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Volume 24, No.4 Pages 406 - 409

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第16回SPring-8産業利用報告会
The 16th Joint Conference on Industrial Applications of SPring-8

佐藤 眞直 SATO Masugu

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 産業利用推進室 Industrial Application Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 産業用専用ビームライン建設利用共同体(サンビーム共同体)、兵庫県、(株)豊田中央研究所、(公財)高輝度光科学研究センター(JASRI)、SPring-8利用推進協議会(推進協)の5団体の主催、及びフロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体(FSBL)、SPRUC企業利用研究会、光ビームプラットフォーム、(一財)総合科学研究機構中性子科学センター(CROSS東海)、(一財)高度情報科学技術研究機構(RIST)、茨城県、あいちシンクロトロン光センター、佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター、中性子産業利用推進協議会の協賛で第16回SPring-8産業利用報告会が9月5日、6日に川崎市産業振興会館において開催された。
 本報告会は、主催団体の4団体(サンビーム共同体、兵庫県、(株)豊田中央研究所、JASRI)がそれぞれ運用する専用及び共用ビームラインにおける成果の報告会のジョイントとして構成され、その目的は、(1)産業界における放射光の有用性を広報するとともに、(2)SPring-8の産業利用者の相互交流と情報交換を促進することにある。また、SPring-8立地自治体の兵庫県がSPring-8の社会全体における認識と知名度を高める目的で2003年度より設置した「ひょうごSPring-8賞」の第17回受賞記念講演が今年も併催された。
 2004年の開催から16回を数える今回の総参加者は258名で、口頭発表やポスター発表、技術交流会において活発な議論と産業分野を跨いだ交流が行われ、今回も前述の開催目的に沿った、SPring-8の産業利用の「今」を伝える最良の情報発信の機会となった。

 

 

2. 口頭発表(1日目)
 報告会1日目の口頭発表は、9月5日の午後1時より会場1階のホールにおいて行われた。最初のセッション1の開催挨拶は、主催団体を代表してJASRIの雨宮理事長から挨拶があり、日本の科学技術力の競争力維持に対する放射光科学の重要性を述べられるとともに、放射光科学を活用した産業界における「チャレンジ」を促す上での産学連携の大切さと難しさについての考えに言及され、この産学連携の促進には産業界と学術界のコミュニケーションが大事であり、本報告会のような場でぜひ活発化してほしいとの希望を述べられた。
 次のセッション2では、「兵庫県成果報告会」が行われた。まず横山放射光ナノテクセンター長から、SPring-8の兵庫県ビームライン(BL08B2、BL24XU)とニュースバルにおける産業利用の取り組みの現状について報告があり、その後、これら施設の利用成果について5件の発表があった。
 最初の発表は、(株)豊田中央研究所の米山氏より、「樹脂/金属直接接合体における樹脂結晶化度が気密性に及ぼす影響」というタイトルで、車体の部材として用いられる樹脂(PPS)とアルミの直接接合体において、接合界面の気密性が樹脂の成型条件に依存するメカニズム検討のため、マイクロビームX線散乱によりPPS/アルミ接合界面近傍のPPSの結晶状態の分布を評価し、その結晶状態と気密性の相関を調べた結果について報告があった。(株)神戸製鋼所の小澤氏からは、「放射光と計算科学を活用した金属材料劣化挙動の解析」というタイトルで、鉄鋼材料の腐食表面について転換電子収量法による2次元XAFS測定を行い、得られたFe-K吸収端のXAFSスペクトルのマッピングデータからNMF-SO法による多変量解析によって腐食生成物の組成分布を評価した結果を発表された。(株)アトラステクノサービスの鯛氏からは、「真空フライによるケールの高機能化と構造・機能性・おいしさ評価」というタイトルで、真空下で食用油を熱媒体として食品を100°C以下の低温で加熱することにより食品へのダメージを抑えて乾燥処理することができる調理法「真空フライ法」を施したケールについて、原料の収穫時期や下処理の違いによる内部組織や化学成分分布への影響をX線CT及び蛍光X線分析によって評価した結果について報告された。兵庫県立大学の中西氏からは、「動作中蓄電池材料中軽元素成分の反応解析とニュースバル放射光施設 軟X線XAFSの将来構想」というタイトルで、ニュースバルのBL05A/B、BL06ビームラインにおいて取り組んでいるリチウム2次電池の充放電動作中の評価を目的としたオペランドS-XAFS測定技術の開発及びビームラインの整備状況について報告された。兵庫県立大学の山口氏からは、「シンクロトロン光プロセス」というタイトルで、ニュースバルで取り組まれているLIGAプロセスによる微細加工技術の開発研究の現状について紹介された。
 セッション3の「第19回サンビーム研究発表会」では、サンビーム共同体幹事の住友電気工業(株)の山口氏から報告された共同体の活動趣旨説明の後、同共同体が運用するSPring-8の産業用専用ビームラインサンビーム(BL16B2、BL16XU)を利用した共同体参加企業の成果について5件の発表があった。
 最初にパナソニック(株)の関本氏から、「HAXPESによる有機−無機ハライドペロブスカイト太陽電池の接合界面解析」というタイトルで、鉛系有機−無機ハライドペロブスカイト(OIHP)太陽電池の光劣化メカニズムについてOIHP層/電子・正孔輸送層界面近傍の構成元素(Pb、I)の化学状態と光劣化の相関評価をHAXPES測定によって行い検討した結果について報告された。日産自動車(株)の秦野氏からは、「高エネルギーバッテリー開発における放射光利用解析技術」というタイトルで、リチウムイオン電池の高容量化活物質であるシリコン系負極材の耐久性向上のカギである電解液との副反応抑制を目的として同負極材の反応表面をHAXPES測定で評価した結果について報告された。(一財)電力中央研究所の小林氏からは、「充放電サイクルによるリチウムイオン電池の正負極における運用領域変化の非破壊解析」というタイトルで、電力貯蔵用リチウムイオン電池の劣化メカニズム解明をもとにした寿命予測を目的として、充放電過程におけるラミネートセル中の正負極材の結晶構造変化を高エネルギーX線を用いた時分割その場X線回折測定によって評価した結果について報告された。大阪大学の林田氏からは、「硫酸ミスト環境において金属塩含有樹脂を被覆した炭素鋼に形成した腐食生成物のXAFS解析」というタイトルで、火力発電所の排ガス下の厳しい酸性腐食環境における鉄鋼材耐食性向上技術として考案されたNiイオン(NiSO4)含有樹脂塗布技術に対する関西電力(株)及び同技術を開発した(株)京都マテリアルズとの共同研究で、鉄腐食生成物に対するNiイオン添加の効果についてNi-K吸収端のXAFS測定により検討した結果を報告された。ソニー(株)の稲葉氏からは、「X線吸収微細構造とX線回折によるGaInN/GaN単一量子井戸の解析」というタイトルで、GaInN/GaN量子井戸構造を持つLEDやLD等の発光デバイスにおける発光効率の劣化原因となると考えられるInの凝集に起因する組成むらについてX線回折とXAFSを用いて評価した結果を報告された。

