物質循環・資源化学の研究を進め(=分子地球化学[1,2][1] 高橋嘉夫:分子地球化学、名大出版会 (2021).
[2] 高橋嘉夫:地球化学 52 (2018) 1-28.
)、多くの成果を得てきた(関連論文280編以上(うちSPring-8利用論文110編以上)、総被引用件数(Web of Sci.)7000件以上、h-index 46、教科書出版[1][1] 高橋嘉夫:分子地球化学、名大出版会 (2021).など)。またこれらの研究の多くは、SPring-8利用によってのみ可能となる高エネルギー領域のXAFSを利用した化学種解明などの新規性の高い手法を利用することで可能であった。特にSPring-8におけるX線分光分析分野では、硬X線では世界最高レベルの100 nmオーダーの微小X線ビーム(マイクロ/ナノビーム)を利用した蛍光X線(XRF)分析や顕微X線吸収微細構造(XAFS)分析が可能になるなど、多くの技術革新が進んでいる。本課題の目的は、これら最先端マイクロ/ナノX線顕微分光法を発展・応用し、環境・資源関連試料が内包する化学素過程の情報を明らかにし、サステナブル科学の進展に寄与することにある。

 

 

2. 本研究で用いた手法とその応用分野
 放射光マイクロ/ナノビームを用いたXRF検出による元素マッピング法および局所XAFS法は、環境試料中の微量元素の元素マッピング分析法や局所化学種分析法(ここではこの手法全体をマイクロ/ナノXRF-XAFS法とする)として有効である。一方、このようなマイクロ/ナノXRF-XAFS法において最大の課題は、目的元素のXRFに対するそれ以外の元素のXRFや散乱X線の干渉である。例えば、頻繁に利用される4−20 keVのエネルギー範囲に限ると、これら試料中では通常軽い元素ほど濃度が高いため、このエネルギー範囲にK吸収端・K線がある元素(Ca~Zr)が、より濃度が低くこの領域にL吸収端・L線がある元素(Sn~U、希土類元素(REE)含む)のXRF-XAFSの測定をしばしば妨害する。この問題を解決するため、本研究では世界的にも殆ど例のない、(1)より高エネルギー領域のX線マイクロ/ナノXRF-XAFSと、(2)超伝導転移端検出器(TES)を用いた蛍光XAFS分析に取り組んだ。またその他の取り組みとして、従来の、(3)蛍光分光XAFS法および(4)X線マイクロCT分析についても、新たな工夫を加えて分析法の確立と応用を進めた。

 

(1)高エネルギーX線マイクロ/ナノXRF-XAFS
 BL37XUに導入された、40 keV以上のX線を100 nm程度まで集光できるKirkpatrick-Baez(K-B)mirrorを用いて作成したマイクロビームを用いて、主に天然試料中の希土類元素(レアアース、REE)のXRFマッピング・XAFS・局所定量分析を行った。この手法によってK吸収端・K線を利用したREEの分析に着目することで、L吸収端利用では主要元素の妨害を受けるREEの局所分布・化学種解析が可能になると共に、同じ試料に対して10 keV以下のK吸収端・K線(鉄など)の分析が可能になった。
 このような広いエネルギー範囲を利用する場合、注意すべき点がある。20 keV以上のX線の利用では高次光の影響はないが、20 keV以下のX線をSPring-8でのマイクロ/ナノXRF-XAFSに利用する場合、高次光の除去が必要となる。高次光除去にはX線ミラーを利用する場合が多いが、20 keV以下と以上で高次光除去ミラーを抜き差しすると、K-Bミラーに入るX線の位置が動くので、マイクロ/ナノX線を同じセットアップで利用できなくなる。さらにBL37XUでの37.7 keV以上および13 keV以下のX線の分光には、それぞれSi(111)面とSi(511)面は利用できない。そこで本研究では、40 keV以下と以上でそれぞれSi(111)の1次光および3次光を利用し、20 keV以下での高次光除去にはミラーを使用せず、二結晶の平行性の調整(detune:この平行性への依存性が1次光と3次光で異なることを利用)で対応する手法を考案した。こうした工夫により、同じセットアップを用いて幅広いエネルギー範囲でのマイクロ/ナノXRF-XAFS実験を実現した。これまで低エネルギー側と高エネルギー側で別々のセットアップで実験を行ってきたが、分析点の探索を2度行う必要があり、試料損傷の影響も増加し、効率が悪かった。本手法は、幅広いエネルギーを対象とするマイクロ/ナノXRF-XAFS分析の高効率化と試料損傷低減に貢献し、実際的なメリットが大きい。

