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Volume 25, No.2 Pages 130 -134

2. ビームライン/BEAMLINES

吸引力相殺型アンジュレータの開発とBL10XUへの導入
Development of an Undulator Based on a Force-Cancellation System and Installation in BL10XU

田中 隆次 TANAKA Takashi[1]、金城 良太 KINJO Ryota[1]、清家 隆光 SEIKE Takamitsu[2]、鏡畑 暁裕 KAGAMIHATA Akihiro[2]、備前 輝彦 BIZEN Teruhiko[2]、岸本 輝 KISHIMOTO Hikaru[2]、大橋 治彦 OHASHI Haruhiko[2]、山本 樹 YAMAMOTO Shigeru[3]

[1](国)理化学研究所 放射光科学研究センター RIKEN SPring-8 Center、[2](公財)高輝度光科学研究センター 光源基盤部門 Light Source Division, JASRI、[3]高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 Institute of Materials Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization (KEK)

Abstract
 吸引力相殺型アンジュレータとは、周期磁場を発生する上下磁石列の間に働く吸引力を相殺する機構を備えた、新たな概念に基づくアンジュレータである。同機構により、上下磁石列を保持し、またそれらのギャップを高精度に制御する駆動架台に加わる機械負荷が磁石列の自重程度にまで軽減される。このため駆動架台を構成する様々な部品への要求仕様が緩和され、その構造を大幅に簡素化することが可能になる。駆動架台の構造簡素化はアンジュレータの製造コストの削減や製造期間の短縮に極めて有効であるため、その実用化に向けた研究開発が著者らのグループによって行われてきた。原理検証や各種試験を経て最初の実用機が2018年3月に完成し、1年間のビーム試験を経てSPring-8のBL10XU用光源として導入された。
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SPring-8

 

1. はじめに
 SPring-8を始めとする放射光施設では、アンジュレータと呼ばれる装置が多数設置されており、電子ビーム軸の上下に対向して設置された磁石列が発生する周期磁場で電子を蛇行させることにより準単色な高輝度放射光を生成する。アンジュレータ放射光の波長は、電子のエネルギー、磁場周期長、及び磁場振幅に依存するが、一般的には上下磁石列の間隔(ギャップ)を制御することで磁場振幅を調整し、波長を選択する。
 一般的なアンジュレータでは、高エネルギー電子を十分に大きな振幅で蛇行させるため、強力な永久磁石(通常はネオジム磁石)が利用されており、この結果、上下磁石列に働く吸引力はメートルあたり1トン近くに達する。このため磁石列を保持するアンジュレータの機械部(駆動架台)は、(1)強力な吸引力の下で、(2)全長数メートルに及ぶ磁石列を上下に対向した状態で保持し、(3)それらのギャップを数ミクロンの精度で均一に保った状態で、(4)数ミリメートルの広範囲にわたって上下に昇降させる必要がある。これらの条件を満たすためには、高い機械剛性と機械精度が求められるため、アンジュレータの駆動架台は必然的に重厚長大で複雑な構造となる。
 上記の問題は、いわゆる真空封止型アンジュレータ(In-Vacuum Undulator: IVU)ではより顕著である。これは、真空槽内部に設置された上下磁石列間に働く強力な吸引力を、大気側に設置された駆動架台が制御する必要があるためであり、そのために膨大な数の部品類が必要となる。
 上述した問題の元凶となっているのは、上下磁石列間に働く強力な吸引力であることは明らかである。言い換えると、仮に「吸引力を何らかの方法で軽減する、さらには完全に相殺する」ことができれば、アンジュレータの駆動架台の構造は大幅に簡素化される。我々のグループではこの概念に基づく「吸引力相殺型アンジュレータ」の実用化、特に短周期領域におけるIVUへの応用に向けて研究開発を進めてきた。本稿ではその詳細について報告する。

 

 

2. 吸引力相殺の原理
 ある装置に加わる機械負荷を軽減する際に最も一般的なものは、バネを利用する方法である。実際、この目的のために駆動架台にバネが装着されたアンジュレータの建設例が多数報告されている。しかしながら、一般的なバネを利用するだけでは、アンジュレータの吸引力を完全に相殺することは不可能である。これは、アンジュレータの吸引力(F)がギャップ(g)に対して高度に非線形な挙動を示すためである。具体的には、

 

