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Volume 24, No.3 Pages 250 - 256

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

専用ビームラインの研究から ~BL28XU(京都大学)~
水系亜鉛二次電池の課題と性能劣化原因の解析
Study on Performance Deterioration Mechanism of Water-Based Zinc Secondary Battery

中田 明良 NAKATA Akiyoshi[1]、木内 久雄 KIUCHI Hisao[1]、森田 将史 MORITA Masahito[1]、福田 勝利 FUKUDA Katsutoshi[1]、安部 武志 ABE Takeshi[2]

[1]京都大学 産官学連携本部 Office of Society-Academia Collaboration for Innovation (SACI), Kyoto University、[2]京都大学 大学院工学研究科 Graduate School of Engineering, Kyoto University

Abstract
 近年、次世代二次電池候補として亜鉛空気電池をはじめとする水系亜鉛二次電池が再注目されている。亜鉛負極は水系電解液中で作動する多価金属電極であり、高容量・高エネルギー密度のキーマテリアルであるため、1970年代から精力的に二次電池化の研究が進められてきた。しかしながら、亜鉛負極の様々な劣化モードが課題となり、現在に至るまで実用に耐えうる安定性能を満たすほどには十分に克服出来ていない。ここでは亜鉛負極の課題と性能劣化に関して、BL28XU(RISING2(京都大学)ビームライン)から得られた最新の知見を紹介する。
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SPring-8

 

1. はじめに:水系亜鉛二次電池の様式
 近年の蓄電池の高容量化・高エネルギー密度化にあって安全性の高い水系電解液が改めて見直されている。亜鉛(Zn)は水系電池系の中でもとりわけ卑な電極電位:E0 = -1.25 V vs. 標準水素電極(SHE)および高い比容量:820 Ah kg-Zn-1を有する多価金属負極であり(図1)、アルカリ乾電池をはじめとする水系一次電池に広く利用されてきた。亜鉛極の水素発生過電圧は水銀に続いて高く、これにより水素発生電位から約0.4 Vも卑な電位でありながら水素発生を抑えて水系電解液での作動が可能となっている。また、自己放電やイオン伝導度の観点から通常電解液には中性~アルカリ水溶液が選択されており、特に酸化亜鉛(ZnO)を飽和溶解した高濃度水酸化カリウム(KOH)水溶液が頻繁に用いられている。

 

図1 金属負極の理論容量と電極電位(アルカリ電解液)

 

 

 その他の特長として低コスト、平坦な放電電圧など複数の利点をあわせ持つため、水系亜鉛二次電池は比較的古くから開発が進められた。中でも亜鉛空気電池は、正極活物質として空気中の酸素(O2)を用いる電池系であり実質的に電池内部には亜鉛活物質のみを詰め込むことが出来る。そのため、1930年代から航路標識や通信機器用大型電源として一次電池の商用化がはじまり、補聴器、携帯電話用など人に近い小型電源として普及してきた。二次電池化についても車載用など大容量電源をターゲットとして1970~90年代を中心に研究開発がなされ、近年においてもリチウムイオン電池(LIB)をはじめとする現行電池系の理論エネルギー密度を凌駕する1350 Wh kg-1が見積もられるため、次世代二次電池候補としてその重要性が改めて見直されている[1][1] D. Bresser, K. Hosoi, D. Howell, H. Li, H. Zeisel, K. Amine and S. Passerini: J. Power Sources 382 (2018) 176-178.。水系亜鉛二次電池の充電法として上記大容量電源用途の背景もあり、大きく分けて二方式によって検討されてきた。
 一つにはメカニカルチャージ(機械的充電)方式がある[2][2] J. Goldstein, I. Brown and B. Koretz: J. Power Sources 80 (1999) 171-179.。これは主として車載用電池としての考えから、ガソリンスタンドのように亜鉛供給が可能な市中設備で放電後のZnO(および電解液)を取り出し、Zn金属を再充填するという極めて燃料電池に近い方式である。
 二つ目に従来二次電池同様の電気的充電方式があげられる。特に、車載用および電力貯蔵用としてフロー式亜鉛二次電池が考案されてきた[3][3] G. Savaskan, T. Huh and J. W. Evans: J. Appl. Electrochem. 22 (1992) 909-915.。亜鉛粒子または電解液をポンプ循環することによって電解液の対流を促し、充放電効率およびサイクル特性が向上する。しかしながら、ポンプや流路など大きな補機・設備類を要するため、エネルギー密度が制限される。つまり、非フロー式で充放電可能な亜鉛二次電池がエネルギー密度を最も理論値に近づけることが出来るが、近年においてもこのような非フロー式二次電池の製品化は定着しておらず、実用化への根深い課題が考えられる。