 

(2)超伝導転移端検出器(TES)を用いた蛍光XAFS分析
 本課題では、環境試料中の微量元素のマイクロ/ナノXRF-XAFS分析のために蛍光分光法を利用し、多くの結果を得てきた。しかしこの方法では、比較的高濃度に目的元素を含む参照試料を用いて分光結晶の調整を行うが、実試料では試料中の目的元素の発光点が参照試料とは異なることが影響するためか、分光結晶の最適位置が変化する上、目的元素が低濃度であるため、分光結晶の調整に6−12時間程度を要する場合が殆どであった。また、一度分光結晶を調整すると、対象元素が限られるため、他元素まで含めた分析をする上では効率が非常に悪い。これらの問題を一挙に解決できる手法として、これまで硬X線への本格利用がなかった高エネルギー分解能を持つTESを応用した。ここではTESの高いエネルギー分解能(6 keVでのエネルギー分解能が5 eV程度)を利用し、REEなどの第6周期元素のL線と干渉する遷移金属のK線を分離して、XRFマッピング・XAFS分析を行うことができた。ここでは、立教大・首都大(現都立大)・理化学研究所が共同で維持しているNIST製の240素子TESを用いた。これらの手法が有効であることが示せれば、マイクロ/ナノXRF-XAFS法の弱点であったXRFへの他元素のXRFや散乱X線の干渉問題を解決し、検出下限を大幅に下げられ、超微量元素へのマイクロ/ナノXRF-XAFS法の適用範囲が飛躍的に拡大し、関連分野の発展に大きく貢献できる。

 

(3)蛍光分光XAFS法の利用
 蛍光分光XAFS法において、試料からの蛍光X線を分光結晶で分光し、微量元素の蛍光X線のみを測定する検出器と、分光結晶を経ずに直接試料を見込む検出器の2系統を同時に用いることで、目的とする微量成分のXRFとその他の元素のXRFを同時検出することを可能にした。

 

(4)X線マイクロCT分析の効率的計測
 X線マイクロCT分析において、試料を連続回転し信号を取り込むことで測定の高速化を実現し、XAFS-CTを数時間以内(従来法の半分以下の測定時間)で測定することが可能になった。

 

 これらを応用した具体的研究として、(1)福島第一原発事故由来の放射性核種の挙動解明、(2)レアアースなどの有用元素の濃集過程解明、(3)エアロゾル中の鉄などの元素の化学種解析に基づく元素の供給源の解明とその地球環境への影響評価、(4)よりよい有害元素除去法の開発などに関する研究、などを進めた。以下ではこれらの研究のハイライトをいくつか紹介する。

 

 

3. 研究成果の紹介
3-1. 先端X線分光法による福島第一原発事故由来のセシウム含有微粒子(CsMP)の分析
 現在日本が直面する最大の課題である福島第一原発事故により大量の放射性セシウムが環境中に放出され、その一つの形態として、放射性セシウムが高濃度に濃集した数ミクロン以下のCsMPが発見された[3,4][3] Y. Igarashi, Y. Takahashi et al.: J. Environ. Radioactivity 205-206 (2019) 101-118.
[4] F. Chen, Y. Takahashi et al.: J. Environ. Radioactivity 196 (2019) 29-39.
。この粒子は、ガラス質のSiO2を主成分とし、球形で直径が数ミクロン、放射能が数ベクレルであった。その後、福島第一原発事故により近接した地域で報告された粒子は、同様にガラス質のSiO2を主成分とするが、サイズが数百ミクロンで数百ベクレル程度の放射能を持つ[3,4][3] Y. Igarashi, Y. Takahashi et al.: J. Environ. Radioactivity 205-206 (2019) 101-118.
[4] F. Chen, Y. Takahashi et al.: J. Environ. Radioactivity 196 (2019) 29-39.
。これらはそれぞれType-AとType-BのCsMPと呼ばれ、明確に異なる134Cs/137Cs比を持ち、Type-Aは2または3号機由来(以下、2/3号機由来と表記)であり、Type-Bは1号機由来であることが確実である。また大きさと形状の違い、および各号機からの放出時期の違いは、Type-AとType-Bの微粒子の地理的な分布の違いを生んでいる。これら粒子の特徴の差異は、最終的には生成過程や炉内状況の違いなどを反映すると考えられるが、どちらの粒子についても報告された粒子の数自体がまだ少ない。そこで我々は、これら粒子を効率的に分離する方法を開発し、SPring-8における最先端X線分光法を適用することで、多数の新たな知見を得た[5-7][5] H. Miura, Y. Takahashi et al.: Geochem. J. 52 (2018) 145-154.
[6] Y. Kurihara, Y. Takahashi et al.: Sci Rep. 10 (2020) 3281.
[7] H. Miura Y. Takahashi et al.: Sci. Rep. 10 (2020) 11421.
。CsMPを多量に含む福島県内各地の道路粉塵から70個以上のCsMPを分離し、本研究での分析に供した。こうした多数のCsMPに対して研究を進めた例はこれまでなく、本研究はCsMP研究に重要な革新をもたらす。関連するマイクロX線CT法や波長分散型の蛍光分光マイクロ/ナノXRF-XAFS法を用いた研究成果を以下に述べる。

