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Volume 26, No.2 Pages 170 - 172

4. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

SPring-8利用研究課題審査委員会を終えて 分科会主査報告2 −散乱・回折分科会−
Proposal Review Committee (PRC) Report by Subcommittee Chair – Diffraction and Scattering –

舟越 賢一 FUNAKOSHI Ken-ichi

SPring-8利用研究課題審査委員会 散乱・回折分科会主査/(一財)総合科学研究機構 中性子科学センター Neutron Science and Technology Center, CROSS

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SPring-8

 

 散乱・回折分科会では、放射光X線の散乱や回折を利用する研究課題の提案に対して、課題採択とビームタイムの配分を行っている。本分科会が扱う研究分野は多岐にわたり、課題数も多いことからD1からD6までの6つの小分科を設置し、それぞれの小分科の審査委員により審査を行っている。本報告では、D1:無機系結晶、有機・分子系結晶、D2:高圧物性、地球惑星科学、D3:材料イメージング(CT、トポグラフィー等)、D4:非弾性散乱(コンプトン散乱、核共鳴散乱、高分解能X線散乱)、D5:高分子(蛋白質を除く)、D6:非晶質(準結晶、アモルファス、液体等)、低次元系、表面界面構造、ナノ構造、機能性界面・薄膜材料等、ホログラフィーの各小分科を担当した審査委員に小分科概要を分筆していただいた。

 

 D1小分科では、無機系結晶(D1a)と有機・分子系結晶(D1b)を対象として、X線回折を用いた構造解析に関わる課題を審査している。ビームライン(BL)としては単結晶構造解析(BL02B1)および粉末結晶構造解析(BL02B2)への申請課題と、硬X線を利用した構造解析の手法を利用する10を超えるBLが対象となる。この2年間で、D1小分科の申請がBL02B1とBL02B2以外のBLを選択する状況が後述する2つの要因で目に見えて増加した。1つ目の要因はPDF測定を目的とする申請が増えていることと関係している。SPring-8でPDF専用と銘打ったBLがないためか、様々なBLが申請されている。第1希望で多いのは、BL04B2、BL08W、BL44B2である。他にもBL02B2を選択する申請も複数存在した。もう1つの要因は、微小単結晶の構造解析を目的とする申請の増加である。これらの申請はこれまでほとんどBL40XUが選択されていたが、蛋白質構造解析BL(PXBL)を選択する申請が増えてきている。こうしたPDFと微小単結晶の申請の審査では、申請者が持っている情報が申請者によって異なっている印象を受けた。ほぼ同じ目的であっても第1希望のBLが申請者によって異なっていたためである。ユーザーの利用形態の広がりから、現在の分科の区分けとBLの区分けで、ユーザーが分科やBLを選択することが難しくなってきている。分科の再編やBLの再編が必要な時期に来ていることが強く感じられた。

 

 D2小分科では、高圧物性と地球惑星科学に関する研究課題を審査している。申請課題の8割以上が高温高圧(BL04B1)BLおよび高圧構造物性(BL10XU)BLを利用する高圧実験で、この他にX線回折(BL02B1、BL02B2、BL04B2)、イメージング(BL20B2、BL20XU)、非弾性散乱(BL35XU)のBLを利用する課題が申請されている。
 BL04B1では、大容量高圧プレスを使った地球科学分野の実験が主であり、高温高圧X線回折測定による状態方程式の決定や振動・変形実験の他、イメージング、超音波速度測定と組み合わせた複合測定などが行われている。一方、これまで申請が少なかった地球科学分野以外の課題では、新物質合成や圧縮特性の実験を中心に増加している傾向にある。高温高圧下の物質合成や物性測定は大容量高圧プレス実験の得意とするところであることから、今後も多様な分野にわたってニーズが広がっていくと思われる。
 BL10XUでは、ダイヤモンドアンビルセルを使った超高圧実験を軸として、レーザー加熱を組み合わせた高温高圧実験、冷凍機を組み合わせた低温高圧実験の他、ラマン散乱やメスバウアー分光を組み合わせた様々な複合測定が行われている。海外からの申請数が非常に多いのが特徴で(全体の5割以上)、中でも2019A期から本格参入してきた中国の北京高圧科学研究中心(HPSTAR)の申請数は全体の3割以上を占めており、競争が厳しい状況にある。これに対してBL10XUでは2019B期から制御系の自動化や測定の効率化を行うことで実施可能な課題数を増やす取り組みを始めている。1実験に必要なビームタイムが減少したことによって採択課題数は増加し、40%台であった採択率は、2021A期では60%台にまで上昇した。
 D2小分科全体として、この2年間の申請数は横ばい傾向であったが、新規の課題や若手・大学院生の課題が非常に少ない状況が続いている。高圧を中心とした極端条件の実験は敷居が高く、初心者は手を出しにくいと言われるが、新規の独創的・挑戦的な課題や将来を担う若手・大学院生の課題を増やしていくためには、何らかのエンカレッジ・サポートを導入するなどの対策が必要と思われる。

