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Volume 26, No.1 Page 1

理事長室から 正見 -八正道と放射光科学-
Message from President Right View – Noble Eightfold Path & Synchrotron Radiation Research –

雨宮 慶幸 AMEMIYA Yoshiyuki

(公財)高輝度光科学研究センター 理事長 President of JASRI

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 標題は、「しょうけん」と読み、釈迦1)が説いた「八正道(はっしょうどう)」の中で涅槃に至るための8つの実践徳目2)の内、第1番目に挙げた徳目です。すなわち、正見(正しく見る)が最初の出発点であると説いていて、正見があってこそ、正思(正しく考える)→正語(正しく語る)→正業(正しく行う)が可能になると説いています。八正道が説く手順は、放射光科学の神髄であり科学的方法論の基本でもあると、私は感動を持って受け止めています。放射光実験施設の設備・装置群は、正見(=正しく計測する)を目指していて、放射光を利活用する我々研究者は、正見に続く正思(正しく解析・分析する)、正語(正しく議論、情報発信する)、正業(成果を正しく活用・応用する)・・正定、という放射光科学における八正道の実践が求められています。
 私は嘗て二次元X線検出器の開発に携わり、検出器の感度ムラ、画像歪みの補正に苦労しました。今、振り返って考えると、「心(検出器)にムラや歪みがあると、ものごと(原子・分子)を正しく判断(解析)することができない。」と、お釈迦様から指摘されていたような気がします。
 「計測は科学の母」と言われますが、「正見は科学の母」だと言い換えてもいいのでは思います。ケプラー3)の法則の発見も、ブラーエ4)の天体活動の地道な計測結果に基づいた発見です。まさに、八正道の正見→正思の流れの典型例です。
 「木を見て森を見ず」、「群盲象を評す」、「近視眼的な見方」という言葉は、正見できない落とし穴を示唆する諺だと言えます。これらの諺は元々、小さい覗き穴から一部分だけ・見える物だけを見て、全体を評したり決めつけたりする、私達が日常生活で犯しやすい過ち・独断に対する戒めです。と同時に、放射光科学における正見の実践として、multi-scale計測が必要であることを示唆しています。これらの言葉には日常生活のみならず放射光科学に対する示唆も含まれていて、先人は偉大だと思います。正見の実践には複眼的な見方やありのままに見ることも必要で、multi-probe計測・同時計測、及びoperando計測が各々それに相当します。
 人間社会における争いごとの大部分は、視野の狭さ、偏見、立場の違いによる見える景色の差異等、正見の実践ができないことが原因となり正思が妨げられ、その結果生じる誤解や独断によって引き起こされる場合が多いように思います。multi-scale計測、multi-probe計測・同時計測、operando計測による正見の実践を目指した八正道の探求は、放射光科学の今後の更なる発展にとって、また、不必要な争いや諍いごとのない住みやすい社会の実現にとって、非常に重要だと考えます。

 

1)紀元前5世紀前後の人物で仏教の開祖。

2)8つの実践徳目は、1. 正見(正しく見る)、2. 正思(正しく考える)、3. 正語(正しく語る)、4. 正業(正しく行う)、5. 正命(正しく生活する)、6. 正精進(正しく努力する)、7. 正念(マインドフルネス)、8. 正定(真なる正見に至る)。

3)ヨハネス・ケプラー(1571-1630)、ドイツの天文学者。

4)ティコ・ブラーエ(1546-1601)、デンマークの天文学者。

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794