Volume 24, No.3 Pages 355 - 359
4. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
利用系グループ活動報告
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 回折・散乱Iグループ
Activity Reports – Diffraction and Scattering Group I, Diffraction and Scattering Division
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 Diffraction and Scattering Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. はじめに
回折・散乱Iグループでは、SPring-8の優れた光源特性を最大限に活用したX線回折・散乱装置・手法を提供し、物質の性質・機能の起源となる構造的特徴解明のためにユーザー支援を行いつつ、極端条件を含む試料環境制御技術やオペランド計測技術の開発、精密構造解析技術等に関する高性能化を推進している。
本グループが手段とするのは、結晶格子から中・長距離構造に対するX線回折とX線小角散乱による、原子(電子)の周期的配列による干渉性弾性散乱の空間分布計測から導かれる構造解析である。放射光X線高度利用による入射系や計測系技術をベースとして、対象物質の空間スケール軸と構造変化の時間発展軸、これに試料環境制御軸を加えた多次元的計測が展開される。X線回折・散乱は既に完成された手法ではあるが、上記の全てを単一のビームラインによって網羅することは困難である。したがって、本グループが担当するのは、精密X線結晶構造解析、小角・広角散乱測定、極限環境制御、高フラックスX線利用による短時間計測などの特徴を有するビームライン群となっている。
本グループは3つのチームで構成され、結晶構造物性チーム(BL02B1、BL02B2、BL40XU)では超微小結晶構造解析、相転移等の物質のダイナミクスや物性起源の電子密度レベルでの解明を行う結晶学的研究を、極限構造物性チーム(BL04B1、BL10XU)では超高圧・高温・極低温といった極限環境下での構造物性研究を、動的機能構造チーム(BL40B2、BL40XU)ではバイオソフトマテリアルを対象とした時間発展を伴う階層構造形成の動的解析研究を行っている。回折・散乱Iグループが担当する各ビームラインの特徴と利用形態、整備されている装置群等を以下の表にまとめている。
本グループはX線回折・散乱計測を共通項とするので、ビームラインに跨る効率的な機器開発と導入、相互利用が可能である。横断的なアプローチによって、高エネルギーX線マイクロビームやイメージング光学系開発、高機能X線検出器利用による高精度測定や時分割測定技術の開発、温度・圧力・雰囲気等の試料環境制御技術に対する高性能化を行っている。一方、各個別ビームラインにおいては、極限環境発生や短時間計測・微小結晶計測、精密結晶構造解析等の先鋭的な高性能化によって、世界レベルでの挑戦を続けている。また、将来の回折限界光源によって得られるコヒーレント特性や低エミッタンス特性の利用にフォーカスした高性能化を検討することに加えて、回折・散乱関連ビームラインの効率的な再編についての提案を検討している。
以下、各チームとそこで担当するビームラインの概要、及び最近のアクティビティについて記す。
2. 結晶構造物性チーム
結晶構造物性チームでは、単結晶・粉末試料を対象とし、BL02B1、BL02B2での高分解能X線回折やBL40XUでの微小試料X線回折等、測定装置の維持管理・高性能化を推進し、オペランド計測や精密結晶構造解析による相転移等の物質のダイナミクスや物性起源解明のための構造物性研究を行っている。
単結晶構造解析ビームラインBL02B1では、高エネルギーを用いた精密構造解析を主眼とした高性能化を遂行している。2018年度には、迅速な精密構造解析を可能とするCdTe半導体を用いたハイブリッド光子計数型2次元検出器を導入した(図1)。本検出器は、500 Hzのフレームレートだけでなく、高エネルギーX線領域でも高い検出効率による回折実験が可能となった。また、この高速検出器で実現可能なシャッターレス測定では、各回折イメージを測定する際にシャッターの開閉、回折計のポジショニング、及びイメージ読み取りのタクトタイムが不要であり、目的の1つであるデータ計測時間を既存の装置と比較して1/10以下に短縮することが可能になった。さらに、10倍以上高効率な時間分解計測により、今後、電子密度分布レベルでの構造ダイナミクス解析の実験計画の立案も視野にいれることが可能となった。
