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Volume 25, No.1 Pages 29 - 32

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

64th Annual Conference on Magnetism and Magnetic Materials(MMM2019)報告
Report on 64th Annual Conference on Magnetism and Magnetic Materials

大河内 拓雄 OHKOCHI Takuo

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光・イメージング推進室 Spectroscopy and Imaging Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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1. はじめに
 11月4日から8日にかけて、米国ネバダ州のラスベガス市で開催された64th Annual Conference on Magnetism and Magnetic Materials(MMM2019)について報告する[1][1] https://magnetism.org/
 本会議は、磁気物理や磁性材料に関連した分野を網羅する、今回で64回目を迎える歴史ある研究会である。米国の各地で毎年開催されるアメリカ国内の学術会議であるが、古くから日本をはじめ海外からも多く磁性研究者が集い、国際会議の様相を呈している。具体的な参加者数は把握しかねるが、発表数を概算したところ、オーラル、ポスター含めておよそ1,500件と非常に規模が大きな会議となっている。それでも発表応募者を全て受け入れられないようで、特に応募者の多い回では、発表の採択率が2倍以上になることもあるという。筆者も当初は口頭発表で応募をしたが、惜しくも発表枠に入ることができず、ポスターでの成果発表となった。
 今回の開催地となったラスベガス市のRio All-Suite Hotel & Casinoは、マッカラン国際空港からタクシーで約20分とアクセスがよい立地で、ホテル、会議場に加え、カジノ、バー、カフェ、レストラン、スパや専門店街などがひとつの敷地内に集約された複合施設となっている(図1)。各セッションが執り行われた会議室はいずれも広々としており快適であった。市内には同様の施設が連立していて、ラスベガスを訪れる観光客は、滞在するホテル内の施設で一通りの娯楽を体験できるようになっている。初日のレセプションも、施設内のプール付きの中庭で優雅に開催された。

 

図1 会議場となったホテル(Rio All-Suit & Casino)

 

 

2. 会議報告
 本会議は、磁性に関連した数多くの分野のセッション群で構成されている。セッション名やその規模はその時代における研究のトレンドを反映するが、特に公演数で目立ったものとして、“Antiferromagnetic Spintronics(反強磁性体のスピントロニクス)”、“Spin-Orbit Torques(スピン-軌道トルク)”、“Magnetization Dynamics(磁化ダイナミクス)”、“Damping, Interfaces, and Anisotropy(ダンピング、界面および異方性)”、“Skyrmions in Multilayers(多層膜中のスキルミオン)”などが挙げられる。10年以上前のトレンドであった磁気多層膜、巨大磁気抵抗効果、磁性微粒子、メスバウアー分光などと比べると大きく様変わりしており、例えば当時、最先端の技術であったマイクロ~ナノの微細加工は現在では当たり前の技術であり、また、高周波や光パルスに対する応答といった微小時間におけるダイナミクスは、当時は強磁性共鳴(FMR)などごく限られた現象であったが、現在は複数の分野にまたがった重要な研究対象となっている。また、これまであまり注目されてこなかった、反強磁性体やスピン-軌道相互作用やヘテロ接合を巧みに利用したエレクトロニクス的な研究の増加も特筆すべきである。磁性研究における放射光の役割としては、元素選択性を持つX線磁気円二色性(XMCD)分光をはじめとして当時から息長く活躍しており、現在も、ナノ集光ビームや時分割測定など、さらに進展した技術が盛んに利用されているが、本会議内の分類として、放射光という独立のセッションが昔も今も存在しないのは少し残念なところである。しかしこれは逆に、放射光が研究分野を問わず、標準的なツールとして満遍なく浸透していることの証であるのかも知れない。
 具体的なセッション内容としては、初日の11月4日にplenaryなチュートリアル講演があり(筆者は不参加)、11月5~8日の4日間が招待講演と一般公演(口頭・ポスター)からなるプログラムとなっていた(図2)。口頭発表の持ち時間は招待講演では36分(質疑応答を含む)だが、一般公演では12分(質疑応答含む)で、発表者が持ち時間ぎりぎりまで話した場合や質問が出ない場合には質疑応答が完全に省かれることもある。また、平均的な質疑数も1~2件と簡素で、一つの話題を掘り下げて討議するというよりは、短時間でたくさんの情報を一気に収集することを前提とした構成になっている。口頭セッションは半日の間に平均9セッションが並行して行われ、うち1セッションが招待講演のみで構成されるSymposiaとなっていた。ポスターも、半日あたり約8セッション分(100件以上)のポスターが4日目の午後を除き連日の午前と午後に入れ替わりで掲示されていたが、口頭セッションが少し早い時間(午前は11時過ぎ頃、午後は16時過ぎ頃)に終了するスケジュールとなっていたため、口頭セッション聴講後の1時間程度、ポスター会場に寄って情報収集することが可能であった。なお、ポスター発表者は掲示時間の3時間のうち最初と最後の1時間は常にポスターの前で説明のために待機する必要があり、時折、数人のセッションチェアが待機時間を守っているか、内容をきちんと説明できるかをチェックに回っていた。条件を満たさなかった場合はno showとなり、発表は行われなかった扱いとなる。

