Volume 25, No.2 Pages 201 - 205
4. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
利用系グループ活動報告
放射光利用研究基盤センター 分光・イメージング推進室 分光解析Iグループ
Activity Reports – Spectroscopic Analysis Group I, Spectroscopy and Imaging Division
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光・イメージング推進室 Spectroscopy and Imaging Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. はじめに
分光解析Iグループは、2018年4月に旧利用研究促進部門の分光物性Iグループ XAFS分析チームと、分光物性IIグループ 軟X線・赤外チームが1つのグループとなって発足した。その際、チーム構成も現在のコヒーレントX線分光チームと複合分光チームに再編された。2019年4月からは、旧利用研究促進部門を再編して新設された分光・イメージング推進室に所属して、活動を行っている。
分光解析Iグループでは、所掌するビームライン全体で、赤外線から100 keV以上の硬X線に至る広いエネルギー範囲の高輝度放射光を提供している。そこでは、SPring-8の高輝度性や高エネルギー特性を活用し、XAFSや赤外分光などの分光計測と、それらに顕微法を組み合わせた分光イメージング計測を中心に利用支援を行っている。また、ビームラインを汎用性・利便性の高い先端計測装置として提供するための改良・高性能化や、分光計測を基盤とした新たな先端計測法の開発も進めている。図1に、各ビームラインで利用可能な計測手法を整理して示した。
図1 分光解析Iグループに所属するビームラインで利用可能な計測手法
これらのビームラインは主として、触媒化学・電気化学・高分子化学などの化学分野や、地球化学・環境科学・生物などの分野を対象に、試料の元素組成や化学組成・微量元素の化学状態・化学反応解析といった測定を得意としている。多様な試料系を扱うことから、様々な環境下でのその場計測法の開発を進めているほか、このような測定対象が持つ空間的な不均一性、時間的な状態変化を理解することを目的として、2D/3D顕微分光計測、複合同時計測、時間分解計測環境の整備も進めている。また、空間分解能や測定精度のさらなる向上を目指して、コヒーレンスを利用した新しい計測法の開発などにも力を入れて取り組んでいる。
分光解析Iグループでは、現在は相乗ビームラインを含めて5本のビームラインを所掌している。コヒーレントX線分光チームが主として軟X線光化学(BL27SU)と分光分析(BL37XU)を、複合分光チームがXAFS(BL01B1)、時分割エネルギー分散型XAFS(白色X線回折:BL28B2の一部を担当)ならびに赤外物性(BL43IR)ビームラインを担当している。本稿では、各ビームラインの概要と、最近の整備状況について紹介する。
2. コヒーレントX線分光チーム
コヒーレントX線分光チームは、BL27SUとBL37XUにおいて、X線吸収分光・蛍光X線分析などの分光計測と、それらにイメージング法を組み合わせた分光イメージング計測に関わる機器の整備・高性能化と利用支援を行っている。特に、近年ではコヒーレントX線回折・タイコグラフィーなど、SPring-8の高コヒーレンス性を取り入れた、新しい分光計測技術の開発と導入も進めている。
分光分析/BL37XU
BL37XUは、蛍光X線分析やXAFSなどの分光計測と、X線顕微法を組み合わせた分光イメージング計測が中心であり、物質の形態・元素分布・化学状態・局所構造の解析を通した物質の特性や機能解明に向けた研究が行われている。光学系には、100 nm集光光学系を配備するとともに[1][1] H. Ohashi et al.: J. Phys. : Conf. Ser. 425 (2013) 052018.、二結晶分光器の結晶を切り替えることによって4.5〜113 keVの広いエネルギー範囲が利用可能である。特に、50 keV以上の高エネルギー領域をカバーしていることが、BL37XUの特徴である。
本ビームラインでは、全視野投影/結像型ならびに走査型の各種イメージング法がユーザー利用可能であり、中でも走査型顕微分光イメージング法は全ユーザータイムの4〜5割を占める主力の計測手法となっている。分光イメージング法の高性能化においては、on the fly計測の導入による走査型イメージング計測時間の短縮[2][2] K. Nitta, Y. Terada: SPring-8/SACLA Annual Report FY2016 (2017) 70. [in Japanese]、三次元投影型CT-XAFS法の導入[3][3] K. Nitta, O. Sekizawa: SPring-8/SACLA Annual Report FY2017 (2018) 68. [in Japanese]などを進めてきた。近年、SPring-8の高エネルギー特性をさらに活用することを目指して、新たに高エネルギー対応の100 nm集光光学系を導入したので、以下に紹介する[4][4] K. Nitta, O. Sekizawa: SPring-8/SACLA Annual Report FY2018 (in press). [in Japanese]。
