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Volume 24, No.3 Pages 263 - 268

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

新分野創成利用課題報告
固液界面構造解明
Observation of Solid and Liquid Interfaces by X-ray

高尾 正敏 TAKAO Masatoshi

SPring-8ユーザー協同体(SPRUC) 分野融合研究(実用)グループ Practical Application Research Group, SPRUC

Abstract
 SPring-8を取り巻く多様な研究者間の横のつながりを強化することを目的に設置された「SPRUC分野融合型研究グループ」の一つである「実用」の理念を体現するため、2016B−2018A期の4期・2年にわたり、新分野創成利用課題「固液界面構造解明と可視化および構成物質間のダイナミクス」を実施した。トップダウン式の課題設定と研究者間の密接な情報交換を両輪に、5つの研究グループが複数のビームラインで、実用材料・デバイスの固液界面のうち主に液体側の現象解明を目的とした課題設定と放射光利活用研究が推進された。各グループはアカデミア中心のものと、企業中心のものがあり、当初はそれぞれで研究が始まったが、測定データの共有、課題解決手段の理解が深まった結果、時間が経るにつれ、自然発生的に産学連携を含むグループ間の協力体制が進化してきた。特に既に上市されて実用されている先端材料や伝統的な材料に潜在する、未知の現象、未解明の課題をバックキャストで解決することを目指して、SPRUCの分野融合の取り組みが効果を発している。システムとしても自然な産学連携が実現している。
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SPring-8

 

1. はじめに
 本報告は、SPring-8ユーザー協同体(以下、SPRUC)の顧問会などで発議され、評議員会で設置が決定された、分野融合研究(実用)グループ活動の出口として2015年度より新たに設定された新分野創成利用課題に採択された課題に関するものである。検討が始まったのは、SPring-8の供用が開始されてから20年になろうとしており、また具体的なアップグレードの検討が始まろうとしていた時期である。ユーザー組織を改編し、SPRUCが設立されたのも、ユーザー側も呼応して課題の整理・検討をする必要があったからである。
 複数の課題の中で、(1)測定技術の進化・深耕中心の利活用から、物質・材料や医用関連の課題解決型の利活用の割合を増やす、(2)供用開始時はユーザー全員が新規であったものが、20年経つとユーザーの固定化が危惧されるので、広い学術・工学分野あるいは産業界から新たなユーザー(New Comer)の利用参加を促す、さらに(3)発展的にSPRUCの研究会へと進化させる、という観点で(1)、(2)および(3)を満たす具体的研究プログラム活動として分野融合という概念が提案された。当初は4つの領域が設定され、そのうちの一つが本研究プロジェクト「実用」である。領域設定後約2年間の調査準備期間を経て2016年後半からプロジェクトを開始した。
 一方、施設側でも、同じ課題認識に基づき、新たな利用制度「新分野創成利用課題」を2015年度に設定してくださったので、SPRUCの「実用」プロジェクトとして、課題名「固液界面構造解明と可視化および構成物質間のダイナミクス」として2016年度に応募し採択された【補足1、2参照】。

 

 

2. 研究テーマ設定
 「実用」研究グループでは、実用材料の開発加速に向けて、実用上未解明の技術ボトルネックに真正面から取り組むために、背景のサイエンスをきちんと研究解明すること。そのために最先端の放射光施設を徹底的に使うことを基本精神とした研究者コミュニティ作りを行う。活動内容はいくつかのテーマ候補の中から、キーワードである「実用」を鑑みて、社会的なインパクトが大きい「創・蓄・省エネルギーデバイスおよび製造プロセス」について、近年、重要度が高まってきている「上市済みの製品の高度化や、既存インフラ設備の寿命改良」に注目することとした。これらには、既に社会実装が進んでおり、百年以上の歴史のある基盤デバイスや、高度成長時代に作られた構造物が含まれている。物質・材料は日々進化しており、従って素材・デバイスの特性も進化してきているので、伝統的なものであっても、解決しなければならない課題も減ることはなく、増加してきている。これらの素材・デバイスは、単独の材料より成り立っているわけではなく、様々な材料・デバイスを組み合わせた所謂摺り合わせに基づくシステムとして稼働している。材料間や環境との摺り合わせの接点の一つである界面・表面での物質移動、化学反応については、すべて解明されているわけではない。そこで、放射光を利活用して、固液界面を中心とする界面近傍での物質移動、化学反応を解明できるかについて、調査検討を行い、併せて、SPring-8での新分野創成についても検討を行った。

 

 