 

 

2. 亜鉛極の二次電池化への課題
 亜鉛極のアルカリ電解液における半電池反応式は、下記(1)式のように表現出来る。

Zn + 2OH = ZnO + H2O + 2e ・・・ (1)

 しかしながら、実際は下記(2)、(3)式で構成されており、電気化学反応(2)により生成する亜鉛酸イオン(Zn(OH)42-)によって電位が決定され、後続の化学反応(3)によって最終放電生成物であるZnOが析出するとされている。ただし、放電条件によってはZnO飽和溶解度(8 mol dm-3 (M) KOH中に約1 M ZnOが溶解)の数倍以上も溶解する過飽和亜鉛溶解が進行する。過飽和亜鉛溶解種は非平衡状態にあるため、最終的に(3)式の分解反応が進行して熱力学的に平衡状態にある飽和溶解度に落ち着くが、これには月単位の時間を要する。

Zn + 4OH = Zn(OH)42− + 2e ・・・ (2)
Zn(OH)42− = ZnO + H2O + 2OH ・・・ (3)

 このように、亜鉛の充放電反応は非常に複雑な反応経路を経由しており、電解液中に過剰な亜鉛溶解種を含む溶解析出反応系である。そのため、充放電サイクル中長期において、電池内の様々な場所で亜鉛活物質が不均一に析出し、充放電に好ましくない結果を引き起こす。亜鉛極の二次電池開発例として亜鉛ニッケル電池があげられるが、実際に製品化されながらも主に下記二点の形状課題により安定供給が困難にあった。

・デンドライト成長
・シェイプチェンジ(形状変化)

 これらの課題は、McLarnonらが1991年に報告したReviewで良くまとめられている[4][4] F. R. McLarnon and E. J. Cairns: J. Electrochem. Soc. 138 (1991) 645-664.。一方で、劣化メカニズムについては解体観察や間接的評価法にもとづく議論が中心であり、近年LIBにみられるような“その場”測定法による評価例はほとんどみられない。
 我々は劣化メカニズムを正確に把握することによりサイクル特性改善へと還元出来るものと考え、半世紀前には困難であったin situならびにoperandoなその場測定法を取り入れて、水系亜鉛二次電池の真の劣化メカニズムを究明する試みを行っている。本稿では、革新型蓄電池先端科学基礎研究(RISING)事業および革新型蓄電池実用化促進基盤技術開発(RISING2)事業で運用されているBL28XUを主に用いて得られた成果について紹介する。

 

 

3. SPring-8のBL28XUの特徴
 BL28XUは、2009年から2016年まで行われたRISING事業の中核研究機関である京都大学が高度解析技術の一つとして、2011年よりSPring-8に建設したビームラインである[5][5] H. Tanida, K. Fukuda, H. Murayama, Y. Orikasa, H. Arai, Y. Uchimoto, E. Matsubara, T. Uruga, K. Takeshita, S. Takahashi, M. Sano, H. Aoyagi, A. Watanabe, N. Nariyama, H. Ohashi, H. Yumoto, T. Koyama, Y. Senba, T. Takeuchi, Y. Furukawa, T. Ohata, T. Matsushita, Y. Ishizawa, T. Kudo, H. Kimura, H. Yamazaki, T. Tanaka, T. Bizen, T. Seike, S. Goto, H. Ohno, M. Takata, H. Kitamura, T. Ishikawa, T. Ohta and Z. Ogumi: J. Synchrotron. Rad. 21 (2014) 268-272.。RISING事業では、“Begin with the basic”の理念のもと、放射光分析技術による蓄電池内の反応の理解を、硬X線を用いた回折・分光手法による“その場”観察技術開発を通して行ってきた。2016年からはRISING2事業として、実用化を見越した電池系の開発へフィードバックすることを目指し運用している。
 BL28XUは、テーパ付真空封入型アンジュレータを光源として、4枚のミラーと2つのコンパクトチャネルカット分光器(Si(111)とSi(220))で構成され、4.5 keVから50 keVまでの幅広いエネルギー帯のX線が利用可能である。3 mm幅のコンパクトチャネルカット分光器の採用により、エネルギー変更にともなうX線出射位置変化が非常に小さいため、X線回折(XRD)とX線吸収分光(XAS)を同時に実施出来るように整備された世界的に見ても数少ないビームラインである。これまでにエネルギー走査型XRD[6][6] H. Murayama, K. Kitada, K. Fukuda, A, Mitsui, K. Ohara, H. Arai, Y. Uchimoto, Z. Ogumi and E. Matsubara: The Journal of Physical Chemistry C 118 (2014) 20750-20755.、X線回折分光手法[7][7] K. Tokuda, T. Kawaguchi, K. Fukuda, T. Ichitsubo and E. Matsubara: APL Materials 2 (2014) 070701.、および粉末回折異常微細構造[8][8] T. Kawaguchi, K. Fukuda and E. Matsubara: Journal of Physics: Condensed Matter 29 (2017) 113002.など蓄電池専用ビームラインならではの新しい分析法を生み出してきた。また、ビームラインの測定技術と電池の充放電装置を連携させてoperandoなその場測定技術を実現させるだけでなく(4-1、4-3参照)、ビームライン脇の側室にサイクル劣化試験装置を常設することで、従来時間的な制約で難しかった、1つの電池が数百時間かけて劣化していく際の劣化メカニズムも実験的に調べることを可能とした(4-2参照)。まさに今回の水系亜鉛二次電池の研究では、技術開発はもとよりビームラインそばに専用施設を用意したことが成功に繋がっている。