 

図2 口頭発表(上)およびポスター発表(下)の会場の様子

 

 

 以下、筆者が聴講したセッションを中心に、内容と感想を紹介する。“Spin-orbit torque”(スピン-軌道トルク)は、磁性体薄膜と接合された非磁性重金属膜の持つ強いスピン・軌道相互作用を利用して、磁性層のスピンの流れを(磁場でなく)電流により生み出すという、近年注目されているスピンエレクトロニクス(略してスピントロニクスと呼ばれる)の中でも特に精力的に研究が進められている分野である。このセッションでは、異常ホール効果と類似の効果を利用し、単一の強磁性体薄膜中にスピンのねじれを生み出すanomalous spin-orbit torques(異常スピン-軌道トルク)という新規現象の話題が特に興味を引いた。また、界面での酸化物層の影響や利用など、材料学的な視点での評価・探索に関する発表件数が多かった。
 “Antiferromagnetic spintronics”は、反強磁性体を材料として利用したスピントロニクス分野のセッションである。反強磁性体は正味の磁化が打ち消しあっているため、漏れ磁場や磁気擾乱がなく安定であることや、高周波資源としてまだ利用の少ないTHz域に磁気共鳴周波数を持つことから、反強磁性の磁壁や磁区構造を電気的に制御することによりこれまでにない高速・安定な磁気デバイスの開拓が期待されている。このセッションでは理論・実験に関する話題がバランスよく配分されており、双方ともお互いを意識した建設的な議論が交わされた。反強磁性というと正味の磁化が相殺されており、通常の磁気検出法では検出できないため、X線磁気線二色性(XMLD)を利用できる放射光にこれまで強みがあったが、今回の報告ではOptical Birefringence effectというレーザーの光学効果を用いた斬新な顕微分光手法によるNiOの反強磁性磁区の観察の報告があり[2][2] J. Xiu et al.: Phys Rev B 100 (2019) 134413.、相補利用の観点で注視すべき内容であった。また、およそ370 Kに強磁性と反強磁性の点移転を持つFeRhを用いて、pドープとnドープのFeRhの2層ナノピラーに電圧を印加することにより強磁性と反強磁性の実効的な界面を変化させ、正味の磁気特性と電気特性を任意に変調させるという手法もとてもユニークであった。その他の発表として、これまでこの分野では反強磁性材料として、磁気構造の比較的よく知られたNiOがよく用いられていたが、Cr2O3やFe2O3など、複雑な磁気構造をもった反強磁性体を利用する動きも散見され、その磁区構造を直接可視化できる放射光XMLDによる光電子顕微鏡(PEEM)観察が近い将来、活躍する予感もした。
 “Machine Learning in Magnetism”は、近年、どの研究分野においても将来的に必須の解析ツールとなると考えられている機械学習の、磁性分野における動向報告である。本セッションは招待講演のみの構成であったが、多元系合金の合金形成と磁性発現の可能性に関する予測マッピングの創製、放射光分光型顕微鏡によって得られた2次元スペクトルデータの解析の汎用化、また、レアメタルを抑制した永久磁石材料の開発を目指した、人工的な微粒子構造と磁気特性の相関を計算した報告など、いずれも緻密な解析プロセスによって得られた素晴らしい結果であった。この機械学習分野は、これまで普通の物質研究を行っていた実験的・理論的研究者の一部がインフォマティクスというトレンドに乗って始めた仕事が報告されているのが現状であるように見受けられたが、将来的にどの研究分野にとっても普遍的かつ汎用的な解析ツールとして機能するためには、(研究者だけでなく)専門の技術スタッフの充足化、ソフトウェアや計算機システムの共通化・一般化など、まだまだ多くの課題が待ち受けていると考えられる。その意味では、インフォマティクスを専門としたセッションや研究会においては、個別の成果報告だけでなく、その運用を目指した将来計画に関する討議がなされることも重要なのかもしれない。いずれにしても今後の動向に関して目が離せない分野である。
 “Ultrafast control of magnetism”は、GdFeCoなどのフェリ磁性薄膜の磁化方向を、フェムト秒レーザーを用いて高速に制御できるという報告[3][3] C. D. Stanciu et al.: Phys. Rev. Lett. 99 (2007) 047601.が発端となって発展した研究分野が中心となったセッションである。このセッションの話題からの印象では、フェリ磁性とフェロ磁性の薄膜を接合させてその系内でレーザーパルス誘起のスピン流を発生させて所望の磁化のコントロールを行うなど、現在は主に材料学的な観点での地道な研究が進められているようである。その一方で、フェムト秒分解磁気ダイナミクス解析を指向したEuropean XFELでの磁気ホログラフィック測定の試みや、レーザーの波長1サイクル内(数フェムト秒内)での磁気励起現象(光電場の振動によって引き起こされた電荷反跳によるスピン-軌道の角運動量の授受)を、数100アト秒分解で観測した磁気円二色性測定など、斬新な成果もあった。
 “Spin waves: propagation & detection”のセッションでは、スピン波と音波との結合を利用した磁気伝達の制御法に関する話題が多く、著者の関係ビームラインでも類似の試みがなされている内容で興味深かったが、その他にも、スピン軌道トルクを利用してDC電流のみでスピン波を発生させる機構などユニークな報告もあり、全体的に理論計算との整合性も良いため、学術的な興味と実用への期待が高まる内容であった。
 また、部分的に聴講した“Interfaces: Perpendicular anisotropy and DMI”のセッションでは、筆者の担当ビームラインを利用しているユーザーグループの修士学生が口頭発表で奮闘する姿も見ることができた。
 以上の他にも、本稿では紹介しきれない興味深い内容が盛り沢山であった。また、小角X線共鳴磁気回折によるカイラル磁性の構造決定や、3次元磁気トモグラフィーによる磁気特異点の実空間同定など、セッション時間の重複のために残念ながら聴講することのできなかった話題もいくつかあったが、本研究会のホームページが開設されている間は予稿集をフリーアクセスで閲覧することができるため[4][4] https://www.magnetism.org/storage/app/media/docs/2019%20MMM%20Final%20Abstract%20Book%2020191028.pdf、引き続き情報収集に活用したいと考えている。