図1 ハイブリッド光子計数型2次元検出器PILATUS3 X CdTe 1Mの回折計システム
粉末結晶構造解析BL02B2では、以下のような開発を進めてきた。
(1)サンプルチェンジャーと1次元半導体検出器を用いた全自動粉末構造計測環境の整備[1][1] S. Kawaguchi and K. Sugimoto et al.: Rev. Sci. Instrum. 88 (2017) 085111.:2015年度から6連装の1次元半導体検出器を整備し、2016年にはサンプルチェンジャーの導入、温度制御関連のステージの電動化が整備された。現在では、90 K~1100 Kまでの高精度な粉末XRD計測の自動測定システムが構築されている。
(2)ガス・溶媒蒸気雰囲気下での高精度その場粉末構造計測環境の整備(2016年~2017年):多種多様な材料に対してその場計測や1次元半導体検出器を利用したミリ秒~秒オーダーでの時間分解計測が展開されている。
(3)実験機器切替機構の整備(2018年):機器切替機構によるプラグインシステムとBL機器自動調整システムが整備され、全自動測定とその場・オペランド計測用の実験機器切替の時間が大幅に短縮された。
一方、高フラックスビームラインであるBL40XUでは、アンジュレータによる強力なX線を利用した以下のような開発を進めている。
(1)極微小単結晶X線構造解析法の開発:アンジュレータからの高輝度放射光をゾーンプレートにより集光し、通常粉末X線回折で測定されるミクロン~サブミクロンサイズの微小結晶1粒からの単結晶構造解析手法を開発している[2,3][2] N. Yasuda et al.: J. Sync. Rad. 16 (2009) 352-357.
[3] N. Yasuda et al.: AIP Conf. Proc. (SRI2009) 1234 (2010) 147-150.。
(2)超迅速X線構造解析法の開発:2018A期より最大3000 Hzで読み出し可能な検出器(DECTRIS EIGER X 1M)を導入しており[4][4] 今井ら:SPring-8/SACLA利用者情報 23 (2018) 110-120.、この高フレームレートとBL40XUの高輝度X線を組み合わせたサブミリ秒でのX線回折測定の開発を進めている。現状では60ミリ秒の測定データによる構造解析とサブミリ秒での回折像測定(図2)に成功している[5][5] N. Yasuda et al.: AIP Conf. Proc. (SRI2018) 2054 (2019) 050007.。
(3)時間分解X線回折法の開発:X線パルスと広帯域パルスレーザー光を同期させ、分光学的手法を用いてX線パルス励起による電子物性の時間分解測定法を開発している。
(4)単一ナノ粒子の試料保持法の開発:光トラップを利用した非接触式試料保持機構とゾーンプレートを利用したX線マイクロビームとを組合せることにより、非接触に保持したナノ粒子1粒のX線回折像の測定技術を開発している[6][6] Y. Fukuyama et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 82 (2013) 114608.。現状では、ナノ粒子1粒(粒径約200ナノメートル)からのデバイリングを取得し、構造や結晶子サイズの算出に成功している。
図2 サブミリ秒でのX線回折像(試料:シチジン、Δω:180°、露光時間:375 µsec)
これまで結晶構造物性チームが取り組んできた高性能化を踏まえ、今後は、担当する単結晶・粉末構造解析ビームラインの横断的利用による物質のダイナミクス・物性起源解明のアプリケーションについても検討していく予定である。
3. 極限構造物性チーム
極限構造物性チームでは2本の共同利用ビームラインBL04B1とBL10XUにおいて、X線回折による高圧力下での物質のその場結晶構造解析を主な手法とし、高圧構造物性と地球・惑星科学を中心的研究分野とした共同利用支援、及び高エネルギーX線利用や高圧を中心とした試料環境制御、X線計測技術に関する高性能化・開発とその利用研究が行われている。