図2に、導入した集光光学系の配置を示した。光学系には、Kirkpatrick-Baez(KB)配置を採用し、縦方向は挿入光源(距離:77 m、サイズ:14.9 μm)を、横方向は二結晶分光器下流フランジ直付けの仮想光源スリット(距離:33.9 m、サイズ:9.4 μm)を発光点として集光している。ミラー表面は、Rh/Ptのストライプコートとし、測定対象に合わせてコート面を切り替えることで、広いエネルギー範囲での利用を可能とした。Ptコート面の利用により50 keVにおいても40%程度の反射率が得られるため、55 keV程度のエネルギー領域まで100 nmの集光ビームが利用可能である。
図2 BL37XUに導入された、高エネルギー用ナノ集光光学系の光学レイアウト
図3にknife-edgeスキャンによる50 keVにおける集光ビームプロファイルを示した。分光結晶としてSi(111)を利用する15〜37.5 keVの領域では、最大3 × 1010 photons/s程度の光子数で100 nm集光ビームの利用が可能である。また、Si(511)-(333)を利用する高エネルギー領域においても、50 keVにおいて4.5 × 107 photons/s程度の光子数で、100 nm集光を達成していることを確認し、2019A期より供用利用を開始している。本集光システムの導入により、希土類元素、材料分野で重要なIn、Sn、Te、触媒反応などで重要な役割を担うPd、Ru、Rhなどの4d遷移金属といった元素の吸収端を、あらたに守備範囲に収めることが可能となった。これら元素を対象とした100 nm顕微分光イメージングが可能となったことにより、BL37XUを利用する研究分野のさらなる拡大が期待される。
図3 50 keVにおける集光性能評価
軟X線光化学/BL27SU
BL27SUは、8の字アンジュレータを光源とする軟X線ビームラインである。直線偏光の高輝度軟X線を利用することができ、主として、大気圧から低真空領域での軟X線顕微分光計測に利用されている。ビームラインは異なるエネルギー領域を使用できる二つのブランチを持っており、Si(111)結晶分光器を利用して2.1 keVよりも高エネルギー領域の軟X線を利用可能なBブランチと、回折格子型分光器を利用して2.2 keV以下の軟X線を利用可能なCブランチから構成されている。軟X線吸収分光、軟X線発光分光などの分光解析や、軟X線μビームを利用した走査型軟X線顕微測定による軽元素分布の観察、あるいは吸収分光測定と顕微観察を組み合わせた化学状態マッピング測定などの利用が可能である。
試料環境は、差動排気や真空窓を使用することで、大気圧環境(ヘリウムパス)〜高真空まで、試料特性に合わせて幅広い圧力領域下での測定が可能である。一般的な軟X線ビームラインとは異なり、実験ステーションにおいて超高真空環境を用いないことがBL27SUの大きな特徴となっており、実環境・実材料中の軽元素の化学状態・電子状態分析を中心として、地球化学・環境分析・有機化学・材料科学・触媒化学・電気化学など、幅広い分野での利用が行われている。
Bブランチでは、Si(111)チャンネルカット結晶分光器によって、2.1〜3.3 keVの単色化された軟X線が利用可能である。実験ステーションには、蛍光収量法・電子収量法が利用可能な、汎用型の軟X線吸収分光装置が配備されている。軟X線吸収分光測定では、部分蛍光収量法を用いることにより、低濃度(<10 ppm)試料の吸収分光測定も可能であり、材料化学・触媒化学・地球化学等多様な試料の化学状態研究が行われている。また、試料位置におけるビームサイズは〜φ10 μm程度であり、軽元素の元素マッピングや吸収分光測定と蛍光X線分析を組み合わせた、化学状態マッピング測定も可能となっている。
Cブランチでは不等間隔刻線回折格子を用いた回折格子型分光器を設置し、0.17〜2.2 keVの軟X線を供給してきた。しかしながら、分光器の導入から約20年が経過し、駆動部の機械的摩耗により動作が不安定となる兆候が見られたため、2018年に分光器の更新作業を行った。今回の更新作業では、光学パラメータには変更を加えず、光学素子は既存のものを使用した(数年前に先行して更新済み)。また、立ち上げ時の真空管理を徹底し、炭素汚染を低減する措置を講じた。すでにBL25SUの立ち上げで実績がある手法を導入した結果、旧分光器では顕著であった炭素領域での光量の低下が、ほぼ見られなくなっている。