 

 

3. おわりに
 筆者として、本MMM会議は博士課程の学生の頃に参加して以来2度目、14年ぶりであった。近年は所内業務の多忙さもあり、小規模な研究会への参加にとどまることが多かったが、このような大規模な学術会議に参加し、普段関連が少ない分野も含めて情報や知識を広く収集できたことは大いに刺激になった。特に、スピン波やスキルミオン、超高速磁化ダイナミクスなど、放射光の活用により実験室系の成果では得られない直接的な情報が期待される分野では、現在の放射光利用例を知るだけでなく、今後の開発によって可能性のある放射光測定がどういったものかを想像しながら情報収集をしていくと、今後の装置開発の策定やユーザー拡大に大いに役立つはずである。
 次回のMMM2020は、フロリダ州で2020年11月2~6日に開催されると告知があった。

 

 

 

参考文献
[1] https://magnetism.org/
[2] J. Xiu et al.: Phys Rev B 100 (2019) 134413.
[3] C. D. Stanciu et al.: Phys. Rev. Lett. 99 (2007) 047601.
[4] https://www.magnetism.org/storage/app/media/docs/2019%20MMM%20Final%20Abstract%20Book%2020191028.pdf

 

 

 

大河内 拓雄 OHKOCHI Takuo
(公財)高輝度光科学研究センター
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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