Volume 25, No.2 Pages 120 - 124
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
長期利用課題報告1
金属ハライドペロブスカイト成膜過程のリアルタイムX線回折
Real-Time X-ray Diffraction Analysis for the Organolead-Halide Perovskite Fabrication
[1](国)産業技術総合研究所 太陽光発電研究センター Research Center for Photovoltaics, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology、[2]埼玉大学 大学院理工学研究科 Graduate School of Science and Engineering, Saitama University、[3]東北大学 大学院工学研究科 School of Engineering, Tohoku University、[4](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 産業利用推進室 Industrial Application Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
- Abstract
- 長期利用課題(課題番号:2017A0136~2018B0136)において金属ハライドペロブスカイトや有機半導体の成膜過程のリアルタイムX線回折測定や、有機薄膜のコンビナトリアルライブラリのX線回折測定に取り組んだ。本稿では金属ハライドペロブスカイトのレーザー蒸着過程のリアルタイムX線回折について報告する。近年注目を集めているペロブスカイト太陽電池において、成膜過程の解析は重要な研究課題であると言える。SPring-8のBL46XUに設置し、X線回折リアルタイム測定が可能な小型レーザー蒸着装置を構築した。当該装置を用いて金属ハライドペロブスカイトの共蒸着過程および交互積層過程のリアルタイムX線回折測定を実施し、薄膜形成過程のダイナミクスを解析することに成功した。特に交互積層過程においては平坦なPbI2結晶がLayer-by-layerで形成されていくことを示すラウエ振動やペロブスカイトに変換されていく過程での格子定数変化など特異なダイナミクスを見出すことに成功した。結晶成長ダイナミクス解析に関する当該測定システムの利点を示すことができたため、今後のペロブスカイト太陽電池の研究開発における重要な研究ツールになるものと考えられる。
1. 研究背景
地球温暖化問題による二酸化炭素削減に向けたエネルギー政策の見直しに端を発し、東日本大震災による原子力発電事故以来、太陽光発電などの再生可能エネルギーの普及が急務となっている。その中でも、有機系の新材料を用いた太陽電池によりシリコン太陽電池では為し得なかった低コスト化を実現することが期待されている。特に2009年に宮坂らにより報告され[1][1] A. Kojima et al.: J. Am. Chem. Soc. 131 (2009) 6050-6051.、その後急速に発展し[2,3][2] M. M. Lee et al.: Science 338 (2012) 643-647.
[3] J. Burschka et al.: Nature 499 (2013) 316-319.、短期間で25%を超える高い光電変換効率を達成したペロブスカイト太陽電池は低コストかつ高効率な次世代太陽電池として注目され、国際的に研究開発競争が激化している。ペロブスカイト太陽電池は発電層に金属ハライドペロブスカイトが用いられる(図1)。これは、無機材料であるハロゲン化金属と有機材料であるハロゲン化アミンにより合成された有機無機ハイブリッド材料であり、Aサイトには有機アミン、Bサイトには金属、Xサイトにハロゲンが配置されたABX3構造のペロブスカイト結晶をとる。
図1 金属ハライドペロブスカイト
作製手法としては製造プロセスの低コスト化が可能となる溶液プロセスと精密な製膜制御が可能となる真空蒸着プロセスの両観点から研究開発が進められている。一方で、両プロセスともに、製膜過程の背後にある基礎メカニズムに関する知見がほとんど得られておらず、各研究機関のノウハウに頼った開発となっている現状がある。我々の研究グループではこれまで、SPring-8の放射光X線を利用して溶液プロセス[4][4] T. Miyadera et al.: Nano Lett. 15 (2015) 5630-5634.のリアルタイムX線回折測定を実施し、結晶成長ダイナミクスの解析に取り組んできた。また、真空蒸着プロセスにおいても有機単結晶上での金属ハライドペロブスカイトのヘテロエピタキシャル成長に関する研究[5][5] T. Miyadera et al.: APL Matter., in press. (DOI: 10.1063/1.5142307)を推進し、ex-situ実験ではあるが結晶成長ダイナミクスに関する知見を得てきた。このように、溶液プロセス、真空蒸着プロセスの両観点から金属ハライドペロブスカイト結晶成長メカニズム解明に向けた研究に取り組んできた。SPring-8長期利用課題(課題番号:2017A0136~2018B0136)においてはこれまでの取り組みをさらに発展させるべく、リアルタイムX線回折(溶液プロセスおよび真空蒸着プロセス)およびコンビナトリアルライブラリ(測定効率向上のため同一基板上に異なる条件の薄膜を構築したサンプル)のX線回折実験に取り組んだ。装置開発から、予備検討、実際の測定に至るまでの各段階を効率よく推進することができたのは長期利用課題ならではであると考えている。構築したこれらのシステムを活用して金属ハライドペロブスカイトや、有機半導体薄膜の結晶成長メカニズム解明を目指した取り組みを行った。本稿ではこれらのうち、真空蒸着プロセスのリアルタイムX線回折を実現する装置開発と当該システムによる金属ハライドペロブスカイトのリアルタイムX線回折実験について紹介する。