 

写真1 口頭発表の様子

 

 

3. 技術交流会
 この後行われた技術交流会では、総参加者の約半数近くの117名が参加し、活気溢れる雰囲気の中で行われた。最初にSPring-8利用推進協議会副会長の川崎重工(株)牧村顧問代理の同社技術開発本部技術研究所 洲河部長から開会の辞が述べられた後、理化学研究所放射光科学研究センターの石川センター長から挨拶が述べられた。乾杯はサンビーム共同体運営委員長の住友電気工業(株)の木村氏から挨拶された。
 例年同様、産業分野と産学官の所属を跨いだ、幅広いSPring-8利用者間の熱い交流が行われ、正にSPring-8産業利用の「多様性」を象徴する会となった。
 1時間半ほどの歓談の後、閉会の辞が川崎重工(株)技術研究所テクニカルアドバイザーの巽氏から述べられ、盛会のうちに終了した。

 

 

4. 口頭発表(2日目)
 2日目は、午前9時30分より口頭発表のセッション4「JASRI共用ビームライン実施課題報告会」から始まり、6件の共用ビームラインの利用成果が報告された。
 まず、東京理科大学の石田氏から、「ソフト化学法により合成したリチウム電池正極材料」というタイトルで、リチウムバッテリーの低コスト化、高容量化を目指した開発における次世代正極材料の候補であるMn系正極材料について、その化学組成を放射光X線回折、中性子回折、XAFSを用いた多面的分析により解析した成果について報告された。京都大学の中村氏からは、「薄膜エレクトロニクスのためのn型有機半導体の分子配向制御」というタイトルで、ペロブスカイト太陽電池の電子輸送層を担う有機半導体薄膜について、BL19B2において実施した微小角入射X線回折測定による配向評価で検証しながら進めてきた分子構造設計による配向制御技術開発の成果を報告された。住友電気工業(株)の館野氏からは、「HAXPESによるポテンシャルプロファイル導出における電子・正孔対発生の影響の研究」というタイトルで、AlGaN/GaN高移動度トランジスタにおいて課題となる電流コラプス(高電圧で動作させるとオン抵抗が大きくなる)の抑制を目的として、その原因と考えられるヘテロエピ界面での電子の捕獲につながる界面近傍のポテンシャル分布のHAXPES(BL46XU)による評価の成果について、特に放射光入射によって発生した電子・正孔対の影響を考慮して解析した解析結果を報告された。(株)大阪合金工業所の小川氏からは、「シンバルの減衰特性に対する金属組織の影響」というタイトルで、シンバルの音色を決めるパラメータの1つである音の減衰時間の制御メカニズムの解明を目的として、BL19B2で実施した高エネルギーX線回折による素材の合金組成及び加工プロセスに依存するシンバル中の結晶組成と減衰特性の相関評価の結果について報告された。(株)神戸製鋼所の山口氏からは、「高分解能観察を利用したAl-Fe系金属間化合物の晶出挙動の解明」というタイトルで、アルミニウムの再利用において課題となる混入した不純物金属との合金析出挙動の制御技術開発を目的としてBL20XUで実施した、難除去元素であるFeとAlの化合物の溶融状態からの晶出形態の時分割透過X線イメージングによるその場観察の結果について報告された。東京理科大学の小嗣氏からは、「X線回折による貴金属フリー規則合金薄膜の構造評価」というタイトルで、貴金属フリーで高磁気異方性を示す新規機能性材料として期待されるL10型FeNi規則合金のパルスレーザー蒸着法による合成成膜技術の開発研究について、同方法で作成した薄膜の磁気異方性と、BL46XUで実施した異常分散効果を活用した微小角入射X線測定で評価したL10型結晶構造の規則度との相関について検討した結果を報告された。
 昼食休憩をはさんだポスターセッションの後、午後3時より開始されたセッション5の「第10回豊田ビームライン研究発表会」では、豊田ビームラインBL33XUにおいて(株)豊田中央研究所が実施した研究成果2件が発表された。
