Volume 26, No.2 Pages 167 - 169
4. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
SPring-8利用研究課題審査委員会を終えて 分科会主査報告1 −生命科学分科会−
Proposal Review Committee (PRC) Report by Subcommittee Chair – Life Science –
SPring-8利用研究課題審査委員会 生命科学分科会主査/大阪大学 大学院薬学研究科 Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Osaka University
1. はじめに
2019年4月から2021年3月までSPring-8利用研究課題審査委員会生命科学分科会主査を務めたが、生命科学分科会に関する課題審査は、3つの小分科(L1、L2、L3)に分かれ、それぞれ、L1:蛋白質結晶構造解析、L2:生物試料回折散乱、L3:バイオメディカルイメージング・医学研究一般に分かれて担当した。
以下の報告は、L1小分科は井上が担当し、L2小分科は藤澤哲郎先生(岐阜大学)、L3小分科は毛利聡先生(川崎医科大学)にまとめていただいた。
2. 生命科学分科I(L1:蛋白質結晶構造解析)
L1小分科の応募状況や動向そのものは以前と大きくは変化がなく、測定の迅速化と自動化により、短時間の利用が増加し、採択率も高い水準で維持された。ユーザーも中国からの新規利用が一段落し、ユーザーの固定化が見られるが、自動測定のさらなる進展で新しい利用者が期待出来る。
生体を構成し、その生命機能に深く関わっているタンパク質の構造と機能の関係について複数の解析手法を用いて解明する「相関構造解析」と呼ばれる構造生物学研究が広がりを見せているが、結晶化が困難な試料であっても構造生命科学研究を飛躍的に発展させつつある高性能クライオ電子顕微鏡(CryoTEM)による解析法が急速に発展し、これをさらに加速しつつある。
日本医療研究開発機構(AMED)の創薬等先端技術基盤プラットフォーム(BINDS)では、CryoTEMを全国に配備して、これらを効率的に活用することを促すための「BINDSクライオ電顕共用ネットワーク」が2018年から運用されている。SPring-8もCryoTEMの供用利用が検討され、BINDSの電顕共用ネットワークに加わって、次年度からはクライオ電顕のビームタイムに関する審査もL1小分科で行われ、蛋白質結晶構造解析の分野で行われてきたPRCの審査制度と同様に数名のレフェリーによる評価を基に電顕利用のマシンタイムが決まる予定である。
L1小分科での審査で問題になっていることとしては以下の5つがあげられる。
i)PX-BLについては、2020A期採択課題は2021A期にも有効であったが、内容が重複する課題が59件中20件程度あった。申請から1年経過しており研究の進捗もあると想定され、そのまま審査を行っている。
ii)4名のレフェリーで評価が分かれる課題がかなり見られた。構造生物学と言っても、立場は様々で評価方法について意見が割れるのはやむを得ないが、極端なものについては分科会メンバーで補正を加えた。また、審査の考え方については、利用者情報誌で述べつつ、次のレフェリーにも一定の理解を求めたい。
iii)採択率が高いこともあり、申請書の内容が不十分なものが散見された。もちろんこれらは評価が低くなっているが、技術審査が適切に行えるような内容を求めたい。
iv)CryoTEMを含む課題の審査の進め方について検討が必要である。特にCryoTEMはPX-BL利用者にとっても親和性が高く、放射光と連携した利用を促せるような配慮を分科会としても検討したいと考えている。同時に、「相関構造解析」をさらに普及させ、bioSAXSの連携利用など、他分科との連携も今後さらに検討していく必要があると思われる。
v)大学院生による課題申請については、申請を活発化させる目的で一定の配慮を行ったが、まだまだ件数も少なく、今後さらに改善を加え、促進していく必要があると思われる。
3. 生命科学分科II(L2:生物試料回折散乱)
L2小分科の審査対象は、非結晶状態にある生体関連物質からの小角散乱・回折・反射に関する研究課題である。2019B期から2021A期までの統計としては、申請課題総数が55課題、採択課題総数が41課題であり、2021A期においてはコロナ禍の影響か申請・採択はほぼ例年の6割であった。
2019年度以降、BL45XUでの小角散乱の共同利用がなくなったため、使用するビームラインはほぼBL40B2とBL40XUの2つに集約された。近年はBL39XUなど他のビームラインとの併用した申請は少なく審査自体は単純であった。
