Volume 25, No.3 Pages 262 - 267
3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
利用系グループ活動報告
放射光利用研究基盤センター 分光・イメージング推進室 分光解析IIグループ
Activity Reports – Spectroscopic Analysis Group II, Spectroscopy and Imaging Division
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光・イメージング推進室 Spectroscopy and Imaging Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. はじめに
分光解析IIグループは、2018年4月に旧利用研究促進部門の分光物性IグループMCDチームと、分光物性IIグループ「光電子分光チーム」が再統合され発足した。その際にMCDチームを「ナノ分光チーム」と改名した。2019年4月からは、旧利用研究促進部門の再編により新設された分光・イメージング推進室内のグループとして活動を行っている。本グループの目標は、SPring-8の光源特性を最大限に活用したX線分光アプリケーションを利用者に提供することである。このために双方のチームでX線分光と顕微手法の融合利用を促進している。
分光解析IIグループでは、X線吸収分光(XAS)および光電子分光を主とした利用実験の支援を行っている。表1に本グループが担当するビームラインおよび測定手法を示す。軟X線から硬X線領域での様々な手法を駆使することで、試料の組成や形態、測定環境、表面/バルク敏感性などに応じた最適なX線分光手法を提供している。これらの手法によって、強相関系物質、磁性材料、半導体材料などの電子状態、化学状態や磁性の解析を元素選択的に行うことができる。適用可能な試料の形態は多岐にわたっており、単結晶、多結晶粉末・焼結体、積層膜、ナノデバイス材料等の解析に用いられている。近年ではX線発光分光測定による詳細なスペクトル解析や、集光X線ビームによる顕微分光イメージング法の開発に注力しており、不均一構造をもつ実用材料や人工微細構造をもつデバイス材料の解析を推進している。また、外場印加条件(電場、強磁場、高圧、レーザー)や気相・液相制御といった多様な試料環境の導入、ピコ秒からナノ秒のダイナミクスを解明するための時分割測定技術の開発にも取り組んでいる。さらには、実験データから本質的な情報を抽出するため、理論計算やデータ駆動科学に基づくスペクトル解析法の開発を進めている。
表1 分光解析IIグループが利用支援と開発を行っているビームラインおよび計測手法。緑の背景の項目はナノ分光チームが、桃色の項目は光電子分光チームが担当している。
2. ナノ分光チーム
ナノ分光チームは、汎用的なX線磁気円二色性(XMCD)測定に加え、ナノ集光ビームを用いた顕微XAS/XMCDイメージング計測技術、強磁場・低温・高圧といった複合環境下での計測や時分割計測の共同利用を展開している。BL25SUとBL39XUの2本のビームラインにおいて、それぞれ軟X線領域と硬X線領域の測定系を提供しており、両ビームラインの相乗利用が成果創出に寄与している。
軟X線固体分光/BL25SU(Bブランチ)
BL25SUはツインヘリカルアンジュレータを光源とし、軟X線領域でヘリシティ可変な円偏光が得られるビームラインである。固体電子物性や磁性研究を中心とした軟X線領域の分光研究に用いられている。2014年に光学系が刷新され、A、B2本のブランチにそれぞれ光電子分光とXMCDの実験ステーションが再配置された[1][1] Y. Senba, H. Ohashi, Y. Kotani, T. Nakamura, T. Muro, T. Ohkochi, N. Tsuji, H. Kishimoto, T. Miura, M. Tanaka, M. Higashiyama, S. Takahashi, Y. Ishizawa, T. Matsushita, Y. Furukawa, T. Ohata, N. Nariyama, K. Takeshita, T. Kinoshita, A. Fujiwara, M. Takata and S. Goto: AIP Conf. Proc. 1741 (2016) 030044.。ナノ分光チームが担当するBブランチでは、電磁石式の汎用軟X線MCD装置と走査型軟X線MCD顕微鏡が主力装置として利用実験に供されている。
電磁石軟X線MCD装置では、10 Kまでの低温および670 Kまでの高温環境測定用、および電圧・電流印加条件用の試料ホルダーを整備している。これらの試料環境に加えて、全電子収量法、部分蛍光収量法、および透過法という多彩な信号検出モードを組みわせることで様々な測定ニーズに対応している。