3. 複合分光チーム
複合分光チームは、主にBL01B1、BL28B2、BL43IRを担当し、X線吸収分光や赤外分光などの分光計測に関わる利用支援を行っている。また、分光解析Iグループが所掌するビームラインを横断的に利用することで、赤外線から硬X線までの幅広い波長域の光を使用した複合計測が可能である。他にも、低温・強磁場・高圧といった複合試料環境下での計測、XAFSに赤外分光・質量分析などを組み合わせた複合分光計測など、様々な形態での複合計測利用法の開発に取り組んでいる。
XAFS/BL01B1、BL28B2
BL01B1は、3.8-113 keVの広いエネルギー領域のX線が利用可能なXAFSビームラインであり、測定対象に合わせて、多様なXAFS計測装置が整備されている。透過法XAFS用に種々のイオンチェンバー及びガスが用意されている他、微量元素を対象とした蛍光法XAFSにはライトル検出器と19素子Ge検出器が、また、高濃度の薄膜やバルク試料の測定には、転換電子収量(CEY)検出器も利用可能である。深さ分解XAFS計測用にPILATUS 100 K検出器も整備されている。
近年では、触媒や電池等のガス反応を対象としたin-situ/operando XAFS計測システムの整備に力を入れている。ここでは、各種反応セルの開発や、安全に反応性ガスを利用できる流量制御装置や処理設備といった試料制御環境の高性能化を進めると同時に、計測装置の複合利用環境の整備を進めている。触媒や電池材料は不均一な試料が多く、複数の分析手法を用いて個別に測定した場合は、観察領域や測定条件の微妙な違いに由来する計測データの偏差が問題となることが多い。そこで、複数の分析手法を同時に適用する複合計測によって、同一条件下で多様なデータを得ることにより、より信頼性の高い情報を得ることができる。これまでに、複合計測環境整備として、赤外-XAFS同時計測システム[5][5] T. Uruga et al.: SPring-8/SACLA Annual Report FY2017 (2018) 27. [in Japanese]、質量分析装置-XAFS同時計測システム[6,7][6] K. Kato et al.: SPring-8/SACLA Annual Report FY2016 (2016) 32. [in Japanese]
[7] H. Asakura et al.: J. Am. Chem. Soc. 140 (2018) 176.、XAFS-XRD同時計測システム[6][6] K. Kato et al.: SPring-8/SACLA Annual Report FY2016 (2016) 32. [in Japanese]などの整備を進めてきた。ここでは、赤外-XAFS同時計測システムならびにXAFS-XRD同時計測システムについて紹介する。
複合計測環境整備の一つとして、2017年にoperando赤外-XAFS同時計測システムを導入し、その後も段階的に高性能化を進めている[5][5] T. Uruga et al.: SPring-8/SACLA Annual Report FY2017 (2018) 27. [in Japanese]。本システムは、透過XAFS計測システムおよび、拡散反射型IR計測システムから構築され、触媒金属表面の変化をXAFS計測によって観察すると同時に、拡散反射IR計測システムによって表面上で生じた吸着種や反応生成物を観察することが可能である。図4に本システムの概観を示した。同一条件下で触媒表面の状態や、吸着種の電子状態および構造の動的変化を測定することが可能であり、これまでに、Cu/ゼオライト(MFI)におけるNH3を用いたNOの選択還元反応などに利用されている。
図4 operando赤外-XAFS同時計測システムの概観
X線分析の複合利用として、In-situ XAFS/XRD同時計測システムの開発を、2014年度から進めている[6][6] K. Kato et al.: SPring-8/SACLA Annual Report FY2016 (2016) 32. [in Japanese]。XAFSと同時にXRD情報を得ることで、試料の結晶子部位の結晶構造に関する情報が同時に得られる。両データを統合して解析することにより、反応過程にある測定試料に対して、より詳細な構造・化学状態変化のモデルを構築することできる。本システムでは、専用の試料セルを自動XZステージ上に設置し、試料下流にイオンチェンバーおよび2次元ピクセル検出器PILATUS 100Kを配置することで、透過法XAFSスペクトルおよびXRD像を同時に計測する。これまでにテスト試料を用いた計測に成功しており、同システムのユーザー利用に向けた整備を進めている。