 

[研究1:マイクロX線CTを用いて得たCsMPの空隙率とその生成過程の研究]
 研究1では、マイクロX線CTを用いて各CsMP粒子の有効体積(空隙を除く)を求め、放射能との関連を示した。分離したCsMP粒子は、外形820 μm・内径600 μmのポリイミドチューブに入れ、試料回転台に鉛直方向に固定する。この透過像を1周約1分で3600枚(2048 × 2048ピクセル)CMOSカメラで取得した。空間分解能は0.65 μmである。試料によっては、FeのK吸収端周辺での100点程度のエネルギーで画像取得を行い、Fe化学種の3次元マッピングも実施した。
 福島県内の道路粉塵などから単離したCsMPのType-AとType-Bの粒子についてX線マイクロCT分析を行った。予備的な走査型電子顕微鏡(SEM)とエネルギー分散検出器(EDS)による測定から、これらはSiO2を主成分とするシリカ粒子で、Feや亜鉛(Zn)を多く含むことが分かった。この結果から、X線CTに用いるエネルギーとしては、FeやZnの3Dマッピング像取得のため、7.100 keV、7.131 keV(FeのK吸収端の前後)および9.600 keV、9.800 keV(ZnのK吸収端の前後)で取得した。図1には、Type-B粒子の測定の結果、得られた球形(試料名:F14-F22)および非球形(F13-F30-2)の粒子に関して、Feの3次元マップを含むX線CTの結果を示した(2Dでは白く光る部分、3Dでは赤い部分)。このようにFeはCsMP内部で濃集して存在することが分かった。また、図1の例とは異なるが、特に球形のType-B粒子で多くの空隙があることが分かった。ImageJ[8][8] T. J. Collins: BioTechniques 43 (2007) S25.により適切な閾値を設定し取得したCT像を2値化することで、正確な体積と空隙率の計算を行った。また、外形の体積を穴埋めした画像で求めた。これらの差分として得られる各粒子の空隙を含まない体積と、別途求めた各粒子の137Cs放射能との関係を調べた(図2)。その結果、放射能とCsMP体積は、Type-A粒子、球形のType-B粒子、非球形のType-B粒子の3つで独立の直線関係を持つことが分かった。これは、137Cs放射能濃度(体積濃度)は3つで異なり、それぞれ独立のプロセスで生成したが、Type-A粒子、球形のType-B粒子、非球形のType-B粒子の各カテゴリーに含まれる多数のCsMPは、同じ物質から同様の形成過程で生成したことを示唆する。Type-AとType-B粒子の137Cs濃度は明確に異なり、前者が後者の1万倍程度の137Cs濃度を示し、それぞれ2/3号機と1号機という異なる由来を持つことと整合的である。前者は、揮発性の高い137Csを多く含む気体の凝結で生成した(小さなサイズ・球形と整合的)が、後者は溶融したSiO2137Csが溶け込んで生成したと考えると、その濃度差が説明可能である。

 

図1 放射性Cs粒子Type-BのCTの結果。

 

図2 CsMPの体積と137Cs放射能の関係。Type-AとType-Bでは、137Cs濃度が約1万倍異なることが分かる。

 

