ページトップへ戻る

Volume 25, No.4 Pages 289 - 292

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第17回SPring-8産業利用報告会
The 17th Joint Conference on Industrial Applications of SPring-8

本間 徹生 HONMA Tetsuo

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 産業利用推進室 Industrial Application Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

Download PDF (1.68 MB)
SPring-8

 

1. はじめに
 産業用専用ビームライン建設利用共同体(サンビーム共同体)、兵庫県、(株)豊田中央研究所、(公財)高輝度光科学研究センター(JASRI)、SPring-8利用推進協議会(推進協)の5団体の主催、及び理化学研究所 放射光科学研究センター、SPring-8ユーザー協同体(SPRUC)、フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体(FSBL)、(一財)総合科学研究機構中性子科学センター(CROSS東海)、(一財)高度情報科学技術研究機構(RIST)、中性子産業利用推進協議会、あいちシンクロトロン光センター、佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター、茨城県、光ビームプラットフォームの協賛で第17回SPring-8産業利用報告会が9月3日、4日に神戸国際会議場において開催された。今回は、新型コロナ感染症の影響によりオンライン開催とのハイブリッド開催となった。また、ポスター発表は実施されず口頭発表のみとなった。これまでに意見交換の場として開催されてきた交流会も実施されなかったが、その代わりとしてフリーディスカッション・タイムが導入された。
 本報告会は主催団体の4団体(サンビーム、兵庫県、(株)豊田中央研究所、JASRI)がそれぞれ運用する専用及び共用ビームラインにおける成果の報告会のジョイントとして構成され、その目的は(1)産業界における放射光の有用性を広報するとともに、(2)SPring-8の産業利用者の相互交流と情報交換を促進することにある。また、SPring-8立地自治体の兵庫県がSPring-8の社会全体における認識と知名度を高める目的で2003年度より設置した「ひょうごSPring-8賞」の第18回受賞記念講演が今年も併催された。
 2004年の開催から17回を数える今回の総参加者は232名(現地のみ参加106名、オンラインのみ参加109名、現地およびオンライン参加17名)で、口頭発表およびフリーディスカッション・タイムにおいて活発な議論と産業分野を跨いだ交流が行われ、今回も前述の開催目的に沿った、SPring-8の産業利用の「今」を伝える最良の情報発信の機会となった。

 

 

2. 口頭発表(1日目)
 報告会1日目の口頭発表は9月3日の12時45分より会場1階のメインホールにおいて行われた。最初のセッション1の開催挨拶は、主催団体を代表してJASRIの雨宮理事長から挨拶があり、研究目的において共通部分と異なっている部分がある学術界と産業界が交わることが創造の源に繋がるという考えについて言及され、本報告会において学術界と産業界の研究者が活発な議論に参加し情報を共有することによって、それぞれの研究をさらに発展して欲しいとの希望を述べられた。
 次のセッション2では「兵庫県成果報告会」が行われた。まず横山放射光研究センター長から、SPring-8の兵庫県ビームライン(BL08B2、BL24XU)とニュースバルにおける産業利用の取り組みの現状について報告があり、その後、これら施設の利用成果について3件の発表と施設の現状と今後について1件の発表があった。