 

 

4. 亜鉛極劣化モードの解析
4-1 亜鉛デンドライト成長の解析
 デンドライト成長は、溶解析出反応によって成立する金属活物質において最もメジャーな形状トラブルとして知られている。これらは短絡(ショート)または不活性化(デッド金属)によって容量低下が進行する。リチウムデンドライトはウィスカー状結晶と報告されるが[9][9] J-i. Yamaki, S-i. Tobishima, K. Hayashi, K. Saito, Y. Nemoto and M. Arakawa: J. Power Sources 74 (1998) 219-227.、亜鉛デンドライトは一般的に樹枝状(または葉状)の亜鉛結晶が課題とされる場合が多い。我々はこの樹枝状亜鉛デンドライトの充放電可逆性について改めて検討を行った。低率放電(10時間率)においては効率良く亜鉛デンドライトが酸化溶解する一方で、高率放電(1時間率)においては中空の樹枝状ZnOとして電極上に残存することがX線CT観察などから明らかとなった。また、透過力の観点から30 keVのX線を用いたOperando X線回折測定(XRD)を行ったところ、この生成された樹枝状ZnOの反応性が非常に高く、次サイクル充電反応開始直後から迅速に消費され、Zn金属が還元析出することが明らかとなった(図2)。さらに、走査型電子顕微鏡(SEM)観察により、充放電サイクルにともなって樹枝状亜鉛デンドライトが苔状(モッシー)へと次第に形態が変化し、充放電効率も向上することが明らかとなった(図3)。これは放電時に生成したZnOの溶解速度が非常に速く、中間溶解種であるZn(OH)42-として迅速に(2)式の電気化学反応に寄与しているものと考えられる[10][10] A. Nakata, H. Murayama, K. Fukuda, T. Yamane, H. Arai, T. Hirai, Y. Uchimoto, J-i. Yamaki and Z. Ogumi: Electrochim. Acta 166 (2015) 82-87. (https://doi.org/10.1016/j.electacta.2015.03.076)。以上の結果より、測定した範囲においては樹枝状亜鉛デンドライトの充放電サイクル特性は優れており、顕著な容量低下は認められなかった。一方で、数十µmの葉状結晶が孔径数十nmの微多孔膜セパレータを直接的に貫通・短絡するとも考えづらく、むしろ低率充電(低過電圧)で生成する紐状析出物の集合体であるモッシー状亜鉛が短絡ならびに容量低下につながるものと現在考えている。

 

図2 Operando XRDにおける樹枝状亜鉛デンドライトの析出溶解挙動(~2サイクル放電まで)。Copyright (2015), reproduced with permission from Elsevier.

 

図3 1時間率の充放電にともなう樹枝状亜鉛デンドライトのSEMによる形態観察。(a) 1充電後、(b) 1放電後、(c) 2充電後、(d) 2放電後、(e) 5充電後、(f) 5放電後。Copyright (2015), reproduced with permission from Elsevier.