 

 D3小分科では、X線光学、材料科学、地球・宇宙科学、生物、法科学など広範の研究分野から課題申請があった。材料科学に関係する課題が最も多く、この2年間で研究分野の構成に大きな変化はなかった。申請課題の多くは、BL20B2、BL20XU、BL28B2、BL47XUでの実施を想定した投影および結像イメージング、トモグラフィー、トポグラフィーなどである。おおむね単色X線による広視野観察はBL20B2、高空間分解能・高時間分解能観察はBL20XUおよびBL47XU、ピンクビーム・白色X線・高エネルギーX線を必要とする観察はBL28B2という棲み分けがなされている。BL20XUには成果専有課題、長期利用課題、成果公開優先利用課題があり、一般課題については比較的に低い採択率で推移した。特に2021A期では新型コロナウイルス感染症の影響で2020A期に実施できなかった課題が生じたためか、一般課題の採択率が低くなった。他のBLでも期によっては採択率が低くなることがあり、これらはイメージングに対するニーズの高さを反映していると考えられる。2021A期以降、BL20B2の高度化などBLの運用効率が向上し、採択率の改善が期待される。
 課題内容では、静的観察から動的観察に主流が移りつつある。動的観察装置をX線光学系に設置して時間分解観察、in-situ観察、operand観察のデータを持ち帰る形態であり、今後もこの傾向が続くと考えられる。ただし、現状はユーザー側ニーズに対応したBL担当者の実験環境の整備に負うところが大きく、小分科のタスクから外れるが共通装置の導入や解析の標準化などの施策が潜在的ニーズや新規ユーザーの掘り起こしにつながると思われた。
 課題審査では、以前から指摘がある「実験室でも可能」や、「具体的な測定条件が不明」などの理由で評価を下げた課題があった。その中にはSPring-8で実施すべき課題もあったと思われる。専門外のレフェリーにも理解できる研究背景や具体的な実施内容に加えて観察条件などSPring-8の必要性を定量的に記述した申請書が求められる。適切なフィードバックになるように可能な限り、評価を下げた理由などを通知するように心掛けた。

 

 D4小分科では、非弾性散乱に関する課題を審査している。関連するBLは、2020年度以前の課題では、BL08W(コンプトン散乱)、BL09XU(核共鳴散乱)、BL35XU(高分解能非弾性X線散乱)などであったが、2021年度からは、BL09XUにおける核共鳴散乱実験がBL35XUに統合される。従って、BL35XUでは核共鳴散乱ユーザーと高分解能非弾性X線散乱が共存することとなる。採択率が著しく減少することが懸念されるが、理研BLであるBL19LXU、BL43LXUにおいて、一定数の一般課題を受け入れることで対応する。BL19LXU、BL43LXUはどちらも強力な挿入光源を持つBLであり、測定時間の短縮が期待できる。しかしながら、一般課題に割り振られるビームタイムは限られており、BL35XUについて課題採択率が今後どのように推移するかを注視する必要がある。
 近年の傾向として、BL08Wにおいては、> 100 keVの高エネルギーX線を用いて、電池内の元素分布を調べるコンプトン散乱イメージングといった課題が高い評価を受けている。BL35XUにおいては、高分解能非弾性散乱で言えば熱電素子内の格子振動に関する課題、一方、核共鳴散乱では生体試料内の分子振動に関する課題が多く、また評価も高い。いずれも測定法の特徴をいかしたユニークな課題であり、今後さらなる発展が期待される。