BL04B1では、偏向電磁石光源による白色X線をそのまま利用できるほか、Si(111)の二結晶分光器も備えており、30~60 keVの高エネルギー単色X線も併用可能となっている。本ビームラインの特徴である2台の大型高圧発生装置(SPEED-1500、SPEED-Mk2:最大荷重1500トン)がタンデムに設置されており、mmサイズの試料を静的に約100 GPaまで加圧することができる。さらにSPEED-Mk2は差動ラム(油圧シリンダー内のピストン)を有する変形機構を備えており、高圧環境下での精密な変形実験が可能となっている。計測機器として、高圧セル内の試料形状を観察するためのX線ビームモニターと高速高分解能カメラを4台設置しているほか、エネルギー分散型のX線回折測定のために高精度ゴニオメーターステージ上に高計数率Ge-SSDが設置されている。2017年度にはI-TRPプリアンプと高速MCAを組み合わせた高計数率Ge-SSDシステムを導入した(図3)。
図3 高計数率Ge-SSDシステム(BL04B1)
また、大面積X線CCDカメラ(検出面直径200 mm)によって、高エネルギー単色X線による角度分散型X線回折の迅速測定が可能である。今後は他の物性値(例えば弾性波速度、電気伝導率など)との同時測定や高速時分割測定のための自動計測基盤を整備するとともに[7][7] Y. Higo et al.: Rev. Sci. Instrum. 89 (2018) 014501.、試料に照射するX線フラックスの向上のため集光光学系の整備を進めていく。
BL10XUは、真空封止アンジュレータを光源とする単色X線(エネルギー範囲:7~61 keV)を利用した高圧X線回折計測が可能な共用ビームラインである。圧力発生装置としてダイヤモンドアンビルセルを使用し、冷凍機または近赤外線レーザー加熱を組み合わせることによって、1万気圧から数百万気圧の圧力領域において極低温から数千度での多重極限環境下におけるその場結晶構造解析が可能である。BL10XUは1997年のSPring-8供用開始当初から稼働するビームラインの一つであり、地球科学分野でのマントル最下部に当たるD”層での鉱物[8][8] M. Murakami et al.: Science 304 (2004) 855-858.や地球中心核条件下での鉄合金の結晶構造解明[9][9] S. Tateno et al.: Science 330 (2010) 359-361.、高温超伝導物質の結晶構造解析[10][10] M. Einaga et al.: Nat. Phys. 12 (2016) 835-838.等に見られるような、学術上重要で先端的且つマイルストーン的な研究成果が創出されてきた。
BL10XUでは「多重極限環境下でのX線回折・複合同時測定」による構造解析の高性能化が推進されている。その主な装置技術項目は、以下の通りである。
(1)両面加熱レーザー(100 Wファイバーレーザー × 2組)・輻射温度計測装置(図4)や極低温冷凍機等の多重極限環境制御装置の整備・開発
(2)ラマン散乱、電気抵抗同時測定、エネルギードメインメスバウアー分光、X線イメージング、X線吸収分光等との複合測定手法の導入・開発
(3)上記に対応可能なマイクロX線ビーム集光光学系の整備と高エネルギーX線対応フラットパネルX線検出器(CsIシンチレータ、フレームレート25 Hz)の導入
図4 BL10XUのレーザー加熱X線回折装置
X線集光光学系については、複数の複合X線屈折レンズを多段式に組み合わせた集光システムを独自に開発した。X線集光用屈折レンズは、2006年度に整備したグラッシーカーボン製放物面型屈折レンズに加えて、2008年度以降に導入したX線LIGA技術により製作されるSU8製屈折レンズが用いられている。上記多段式集光光学系を用いて、サブマイクロビーム(ビーム径0.8 µm、X線フラックス~109 photons/sec)からサブミリビーム(同100 µm、~1012 photons/sec)まで入射X線を調整可能であり、それらの光軸が同軸上に保持されるため、利用者は目的に応じて実験中自在に選択可能である。また水平な光軸が確保されているので、精密なレーザー加熱光学系や重い冷凍機やX線検出器のアライメント精度が格段に向上している。同光学系は30 keVの単色入射X線利用をベースに開発されてきたが、2018年度にアルミニウム製X線屈折レンズを整備したことにより60 keVまでの高エネルギーX線についても概ね適応可能となり、最近増加しつつある高圧下におけるPDF(atomic Pair Distribution Function)解析やアモルファス・液体などの非晶質物質に関する高圧X線回折実験の利用ニーズに対応できる計測環境の整備に取り組んでいる。
4. 動的機能構造チーム