アンジュレータ光を要する実験は、必然的にBL40XUに申請が集中した。採択された課題は、X線1分子追跡法による標的1分子の動態観察、筋肉のX線繊維回折という従来の延長線上の申請が多かった。これらの申請は、非常に質も高く、新規の申請と審査で差がついてしまい新たな課題が参入する余裕が残念ながらなかった。現在のところは問題ないが、スタッフの代替わりの後のことが心配される。
一方、BL40B2においては皮膚やドラッグデリバリーシステムなど広義の非晶質の試料による小角散乱が主で、他施設では主流となっているタンパク質溶液散乱の課題の割合が非常に少なかった。BL40B2は、汎用の小角散乱ビームラインなので新規ユーザーを開拓するにはもう少し扱うサイエンスの特色を全面に出し、装置、スタッフを整備・補強していくのも1つの手ではないかと考える。
4. 生命科学分科III(L3:バイオメディカルイメージング・医学研究一般)
L3小分科では、X線を利用した生体イメージングによる基礎的生物学研究から臨床応用を見据えた医学研究まで広範な領域の課題を審査する。計測の対象は化石から植物や昆虫、魚類から哺乳類、ヒト臨床検体まで多様である。2019B−2021A期の申請課題総数は86件と例年(2015B−2017A期:144件、2017B−2019A期:112件)と比べて少なかったが、これは2020A期には新型コロナウイルス感染症による実験中止があり、2020A期後半にスライドさせ追加募集分と併せて実施したことが大きな理由である。各期の申請件数は、2019B期:27件、2020A期:40件(追加9件を含む)、2021A期:19件であり、希望ビームラインは、多いものからBL20B2:46件、BL37XU:12件、BL28B2:11件、BL20XU:9件、BL47XU:9件、BL40XU:5件、BL40B2:3件、BL05XU:1件、BL27SU:1件、BL43IR:1件(申請時ベース、重複あり)であった。大学院生提案型課題は2017B−2019A期に9課題であったが、今回は4課題に減少した。
この2年間の申請課題における実験手法としてはイメージング/CTが最多で、特に位相差CTによる生体の微細構造や機能を解析する課題が増加している。この傾向は近年続いているが、BL20B2を希望する申請課題が全体の半数強を占めるに至った。軽元素で構成される生体組織をその密度により非破壊的に内部構造を可視化出来る位相差CTは、心臓・脳・肺・腎臓・血管など臨床検体の評価によって病態解明や治療効果判定に応用する試みがなされている。また、病態モデルとして汎用される遺伝子改変マウスや薬剤による病態モデル動物の評価も位相差CTを利用して新たな知見を求める課題も増加している。ホルマリンによる固定をせずに生体の機能評価を行うことが出来る位相差CTは今後も様々な展開が期待される。また、新しい生体機能評価法としてのX線エラストグラフィの可能性を探索する試みもなされている。
主にBL37XUで行われる蛍光X線/XAFS分析などによる微量元素・タンパク質の検出や動態解析に関する課題は2017B−2019A期から内容的に継続するものが多く、申請件数の比率もほぼ同じであった。1分子イメージングや動物を用いたダイナミック・in vivoイメージングの課題も継続されているが、小分科内での比率は低下傾向にある。
新型コロナウイルス感染症の影響があったとは言え、申請件数は減少傾向にあると考えられる。その中で位相差CTは分解能も向上し計測対象が広がって技術的蓄積もなされており、生命科学の分野で一般的ツールとなっている遺伝子改変マウス組織の構造・機能評価に応用することで新規利用者を開拓出来る可能性がある。新型コロナウイルス感染症の収束が見えない中で困難を伴うが、可能な範囲で今後の利用促進・普及活動が望まれる。
5. おわりに
様々な物理化学的手法で生命科学を理解したいという要求が高まる中で、それを自在に組み合わせて解析し、生命現象を科学的に解明する「相関構造解析」が潮流を迎えている。特に、CryoTEMは標的タンパク質を結晶化する必要がなく、粒子の画像を重ねる手法で比較的高分解能の構造を入手可能となり、さらに加速していると言える。SPring-8はその相関構造解析を進めるための基盤技術が集積しており、常に世界最先端の技術を用いた解析が可能な重要な研究拠点であり、さらに発展していくためにも互いの分科が連携してユーザーに情報を提供していく必要がある。また、ユーザー同士もこの場を通じて連携し、大きなコミュニティーの中での情報交換を密にすることで生命科学の研究がさらに加速されていくことを期待する。
課題審査にあたり、分科会委員、レフェリー、そしてJASRIの関係者の方々には大変にお世話になりました。この場をお借りして心より御礼申し上げます。
大阪大学 大学院薬学研究科
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