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Volume 26, No.2 Pages 195 - 198

4. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

2018A期 採択長期利用課題の事後評価について – 1 –
Post-Project Review of Long-term Proposals Starting in 2018A -1-

(公財)高輝度光科学研究センター 利用推進部 User Administration Division, JASRI

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SPring-8

 

 2018A期に採択された長期利用課題について、2019B期に2年間の実施期間が終了したことを受け、第66、67回SPring-8利用研究課題審査委員会長期利用分科会(2019年12月17日、18日開催)による事後評価が行われました。
 事後評価は、長期利用分科会が実験責任者に対しヒアリングを行った後、評価を行うという形式で実施し、SPring-8利用研究課題審査委員会で評価結果を取りまとめました。以下に評価を受けた課題の評価結果を示します。研究内容については本誌の「最近の研究から」に実験責任者による紹介記事を掲載しています。
 なお、2018A期に採択された長期利用課題8課題のうち残り4課題の評価結果は次号以降に掲載する予定です。

 

-課題1-
課題名 イオンポンプの結晶構造解析
実験責任者(所属) 豊島 近(東京大学)
採択時課題番号 2018A0144
ビームライン BL41XU
利用期間/配分総シフト 2018A~2019B/72シフト

 

[評価結果]
 本課題では、(1)生物学的に重要なカルシウムポンプ(Ca2+-ATPase)、(2)各種疾患に関与するNa+/K+-ATPaseを対象に、それらの反応サイクル中に蓄積する各種中間体の結晶構造を決定するとともに、(3)Ca2+/Na+/K+-ATPase近隣の脂質二重膜を可視化することを目的としている。
 (1)については、2種類の新規反応中間体を構造解析し、反応サイクル中におけるそれらの位置付けを同定することに成功している。これまでの一般/長期利用課題の成果を通算すると、構造決定された中間体は計14種となり、反応サイクル全体をほぼ網羅しつつある。なかでも、Glu309変異体についての研究では、Glu309の脱プロトン化に伴うサブÅの局所的構造変化が静電的反発を引き起こし、それが引き金となって空間的に離れたCa2+結合サイトとATP化学反応サイトが協同的(非局所的)に制御されることを示している(E2状態からE1状態への遷移)。その他にも、Ca2+結合サイトやATP化学反応サイトに関する新発見がなされており、Ca2+-ATPaseの反応機構の完全解明に更に一歩近づいたと言える。(2)および(3)は高難度の研究対象であるが、条件検討や最適化を繰り返すことにより着実に高分解能化されつつある。
 上記のとおり各項目において進捗が認められ、それらの成果は注目度の高い国際誌の原著論文やデータベースへの座標登録として発表されており、大きな発見と進展を見ることができた。未発表データについても、生理学的な意義が十分に見出されること、それらが論文投稿直前であることが確認され、中間段階として十分な成果であると判断された。

 

[成果リスト]
(査読付き論文)

[1] SPring-8 publication ID = 37407
N. Tsunekawa et al.: "Mechanism of the E2 to E1 Transition in Ca2+ Pump Revealed by Crystal Structures of Gating Residue Mutants" Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 115 (2018) 12722-12727.

[2] SPring-8 publication ID = 39068
C. Toyoshima and Y. Norimatsu: "Dynamics of Interactions between a Membrane Protein and Phospholipids as Revealed by X-ray Solvent Contrast Modulation" 放射光(Journal of the Japanese Society for Synchrotron Radiation Research31 (2018) 212-218.

[3] SPring-8 publication ID = 40243
Y. Kabashima et al.: "What ATP Binding does to the Ca2+ Pump and How Nonproductive Phosphoryl Transfer is Prevented in the Absence of Ca2+" Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 117 (2020) 18448-18458.

[4] SPring-8 publication ID = 41256
R. Kanai et al.: "Binding of Cardiotonic Steroids to Na+,K+-ATPase in the E2P State" Proceedings of the National Academy of the United States of America 118 (2021) e2020438118.