 1件目の上山氏の発表では、「機械学習による放射光ラミノグラフィ像の高画質化」というタイトルで、ハイブリッド車や電気自動車の制御を担うパワーモジュールの信頼性向上を目的とした異種接合部の疲労破壊メカニズム検討の為実施したラミノグラフィ法を用いたX線イメージングによるパワーモジュール内部非破壊観察について、機械学習を用いて同手法で課題となるアーティファクトの低減対策を検討した結果を報告された。2件目の樋口氏の発表では、「3次元放射光イメージングによる燃料電池触媒層のクラック起点解析」というタイトルで、触媒微粒子の分散液の塗布・乾燥によって製膜されている燃料電池の触媒層について、その製膜時に発生するクラックの発生メカニズムを検討するために実施したその場X線イメージング測定とラミノグラフィ測定の結果を報告された。
 セッション6の「ひょうごSPring-8賞受賞記念講演」は、午後3時40分より開催された。今年度はクラシエホームプロダクツ(株)の簗瀬氏が、「ナノ構造情報に基づく乾燥肌を惹起しないボディウォッシュの開発」で受賞された。講演では、ボディウォッシュで課題となる風呂上がりの皮膚の乾燥抑制を目的とした技術開発研究において、皮膚のバリア機能を担う角質層の細胞間脂質のラメラ構造に対してボディウォッシュの主成分である界面活性剤が及ぼす影響についてSPring-8で実施した小角X線散乱測定によって得た知見をもとに皮膚角質層の損傷を抑制した商品開発に成功した経緯をご紹介いただいた。
 最後のセッション7では、(公財)科学技術交流財団あいちシンクロトロン光センターの竹田所長から報告会全体の講評をいただいた。まず、産業利用分野が非常に広がってきていることが印象的であったことを述べられ、分野拡大において重要な新規の放射光ユーザーの入口をどうするかという課題について、コーディネーター等の間に立つ施設側のスタッフの資質が産学問わず大切であるというご意見を、あいちシンクロトロンの経験を踏まえて提言された。また、外部発表を主要なミッションとしない産業利用において成果のアピールが施設側の課題になる点について言及され、この成果の深化において産学連携を活用してほしいという希望を述べられた。最後に、JASRI山口常務理事から閉会の挨拶が述べられ終了した。

 

写真2 口頭発表における聴講者の様子

 

 

5. ポスター発表
 セッション4の後、ポスター発表が昼食休憩をはさんで午前11時40分からと午後1時40分からの1時間ずつ2回のコアタイムを設けて会場4階の企画展示場で行われた。主催団体のサンビーム共同体28件、兵庫県23件、豊田中央研究所7件、JASRI共用ビームライン33件、協賛のFSBLから2件、SPRUCの分野融合研究グループから2件(ナノデバイス科学、実用)の計95件の研究成果発表のポスターに加えて、ひょうごSPring-8賞、SPring-8利用推進協議会、茨城県、CROSS東海、RIST、中性子産業利用推進協議会、あいちシンクロトロン光センター、光ビームプラットフォーム、佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター、SPRUC企業利用研究会、JASRI(産業利用推進室、利用推進部)から合わせて21件の施設紹介や利用制度、利用者動向などのポスターが掲示された。今年は、(1)装置・分析技術、(2)エネルギー・資源・電気化学、(3)触媒、(4)高分子・有機材料、(5)半導体・電子材料、(6)食品、(7)金属・機械、(8)ビームライン、(9)その他、の分類で展示された。第11回よりこの分野別展示が実施されるようになってから、各分野で共通の興味を持つ参加者が集まりやすくなり、より充実した議論が交わされるようになったが、さらに自分の分野と違う分野のポスターの前で質疑をしている参加者も見られ、分野間の交流も進んでいる様子もうかがわれた。

 

写真3 ポスター会場の様子

 

 

6. おわりに
 こうして本年の産業利用報告会が無事、盛況のうちに終えることができた。準備段階から当日の会場運営、さらに事後の取りまとめなど、主催5団体の事務局のご尽力と共催団体の関係者各位のご協力にこの場を借りて感謝の意を表したい。

 

 

 

佐藤 眞直 SATO Masugu
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 産業利用推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0924
e-mail : msato@spring8.or.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794