 

 

4-2 亜鉛極シェイプチェンジ成長のメカニズム解析
 亜鉛極のシェイプチェンジ(形状変化)は長期充放電サイクルにおける劣化機構として報告されている。これは、充放電サイクルが進行するにつれて、電極活物質が電極中央部に徐々に集合し緻密化することによって亜鉛極空隙率が減少する。つまり、電極/電解液における接触面積が減少し、亜鉛活物質の利用率が落ち込む劣化モードとして考えられている。代表的なシェイプチェンジの成長メカニズムとして、McBreenらによる報告があげられる。彼らは対極を分割して亜鉛極の電流(反応)分布を可視化する分割電極法を用いることにより、亜鉛極の活物質が“Zn金属”として電極中央部に集中するものと推察している[11][11] J. McBreen: J. Electrochem. Soc. 119 (1972) 1620-1628.。我々は、シェイプチェンジの組成分布を直接的に評価するために、横1.0 mm × 縦0.4 mmのビームサイズに成形したX線(透過力を考慮し30.0 keV)を用いて、電極面内のin situ XRDマッピングの検討を行った[12][12] A. Nakata, H. Arai, H. Murayama, K. Fukuda, T. Yamane, T. Hirai, Y. Uchimoto, J-i. Yamaki and Z. Ogumi: APL Materials 6 (2018) 047703. (https://doi.org/10.1063/1.5011272)。図4に透過配置XRD光学系と専用の亜鉛ニッケル電池の構成を示した。図5(a)のXRDパターンに示すように、透過配置のため亜鉛極のZn、ZnO以外にも水酸化ニッケル正極(Ni(OH)2)や銅集電体(Cu)なども観察された。各測定点におけるZn 1 0 2およびZnO 1 1 0回折線の強度を用いて、電極面内のXRDマッピング像を作成した(図5(b))。マッピング領域はそのまま亜鉛極サイズ(横18 mm × 縦20 mm)を反映しており、ZnOが電極面内に一様に分布していることからも試験前電極の完全放電状態が再現された。3時間率、33%利用率にて充放電を行い、5サイクル充電後においてXRDマッピングを行ったところ、電極中央部のZnOを囲むようにZnが電極端付近で偏析することが明らかとなった。これは100サイクル充電後においても同様の傾向を示した(図6(a), (d))。一方、100サイクル放電後においては、ドーナツ状に偏析したZnが消失し電極中心部分のZnOが成長することが充放電間の強度差分マッピングによって明らかとなった(図6(e), (f))。これは亜鉛利用率が深い50%試験でより顕著な傾向を示しており[13][13] 中田明良、荒井創、西尾晃治、小久見善八、松原英一郎:電池技術 31 (2019) in press.、シェイプチェンジが充電時“Zn金属”ではなく放電時“ZnO”として電極中央部において成長することが明らかとなった。これは放電により生成した過飽和亜鉛種がZnO上で分解し、電極厚み方向へ成長しているものと現在考えている。

 

図4 (a) 透過配置XRD光学系、(b) 専用亜鉛ニッケル電池構成。

 

図5 (a) 亜鉛ニッケル電池の透過配置XRDパターン例、(b) 試験前電極のin situ XRDマッピング、(左)Zn 1 0 2、(右)ZnO 1 1 0。

 

図6 in situ XRDマッピング。(a)-(c) Zn 1 0 2、(d)-(f) ZnO 1 1 0、(a),(d) 100充電後、(b),(e) 100放電後、(c),(f) 100充放電間の強度差分。

 

 

 一方、シェイプチェンジ成長とサイクル容量劣化との直接的な関係性については、いまだ十分な説明が出来ていない。現在、シェイプチェンジに至るプロセス上の何が原因で容量減少に繋がっているのか?という“容量減少の理由”に焦点を当てて、サイクル劣化真因の究明を行っている[13][13] 中田明良、荒井創、西尾晃治、小久見善八、松原英一郎:電池技術 31 (2019) in press.。上記のin situ XRDマッピングによる結果もあわせて考慮すると、サイクルにともない電極中のZnOが単調減少するのに対してZn金属が徐々に残存・蓄積する傾向が明らかとなってきている。今後、電極内部の3次元的な組成分布情報が重要になるものと考えている。

 