 

 

-課題2-
課題名 熱機関用超高速・マイクロスケール燃料噴霧のX線計測:新たなX線計測技法の構築による未解明の物理因子解析
実験責任者(所属) 文 石洙(Inha大学)
採択時課題番号 2018A0145
ビームライン BL40XU
利用期間/配分総シフト 2018A~2019B/120シフト

 

[評価結果]
 本課題は、エンジン内における燃料噴霧の形成メカニズム解明を目指して2014B期より3年間にわたり実施された課題「クリーン・高効率次世代エンジン開発へのX線光学手法の適用:超高速燃料噴霧の形成メカニズム解明及び理論構築」を発展的に継続したものである。前課題では、ノズルから噴出した燃料の噴霧構造モデルを構築したが、本課題はノズル内部流とノズル出口の初期流動に関わる代表的な物理因子、①ノズル内部キャビテーション・液体体積分率、②ノズル内部の流れおよび乱流構造、③ノズル内部流特性によるノズル出口流動の不安定性、を解析できる新たな計測手法を構築し、解明することを目標としたものであった。それぞれ、難しいテーマではあったが、①については、前課題で開発した形状を単純化したアクリル製ノズルを用いるとともに、トレーサを新たに導入することで、キャビテーション内の液体体積分率を解析できる新たな手法を開発し成功した。③に関しては、最大1.2 MHzで撮影できる高速カメラシステムを導入するとともに拡大レンズの倍率を10倍から20倍に変更したシステムを構築し、様々な噴射圧条件におけるノズル出口流動の速度計測を定量的に解析することに成功している。②に関しても、①で導入したトレーサ粒子を用いてCモードの連続する3パルスで撮影することでノズル内部流の粒子映像速度解析を実施し、キャビテーション内の液体流速分布と乱流構造の可視化に成功している。更に、上記の方法で可視化が困難であった比較的速度が速い主流領域における流速や乱流構造についても、より光量が稼げるHモードのシングルバンチを利用する方法で主流内のトレーサの動きを可視化することを可能にした。これらの一連の計測手法の開発は、SPring-8のバンチモードとBL40XUで利用できる高フラックス・ピンクビームを最大限に活かしたものであり、大変評価できるものである。また、得られた成果も、高圧燃料噴射における未知の物理因子を解明するもので、次世代エンジン開発に大きく貢献できると期待される。成果発表に関しても、2年の間に既に論文4報を出版しており、準備中も含め、今後も多数の研究論文が創出されると期待できる。
 以上のように、本課題は噴霧現象をX線ストロボ撮影で捉える独創性の高いものであり、産業基盤技術としての重要性も高い。初期の目標も充分に達成しており、高く評価できる。

 

[成果リスト]
(査読付き論文)

[1] SPring-8 publication ID = 39147
R. Prasetya et al.: "X-ray Phase Contrast Imaging of Cavitation and Discharged Liquid Jet in Nozzles with Various Sizes" Atomization and Sprays 29 (2019) 59-78.

[2] SPring-8 publication ID = 39148
R. Prasetya et al.: "In-Nozzle Cavitation and Discharges Liquid Jet during Transient Injection Process" Atomization and Sprays 29 (2019) 123-141.

[3] SPring-8 publication ID = 39149
K. Kotani et al.: "X-Ray High Speed Visualization and Measurement of Cavitation Flow in a Nozzle under Transient Injection Condition" Proceedings of the 14th Triennial International Conference on Liquid Atomization and Spray Systems (ICLASS 2018) (2018) ID200.

[4] SPring-8 publication ID = 39682
M. Kawano et al.: "Combustion Simulation Technology Applied to SKYACTIV-X" マツダ技報(Mazda Technical Review36 (2019) 44-50.

[5] SPring-8 publication ID = 41152
O. F. Atac et al.: "Unraveling the Initial Flash Boiling Spray Formation at the Same Superheated Index Achieved by Altering Ambient Pressure and Fuel Temperature Independently" International Journal of Heat and Mass Transfer 169 (2021) 120897.

