Volume 25, No.1 Pages 21 - 24
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第32回ヨーロッパ結晶会議(ECM32)報告
Report on the 32nd European Crystallographic Meeting (ECM32)
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 Diffraction and Scattering Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. はじめに
ヨーロッパ結晶学会が主催する32nd European Crystallographic Meeting(ECM32)が、2019年8月18日~23日の日程で、音楽の都としても有名なオーストリアの首都ウィーンにて開催された[1][1] https://www.ecm2019.org/home/。会場となったウィーン大学は、ヴォディーフ教会、市庁舎、国会議事堂といった歴史的な建築物が立ち並ぶ優雅な立地に位置する。
図1 会場となったウィーン大学のエントランス
ECM32の前日程には、ウィーン工科大学においてサテライトミーティングとして、様々な分野のワークショップも行われていた[2][2] https://www.ecm2019.org/satellites/。筆者はECM32に加え、タンパク質の構造解析ツールであるCCP4[3][3] http://www.ccp4.ac.uk/index.phpに関するワークショップ(CCP4 Structure Solution Workshop)、および結晶学を専門とする若手研究者のためのサテライト会議(Young Crystallographers Satellite Meeting)にも参加したので、これらについても簡単に紹介する。
なお、筆者の専門は生物物理学・タンパク質科学分野であり、会議中に聴講したシンポジウムも生物系の研究が多い。一度に6つのMicrosymposiaがパラレルセッションとして進行していたこともあり、報告内容分野が偏ってしまっている点にはご容赦いただきたい。
2. ECM32会議内容
ECM32の開会式では管楽器重奏によるファンファーレから始まり、実行委員長やIUCrの会長、来賓による挨拶が行われた。引き続いてMax Perutz Awardの授賞式および受賞講演が行われ、Oxford UniversityのProfessor Elspeth Garmanが受賞された。賞の名称になっているMax Perutzといえば、オーストリア出身の化学者であり、重原子置換法を用いてヘモグロビンのX線結晶構造を決定し、1962年ノーベル化学賞を受賞されたことは特に有名である(ちなみにウィーン大学にはMax Perutz Labsという研究所がある)。Garman教授の功績としては、生体分子の結晶構造学へ大きく貢献したことが評価された。具体的には、試料に対する放射性損傷について精力的に研究され、タンパク質結晶構造解析における放射線量(Dose)限界値を実験的に見積もったこと(Garman Limit)、そして放射線損傷量を見積もるツールの開発や放射線損傷メカニズム解明に大きく貢献されている。これらは、高輝度化が進む大型放射光施設では、タンパク質結晶・回折実験において重要な指標となっている。また、タンパク質結晶構造解析ビームラインでは自動測定を導入している放射光施設も多いが、その際にX線照射条件を決定する指標にもなるとのことである。現在では放射光X線結晶構造解析のみならず、XFELや溶液散乱(X線小角散乱)、材料系でも試料へのダメージを考慮する指標として用いられるようになってきた。この他にも、X線回折実験に使用するクライオピンなどのハンドツールの開発にも貢献し、現在も広く利用されている例などが紹介された。
2日目以降は、午前・午後の両方にPlenaryもしくは2件のKeynoteおよび、6つのMicrosymposia(12セッション/1日、計48)が分野のバランスが考慮されて組まれていた。Microsymposiaは、5つのFocus Area(1. Biological and Macromolecular Crystallography, 2. Materials and Minerals, 3. Physical Including Fundamental Crystallography, 4. Chemical Crystallography, 5. Experimental and Computational Techniques)および1つのGeneral Interestから構成され、全体的な印象としては施設関連(手法開発)、解析手法関連(ソフトウエア)、利用研究関連(試料調製や機能解析)と専門分野が多岐にわたっていたように感じた。また、近年飛躍的に進んでいるクライオ電子顕微鏡を利用した研究や解析手法の開発に関する発表も多数みられた。以下、会議で印象に残った内容をテーマごとに分けてピックアップした。
大型施設関連については、主にヨーロッパの放射光施設からいくつかのビームラインに関する発表があった。現在、第2フェーズアップグレード中のESRF(-EBS)では、加速器や光源性能の計画と合わせて、いくつかのエンドステーションに関する紹介があった。またEuropean XFELでは、MHz高繰返しパルスを生かしたポンプ・プローブ実験の紹介があった。一つの例として、時分割シリアルフェムト秒X線結晶構造法(TR-SFX)において、ポンプ光の後一定時間後に連続でXFELパルスを照射しピコ秒スケールの構造変化を追跡するというものであった。さらに、refocusing CRL(Compound Refractive Lens)を利用して、2つタンデムに並べた実験ステーションを設置予定とのことである。同じくドイツのPETRA-IIIでは、EMBL-Hamburgが管理運営するP13およびP14のMXビームラインの紹介があった。P14ではマイクロビームモードにおけるシリアル結晶構造解析に加え、CRLの設置、さらに、第2ハッチではポンプ・プローブの時分割実験専用のステーションT-REXX(Time-resolved experiments with crystallography)が整備されている。結晶構造だけでなく、高エネルギー位相差イメージング(トモグラフィー)も測定できるようにしているとのことであった。MAX-IVでは、BioMAXとMicroMAX(設置予定)についてのビームライン紹介があり、前者はモノクロメーターとKBミラーを使用したシンプルなビームラインで2017年に利用開始され、既に多くのユーザーが使用しているとのことである。一方、MicroMAXでは、1-10ミクロンのビームサイズを目指して設置計画されており、ビームラインとしてはモノクロメーター、多層膜ミラーを用いる計画で、2022年の利用開始を目指して建設中である。また、高速サンプルチェンジャー(試料交換時間18秒)や30近くのユニパックを設置することで、ハイスループット化を進める予定であるとのことであった。シリアル結晶学を利用したセッションでは、Diamond Light SourceやSACLAなどからの発表もあり、XFELでは主にSFXを、放射光でも固定ターゲットX線結晶構造法を行うステーションを整備しているとのことであった。各放射光施設におけるMXビームラインの傾向として、大きく2つの方針で進めており、一つは従来の結晶構造解析についてはハイスループット化を進め、もう一つはマイクロビームX線を用いたシリアル結晶構造解析や時分割測定を実施するビームラインを整備しているようであり、どこも共通しているように感じた。