3. 課題認識
 二次電池の界面現象については、様々なモデルが提唱され、その検証のために放射光を利用して多数の実験がなされてきている。しかし、特に電気化学反応を伴う過程については、ミクロな反応素過程とマクロなエネルギー(ギブスの自由エネルギー)蓄積変化移動が一対一で紐付けされているとは言えない。今までは、物質材料の観測・計測については、実験手段が豊富で、実験結果の解析が結晶の周期性を活用できる固体電極側に偏りがちであったし、今後も当分その傾向が続くと思われる。システム的には二次電池の場合の固液界面の一方である電解質溶液内での、イオンや溶媒、あるいは添加物の挙動については観測手段が手軽に利用できないこともあり、大局観があり、説得性のあるデータが得られていないのが現状である。
 一方、近年、電解質や電極表面などの現象解明については、スーパーコンピューターの性能の進化とともに、第一原理計算を用いたシミュレーションが威力を発揮しつつある。今のところ、計算領域(セル)は大きいとは言えないが、それでも溶媒分子を数千個取り扱うことが可能になってきており、計測手段を工夫すれば、メゾスコピック領域で実験と計算を比較することができるところまで来ている。今後は、分子動力学や第一原理計算に加え、物理イメージを高めるための、研究者の直感と整合性のある物理モデル構築が重要となってくる。試料準備、計測、シミュレーション・理論の協働作業が今まで以上に重要である。
 固液界面との関連で、溶媒とイオンの相互作用である溶媒和と脱溶媒和が、デバイスの性能に影響を与えることが知られている。電解液を構成する溶媒分子は、陽イオン(Li+など)の周囲を取り囲むことにより、局所構造が安定化される(溶媒和)。二次電池の場合には、電解液から正負電極へイオンが移動する時に脱溶媒和がおこる。また、イオンが電解液中を移動する時には、溶媒の衣を着ているので、イオン伝導度に関しては、溶媒和構造が大きく影響すると考えられている。これらのことから溶媒和、脱溶媒和のダイナミクスを調べることも重要である。溶媒としては、水系、非水系あるいはイオン液体のような溶融塩などのバラエティがある。最近のトピックスとしては、電解液全体で溶媒和して、自由溶媒分子が極度に少ない高いイオン濃度下でのイオン伝導の増大が興味を持たれている。この状況はおそらく、溶媒分子はすべて陽イオンの周囲を囲んでいて、自由な溶媒分子が存在しない状況と推定されているので、電解液の化学反応性やイオン伝導機構が、希薄イオン濃度と異なっていると推定できる。高イオン濃度電解液の構造と輸送現象の関係は全固体電池への展開可能性もあることを実験的に確かめる必要がある。これらは、比較的緊急性のある課題であり、企業研究者を含む物づくりをよく理解しているメンバー、放射光利用に長けたメンバー、理論およびシミュレーションを実行できるメンバーが分野融合を目指して一同に会するような体制を構築することが必要である。
 上記では、主に二次電池を想定しての議論であったが、固液界面現象は他のデバイスや構造材でも重要な役割がある。例えば、本多・藤島効果で代表される光による水素発生、人工光合成、電解・無電解メッキ、腐食、電気化学センサー、固体触媒での液相でのダイナミクス解明が求められている(不均一触媒)などである。これらも固液界面である。
 本プロジェクトは、現実に利活用されている材料デバイスから「バックキャスト」される様々な課題群の科学的説明を目指しての活動である【補足3】。さらに、ガソリン自動車の排ガス処理3元触媒に代表される、固体と気体の界面(固気界面)の気体側の物質ダイナミクスも重要であるが、気体の密度が液体のそれよりも、3桁以上小さいことを考慮すると、計測がかなり難しい。この分野の計測についても、継続して調査検討する。

 

 

4. 新分野創成利用課題実施体制
 新分野創成利用課題を行うために編成した当初メンバーは図1に示すとおりである。アカデミアと企業研究者の混成チームとなっている。また実験分担者はできるだけ若手中心で組織し、実験の機動性の確保と実質化を図っている。また、SPring-8の利用とは直接関係ないが、物理モデル構築を目指す意味で、理論・シミュレーションの専門家にも参画して貰っている。

 

図1 新分野創成利用課題実施体制

 

 

 詳細は省略するが、このメンバーで、2016年以前の準備を含め、年数回のミーティングを開催し、課題の共有化、メンバー間の共同研究の整備などを行ってきた。特に2018年度は、2016B期に当実用グループより申請した新分野創成利用課題(固液界面)が2018A期で終了となるため、実験検討と今後の方向を考える非公開ミーティングと成果報告のためのSPRUC内公開ミーティングを、また、SPring-8新分野創成利用課題(固液界面)が、メンバーの交代はあったが、実質的第2期が2018B期から採択されたため、2019年2月28日に実験検討と今後の方向を考える第2回の非公開ミーティングを開催し、グループ内の実験結果の検討研究課題の共有化を図った。

 

 

5. 実験で見えてきたもの
 2016B~2018A期での実験で見えてきたものをまとめて図2に箇条書きで示す。「固液界面の多様性」の再認識とプラスα、および物理モデルの構築が大括りのカテゴリーである。実験開始後暫くはコンセプト形成すら危ぶまれたが、状況把握することが2年間にできたので、今後の進化につなげられると考えている。伝統的な現象論、経験からの巨視的な理解と、放射光などのプローブを用いた、原子・分子レベルの微視的描像を繋ぐ物理モデルの構築を目指せそうであることが認識できた。

 

図2 2016B~2018A期での実験で見えてきたもの

 

 