 

 

-課題3-
課題名 ナノX線顕微分光法を利用した分子環境地球化学的アプローチによるサステナブル科学の推進
実験責任者(所属) 高橋 嘉夫(東京大学)
採択時課題番号 2018A0148
ビームライン BL01B1、BL37XU
利用期間/配分総シフト 2018A~2019B/147シフト
(BL01B1:30シフト、BL37XU:117シフト)

 

[評価結果]
 本長期利用課題は、地球表層で起きる環境挙動や物質循環を、原子・分子レベルの化学素過程の視点から理解し、環境問題や資源問題に対して、地球化学的立場から解決の糸口を探ろうとするものである。ここでは、BL37XUの高エネルギーX線ナノビームを用いた顕微分光法を中心に、BL01B1におけるバルク試料評価を補足的に利用しつつ、多様な地球環境物質を対象とした微量元素の組成や化学種の計測を行っている。本期間に得られた重要な成果として、

(1)福島原発事故由来の放射性セシウム濃集粒子(CsMP)に対して、異なる二種類の構造を持つCsMPをμ-CT法によって精緻に観察し、空隙率や鉄の分布の違いを明らかにしている。さらに、CsMP中のウランやセシウムをXRF-XAFS法によって詳細に化学分析することで、CsMPの生成・放出プロセスのモデルを提唱することに成功した。

(2)風化花崗岩がレアアース鉱床となりうるという申請者の仮説に基づいて、申請者自身が発見した陸上レアアース鉱床から採取した試料を対象とし、XRFによりレアアース含有量を高い精度で定量評価するとともに、XAFSによる化学種解析を通じてその形成機構を推定することに成功した。

などを挙げることができる。また、これらの研究を進める過程において、30 keV以上の高エネルギーX線を用いることでマトリクス効果を低減し、同一セットアップで広いエネルギー範囲での実験を実現し、XRFによる定量評価精度を向上させる手法や、マルチスケールでのイメージング計測などの開発も行っている。最先端の放射光分析技術を駆使して微量環境元素の分析に取り組むと同時に、ビームラインスタッフの協力の下でX線分光・イメージング技術の進展に資する開発も積極的に進めている。当初の計画とは研究内容が一部異なっているが、研究の進展に合わせて適宜計画が修正されたものであり、当初の研究目的を十分に達成したものと評価する。
 研究期間中に12報の英文査読付き論文を発表しているほか、招待講演等も多く行っており、本研究成果が地球科学の分野で高い評価を得ていることが伺える。一方で、社会的にも高い波及効果が期待できる成果であるため、論文誌を通じた情報発信に加えて、非専門家も対象にした一層の情報発信をお願いしたい。

 

[成果リスト]
(査読付き論文)

[1] SPring-8 publication ID = 36516
K. Tokunaga et al.: "A New Technique for Removing Strontium from Seawater by Coprecipitation with Barite" Journal of Hazardous Materials 359 (2018) 307-315.

[2] SPring-8 publication ID = 38340
M. Kurisu and Y. Takahashi: "Testing Iron Stable Isotope Ratios as a Signature of Biomass Burning" Atmosphere 10 (2019) 76.

[3] SPring-8 publication ID = 38341
S.-H. Lee and Y. Takahashi: "Carbothermal Preparation of Magnetic-Responsible Ferrihydrite Based on Fe-Rich Precipitates for Immobilization of Arsenate and Antimonate: Batch and Spectroscopic Studies" Chemosphere 237 (2019) 124489.

[4] SPring-8 publication ID = 38993
T. Solongo et al.: "Distribution and Chemical Speciation of Molybdenum in River and Pond Sediments Affected by Mining Activity in Erdenet City, Mongolia" Minerals 8 (2018) 288.

[5] SPring-8 publication ID = 38994
A. Yamaguchi et al.: "Local Structure of Strontium Adsorbed on 2:1 Clay Minerals and its Comparison with Cesium by XAFS in Terms of Migration of Their Radioisotopes in the Environment" Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry 317 (2018) 545-551.

[6] SPring-8 publication ID = 38997
S.-H. Lee et al.: "Enhanced Adsorption of Arsenate and Antimonate by Calcined Mg/Al Layered Double Hydroxide: Investigation of Comparative Adsorption Mechanism by Surface Characterization" Chemosphere 211 (2018) 903-911.