本チームでは、主に共同利用ビームラインのBL40XU(高フラックス)とBL40B2(構造生物学II)において、生体高分子や有機高分子等のいわゆるバイオソフトマテリアルを対象とする非結晶小角散乱・回折実験のサポート、装置の維持・高度化、外部機関研究者との共同による先導的研究を行っている。
BL40XUはヘリカルアンジュレータを光源とし、分光器を使用せずに2枚の全反射ミラーで集光することにより、準単色(ΔE/E = 2%程度)の高輝度X線ビーム(ビームサイズ0.04 mm × 0.25 mm、1015 photons/sec(12 keV))を利用できるビームラインである。多種多様な測定環境やカメラ長(~3000 mm)、同期測定に対応できるような体制を整えており、高輝度X線ビームを利用した高時間分解能の回折散乱実験[11][11] H. Iwamoto: Sci. Rep. 7 (2017) 42272.や、3 µm径程度までのマイクロビーム回折・散乱実験、エネルギー幅の広さを利用した回折斑点追跡実験[12][12] H. Sekiguchi et al.: Sci. Rep. 4 (2014) 6384.等に利用されている。検出器として、それぞれ特徴のあるX線光子計数型2次元検出器(薄型/高精細/高フレームレート)、X線イメージインテンシファイア−高速CMOSカメラ検出器を整備し、多様な用途・目的に応じて選択できる。今後は、マイクロビーム小角散乱実験の行える唯一の共用ビームラインである特徴を強化するため、サブマイクロビーム集光系の整備、コヒーレンスを利用した散乱実験が行える測定環境を整備したい。
BL40B2は偏光電磁石を光源とし、ソフトマテリアルを対象としたX線小角散乱法利用を主軸としたビームラインである。計測できる構造体はおよそ0.15 nmから600 nmの範囲と広範囲の構造情報を、試料から検出器までの距離(~6000 mm)とX線エネルギー(6.5 keV~17.5 keV)を適切に選択することで取得できる。微小角入射X線散乱回折法による高分子薄膜の解析も行われている。2017年度に小角散乱検出器として大面積・X線光子計数型2次元検出器(253.7 mm × 288.8 mm、25 Hz)を、2018年度に広角散乱検出器として高精細X線光子計数型2次元検出器(ピクセルサイズ0.075 mm角)を導入し、幅広い時間および空間領域を網羅する小角・広角散乱同時計測環境を整えつつある(図5)。今後、迅速なサンプル交換システムや、高集光光学系、解析環境を整備したハイスループットのビームライン整備に取り組む。
図5 小角・広角散乱同時計測システム(BL40B2)
参考文献
[1] S. Kawaguchi and K. Sugimoto et al.: Rev. Sci. Instrum. 88 (2017) 085111.
[2] N. Yasuda et al.: J. Sync. Rad. 16 (2009) 352-357.
[3] N. Yasuda et al.: AIP Conf. Proc. (SRI2009) 1234 (2010) 147-150.
[4] 今井ら:SPring-8/SACLA利用者情報 23 (2018) 110-120.
[5] N. Yasuda et al.: AIP Conf. Proc. (SRI2018) 2054 (2019) 050007.
[6] Y. Fukuyama et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 82 (2013) 114608.
[7] Y. Higo et al.: Rev. Sci. Instrum. 89 (2018) 014501.
[8] M. Murakami et al.: Science 304 (2004) 855-858.
[9] S. Tateno et al.: Science 330 (2010) 359-361.
[10] M. Einaga et al.: Nat. Phys. 12 (2016) 835-838.
[11] H. Iwamoto: Sci. Rep. 7 (2017) 42272.
[12] H. Sekiguchi et al.: Sci. Rep. 4 (2014) 6384.
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
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