走査型軟X線MCD顕微鏡装置[2][2] Y. Kotani, Y. Senba, K. Toyoki, D. Billington, H. Okazaki, A. Yasui, W. Ueno, H. Ohashi, S. Hirosawa, Y. Shiratsuchi and T. Nakamura: J. Synchrotron Rad. 25 (2018) 1444.は、文部科学省元素戦略(拠点形成型)プロジェクト「元素戦略磁性材料研究拠点」(Elements Strategy Initiative Center for Magnetic Materials; ESICMM)の支援により整備された。図1に装置の外観を示す。本装置では、フレネルゾーンプレートによる100 nm集光ビームを用いた走査型のXASおよびXMCDイメージングが行える。海外を含め、他施設の走査型軟X線顕微鏡(STXM)のほとんどが透過法での測定に限られるのに対して、本装置では全電子収量法での信号検出も可能である。これによって、厚い基板上に作製された磁性デバイスやバルク焼結磁石といったX線を透過できない厚さの実用材料の観察が行える。また、無冷媒超伝導マグネットを装備しており8 Tの強磁場下での磁気イメージングを行うことができる。これらの特色により他施設に類を見ないユニークな装置となっている。最近では200°Cまでの高温下での観察を可能とする温度可変試料ステージの開発を行い、永久磁石材料への適用を行っている。さらに軟X線チョッパー[3][3] H. Osawa, T. Ohkochi, M. Fujisawa, S. Kimura and T. Kinoshita: J. Synchrotron Rad. 24 (2017) 560.や、各種同期回路を組み合わせることで高周波パルス印加条件での時間分解磁気イメージング法の開発を行っている。この手法はハードディスク磁気ヘッド等のデバイス駆動状態の観察に利用されている。
図1 BL25SUで開発された走査型軟X線MCD顕微鏡装置[2][2] Y. Kotani, Y. Senba, K. Toyoki, D. Billington, H. Okazaki, A. Yasui, W. Ueno, H. Ohashi, S. Hirosawa, Y. Shiratsuchi and T. Nakamura: J. Synchrotron Rad. 25 (2018) 1444.。
磁性材料/BL39XU
BL39XUは硬X線領域のX線吸収、XMCD、X線発光分光(XES)を用いた利用研究に供されている。ダイヤモンド移相子を用いた偏光制御により、左右の円偏光および垂直、水平方向の直線偏光を利用することができる。
実験ハッチ1の汎用XMCD装置では、電磁石により2.8 T、超伝導磁石により7 Tまでの磁場下でのXMCD測定が行える。ダイヤモンドアンビルセルを用いることで200 GPaまでの高圧環境でのXMCDやXAS測定が可能である。ヘリウムフロー型およびパルスチューブ型冷凍機を併用することで、強相関電子系の高圧力誘起による価数転移等の研究が行われている。スピントロニクス材料等の研究においては、多素子シリコンドリフト検出器による蛍光法でのXMCD測定が高感度で行え、電圧印加条件での磁性薄膜の磁性異方性メカニズムの研究などに用いられている。
近年特に注力しているのは、複数枚の分光結晶を装備したマルチアナライザー型X線発光分光器の開発である。施設内の高性能化計画「高エネルギー分解能・精密XAFS測定の基盤構築」にて装置の整備と導入を行っている。図2にマルチアナライザー型X線発光分光器と光学系の概要を示す。最大15枚の球面湾曲アナライザー結晶を搭載することで、XESスペクトルの検出効率の向上を図っている。X線の大気散乱や吸収によるバックグラウンドを低減するため、アナライザーおよびステージは真空槽内に配置される。2017年度から装置整備を段階的に進めており、2019年度に真空槽と15枚の結晶の導入が完了した。調整や試験測定と並行して、本年度からユーザー利用への提供を開始している。本装置の主なアプリケーションは、蛍光検出による寿命幅フリーXAFS測定、X線発光分光、X線ラマン散乱である。寿命幅フリーXAFSでは通常のXAFSよりも高いエネルギー分解能でのX線吸収分光が可能であり、重元素の価数状態決定に有用である[4,5][4] N. Kawamura, N. Kanai, H. Hayashi, Y. H. Matsuda, M. Mizumaki, K. Kuga, S. Nakatsuji and S. Watanabe: J. Phys. Soc. Jpn. 86 (2017) 014711.