で与えられる。ここでλuは磁場周期長である。一般的なバネは変位に対して線形な力を発生するため、上記で示したように指数関数的な挙動を有する吸引力を完全に相殺することは不可能である。このため、全長やバネ係数が異なる複数のバネを利用する方法や、非線形バネを利用する方法などが提案され、一部は実用化されている。ただしこれらの手法では、吸引力発生源である磁石列から離れた位置においてバネを装着する構造が採用されており[1][1] N. Strelnikov et al.: Phys. Rev. Accel. Beams 20 (2017) 010701.、磁石列自体に働く吸引力が軽減されるわけではない。このため、真空槽内に磁石列を保持するIVUには適さない。この問題を避けるため、バネを磁石列自体に装着する方法も開発されているが[2][2] O. Marcouille et al.: Proceedings of IPAC2010, Kyoto, Japan, 3102-3104. (Geneva, Switzerland: JACoW)、この場合はアンジュレータの品質を検査するための磁場測定が困難であるという問題があり、精密な調整を必要とする短周期アンジュレータには適さない。
 上記の議論を踏まえ、我々はバネではなく補助磁石列が発生する反発力を利用する方法[3][3] T. Bizen et al.: AIP Conference Proceedings 705 (2004) 175-178.について検討を行った。補助磁石列を利用する方法とは図1(a)に示す通り、通常のアンジュレータ磁石列(主磁石列)の左右に、位相を反転した磁石列(従って反発力を発生する磁石列)を配置し、これら3列の磁石列をまとめて保持する方法である。左右に配置された反発磁石列の周期長を主磁石列と同一とすることで、同じギャップ依存を有する(ただし符号は逆の)磁気力が働き、磁石列の形状や寸法を最適化することで吸引力は完全に相殺される。この方式はIVUに容易に適用可能であり、また、従来の方法に基づく磁場測定も可能である。一方で、必要な永久磁石ブロックやそれに伴う部品類の数が3倍となり、必ずしもコスト削減につながらない恐れがある。

 

図1 補助磁石列を用いる吸引力相殺機構。(a)では補助磁石列として通常のアンジュレータ磁石列を、(b)では周期着磁された単一磁石を利用。

 

 

 そこで我々は図1(b)に示すように、反発磁石列に多極着磁法[4][4] S. Yamamoto et al.: Journal of Synchrotron Radiation 26 (2019) 1902-1910.で周期的に着磁された長尺単一磁石(以後、多極磁石)を利用する方法を提案し、これに基づく吸引力相殺機構の開発を行った[5][5] R. Kinjo et al.: Review of Scientific Instruments 88 (2017) 073302.。多極着磁法とは、周期長よりも長い(100 mm~200 mm程度)磁石ブロックをアンジュレータ磁石列と同様の周期構造で着磁する方法であり、本来は極短周期領域(10 mm以下)におけるアンジュレータの製造を容易にする方法として考案されたものである[4][4] S. Yamamoto et al.: Journal of Synchrotron Radiation 26 (2019) 1902-1910.。多極磁石が発生する周期磁場の振幅は通常のアンジュレータ磁石列が同条件で発生する値の7割程度であり、磁気力(∝磁場の平方)としては半分程度となるが、多極磁石の幅を主磁石列と同程度(左右2列分の合計で2倍)とすることで、吸引力を完全に相殺することが可能となる。この方式では、磁石ブロックや関連する部品類の数量増加は僅かであり、磁石列製造に関わるコストや労力は、通常のアンジュレータのそれと比較しても大差はない。またこの方式では、反発力の微調整が容易に可能である。具体的には、反発磁石列と主磁石列の垂直方向の相対位置(図1(b)のΔy)を最適化する。反発力(Fr)と吸引力(Fa)の比は、

 

で与えられるため、多極磁石底部に挿入するシム板の厚さなどを調整し、Δyを最適化することでFr/Faを実効的に1に近づけることが可能である。
 吸引力相殺試験結果の一例を図2に示す。全長140 mmの単一磁石ブロックを28 mmの周期で多極着磁し、同じ周期のアンジュレータ磁石列の左右に取り付けたサンプルを2つ対向させて設置し、それらのギャップを関数として磁気力を測定した。多極磁石が吸引力をほとんど完全に相殺していることがわかる。図2下段を見ると明らかなように、この条件では反発力が若干勝っているが、残留磁気力は高々1 kg程度であり、磁石列の自重よりも遥かに小さい。

 

図2 吸引力相殺試験結果の一例。点線は多極磁石なしの場合の計算結果。下段は上段と同じデータの拡大表示。

 

 

 ちなみに図2の例ではΔyを実験的に最適化するために、多極磁石底部に異なる厚さのシム板を挿入して測定を繰り返した。この結果、最適値Δy = -0.2 mmが得られた。このように、吸引力と反発力の測定結果が事前に予測された値と異なっていた場合でも、吸引力を相殺するためのパラメータ(Δy)を高い精度で容易に決定することが可能である。
 上記で述べた吸引力相殺機構の開発と並行して、吸引力相殺を前提とした軽量かつシンプルな構造を持つ駆動架台の開発や、組立作業や調整作業を効率的に行うための磁石列の開発などが行われた。これらを組み合わせることで、従来と異なる設計に基づく新たなIVUの概念が確立した。我々はこれをIVU-IIと称し、その標準化に向けた取り組みを進めている。

 

 

3. BL10XU用光源としてのIVU-IIの開発
 SPring-8では、前項で述べた標準化の一環として、BL10XU用光源としてIVU-IIの導入を決定し、2017年度に建設を開始した。アンジュレータパラメータを表1に示す。

 

表1 BL10XU用IVU-IIパラメータ
周期長 28 mm
全長 3.6 m
最小ギャップ 8 mm
最大ギャップ 40 mm
最大K値 2.3
最大磁場 0.87 T

 