 

[研究2:蛍光分光・2系統マイクロ/ナノXRF-XAFSによるCsMP中の揮発性/難揮発性元素やウランの分析]
 研究1でCsMPの空隙率・体積とCs濃度には明確な関係があることが分かったので、球形で数μm以下のType-A粒子は大気中で揮発成分の凝結から生成したと考えられるが、50 μmを超えるType-B粒子は溶融体の冷却で生成したと考えられる。このうち球形のものは溶融物が自由空間で冷却したもの(飛沫の冷却など)、非球形は何らかの固相表面で冷えたものと予想される。これらType-AとType-Bの違いは、Type-Aは屋根が保持され微小空隙から水蒸気などと共にCsMPが放出された2号機と、屋根が失われた状態で粗大粒子も外部に放出可能であった1号機との違いによると考えられる。この違いは、各粒子における揮発性元素濃度の違いや、諸元素の酸化還元状態の違いに現れると考えられる。そこで、マイクロ/ナノXRF-XAFSを用いた他元素の相対濃度分析や、蛍光分光XAFSによるウラン(U)の高感度XAFS分析を行った。
 分離したCsMP粒子について、K-Bミラーで得られた300 nm程度のX線ビームを用いたXRFマッピングを用いて、ルビジウム(Rb:揮発性元素)やストロンチウム(Sr:難揮発性元素)の分布を得た。Uでは、UのLα線(13.5 keV)がRbのK線(13.4 keV)やSrのK線(14.1 keV)と近接しているため、通常の半導体検出器などによる検出は困難であった。そこでここでは、XRF検出用の半導体検出器と試料の間に湾曲したSi結晶を用いたラウエ型分光結晶(Bent Crystal Laue Analyzer:BCLA;Oxford Danfysik社製)を配置し、干渉するX線を低減させ、目的とするUのLα線を検出した。入射光として300 nm程度の微小X線を用い、XRFをBCLAで分光測定しながら試料を2次元で走査し、Uの濃集部を探索し(図3)、UのLIII吸収端XANES(蛍光分光XANES)を得た。

 

図3 BCLAを使用して検出したU Lα線像を吸収端前後で得た差分から得たUのXRFマッピングおよびXRFスペクトル。

 

 

 得られた様々な元素のマッピング像のうち、XRFが検出器と試料との関係で陰になる部分で、10 keV以下のXRFを発する元素(Fe、Caなど)の信号強度は小さく、試料による吸収が問題となり、検出が困難であった。得られた様々な元素のマッピング像のうち、XRFが検出器と試料との関係で陰になる部分で、10 keV以下のXRFを発する元素(Fe、Caなど)の信号強度は小さく、試料による吸収が問題となり、検出が困難であった。そこでXRFが13 keV以上と比較的高いエネルギーにあり、100ミクロン程度の粒子では吸収率は20%以下で、またエネルギーがほぼ同程度のRbのK線(13.4 keV)とSrのK線(14.1 keV)の強度比を調べた。その結果、Rb/Sr比は揮発性が高い137Cs濃度とよく相関した(図4)。このRb/Sr比は、同じ溶融体を起源とするものの、急冷されたため揮発性元素の損失が小さいと考えられる球形Type-B粒子の方が高く、研究1で示したCs濃度・空隙率の関係とも整合的であった。

 

図4 137Cs濃度とRb/SrのXRF強度比の関係。

 

 

 蛍光分光で得た17200 eVでのUのXRF像(図3)では、U濃集部は不鮮明であったが、吸収端前後で得たXRF像の差分マップからはU濃集部が検出できた。ウランは数μm程度の濃集を示し、その部位のUのLIII吸収端XANES(蛍光分光XANES:16.835−17.155 keVのエネルギー範囲の106点で測定)からUの価数を推定したところ、Type-Aでは+6価が主であったが、Type-Bでは+4価と+6価の両方が見出された。このことはType-AのCsMPが2号機から気体として放出された直後の大気中の酸化的環境で凝集・生成した一方、Type-Bは1号機炉内の還元的環境で生成した後で水素爆発により外部に放出されたことを示唆する。

 