[7] SPring-8 publication ID = 38998
S. Yang et al.: "Comparison of Arsenate and Molybdate Speciation in Hydrogenetic Ferromanganese Nodules" ACS Earth and Space Chemistry 3 (2019) 29-38.

[8] SPring-8 publication ID = 39000
H.-B. Qin et al.: "Enrichment Mechanisms of Antimony and Arsenic in Marine Ferromanganese Oxides: Insights from the Structure Similarity" Geochimica et Cosmochimica Acta 257 (2019) 110-130.

[9] SPring-8 publication ID = 39052
K. Tanaka and Y. Takahashi: "Application of MV-edge XANES to Determination of U Oxidation State in Zircon" Geochemical Journal 53 (2019) 329-331.

[10] SPring-8 publication ID = 39232
S.-H. Lee and Y. Takahashi: "Selective Immobilization of Iodide onto a Novel Bismuth-Impregnated Layered Mixed Metal Oxide: Batch and EXAFS Studies" Journal of Hazardous Materials 384 (2020) 121223.

 

 

-課題4-
課題名 中空構造をもつ巨大自己集合錯体分子群の単結晶X線構造解析と機能創出
実験責任者(所属) 藤田 誠(東京大学)
採択時課題番号 2018A0154
ビームライン BL26B1、BL38B1、BL41XU、BL45XU
利用期間/配分総シフト 2018A~2019B/39シフト
(BL26B1:15シフト、BL38B1:18シフト、BL41XU:3シフト、BL45XU:3シフト)

 

[評価結果]
 本実験課題は、放射光を用いて初めて得られる結晶構造などを基に、有機分子ないしペプチドの金属錯体からなる中空構造を有する化合物の設計および合成を実施することが目的となっており、以下の4つの内容として実施された:(1)新規中空錯体の構築と構造解析、(2)巨大中空錯体の構築と構造解析、(3)巨大中空錯体へのタンパク質包接と構造解析、(4)ペプチド断片のフォールディングとアセンブリ。
 いずれの研究内容もユニークな着想に基づく新規性の高い研究であり、本課題の実施を通して着実な発展が見られている。(1)ではゲスト分子を中空空間に速度論的に取り込むことに成功し、(4)では鎖状分子集合体であるカテナンの新規構造が創製された。(2)では大きな進捗は見られなかったが、さらなる大型の錯体(Q>8)の構築を進めており、関連する(3)では新たに植物ワックス分解酵素を錯体内に包接し、有機溶媒耐性の獲得など酵素の機能拡張に道を拓いた。一方、対象となる中空分子のX線解析技術の確立とそれらを利用した新しいX線解析法の開発については今後さらに発展を期待したい。
 これらの成果は現時点でいずれも基礎研究の段階にあるが、中空構造へのゲスト分子の包接がより広く利用できることになれば、化学反応の制御や新たな分析手法の開発など化学・生物学分野への大きな波及効果が期待できる。
 また、情報発信においても、これらの成果が注目度の高い学術誌の原著論文として発表され、さらに実験責任者の各種受賞にもつながるなど国際的な評価も得られている。
 以上の通り、各項目において十分な進捗が認められ、本課題の実施は成果創出に意義があったと認められる。

 

[成果リスト]
(査読付き論文)

[1] SPring-8 publication ID = 39130
M. Yamagami et al.: "Synthetic β-Barrel by Metal-Induced Folding and Assembly" Journal of the American Chemical Society 140 (2018) 8644-8647.

[2] SPring-8 publication ID = 39475
Y. Inomata et al.: "Metal-Peptide Torus Knots from Flexible Short Peptides" Chem 6 (2020) 294-303.

[3] SPring-8 publication ID = 39588
Y. Domoto et al.: "Self-Assembly of Coordination Polyhedra with Highly Entangled Faces Induced by Metal-Acetylene Interactions" Angewandte Chemie International Edition 59 (2020) 3450-3454.

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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