4-3 亜鉛極/電解液界面の反応分布イメージング
 デンドライト成長およびシェイプチェンジのメカニズム解明には、反応分布の観点からさらなる詳細な検討が必要である。ここまでは電極そのものに目を向けたが、実際の亜鉛極の充放電反応は前記(2)式の通り中間体である亜鉛溶解種が還元、酸化することにより作動する。つまり、電極界面では亜鉛溶解種をはじめとする電解液との相互作用が起きており、反応分布を捉えるためには電解液の挙動を直接的に観察することが望ましい。我々はその手法の1つにOperando蛍光X線イメージング法が有効であると考えている[14][14] H. Eba and K. Sakurai: Photon Factory Activity Report 2002 20 (2003) 173.。蛍光X線イメージングは元素ラベリングに加えて、亜鉛極反応に適合したミリメートルスケールの広い視野および適切な空間・時間分解能を満たすことが可能である。図7に界面観察用に作製したモデルセルの構成図を示す[15][15] A. Nakata, K. Fukuda, H. Murayama, H. Tanida, T. Yamane, H. Arai, Y. Uchimoto, K. Sakurai and Z. Ogumi: Electrochemistry 83 (2015) 849-851. (https://doi.org/10.5796/electrochemistry.83.849)。作用極(W.E.)および対極(C.E.)には幅10 mm、奥行き1 mmの銅板、亜鉛板の各端面を用い、セル内壁上で極間10 mmにて対向配置した。Zn K吸収端に近い9.800 keVの放射光X線をセル壁面に対して0.25°で斜入射し、電極幅方向に10 mm、電極/電解液方向に約1 mmの照射領域を得た。検出器には素子上にガラスコリメータを被覆したCCDを用い、セルに近接させ反射配置にて蛍光X線像を取得した。1イメージあたり積算時間を5秒に固定して連続観察を行った。

 

図7 Operando蛍光X線イメージング専用セル

 

 

 本検討では模擬的に作用極上に樹枝状亜鉛デンドライトの溶解析出を行い、これを亜鉛極の充放電反応とした。まず充電反応として、樹枝状デンドライト成長が報告されている、-0.24 V vs. Zn/Zn2+にて定電位充電を行った。図8に充電時間に対する蛍光X線イメージ変化をスナップ写真で示した。蛍光X線強度を256階調のグレースケールで表現しており、256カウント(cnt)を超える強度を赤色とした。充電前において電解液は約30 cntの一様な白い像となって表れており、これはあらかじめ電解液中に溶存した0.25 Mの亜鉛酸イオン(Zn(OH)42-)に相当するものと考えられる。充電開始後、亜鉛極界面近傍における強度が増加しており、亜鉛極/電解液界面への亜鉛酸イオンの拡散ならびに亜鉛金属の析出が示唆された。また、気泡を反映する円形状の陰影も観察されており、樹枝状亜鉛デンドライト成長の副反応として報告される水素ガス発生によるものと考えられる。さらに充電が進むにつれて、樹枝状亜鉛デンドライトと考えられる約250 cnt相当の析出物の成長が観察され、充電末までに析出物の数が増加することが観察された。また、析出物周囲においても約70 cntの亜鉛種の濃縮が観測されており亜鉛溶解種の濃度勾配が生じているものと考えられる。

 

図8 充電中における亜鉛極/電解液界面の蛍光X線イメージ。充電時間:(a) 0秒、(b) 325秒、(c) 650秒、(d) 975秒、(e) 1300秒、(f) 1600秒

 

 

 次に、図9には1時間率定電流放電(10 mA)における蛍光X線イメージを示した。放電開始後、経過時間にともなってデンドライト析出物の形状が消失しつつ、亜鉛極/電解液近傍の強度が一様に増加する傾向が観察された。高強度領域内において気泡の移動ならびに強度分布のゆらぎが観測されるため、これが液相でありデンドライトの酸化溶解にともなう亜鉛酸イオンの生成を示すものと考えられる。また、一部領域においては赤色で示され、飽和濃度を越える過飽和亜鉛溶解種であることが示唆された。以上のように、模擬的な実験系において亜鉛極/電解液界面近傍の亜鉛分布観察に成功した。実電極は厚みがあり観察に工夫が必要だが、亜鉛極シェイプチェンジにともなう電極中および電解液中における亜鉛分布を総合的に観察することにより、反応分布および劣化メカニズムの全体描像が見えてくるものと期待される。