[5] N. Kawamura, Y. Hirose, F. Honda, R. Shimokasa, N. Ishimatsu, M. Mizumaki, S. I. Kawaguchi, N. Hirao and K. Mimura: JPS Conf. Proc. 30 (2020) 011172.。X線発光分光は偏光制御とも組み合わせることで詳細な電子状態の研究が可能である[6][6] 河村直己他、日本物理学会第74回年次大会 (2019).。X線ラマン散乱では軽元素のX線吸収スペクトルを硬X線を用いて取得することができ、オペランド環境での測定やウエットな試料中の軽元素の電子状態解析に威力を発揮する。
図2 BL39XUで開発されたマルチアナライザー型X線発光分光器。X線発光分光器本体は最大15個のアナライザー結晶と結晶位置決め用の駆動ステージ(33軸)から成る。レール機構によって、アナライザー結晶と駆動ステージを含むユニット全体が試料位置を中心とした円弧上を移動可能であり散乱角を±60°の範囲で可変できる。様々な格子間隔をもつ分光結晶を用意することで、4.7~16 keVの発光X線エネルギー範囲をカバーしている。二次元検出器としてPILATUS 100K、PiXirad-2(CdTe)、SOPHIAS-Lを利用可能である。
実験ハッチ2では、KBミラーによる100 nmの円偏光硬X線ナノビームを用いた走査型XMCDイメージング、および微小試料のXMCD測定を利用実験に提供している[7][7] M. Suzuki, H. Yumoto, T. Koyama, H. Yamazaki, T. Takeuchi, N. Kawamura, M. Mizumaki, H. Osawa, Y. Kondo, J. Ariake, A. Yasui, Y. Kotani, N. Tsuji, T. Nakamura, S. Hirosawa, K. T. Yamada, S. Kim, K. J. Kim, M. Ishibashi, T. Ono and H. Ohashi: Synchrotron Rad. News 33 (2020) 4.。時間分解顕微XAFS/XMCD測定の開発も行っており、X線チョッパーを導入しGHz帯RF印加およびタイミング同期システムを構築することで、空間分解能100 nm、時間分解能50 psでの測定が可能となっている[8,9][8] H. Osawa, T. Kudo and S. Kimura: Jpn. J. Appl. Phys. 56 (2017) 048001.