 最初の発表は、(株)ミルボンの小林氏より、「ビームラインの横断利用による多面的解析から確認された加齢に伴う毛髪内微細構造変化」というタイトルで、毛髪の主要な形態学的組織であるコルテックスの加齢に伴う微細構造変化を形態学的かつ包括的に明らかにするため、マイクロビーム小角X線散乱測定、X線トモグラフィーおよび放射光顕微IR法を組み合わせて研究し、高い空間分解能でコルテックスの組成情報を調査した結果について報告があった。(株)富士通研究所の土井氏からは、「XANESデータ解析における機械学習導入の試み ~ニッケル水素電池材料への適用~」というタイトルで、XAFSスペクトルデータへの機会学習の導入の検討として、ニッケル水素電池用正極材料向けのCo化合物を対象として学習データセットの準備を中心に、入手可能なCo系物質の実験スペクトルの結果と第一原理計算によるXAFSスペクトル計算の結果について発表された。兵庫県立大学高度産業科学技術研究所の橋本氏からは、「ニュースバル放射光施設の現状と今後 ~主に加速器の観点から~」というタイトルで、新入射器の建設、パルス長が1から数波数程度の究極に短い放射光発生、将来の光源リングの検討として低エミッタンス化による高輝度化および機械学習による加速器制御の高度化について報告された。兵庫県立大学高度産業科学技術研究所の原田氏からは「軟X線共鳴散乱・反射率法による有機材料の構造解析」というタイトルで、従来難しかったレジスト中の官能基の局在やばらつき、分離層を評価するために、軟X線共鳴散乱法によるレジスト中の官能基の2次元的な不均一性の評価と軟X線共鳴反射率法による界面に存在する分離層を評価した結果について報告された。
 セッション3の「ひょうごSPring-8賞受賞記念講演」はフリーディスカッション・タイムをはさんで、15時30分より開催された。今年度は住友電気工業(株)の久保氏が、「高機能フッ素樹脂コーティングの普及に寄与した原子レベル界面解析技術の開発」で受賞された。講演では、高い密着強度を示す高機能フッ素樹脂コーティングを必要とする自動車や医療機器等において、その密着メカニズムを解明し製品の高い信頼性を証明することが求められていることから、SPring-8の硬X線光電子分光(HAXPES)測定によって界面の精密な化学状態を解明し、走査透過電子顕微鏡等の分析技術による知見とも合わせて高密着の特性値だけではなく密着メカニズムを多くの顧客に開示することで、高機能フッ素樹脂コーティングの普及に成功した経緯をご紹介いただいた。
 フリーディスカッション・タイムをはさんで16時50分に開始されたセッション4の「第11回豊田ビームライン研究発表会」では、豊田ビームラインBL33XUにおいて豊田中央研究所が実施した研究成果3件が発表された。1件目の向氏の発表では、「無歪みLiイオン電池材料のオペランドXRD/XAS測定」というタイトルで、Liイオン電池材料に無歪み材料を使用することによってより安全な電池設計ができるが、その無歪み反応機構の詳細が不明であったことからオペランドXRD/XAS測定を実施し、無歪み材料においてもダイナミックな構造変化をしていることを示す結果について報告された。2件目の横田氏の発表では、「LiB電極の電子/イオンパス構造制御のためのプレス時内部構造3次元可視化技術の開発」というタイトルで、リチウムイオン電池において多孔質である電極膜内の粒子配置制御は性能向上において重要であり、その粒子配置がプレス工程によって決まることから、プレス時の電極構造形成を直接可視化するために放射光X線ラミノグラフィ―用の圧縮セルを開発し、プレス工程を模擬した条件でCT観察が可能であることを確認した実験結果について報告された。3件目の山口氏の発表では、「固体高分子形燃料電池ガス拡散層の撥水層における液水の観察」というタイトルで、固体高分子形燃料電池の撥水層について、動作時の液水の状況を直接観察するために開発したその場X線ナノCT測定とその装置を用いて測定した結果が報告された。