3-2. 幅広いエネルギー領域でのマイクロ/ナノXRF-XAFS実験:REE鉱床への適用
 REEは、様々な先端工業製品の光学的・磁気的性能を飛躍的に向上させるため、先端産業に必須な元素群(イットリウム(Y)、ランタノイドの15元素)である。その後、REE資源の備蓄や必要REE量の抑制、リサイクルの徹底などが進んだが、新興国の目覚ましい経済発展によるREEの世界的需要の増加とREE資源の地域的偏在性のため、REEは依然として最大のリスクを持つ金属資源である(英国地質調査所)。このような中で我々は、海底REE資源に比べて圧倒的に低コストな陸上REE資源として、総REE濃度が4000 ppmに迫るREEイオン吸着型鉱床を滋賀県で発見した。この発見を受けて本研究では、放射光分析による化学種解明に基づくREE蓄積機構の解明を進めた。特に高エネルギーマイクロ/ナノXRF-XAFS法では、REEの局所状態分析が可能になると期待される一方、FeなどのXAFSからはREEのホスト相の情報が得られる。
 REEを高濃度に含む風化花崗岩の両面研磨薄片を作成し分析に用いた。その際、放射光から得られる40−55 keVのX線を分光し、K-Bミラーで集光することにより、500−800 nm程度のX線マイクロ/ナノビームを得た。Si(511)利用の場合、40 keVおよび55 keVでの光子数はそれぞれ7 × 108 photons/sと9 × 106 photons/sであった。この55 keVまでのエネルギー範囲では、ランタノイド元素のうちジスプロシウム(Dy)のK吸収端までを対象にできる。また、広域のエネルギースキャンが可能な本システムの特徴を活かし、同じREE濃集部位のFeのXAFSから、REE濃集部の鉄の化学種(鉄を含む鉱物種)を同定した。
 54 keVの励起光でのマッピングによりYを含む各REEの濃集部位を探索した(図5)。今回同定した2つの部位では、ランタン(La)とYの比(La/Y比)が高い部位(図5のPoint2)と低い部位(Point1)が見出された。局所のEXAFS解析と同じ部位にCaが存在していることから、前者はリン酸塩粒子であることが分かった(図6)。後者のLaのEXAFSは、水和イオンと同様のスペクトルであり、REEが外圏錯体として粘土鉱物に吸着された状態にあると考えられた[9,10][9] M. Nagasawa, Y. Takahashi et al.: Chem. Lett. 49 (2020) 909-911.
[10] A. Yamaguchi, Y. Takahashi et al.: Geochem. J. 52 (2018) 415-425.
。この部位のホスト鉱物は、XRD分析からスメクタイトであることが推定された。ホスト相の同定は、REEイオン吸着型鉱床の形成機構解明において重要である。またこの化学種情報は、REEの効率的抽出法の開発においても重要で、本研究では同定した化学種に応じた抽出法の確立を進めている。陸上にあるイオン吸着型鉱床は、海底資源に比べて圧倒的に低コストで、その鉱床規模の見積もりなども容易であり、本研究の成果は「産業基盤技術の向上」に資する研究といえる。その他、類似の手法で陸上および海洋のREEなどの微量元素の資源に関する研究を本課題において多く展開した[11-14][11] H. B. Qin, Y. Takahashi et al.: Geochim. Cosmochim. Acta 257 (2019) 110-130.
[12] S. Yang, Y. Takahashi et al.: ACS Earth Space Chem. 3 (2019) 29-38.
[13] M. Tanaka, Y. Takahashi et al.: ACS Earth Space Chem. 2 (2018) 1187-1195.
[14] T. Kashiwabara, Y. Takahashi et al.: Geochim. Cosmochim. Acta 240 (2018) 274-292.

 

図5 54 keVで励起した場合の風化花崗岩試料中の局所部位のXRFスペクトルおよびそのXRF強度の2次元マップから得た各元素の元素マッピング。

 

図6 La濃集部位のK吸収端EXAFSの動径構造関数とその構造解析。

 

 

 また本実験で対象とするREE分析で利用する33 keV(LaのLα1)以上のエネルギー範囲と、使用する試料厚さ(300ミクロン以下)では、マトリクス元素による入射X線やREEのK線の吸収効果がほぼ無視できるため、適切な標準試料と比較することで、XRFによるREEの定量が可能である(図5)。この手法が確立されれば、従来の微量元素局所分析法であるレーザーアブレーションICP-MS法に比べて、空間分解能が高く、試料ダメージが圧倒的に小さいというメリットがあり、新しい微量元素局所分析法として大いに期待される。これらを含めて、高エネルギーマイクロ/ナノXRF-XAFS法は、まだ検討すべき点が多いが、高い将来性を持つ手法として非常に重要である。