2. リアルタイムX線回折測定システム
金属ハライドペロブスカイトおよび有機半導体の真空成膜過程のリアルタイムX線回折測定を実現するため、図2に示すシステムを構築した。材料の加熱昇華には波長808 nmのIRレーザーを真空チャンバー内の材料に照射することにより行った。このIRレーザーを用いた蒸着法は長期利用課題参画者である東北大のグループにより開発された手法であり、また、当該手法が鉛ハライドペロブスカイト材料の成膜にも有効であることを筆者らが実証してきた[6][6] T. Miyadera et al.: ACS Appl. Mater. & Interfaces 8 (2016) 26013-26018.。本研究では放射光施設に持ち込み可能な小型のIRレーザー蒸着チャンバーを設計した。IRレーザー蒸着の基本構成の他に、放射光X線の導入および回折X線を透過するBe窓、X線回折に必要な試料の位置および角度を調整するためのマニピュレータが搭載されている。当該装置をSPring-8のBL46XUに持ち込み、ハッチ内に設置して測定を行った。IRレーザー蒸着関連の機器はハッチ外に設置したパソコンにUSB接続されており、遠隔操作で成膜制御ができるシステムとなっている(EXCEL VBAにより筆者が構築した自作プログラム)。
図2 レーザー蒸着過程のリアルタイムX線回折
X線波長は1 Å、入射角0.24°の斜入射条件で実験を行った。回折像は2次元検出器PILATUS 300Kを用いて検出した。X線連続照射によるサンプルへのダメージを抑制するため、アッテネータにより入射X線強度を低減させ、また、測定間隔は10秒あたり1フレーム(露光時間1秒)とした。X線回折連続測定終了後に2 mm程度サンプルをずらして連続照射していない位置での回折像を取得し、サンプルへのダメージを確認した。蒸着時の成膜レートの測定は水晶振動子膜厚計を用いており、CH3NH3Iのように再蒸発しやすい材料は製膜レートの校正が困難なため、本稿で示す製膜レートの値は測定器に表示される生データで示す。
3. CH3NH3PbI3リアルタイム結晶成長解析
金属ハライドペロブスカイトは、ハロゲン化金属とハロゲン化アミンあるいはハロゲン化セシウムを混合することで合成される。例えば、PbI2とCH3NH3Iを混合することでCH3NH3PbI3が生成する。真空プロセスにより製膜する方法としては、それぞれの材料を同時に供給する“共蒸着法”と、交互に供給する“交互積層法”の2通りの成膜方法が用いられる。本研究では共蒸着および交互積層の両手法におけるCH3NH3PbI3製膜過程のリアルタイムX線回折測定を行った。
まず、共蒸着法によりCH3NH3PbI3を製膜したリアルタイムX線回折の結果について説明する。ITO付きガラス基板にバッファー層としてPEDOT:PSSを塗布したものを基板として用いた。基板温度は室温とし、PbI2とCH3NH3Iを同時に供給し、リアルタイムX線回折測定を実施した。成膜前のX線回折像にはBe窓からの回折リングなどが検出されている(図3(a))。まずPbI2を0.03 Å/s、CH3NH3Iを0.06 Å/sの比率で13分間供給した。この成膜条件は適切な化学量論比に対してCH3NH3Iが過剰な条件で製膜しており、図3(b)に示すようにペロブスカイトの回折ピークではなく、CH3NH3I由来の回折ピークが出現している。そこで供給レートを再調整し、同一サンプルに対し、PbI2が0.05 Å/s、CH3NH3Iが0.05 Å/sの比率で54分間供給した。成膜開始30分後の回折像には(1 1 0)配向したペロブスカイト結晶の存在を示すスポット状の回折パターンが見出された(図3(c))。本システムを用いることで、回折パターンをリアルタイムで観察しながら成膜条件を調整することが可能となり、適切な化学量論比のペロブスカイト結晶をその場で調整しながら構築することが可能となる。成膜レートの校正が困難な当該材料系に適した手法であると言える。
図3 共蒸着法によるCH3NH3PbI3成膜過程のX線回折。(a) 成膜前の基板の回折像。(b) PbI2:CH3NH3I = 0.03 Å/s:0.06 Å/sの条件で13分製膜した薄膜の回折像。(c) PbI2:CH3NH3I = 0.05 Å/s:0.05 Å/sの条件で35分製膜した薄膜の回折像。