 

 D5小分科では、高分子溶液構造、高分子固体構造、集合体構造(会合体、ミセルなど)の小角散乱と広角回折の同時測定のテーマが大部分を占めたが、表面・界面に関する実験、マイクロビームの実験、短波長X線を利用したアモルファス構造解析実験、異常小角X線散乱実験も数は多くなかったが提案された。全体としてみると、これまでと大きな変化はなかった。良く言えば、安定している分科と言えるが、チャレンジングな課題が少なく、一応の成果が期待できるものが多かった。これはユーザーがBLの使い方を習熟して成果が出る実験をこなすようになったためと思われるが、一方では、SPring-8ならではの挑戦的なテーマが提案されることを期待したい。小角散乱BLの利用としては、BL40B2、BL40XUがほとんどであった。D5小分科は産業利用とも関連が深いが、産業界からの申請はほとんどなかった。これは、BL19B2やBL03XUなど産業利用BLや専用BLとの棲み分けがうまく進んでいるためと思われる。

 

 D6小分科では、非周期系(液体、アモルファス等)と、不均一系(表面界面構造、薄膜、ナノ構造など)に関する課題を中心に審査している。これらに加え、蛍光X線ホログラフィー、表面界面ホログラフィー、光電子ホログラフィーを測定手法とする課題の審査もまとめて担当している。本小分科の課題で従来利用されてきたBLはBL04B2およびBL13XUであるが、蛍光X線ホログラフィーにはBL37XUおよびBL39XU、光電子ホログラフィーにはBL25SUが利用される他、非周期系の全散乱測定におけるBL08Wや、小角散乱におけるBL40B2など、利用されるBLが分散する傾向が強まっており、小分科と利用BLの対応が明瞭でなくなってきている。
 蛍光X線ホログラフィーの課題は、平成26年度から平成30年度にわたって実施された科研費・新学術領域「3D活性サイト科学」にともなって、急速に増加したものであるが、光電子ホログラフィーの課題とともに、科研費のプロジェクト終了後3年を経過した現在もなお活発な申請が継続している。また、ホログラフィー課題だけに着目した採択率は、それ以外の課題と比べてほぼ同程度の水準である。このように、蛍光X線ホログラフィーのユーザー層がほぼ独立の1小分科を形成していると言って良い程度に確立しつつある一方で、BL13XUにおいては、従来の課題である表面界面、薄膜回折の課題申請が減少し、かつユーザーが固定化している傾向が見られている。この背景として、本来はもっと多いはずの表面界面・薄膜の解析に対するニーズが産業利用課題に集中しているのではないかという指摘があった。また、BL04B2においては、高度化による測定効率の向上などにより、期によって多少の増減はあるものの、概して競争率が低い状態が継続している。BL13XUやBL04B2におけるこのような状況に対しては、多様な研究を呼び込む取り組みや、新規ユーザーの開拓が一層重要と思われる。
 小分科での審査時に、2020A期からレフェリーコメントが詳しく記入されるようになり、レフェリーの考え方や専門性などが良く分かり、小分科における審査の精度と効率を高める上で非常に役立ったというコメントがあった。丁寧な審査をしてくださっているレフェリーの方々のご努力に深く感謝いたします。

 

 最後に、分筆いただいた、D1小分科の西堀英治先生(筑波大学)、D3小分科の安田秀幸先生(京都大学)、D4小分科の平岡望先生(台湾国立放射光科学研究センター)、D5小分科の金谷利治先生(高エネルギー加速器研究機構)、D6小分科の高橋正光先生(量子科学技術研究開発機構)の各先生方に感謝いたします。また、分科会委員やレフェリーの皆様、JASRIの関係者の皆様には、この場を借りて深く感謝いたします。

 

 

 

舟越 賢一 FUNAKOSHI Ken-ichi
(一財)総合科学研究機構 中性子科学センター
〒319-1106 茨城県那珂郡東海村白方162-1
TEL : 029-219-5300
e-mail : k_funakoshi@cross.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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