 

3-3. TESを用いた硬X線領域の蛍光XAFS分析
 これまで蛍光XAFSの測定では、エネルギー分解能のあるケイ素やゲルマニウムを素子に用いた半導体検出器(SDD、SSD)で種々の元素のXRFや散乱X線を分離して検出し、高感度な分析を実現してきた。しかし、これらの検出器のエネルギー分解能は100−200 eV程度であり、多元素を含む環境試料・宇宙地球科学試料では元素間の干渉などで目的元素を検出できない例が多くあった。その場合、我々は分光結晶を用いて目的のXRFを分離する蛍光分光法を本課題でも実施してきたが、この方法は分光結晶の調整に多大な時間を要し、また対象元素を自由に選ぶことはできない。この点、TESは2−15 keVの範囲で極めて高い分解能(6 keVで5 eV程度)でX線を同時計測でき、殆どの系で相互の干渉なく特定の元素のXRFを検出できる強力な検出器である。そのためTESは、環境科学・宇宙地球科学試料やそれ以外の様々な分野でのXAFS法の適用範囲を大きく拡大できる検出器であり、今後放射光施設への常設などが大いに期待される。
 TESを用いた蛍光XAFS実験は、SPring-8 BL37XUで行った。TESとしてNIST製の240素子(X線吸収体はビスマス)の検出器を用いた。TESはビームタイムの10日前から冷却試験を行い、TESの環境および性能評価試験をリモートで実施し、ビームタイムの開始に合わせて極低温(~70 mK)で計測を開始した。総計数率の上限が2000 cps程度であるため、試料に入射するX線の強度を調整し、検出器に入るXRF・散乱X線強度をその制限以下に抑えた。XAFS測定に当たっては、~2 keV以上のX線パルスを素子ごとに保存し、波形に最適化フィルタをかけて各パルスのX線エネルギーを決め、各エネルギー当たりの単位時間当たりのパルス数を得た。
 今回用いた検出器の特性を明らかにするために、その基本的な特性評価を行った。これらの評価には、約60元素がドープされたSiO2ガラス標準試料(NIST-SRM610)を用いた。図7には、14 keVで励起して得られたSRM610のXRFスペクトルを示した。6−7 keV付近を拡大してみると、SDDでは分離不能なFeのKα線とREEのL線が明瞭に分離されると共に、FeのKα1線とKα2線が分離されていた。これらから、地球惑星科学試料で濃度が高い鉄が存在する場合でも、REEのXRFやXAFSが測定可能であることが示唆された。一方、計数率が増大した場合には、TESでは各パルスの処理に10 msec程度の時間を要するため、十分に低い死活時間で検出できる上限の計数率は、各素子当たり10 cps程度であると推定された。今回は240素子のTESを用いているので、これは2400 cps程度の計数率となる。実際にこの計数率以下では、Mn Kα線の半値幅を用いたエネルギー分解能は5−6 eV程度と見積もられたが、計数率が5000 cpsを超えた場合、エネルギー分解能は10 eVよりも悪くなった。このように、十分なエネルギー分解能を保つためには、計数率を低く抑えて測定をする必要がある。地球化学・環境化学試料の場合、5 keV以上の吸収端を持つ元素中では鉄が主要成分である場合が多いため、Feを励起する7.11 keV以上のX線を使う場合のTESの利用には、アルミなどによるFeのXRF強度の低減などの工夫を施す必要がある。

 

図7 NIST610(多元素混合標準ガラス:微量元素濃度500 ppm)の14 keV励起XRFスペクトル。

 

 