[9] N. Kikuchi, H. Osawa, M. Suzuki and O. Kitakami: IEEE Trans. Magn. 54 (2018) 6100106.。このシステムを用いて、GHz帯の高周波印加条件におけるCo/Pt多層膜のスピン歳差運動励起ダイナミクスの研究等が行われている。また、既存のナノビームXMCD装置に精密試料回転ステージを組み込むことで、走査型硬X線磁気トモグラフィー法を開発している[10][10] M. Suzuki, K.-J. Kim, S. Kim, H. Yoshikawa, T. Tono, K. T. Yamada, T. Taniguchi, H. Mizuno, K. Oda, M. Ishibashi, Y. Hirata, T. Li, A. Tsukamoto, D. Chiba and T. Ono: Appl. Phys. Express 11 (2018) 036601.。本手法を用いることで、GdFeCo試料内部の磁区構造を360 nmの空間分解能で3次元的に観察することに成功している。小型電磁石により最大1 Tの磁場を印加した状態での磁気トモグラフィー観察を行える。焼結永久磁石等の実用材料を含む様々な強磁性体試料への適用が可能であり、外部磁場下での3次元的な磁区形成過程の理解の進展が期待される。
3. 光電子分光チーム
光電子分光チームではBL47XU、BL09XUの硬X線光電子分光、BL17SUの光電子顕微鏡およびBL25SUの軟X線光電子分光を主要な測定手法として装置の高性能化や新規の手法開発を行い、利用研究の開拓を行っている。
核共鳴散乱/BL09XU
核共鳴散乱との相乗りビームラインであるBL09XUでは、高強度・高エネルギー分解能の硬X線光電子分光(HAXPES)ステーションが整備され、2014年度後期から利用研究に供されている[11][11] E. Ikenaga, A. Yasui, N. Kawamura, M. Mizumaki, S. Tsutsui and K. Mimura: Synchrotron Rad. News 31 (2018) 10.。集光素子にはミラー長1 mの長尺KBミラーが採用されており、高強度かつ高エネルギー分解能の硬X線マイクロ集光ビームが得られる。試料上での集光サイズは5 µm(垂直) × 13 µm(水平)である。後述するBL47XUのHAXPES装置と比べて30倍程度の光電子検出効率の増大を達成している。Si333とSi311の2種類の高分解能モノクロメータを使い分けることで、4.9~12 keVの領域で励起X線エネルギーを掃引することができ、共鳴HAXPES測定に用いられる[11][11] E. Ikenaga, A. Yasui, N. Kawamura, M. Mizumaki, S. Tsutsui and K. Mimura: Synchrotron Rad. News 31 (2018) 10.。また、ダイヤモンド移相子による偏光制御と組み合わせることで、光電子スペクトルの磁気円二色性および線二色性分光計測を行っている[12][12] N. Kawamura, E. Ikenaga, M. Mizumaki, N. Hiraoka, H. Yanagihara and H. Maruyama: J. Electro. Spectro. Rel. Phenom. 220 (2017) 81.。
共鳴HAXPES測定では、励起X線のエネルギー掃引の際にアンジュレータ、ビームラインモノクロメータ、高分解能チャンネルカットモノクロメータ、ダイヤモンド移相子、KBミラーといった多くの光学素子を制御し、さらに光電子アナライザーの制御を連動して行う必要がある。これらの機器を一括制御するためのLabView計測ソフトウェアの整備を行い、共鳴HAXPES計測に必要な機器全ての自動化を実現した。これにより、省力化や測定時間の短縮が図られ、利便性も大きく向上した。これまで主な利用分野だった強相関電子系に加えて、光触媒材料や鉄鋼材料など幅広い物質系への共鳴HAXPESの利用拡大が進んでいる。
光電子分光・マイクロCT/BL47XU
本グループが担当するもう1本のHAXPESビームラインBL47XUでは、広角対物レンズを用いた光電子アナライザーおよびKBミラーによる1 µm集光ビームによるHAXPES装置が整備されている[11][11] E. Ikenaga, A. Yasui, N. Kawamura, M. Mizumaki, S. Tsutsui and K. Mimura: Synchrotron Rad. News 31 (2018) 10.。±32度の広い光電子取り込み角と微小ビームを活用し、角度・深さ分解電子状態分析や埋もれた界面における微小領域化学結合状態のイメージング計測技術が利用研究に供されている。さらに、溶液や湿潤ガス雰囲気環境の試料を対象とした「その場HAXPES」計測を推進している。これらの実験では溶液・ガス環境セルを用い、メンブレン製のセルに設けられた小さな窓を通してX線をセル内の試料に照射し、同じく窓を透過した光電子を検出する。窓の中心に精度良くX線を照射する必要があるが、最近導入した長焦点光学顕微鏡システムによって精密で迅速な位置決めを実現している。また、70 fpsの高速読み出しCCDカメラの利用により計測効率が向上している。さらに、髙木主幹研究員が主体となり「環境制御型計測セルを用いたガス雰囲気下HAXPES計測のための金属蒸着光電子透過窓の最適化とガスフローシステムの構築」というテーマで所内ファンドによる開発を進めている。