 

図9 放電中における亜鉛極/電解液界面の蛍光X線イメージ。放電時間:(a) 0秒、(b) 500秒、(c) 1000秒、(d) 1500秒、(e) 2000秒、(f) 2500秒

 

 

5. 今後の展望
 RISING事業およびRISING2事業では、車載用次世代電池として500 Wh kg-1を目指した高エネルギー密度亜鉛空気二次電池の開発を進めている。試算より亜鉛極のさらなる高容量化、高利用率化が必要となりミリメートルを超える電極厚みとなる見通しである。そのため、電極構造の設計により反応分布・劣化モードに影響を与えるものと予想される。また、正極である空気極についても当然ながら諸課題が存在する。素反応である空気極触媒の酸素還元・発生反応は高エネルギー密度化に直接的に関わる重要な課題であるが、空気極耐久性に関してもカーボン担体の劣化、フラッディング、電解液漏液、空気極目詰まりなど3次元構造に関連する課題が存在する。
 亜鉛空気電池に限ることではないが、電極/電解液界面における素反応を追うには薄膜化されたモデル反応系が理想的であるが、一方で実電池は3次元にまで拡張された反応系であり、多孔内の電解液輸送を含む非常に複雑なシステムである。立体的に入り組む固液共存内の反応分布を解析するためには、やはり3次元にまで拡張された時分割イメージング手法が鍵になると考える。また、明確な情報が得られやすい電極に比較して、電解液については解析事例が極めて少ない。水系亜鉛二次電池のように電解液が活物質の一部を受け持つこともあり二次電池の性能を大きく左右する。そのため、電解液の挙動に着目して今後検討する必要があり、液体の分析技術の開発も重要となってくる。
 放射光X線をはじめ近年の解析技術の発展は目覚ましい。しかし、単なる分析技術の登場だけでは、実用化を見越した研究開発の救世主になりえない。特に蓄電池では、用途に応じた使い方によって良し悪しが決まる分野である。エネルギーを貯めるということは、耐久テストや繰り返し性能など、時間がかかる測定が必要であることは自明である。「短い時間で測定出来る」ことをウリにしているビームラインで、長期間測定するのは非現実的である。産業界に多いこのような要望に対しても、随時測定出来るなど体制を整えることで、放射光施設と連動した研究開発が加速されるものと思われる。今後プロダクトを作る側、そして、使う側と一体になった、人・組織を横断した解析プラットフォーム作りが益々大事になってくるであろう。

 

 

謝辞
 本研究は、BL28XUの課題番号2012A7602、2015A7602、BL47XUの課題番号2012A1027のもと行われたものであり、NEDOの「革新型蓄電池先端科学基礎研究(RISING)事業」および「革新型蓄電池実用化促進基盤技術開発(RISING2)事業」ならびに関係各位に深く感謝申し上げます。

 

 

 

参考文献
[1] D. Bresser, K. Hosoi, D. Howell, H. Li, H. Zeisel, K. Amine and S. Passerini: J. Power Sources 382 (2018) 176-178.
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[3] G. Savaskan, T. Huh and J. W. Evans: J. Appl. Electrochem. 22 (1992) 909-915.
[4] F. R. McLarnon and E. J. Cairns: J. Electrochem. Soc. 138 (1991) 645-664.
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中田 明良 NAKATA Akiyoshi
京都大学 産官学連携本部
〒611-0011 京都府宇治市五ヶ庄
TEL : 0774-38-4981
e-mail : nakata@saci.kyoto-u.ac.jp

 

木内 久雄 KIUCHI Hisao
京都大学 産官学連携本部
〒611-0011 京都府宇治市五ヶ庄
TEL : 0774-38-4981
e-mail : h-kiuchi@saci.kyoto-u.ac.jp

 

森田 将史 MORITA Masahito
京都大学 産官学連携本部
〒606-8501 京都府京都市左京区吉田本町
TEL : 075-753-7574
e-mail : m-morita@saci.kyoto-u.ac.jp

 

福田 勝利 FUKUDA Katsutoshi
京都大学 産官学連携本部
〒606-8501 京都府京都市左京区吉田本町
TEL : 075-753-7596
e-mail : k-fukuda@saci.kyoto-u.ac.jp

 

安部 武志 ABE Takeshi
京都大学 大学院工学研究科
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Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794