 TESの有効性を確かめるために様々な系でのTES蛍光XAFS分析を検討した。主なもの(カッコ内は研究のポイント)として、(i)エアロゾル中の微量金属元素の高感度分析(散乱X線との分離)[15-17][15] M. Kurisu and Y. Takahashi: Atmosphere 10 (2019) 76.
[16] M. Kurisu, Y. Takahashi et al.: ACS Earth Space Chem. 3 (2019) 588-598.
[17] S. Yamada, Y. Takahashi et al.: Rev. Sci. Instr. 92 (2021) 013103.
、(ii)鉄マンガン酸化物中のVやCrの化学種解析(妨害元素からの分離)、(iii)環境試料中の水銀の高感度な状態分析(高分解能XANES(後述))、(iv)福島原発由来Cs濃集粒子中のCsの化学種分析(妨害元素からの分離)、(v)コンドライト隕石(リュウグウ試料の模擬物質)中の微量元素の局所分布およびXAFS分析(妨害元素からの分離)、などが挙げられる。
 今後は、これらの研究をさらに発展させると共に、マイクロ/ナノXRF-XAFSにもTESによるXRF検出を適用し、超微量元素の局所状態分析を進めたい。また、XRFをその寿命幅を超えた高いエネルギー分解能で分析することで、従来よりも高いエネルギー分解能でXANESを得るHigh Energy Resolution Fluorescence Detection(HERFD)-XANESについてもTESが利用できるかを検討していく。HERFD-XANESの分析にもTESが有効であることが示されれば、その応用範囲は飛躍的に広がり、その著しい発展が望める。

 

3-4. バライトや層状複水酸化物への共沈・吸着を用いた放射性核種・有害元素の除去・固定化
 福島第一原発の廃炉作業を速やかに進めるためには、大量に蓄積した汚染水の処理や、廃炉作業に伴って排出される放射性核種の適切な処理・処分が極めて重要である。特に多核種除去設備(ALPS:高濃度の放射性物質を含む汚染水からトリチウム以外の放射性物質を低濃度まで除去する設備)の稼動以前に処理され貯蔵されている汚染水には、多くの放射性核種が残っており、多核種を簡便に除去できるシステムの構築が重要である。特に問題となり得る核種としては、Sr2+などの陽イオンや、IO3-やSeO42-などの陰イオンが挙げられる。本研究では、天然に普遍的に存在する極めて安定な鉱物であるバライト(BaSO4)が様々なイオンを取り込むことができる点に着目し、水への溶解性が高いイオンなどを水相から除去するためにバライト共沈法を用いることを着想した。その際、従来の炭酸カルシウムを含むセメントによる固化ではなく、アルミノケイ酸塩を主体とするジオポリマーによる固化が望ましく、バライトとジオポリマーの混合状態の解明などにX線マイクロCTやマイクロ/ナノXRF-XAFS法を適用した。またこれら分子レベルでの現象の理解に量子化学計算を適用した。
 様々なイオンの分配係数Kdを様々な元素について求めて、6配位のイオン半径に対してプロットした結果、Ba2+のイオン半径に近い大きさを持つイオンでKdが大きくなる傾向がみられ、除去が困難な核種(90Sr)を持つSrについて特に調べた。その結果、取り込まれたSrの局所構造は、硫酸バリウム中のBaとおおよそ類似した局所構造を持つことが分かり、バライト中のBaサイトの置換による安定的なSrの取込みが生じたことが裏付けられた。また、第一近接のSr-OとBa-Oの距離の違い(0.16 Å程度)は、2つのイオンのイオン半径の違いで説明可能であり、この近傍でバライトの構造はやや歪んでいる。このことは、対象イオンがより小さいとこの歪みも大きくなり、取り込まれたイオンの安定性・Kdが低下する原因と考えられる。これらのことは、上記に示したKdのイオン半径依存性の傾向を合理的に説明する。また、これらの傾向は、量子化学計算から推定した安定化エネルギーの計算からも支持された。一方、バライトの利点は、非常に溶解しにくいため、一旦除去した有害元素をそのまま地層処分に用いることができる点である。ただし、地下環境であり得る高濃度の炭酸イオンの存在下ではバライトが溶解する可能性があるため、ジオポリマーなどと固化する手法の開発が重要である。そこでバライト−ジオポリマー混合物を作成した結果、十分によく混合し間隙構造も見られないことをX線マイクロCTで確認すると共に、強度試験でも十分な性能を発揮した。そのため、バライト共沈で除去した放射性核種や有害元素に対して、ジオポリマー固化体の地層処分が有効と考えられる。これらの研究は、有害元素の新規除去法として有用であり、バライトを用いた共沈現象の実用化(商品化)も検討している。その他、関連する方法による放射性核種や有害元素の除去に関する研究を行った[18-23][18] S. H. Lee and Y. Takahashi: J. Hazardous Mat. 384 (2020) 121223.
[19] S. H. Lee and Y. Takahashi: Chemosphere 237 (2019) 124489.
[20] S. H. Lee, Y. Takahashi et al.: Chemosphere 211 (2018) 903-911.
[21] K. Tokunaga, Y. Takahashi et al.: J. Hazardous Mat. 359 (2018) 307-315.
[22] A. Yamaguchi, Y. Takahashi et al.: J. Radioanal. Nucl. Chem. 317 (2018) 545-551.
[23] K. Tokunaga, Y. Takahashi et al.: Chemosphere 266 (2021) 129104.