理研物理科学/BL17SU
BL17SUでは、可変偏光アンジュレータからの高輝度軟X線を用いた、軟X線領域での分光計測手法の開発や先端物質科学・表面科学の研究が行われている。本グループでは、エネルギー分光型光電子顕微鏡(SPELEEM)および静電レンズ型光電子顕微鏡(FOCUS PEEM)を用いた、結像型の顕微XAFS・XMCD・XMLDイメージング測定を提供している[13][13] T. Ohkochi, H. Osawa, A. Yamaguchi, H. Fujiwara and M. Oura: Jpn. J. Appl. Phys. 58 (2019) 118001.。2016年度に導入されたFOCUS PEEMでは80 nmの空間分解能が得られている。これらの光電子顕微鏡と可視光パルスレーザーや電気的外場とを同期させることによるポンプ・プローブ時分割観察を精力的に開発している[14][14] T. Ohkochi, H. Fujiwara, M. Kotsugi, H. Takahashi, R. Adam, A. Sekiyama, T. Nakamura, A. Tsukamoto, C. M. Schneider, H. Kuroda, E. F. Arguelles, M. Sakaue, H. Kasai, M. Tsunoda, S. Suga and T. Kinoshita: Appl. Phys. Express 10 (2017) 103002.。フェムト秒レーザーによる励起とX線パルスの同期を行うための軟X線チョッパーを開発し、ビームラインの標準装置として2018年度から共同利用に提供している[3][3] H. Osawa, T. Ohkochi, M. Fujisawa, S. Kimura and T. Kinoshita: J. Synchrotron Rad. 24 (2017) 560.。この手法を用いた磁区構造の時間分解観察により、スピン波の空間的な伝播過程を可視化した研究が行われている[14][14] T. Ohkochi, H. Fujiwara, M. Kotsugi, H. Takahashi, R. Adam, A. Sekiyama, T. Nakamura, A. Tsukamoto, C. M. Schneider, H. Kuroda, E. F. Arguelles, M. Sakaue, H. Kasai, M. Tsunoda, S. Suga and T. Kinoshita: Appl. Phys. Express 10 (2017) 103002.。
軟X線固体分光/BL25SU(Aブランチ)
BL25SUのAブランチでは、高分解能角度分解光電子分光(ARPES)、および光電子回折ホログラフィー測定[15][15] T. Kinoshita, T. Muro, T. Matsushita, H. Osawa, T. Ohkochi, F. Matsui, H. Matsuda, M. Shimomura, M. Taguchi and H. Daimon: Jpn. J. Appl. Phys. 58 (2019) 110503.による利用研究を展開している。2017年度にWolter型ミラーによるマイクロ集光を備えた光電子分光装置を新たに導入した[16][16] Y. Senba, H. Kishimoto, Y. Takeo, H. Yumoto, T. Koyama, H. Mimura and H. Ohashi: The 13th International Conference on Synchrotron Radiation Instrumentation (SRI 2018) , June 10-15, 2018, Taipei, Taiwan.。マイクロ集光ビームを試料表面に対して斜入射で照射することで、従来の装置と比較して約1桁高い信号強度でのARPES測定が可能となった。集光ビームサイズの微小化により、斜入射条件においても試料表面でのビームフットプリントは10 µm以下を実現している。ARPES測定においては平坦で良質な劈開面に対して測定を行うことが重要である。試料面上の限られた領域でしか良好な劈開状態が得られない試料に対しても、マイクロ集光ビームを用いることで測定に適した領域を選択して電子状態解析を行うことができる。