次に、交互積層製膜プロセスによるCH3NH3PbI3のリアルタイムX線回折の結果について説明する。基板として、Glass/ITO/PEDOT:PSSの上にさらに真空蒸着によりパラセキシフェニル(p-6P)とルブレンを積層製膜したものを用いた。ルブレン結晶上にCH3NH3PbI3を製膜することでヘテロエピタキシャル成長により高結晶ペロブスカイト薄膜が形成されることをこれまでに見出しており[5][5] T. Miyadera et al.: APL Matter., in press. (DOI: 10.1063/1.5142307)、本実験では高結晶ルブレン上でのペロブスカイトの交互積層過程のリアルタイムX線回折測定を実施した。基板温度は室温とし、まずPbI2を供給し、その後CH3NH3Iを供給するプロセスをリアルタイムで観察した。成膜前のX線回折像にはBe窓由来のパターンの他にルブレンからの回折が検出されている(図4(a))。まず、PbI2を0.1 Å/sのレートで100 Å製膜すると、強く(0 0 0 1)配向したPbI2の回折パターンが観測された(図4(b))。また、PbI2成膜途中の回折像の時系列データにはラウエ振動とみられる振動パターンが見出された[7][7] S. Kowarik et al.: Eur. Phys. J. Special Topics 167 (2009) 11-18.(図4(c))。これは極薄膜PbI2から生じるパターンであり、結晶が1層ずつ積層されていく平坦表面であることを示唆しており、振動構造を解析することでPbI2の層数を見積もることができる。このPbI2薄膜にCH3NH3Iを0.05 Å/sのレートで供給すると、PbI2の回折スポットが弱くなり、強く(1 1 0)配向したCH3NH3PbI3の回折パターンが出現した(図4(d))。また反応初期にはPbI2のスポットが低角側にシフトしており、PbI2の格子が面外に拡張する現象が見出された。350 Å程度のCH3NH3Iを供給したところでPbI2のスポットが消失し、CH3NH3PbI3の回折パターンとなった。以上のように、高結晶ルブレン薄膜上でのPbI2とCH3NH3Iの交互積層プロセスによってCH3NH3PbI3を構築する過程をリアルタイムでX線回折測定した。得られたPbI2(六方晶)およびCH3NH3PbI3(正方晶)は強く面外配向していることが分かったが、両者で結晶系が大きく異なっており、反応中にPbI6六面体が面外方向に回転していることが示唆される。本研究ではPbI2回折パターンのラウエ振動、CH3NH3PbI3へ反応していく際の格子定数変化やPbI6六面体の面外方向への回転など、製膜ダイナミクスに関する特異な知見を得ることに成功した。
図4 交互積層法によるCH3NH3PbI3成膜過程のX線回折。(a) 成膜前の基板の回折像。(b) PbI2を100 Å製膜した薄膜の回折像。(c) PbI2成膜中のリアルタイムX線回折。(d) PbI2を100 Å成膜後CH3NH3Iを350 Å製膜した薄膜の回折像。
4. まとめと今後の展望
本稿ではSPring-8長期利用課題の取り組みのうち、金属ハライドペロブスカイトのレーザー蒸着過程のリアルタイムX線回折測定に関する研究について解説した。レーザー蒸着による精密成膜とリアルタイムX線回折を組み合わせた測定システムを駆使することで、金属ハライドペロブスカイトの結晶成長ダイナミクスに関する特異な知見を得ることができた。この長期利用課題においてはこの他に金属ハライドペロブスカイトの塗布成膜過程リアルタイムX線回折測定、有機薄膜のコンビナトリアルライブラリX線回折測定に取り組んだ。本研究での取り組みは、リアルタイム解析を時間軸とし、コンビナトリアル解析を空間軸とした多次元的な解析であると言える。構築した多次元解析ツールを相補的に活用していくことで成膜メカニズムを様々な観点から解析していくことが可能となる。実際に東北大の実験においてはコンビナトリアル解析によりペリレンの巨大グレインが形成される現象を見出し、レーザー蒸着リアルタイムGIWAXS解析により成膜メカニズムを解明しており[8][8] 高川佑輔他:応用物理学会2019年秋室、一貫した研究ツールとしての有用性が実証されている。今後も構築したシステムを活用して多次元的な解析を行っていくことで、有機半導体材料および有機無機ハイブリッド材料のプロセス解析や材料探索研究に取り組んでいく。
謝辞
本研究は科学研究費補助金(16H05978)の支援を受けて実施した。関係各位に感謝する。
参考文献
[1] A. Kojima et al.: J. Am. Chem. Soc. 131 (2009) 6050-6051.
[2] M. M. Lee et al.: Science 338 (2012) 643-647.
[3] J. Burschka et al.: Nature 499 (2013) 316-319.
[4] T. Miyadera et al.: Nano Lett. 15 (2015) 5630-5634.
[5] T. Miyadera et al.: APL Matter., in press. (DOI: 10.1063/1.5142307)
[6] T. Miyadera et al.: ACS Appl. Mater. & Interfaces 8 (2016) 26013-26018.
[7] S. Kowarik et al.: Eur. Phys. J. Special Topics 167 (2009) 11-18.
[8] 高川佑輔他:応用物理学会2019年秋
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