また、反応環境下にある試料の過渡変化を観察することを目的として、時分割XAFS計測環境の整備も進めている。BL01B1では、Quick-XAFS(Q-XAFS)法により、10 s以上の時間分解能で時分割XAFS測定が行われている。一方、白色ビームラインであるBL28B2において、Dispersive XAFS(D-XAFS)の計測環境を整備している。D-XAFS計測を利用することで、10 msの時間分解能でXAFS計測が可能であり、触媒反応の追跡などの研究が行われている[8][8] K. Kato et al.: J. Phys.: Conf. Ser. 712 (2016) 012025.。
赤外分光/BL43IR
BL43IRは、39.3 mの大きな軌道半径を持つ偏向電磁石から放射される赤外光を光源としたビームラインである。市販の赤外分光装置に搭載されているグローバーランプなどの熱輻射光源と比較して、赤外放射光は高い輝度と低波数に帯域が広いことが特徴である。BL43IRでは1.1〜0.012 eV(波数では9000〜100 cm-1)の範囲で赤外光が利用可能である。X線と同様に、赤外放射光の特徴もまた高輝度性であることから、BL43IRにおいても、赤外の分光イメージングを中心とした利用が行われている。
現在、高空間分解顕微鏡、長作動距離顕微鏡、磁気光学顕微鏡、近接場分光の4つの実験ステーションが稼働しており、各ステーションは高エネルギー分解能計測用のIFS120HT(Bruker)と、高空間分解能計測用のVertex70(Bruker)の2台の赤外分光光度計のいずれかに接続されている。IFS120HTには、長作動距離顕微鏡、磁気光学顕微鏡が接続されている。長作動距離顕微鏡ステーションは、対物鏡とコンデンサの間に広い試料設置空間(100 mm)が設けられており、高圧ダイヤモンドアンビルセル、低温クライオスタットなどの大きな装置と組み合わせて利用されている。磁気光学顕微分光ステーションには、最大印加磁場が14 Tの超伝導磁石が設置され、磁気赤外分光実験に利用されている。一方、Vertex70は高空間分解能顕微鏡に接続されており、低温・高温・湿度・紫外線照射といった様々な測定環境下における高空間分解能赤外顕微分光や顕微ATR測定に利用されている。
近接場分光は回折限界以下の空間分解能を達成してスペクトル測定を行う手法であり、高輝度・広帯域赤外放射光の利点を活かした測定である。BL43IRでは、AFM装置とFTIR(フーリエ変換分光光度計)を組み合わせた装置を開発し、これまでに中赤外領域で波長よりも短い200 nmの空間分解能を達成している[9][9] Y. Ikemoto et al.: Jpn. J. Appl. Phys. 54 (2015) 082402.。
4. 今後の課題など
最近の研究動向は、触媒や電池材料に代表されるように、観察対象が不均一であるとともに、時間変化するものが増加している。これらの要望に応えて行くためには、多様な分光計測においてイメージング法を汎用的に利用可能とするとともに、それらの計測を高速化することで時分割計測に発展させるといった高性能化が必要である。また、in-situ/operando計測も特別な計測ではなくなりつつあり、さらに試料環境の多様化を進めるとともに、それらを複合計測で利用するために、反応セルなどの規格をビームライン間で統一するといった高性能化も進めて行く予定である。
参考文献
[1] H. Ohashi et al.: J. Phys. : Conf. Ser. 425 (2013) 052018.
[2] K. Nitta, Y. Terada: SPring-8/SACLA Annual Report FY2016 (2017) 70. [in Japanese]
[3] K. Nitta, O. Sekizawa: SPring-8/SACLA Annual Report FY2017 (2018) 68. [in Japanese]
[4] K. Nitta, O. Sekizawa: SPring-8/SACLA Annual Report FY2018 (in press). [in Japanese]
[5] T. Uruga et al.: SPring-8/SACLA Annual Report FY2017 (2018) 27. [in Japanese]
[6] K. Kato et al.: SPring-8/SACLA Annual Report FY2016 (2016) 32. [in Japanese]
[7] H. Asakura et al.: J. Am. Chem. Soc. 140 (2018) 176.
[8] K. Kato et al.: J. Phys.: Conf. Ser. 712 (2016) 012025.
[9] Y. Ikemoto et al.: Jpn. J. Appl. Phys. 54 (2015) 082402.
(公財)高輝度光科学研究センター
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