また、同じくAブランチの光電子回折装置に最近開発された阻止電場型アナライザー(retarding field analyzer; RFA)を導入することで、高いエネルギー分解能(E/⊿E=1100)と大きな光電子取り込み角(±49°)を実現した[17][17] T. Muro, T. Ohkochi, Y. Kato, Y. Izumi, S. Fukami, H. Fujiwara and T. Matsushita: Rev. Sci. Instrum. 88 (2017) 123106.。この改良により従来よりも10倍以上高いエネルギー分解能での光電子回折や光電子ホログラフィー測定が可能となり、局所的構造の情報を内殻レベル化学シフトを分離して得られるようになっている。
4. データ駆動科学に基づくスペクトル解析法の開発
従来のスペクトル解析では、あるモデルに基づく理論計算スペクトルと実験スペクトルとを比較することで電子状態に関する情報を抽出していた。しかしこの方法では、点推定であるために得られる物理量の分布が推定できないことや、主観による恣意的要素を排除できないという欠点がある。これらの問題を解決するため、水牧主幹研究員らが中心となり、CRESTプログラム「データ駆動科学による高次元X線吸収計測の革新」(研究代表者 熊本大学 赤井一郎教授)の一環として、ベイズ推定によるスペクトル解析法の開発を行っている。最近の成果として、4f希土類元素の3d内殻光電子分光スペクトルにベイズ推定を適用することで、電子間のクーロンエネルギーや混成エネルギーなどの電子状態に関する物理量を精度付きで抽出できるプログラムの開発に成功した[18][18] Y. Mototake, M. Mizumaki, I. Akai and M. Okada: J. Phys. Soc. Jpn. 88 (2019) 034004.。さらに、ベイズ自由エネルギーを指標として、異なる理論モデルの妥当性を評価するプログラムも開発している[18][18] Y. Mototake, M. Mizumaki, I. Akai and M. Okada: J. Phys. Soc. Jpn. 88 (2019) 034004.。今後は、ベイズ推定による解析の実測スペクトルへの適用や、XAFSイメージングデータの特徴量の抽出法の開発などを行う計画である。
5. 今後の計画および課題
今後の活動として、個々のビームラインの高性能化とともにSPring-8-IIを見据えたビームライン群の最適化が大きな目標である。現状のビームラインや実験ステーションは、建設時の状況やその時点で利用可能な計測手法に合わせて設置されたものであり、現在の利用ニーズへの対応や最先端の計測手法の導入が不十分な点がある。また、硬X線光電子分光ステーションに関しては、全く異なる他手法との相乗りビームラインとなっており、運用上の問題を抱えている。これらの問題を改善するため、実験ステーションの再編による相乗りビームラインの解消を行うことで、ユーザーの利便性や支援内容を向上させる。また、分光とイメージングとの融合手法に最適化されたビームライン/実験ステーションの設置により、最先端計測手法をユーザー実験に提供していく。
ビームラインの再編に関しては、BL09XUとBL47XUの硬X線光電子分光ステーションの再編を2019年度から進めている。理研とJASRIとの共同で、SPRUC研究会の意見や要望も採り入れつつ、BL09XUでの光学系の設計、装置の再配置、新設装置の導入の検討を行っている。再編後にはダブルチャンネルカットモノクロメータと2枚のダイヤモンド移相子が常設光学系として整備され、高エネルギー分解能かつ高偏光度の励起X線による共鳴HAXPES計測が広範なエネルギー領域(4.9~12 keV)で実現される。さらに、集光光学系が見直されることで、安定かつ高フラックスのマイクロ集光計測が可能となる。近い将来には、SPring-8-IIでのナノ集光HAXPES実験をも想定したスペックの集光ミラーが導入される予定である。これらの改造を経て、2021年には新たな統合HAXPESビームラインをユーザー利用に提供する予定である。分光とイメージングの融合手法を展開するための顕微分光ビームラインの検討、および発光分光装置の利用を含めたX線分光ビームライン群の将来計画については、分光・イメージング推進室内にグループ横断的なワーキンググループを立ち上げ、議論を進める予定である。
本稿を準備するにあたり、分光解析IIグループのメンバーから情報および有用なコメントをいただきました。ここに感謝申し上げます。
参考文献
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(公財)高輝度光科学研究センター
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