 

 

4. おわりに
 本研究では、主にXRF検出と蛍光XAFSに関して、より微小サイズのX線を用いて、より幅広いエネルギー範囲で、よりエネルギー分解能を高く、ということを目指した技術開発と、それを持続可能な社会の確立に関わる大気化学、資源化学、環境化学への応用を行った。人間平等という原則を堅持しながら持続可能な社会を実現するという困難な課題を解決するために、先端的なX線分光法を応用することは、放射光科学の重要性を広く知らしめることにもつながると期待している。

 

 

謝辞
 本長期利用課題(2018A0148~2019B0148、2018A0156~2019B0156)における研究の実施において多大なるご協力を頂いた、(公財)高輝度光科学研究センターの新田清文博士、関澤央輝博士に心から感謝致します。本研究の一部は、科研費(19K21893、19H01960、18H04134、18KK0296、17F17084、17F17332、17F17383)の助成を受けて行われました。

 

 

 

参考文献
[1] 高橋嘉夫:分子地球化学、名大出版会 (2021).
[2] 高橋嘉夫:地球化学 52 (2018) 1-28.
[3] Y. Igarashi, Y. Takahashi et al.: J. Environ. Radioactivity 205-206 (2019) 101-118.
[4] F. Chen, Y. Takahashi et al.: J. Environ. Radioactivity 196 (2019) 29-39.
[5] H. Miura, Y. Takahashi et al.: Geochem. J. 52 (2018) 145-154.
[6] Y. Kurihara, Y. Takahashi et al.: Sci Rep. 10 (2020) 3281.
[7] H. Miura Y. Takahashi et al.: Sci. Rep. 10 (2020) 11421.
[8] T. J. Collins: BioTechniques 43 (2007) S25.
[9] M. Nagasawa, Y. Takahashi et al.: Chem. Lett. 49 (2020) 909-911.
[10] A. Yamaguchi, Y. Takahashi et al.: Geochem. J. 52 (2018) 415-425.
[11] H. B. Qin, Y. Takahashi et al.: Geochim. Cosmochim. Acta 257 (2019) 110-130.
[12] S. Yang, Y. Takahashi et al.: ACS Earth Space Chem. 3 (2019) 29-38.
[13] M. Tanaka, Y. Takahashi et al.: ACS Earth Space Chem. 2 (2018) 1187-1195.
[14] T. Kashiwabara, Y. Takahashi et al.: Geochim. Cosmochim. Acta 240 (2018) 274-292.
[15] M. Kurisu and Y. Takahashi: Atmosphere 10 (2019) 76.
[16] M. Kurisu, Y. Takahashi et al.: ACS Earth Space Chem. 3 (2019) 588-598.
[17] S. Yamada, Y. Takahashi et al.: Rev. Sci. Instr. 92 (2021) 013103.
[18] S. H. Lee and Y. Takahashi: J. Hazardous Mat. 384 (2020) 121223.
[19] S. H. Lee and Y. Takahashi: Chemosphere 237 (2019) 124489.
[20] S. H. Lee, Y. Takahashi et al.: Chemosphere 211 (2018) 903-911.
[21] K. Tokunaga, Y. Takahashi et al.: J. Hazardous Mat. 359 (2018) 307-315.
[22] A. Yamaguchi, Y. Takahashi et al.: J. Radioanal. Nucl. Chem. 317 (2018) 545-551.
[23] K. Tokunaga, Y. Takahashi et al.: Chemosphere 266 (2021) 129104.

 

 

 

高橋 嘉夫 TAKAHASHI Yoshio
東京大学 大学院理学系研究科
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
TEL : 03-5841-4517
e-mail : ytakaha@eps.s.u-tokyo.ac.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794