 

写真1 口頭発表の様子

 

 

3. 口頭発表(2日目)
 2日目は9時30分より口頭発表のセッション5「JASRI共用ビームライン実施課題報告会」から始まり、最初にJASRI産業利用推進室室長代理の佐藤氏による産業利用ビームラインの現状について報告があり、その後5件の共用ビームラインの利用成果について報告された。
 まず東京化成工業(株)の山口氏から、「S字型有機半導体材料S-DNTTのトランジスタ特性及び薄膜構造解析」というタイトルで、有機電界効果トランジスタの実用化に向けて、更なる高性能化のために開発した有機半導体材料の特性とBL19B2において実施された二次元微小角入射X線回折によって構造解析した結果について報告された。(国研)産業技術総合研究所の斎藤氏からは、「In-situ XRD測定による昇温時のリチウムイオン電池の発熱反応の解析」というタイトルで、リチウムイオン電池の熱暴走メカニズムの解明を目的としてSPring-8の透過能力の高いX線に注目し、BL46XUにおいて円筒型電池をそのまま昇温しながらXRD測定を行い、電池内部の構成材料について結晶構造の温度変化を解析した結果が報告された。京都大学の倉橋氏からは、「カチオン性鉄錯体を用いるルイス酸触媒反応における触媒活性種の構造解析と不斉触媒設計」というタイトルで、新たに見出した安価・安全・低毒性な塩化鉄を触媒とする複素環化合物の合成法に関し、BL14B2における溶液その場XAFS測定と量子科学計算による触媒反応機構の解析を実施し、触媒活性種の溶液状態での立体構造解析に基づく配位子の精密設計と不斉触媒化への展開が可能であることを報告された。(株)本田技術研究所の玉井氏からは、「車載用リチウムイオン電池におけるコンプトン散乱イメージング」というタイトルで、車載用リチウムイオン電池のコンプトン散乱と吸収強度におけるオペランドイメージング測定をBL08Wにおいて実施し、耐久前後における実セル内の電解液分布について報告された。名古屋大学の陰地氏からは、「HAXPES標準化に向けた放射光ラウンドロビン実験」というタイトルで、硬X線光電子分光には標準試料のスペクトルや化学組成の定量評価に必要な相対感度係数に関するデータベースが未整備であることから、光ビームプラットフォーム事業の一環として、BL46XUおよびあいちシンクロトロン光センターのBL6N1において実施されている標準試料スペクトルの取得と相対感度係数のデータベース構築におけるこれまでの成果とデータベースの公開について報告された。
 昼食休憩をはさんで、13時30分より開始されたセッション6の「第20回サンビーム研究発表会」では、サンビーム共同体幹事の(一財)電力中央研究所の栃原氏から報告された共同体の活動趣旨説明と共同体が運用するSPring-8の産業用専用ビームラインサンビーム(BL16B2、BL16XU)の現状報告の後、サンビームを利用した共同体参加企業の成果について7件の発表があった。最初に川崎重工業(株)の谷口氏から、「XAFSによるアルカリ水電解用電極の表面解析」というタイトルで、アルカリ水電解において、電解中に劣化した電極を自己修復する自己修復電極触媒の過酷な運転条件による表面の化学状態変化について評価するために、転換電子収量法によるXAFS測定によって、触媒形成時、耐久試験後の化学状態を評価した結果について報告された。(株)神戸製鋼所の阪下氏からは、「XAFSと中性子小角散乱による鉄さびの構造解析」というタイトルで、低合金耐食鋼において合金元素による腐食環境で生成する鉄さびの保護性向上メカニズムの解明を目的として、中性子小角散乱によるさび粒径、さび中の合金元素のXANESスペクトルから、乾燥と湿潤との繰り返し環境における耐候性鋼のさび生成挙動を考察した結果について報告された。住友電気工業(株)の後藤氏からは、「X線吸収分光を用いた銅合金中の添加元素状態解析」というタイトルで、電気配線用の導体材料として用いられる銅に添加された鉄の化学状態をX線吸収分光によって調査し、電子顕微鏡観察などの分析手法と合わせて、化学状態と材料特性の定量的な比較解析を行った結果について報告された。大阪大学の阿賀氏からは、「発錆炭素鋼のさび層構造とカソード分極挙動」というタイトルで、大気暴露期間を変化させて得られた、炭素鋼に生成する厚さの異なるさび層についてカソード分極を行い、さび層の還元前後の構造をXRDおよびXAFSによって調査した結果が報告された。(一財)電力中央研究所の亘理氏からは、「高分子固定Cuナノ粒子触媒の構造解析および水素化反応への応用」というタイトルで、CO2を有効利用するカーボンサイクル技術の一つである水素化反応に有効な高分子固定Cuナノ粒子触媒の構造について、XAFSを用いて評価した結果が報告された。豊田中央研究所の川浦氏からは、「Liイオン二次電池の負極界面における被膜解析」というタイトルで、Liイオン二次電池において充放電中に負極上に形成される被膜(SEI、solid electrolyte interphase)の充放電後のSEI被膜の組成変化に及ぼす影響についてカーボン薄膜電極表面のHAXPES測定により調査した結果が報告された。(株)日立製作所の青柳氏からは、「低融点V2O5系ガラスにおけるVの配位環境と耐水性」というタイトルで、人体・環境に有害な鉛やハロゲンを含んだ鉛系低融点ガラスに代わる新しい環境適合性の低温気密封止材料として、電子部品などにおいて応用が期待されているV2O5系ガラスの構造と耐水性の相関関係についてXRD、XAFSおよび中性子回折を用いて評価した結果が報告された。
 最後のセッション7では理化学研究所放射光科学研究センターの石川センター長から報告会全体の講評があった。まず、産業利用報告会全体を通して見えてきたこととして、施設の今後の方向性と産業利用の方向性についての検討を参加者にお願いされ、次に、以下の3つの点について述べられた。1. 産業、学術ともに、ユーザーの広がりへの対応が必要であり、量子ビーム全体の整理整頓を進めていくこと、放射光施設間の水平分担と中性子等の他の量子ビーム施設との垂直分担について考えていく必要がある。2. SPring-8-IIアップグレードへの対応として、高エネルギー応用の強化、東北の次世代放射光施設との役割分担について考える必要がある。3. 産業利用プログラム間の連携について、個々の活動は素晴らしいが、産業利用プログラム間で連携することによって世界が抱える大問題へ対応する必要がある。
 最後に、JASRI山口常務理事から閉会のあいさつが述べられ、第17回SPring-8産業利用報告会が終了した。

 

写真2 口頭発表における聴講者の様子

 

 

4. おわりに
 こうして本年の産業利用報告会が無事、盛況のうちに終えることができた。準備段階から当日の会場運営およびオンライン開催とのハイブリッド開催、さらに事後の取りまとめなど、主催5団体の事務局のご尽力と共催団体の関係者各位のご協力にこの場を借りて感謝の意を表したい。

 

 

 

本間 徹生 HONMA Tetsuo
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 産業利用推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0924
e-mail : honma@spring8.or.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794