ソフトウエア関連では、CCP4をベースに開発されたという内容が多く見受けられ、結晶構造のみならずクライオ電子顕微鏡で得られたデータ解析ソフトウエアの開発も活発に進められているようであった。また、大容量のデータを処理したり、保存したりするためのクラウドやデータベースに関する発表もあった。試料調製法にフォーカスを当てた発表も多く見られた。筆者も登壇したシンポジウム「MS03: Crystallisation and Biophysical Characterisation」では、タンパク質の結晶化に先駆けて、他の手法を利用して安定性などの評価を行い、その結果に基づいて戦略を立てるという発表があった。反射の良い(品質の良い)結晶を作製するためには、優れた物性のタンパク質を調製する必要があり、その評価方法としては熱安定性や光散乱を利用した形状解析が主流のようである。膜タンパク質では、GFPの蛍光融合として単離精製することで、微量でもスクリーニングがかけられること、また脂質キュービックフェーズ(LCP)や界面活性剤の選択においてもこれらの手法が有用であることなどが示されていた。さらに、安定性から結晶化スクリーニングまで、一連の解析を自動化したパイプラインの紹介もあった。
会議4日目の夜には、ウィーン・ハプスブルグ家の居城であり、世界遺産としても有名なシェーンブルン宮殿にて懇親会が開催された。弦管楽器のウェルカムファンファーレに続いて、着席フルコースの食事が提供された。
図2 懇親会が開催されたシェーンブルン宮殿
3. CCP4 Structure Solution Workshop
ECM32のサテライト会議として、2019年8月17日にウィーン工科大学で開催されたCCP4 Structure Solution Workshopに参加した。CCP4(Collaborative Computational Project Number 4)は、X線結晶構造の解析時に用いられるソフトウエアの集合体を指す。CCP4は、英国Diamond Light Sourceに隣接するResearch Complex at Harwellにて開発され、タンパクの質結晶構造解析に広く利用されている[4][4] M. D. Winn et al.: Acta. Cryst. D 67 (2011) 235-242.。今回のワークショップでは、ネットワークを利用してクラウド上にデータを上げて利用する方法が紹介された。これによって、出張先やタブレット端末でも、インターネット接続環境が整っていればいつでもどこでも解析できるようになったとのことである。使用の流れは従来と大きく変わりはないとのことであったが、Protein Data Bankへのデポジットは容易になったとのことであった。
4. Young Crystallographers Satellite Meeting
ヨーロッパ結晶連合(ECA)の若手研究者が主催した、Young Crystallographers Satellite Meetingが2019年8月18日にウィーン工科大学にて開催された。この研究会は、PhD candidateやポスドクといったキャリアの浅い研究者が、国際会議で口頭発表する機会を設けるために2013年から始めたとのことである。参加者の多くは、ECAに所属しているようであり、ECA以外では、筆者の他にも台湾や南アフリカの若手研究者が参加していた。9件の口頭発表に加え、ポスター発表も数件行われていた。発表分野としては材料・化学系が多い印象であったが、シミュレーションとの併用や、近年着目されている結晶化スポンジ法の利用、ビームラインの紹介など内容も多岐にわたっていた。中でも、タンパク質の結晶をArt(芸術)と見立てて、結晶学と芸術との融合分野を開拓しようとする若手PIからの発表は興味深く印象に残った。
図3 Young Crystallographers Satellite Meetingの集合写真
5. おわりに
ECM会議のプログラム最終日には閉会式が開催され、本会議の参加状況などについて報告があった。事前参加登録者は1000人を超え、ポスター発表が518件、招待講演が96件、口頭発表(selected)が145件、基調講演が16件とのことであった。今回のECMでは、講演者のバランスも考慮され、シンポジウムの座長や招待講演では女性研究者が多く登壇していたことも印象的であった。引き続いて、トラベルアワード、ポスターアワード、若手研究者講演賞の各種授賞式が行われた。最後に、IUCr2020がチェコのプラハで2020年8月22日~30日に開催され[5][5] https://www.xray.cz/iucr/、次回のECM33はフランスのベルサイユで2021年8月24日~28日に開催されることが述べられ、各実行委員長の挨拶や暫定プログラムの発表、熱意のこもった開催地宣伝が行われた。そして実行委員長やIUCr/ECA会長らの挨拶を以って、ECM32は幕を閉じた。
参考文献
[1] https://www.ecm2019.org/home/
[2] https://www.ecm2019.org/satellites/
[3] http://www.ccp4.ac.uk/index.php
[4] M. D. Winn et al.: Acta. Cryst. D 67 (2011) 235-242.
[5] https://www.xray.cz/iucr/
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
(現所属)
(独法)日本学術振興会 海外特別研究員
Department of Life Sciences, Imperial College London
Research Complex at Harwell, Rutherford Appleton Laboratory
Harwell Oxford, Didcot, Oxfordshire, OX11 0FA, UK
e-mail: s.inoue@imperial.ac.uk