 アンジュレータの全長3.6 mはSPring-8の次期計画SPring-8-IIにおける直線部の長さに適合するように決定した。また、現時点で許可される最小ギャップは8 mmであるが、機械的な設計としては5 mmまでが可能である。
 図3に、ギャップ8 mmにおける磁場分布測定結果から求めた位相誤差分布を示す。位相誤差とはアンジュレータの磁場品質を表す指標であり、物理的な意味としては、アンジュレータの各周期で形成される光パルスの時間的なばらつきを光の位相として表したものである。標準偏差は3°程度であり、これは一般的なアンジュレータとして十分に良好な値であり、吸引力相殺のための多極磁石による磁場性能への影響は無視できる(補正可能である)ことを意味している。

 

図3 調整作業完了後の位相誤差分布測定結果

 

 

 ちなみに、従来型のアンジュレータで位相誤差3°を達成するためには数週間以上に及ぶ調整作業(磁石ブロックの入れ替えや反転、いわゆるシミング)が必要であるが、今回製作したIVU-IIでは3日程度で完了している。これは、採用した磁石列の構造が効率的な調整作業を可能にしているためであり、その有効性を示している。
 上述した調整作業や組立作業、ベーキング作業などを経て、IVU-IIの実用第1号機が2018年3月に完成した。その後、1年間のビーム試験やギャップ開閉試験を経て、2019年4月にBL10XU用光源として運用を開始した。図4にSPring-8蓄積リングに設置されたIVU-II第1号機の写真を示す。

 

図4 稼働中のBL10XU用IVU-II

 

 

4. 今後の展望
 アンジュレータの開発において、本稿で紹介した吸引力相殺という概念は、駆動架台の簡素化という本来の目的以外にも様々な可能性を秘めている。その中でもギャップ開閉の高速化は重要な応用の一つである。数トンにも及ぶ吸引力のために、従来型駆動架台のギャップ開閉速度は毎秒数百ミクロン程度であり、このため、時分割XAFSのためにSPring-8のBL28XU、33XU、36XUなどで導入されているチャンネルカット結晶をサーボモーターで駆動するコンパクト分光器の波長変更速度に追随することができない。このためこれらのビームラインでは、テーパーアンジュレータと呼ばれる、磁石ギャップが上流から下流にかけて徐々に狭くなる(あるいは広くなる)特殊なアンジュレータを導入し、バンド幅を意図的に広げることで対応している。この場合、利用可能なフラックスは数分の1に減少するが、XAFS測定に必要なバンド幅においてほぼフラットなスペクトルが得られるため、高速な波長スキャンが可能となる。吸引力相殺型アンジュレータでは機械負荷が大幅に(2桁近く)軽減されるため、ギャップ変更速度の大幅な向上が可能であり、コンパクト分光器に匹敵するギャップ開閉が可能であれば、時分割XAFSという応用分野における光源性能の向上に大きく貢献することが期待される。ただしこのためには、アンジュレータのギャップとコンパクト分光器のブラッグ角との同期を担保することが重要であり、今後の研究開発の課題となる。

 

 

謝辞
 IVU-IIの開発にあたり、長谷川照晃氏(2018年3月まで理化学研究所在籍)、久間正之氏(2019年3月まで高輝度光科学研究センター在籍)のお二人に多大なるご支援・ご助力を頂いた。ここに感謝の意を表する。

 

 

 

参考文献
[1] N. Strelnikov et al.: Phys. Rev. Accel. Beams 20 (2017) 010701.
[2] O. Marcouille et al.: Proceedings of IPAC2010, Kyoto, Japan, 3102-3104. (Geneva, Switzerland: JACoW)
[3] T. Bizen et al.: AIP Conference Proceedings 705 (2004) 175-178.
[4] S. Yamamoto et al.: Journal of Synchrotron Radiation 26 (2019) 1902-1910.
[5] R. Kinjo et al.: Review of Scientific Instruments 88 (2017) 073302.

 

 

 

田中 隆次 TANAKA Takashi
(国)理化学研究所 放射光科学研究センター
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : ztanaka@spring8.or.jp

 

金城 良太 KINJO Ryota
(国)理化学研究所 放射光科学研究センター
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : r-kinjo@spring8.or.jp

 

清家 隆光 SEIKE Takamitsu
(公財)高輝度光科学研究センター 光源基盤部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : sesblg@spring8.or.jp

 

鏡畑 暁裕 KAGAMIHATA Akihiro
(公財)高輝度光科学研究センター 光源基盤部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : kagamihata@spring8.or.jp

 

備前 輝彦 BIZEN Teruhiko
(公財)高輝度光科学研究センター 光源基盤部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : bizen@spring8.or.jp

 

岸本 輝 KISHIMOTO Hikaru
(公財)高輝度光科学研究センター 光源基盤部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : khikaru@spring8.or.jp

 

大橋 治彦 OHASHI Haruhiko
(公財)高輝度光科学研究センター 光源基盤部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : hohashi@spring8.or.jp

 

山本 樹 YAMAMOTO Shigeru
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1
TEL : 029-864-5624
e-mail : shigeru.yamamoto@kek.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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