6. 新分野創成利用課題実験経過
 SPRUC実用グループより、新分野創成研究として課題申請したビームライン毎のビームタイム配分状況は以下表1のとおりである。固液界面研究は、課題解決型の故、複数のビームラインの使用が許可されている。2016B期に採択され実験を始め、2018A期で第1期は終了した。課題番号は稿末に示す。実験開始時は各実験分担者の課題意識を基に実験を実行したために、バラバラ感が拭えなかったが、データ共有を図ることにより、以下に述べる3つの大括りのテーマに再編した。

 

表1 BLおよび配分シフト数

 

 

7. サブテーマの括り直し
 上記の整理を経て、物理イメージをより明確にするために新たな分類を、①界面(表面)規則構造堆積物、②不均一触媒、③腐食の3点に再構成した。関連の測定課題と実験分担を整理したものを表2に示す。

 

表2 2年間の実験で見えてきたものをベースに、実験の測定課題を見直し整理

 

 

8. Before and afterから時間軸導入へ
 放射光をプローブとする測定では、時間変化を追いかけるのは普通は難しい。オペランド計測も可能ではあるが、物理現象あるいは反応時間と同期していないと、なかなか計測はできても本質を議論するには至らない。多くの固液界面現象の計測は、オペランド/in situ計測で上記の同期条件を満たしているかの検討が十分でないように見える。測定でデータが得られても、結果としてBefore and afterとなって、中間の過渡的な状態が本当に見えているか危惧される。
 図3にイメージを示すように、基本的に電荷移動を含む電子状態の変化は速く、フェムト秒やピコ秒のオーダーである。一方、原子・分子・イオンの移動を伴う輸送現象はそれらより桁違いに遅く、殆どがミリ秒のオーダーである。これらの時定数(緩和時間)のオーダーを見積もった上での計測実験を計画することが必要である。以下に述べるように、本プロジェクトでは、鉄鋼材料と空気が溶け込んだ液体の反応がミリ秒の時間スケールで進むことが確認された。詳細はこれからであるが、変化の時定数が見積もられたので、今後の実験条件に一定の制限を与える条件が得られたのが成果である。

 

図3 固液界面の電子状態変化・原子・分子・イオン輸送現象の時定数イメージ

 

 

9. SPring-8ならではのデータ
 3つの大括りサブ課題と分担者毎のサブ課題の成果については、本稿執筆時点で、成果報告を準備中、または投稿中のものが大半であるので、まとめの大まかな研究項目毎のリストを【補足4】の表補1に示す。個別の成果は順次適切な媒体で今後継続して公表していくので、詳細はそちらを参照願いたい。あるいは、必要に応じて本誌でも紹介していきたい。
 本項では、先に述べた鉄鋼の③腐食に関する若林と土井によるモデル実験を紹介する。鉄およびFe-Crステンレス合金(SUS)の電解液中の固液界面での初期反応過程を放射光X線の反射率変化を追跡し、興味ある結果が得られている。図4はそのうち鉄の固液界面の電位依存性である。横軸回折角2θ、縦軸は対数表示の反射強度である。図5は同じく鉄について計測時間間隔を25 ms毎に測定した結果で、ミリ秒のオーダーで反応が進んでいることが見て取れるので、イオン輸送が寄与していることが推定できる。詳細は文献[1]を参照されたい。①界面(表面)規則構造堆積物、②不均一触媒、に関しては文献[2]と[3]を参照されたい。

 

図4 様々な電位での鉄の定常状態での反射率スペクトル。pHが異なる。

 

図5 鉄の反射率の時間発展。青線が電位ステップ直後の結果で、25 ms毎に測定。時間経過とともに線の色を黄色に変化。

 

 

10. おわりに
 SPring-8新分野創成利用課題制度を利用して、様々な実用上重要な材料・デバイスの固液界面のうち、液体側に注目し、その構造・現象解析を目指す取り組みを実施した。緒についたばかりであるが、難しいテーマにもかかわらず、放射光利用ならではの解明のきっかけを得た。さらに、New Comerの参入を期待する。

 

 

課題番号リスト:
新分野創成利用課題 2016B~2018A通期
2016B0908、2016B0909、2016B0910、2016B0911、2017A0908、2017A0909、2017A0910、2017A0911、2017A0912、2017A0913、2017A0914、2017A0915、2017A0916、2017B0908、2017B0909、2017B0910、2017B0912、2017B0913、2017B0914、2017B0916、2017B0918、2017B0919、2017B0920、2018A0908、2018A0909、2018A0910、2018A0913、2018A0914、2018A0916、2018A0919、2018A0932、2018A0933、2018A0934

 

 

謝辞
 本研究プロジェクト推進にあたりSPRUC執行部、顧問会議の先生方、分野融合研究のアドバイザーの先生方より適切な運営上・研究上の助言を頂いたことに感謝する。さらに、新分野創成利用課題の実施に関して、JASRIの為則雄祐氏には窓口としてBL・BTの調整に尽力頂いたことに感謝する。

 

 

 

参考文献
[1] H. Fujii, Y. Wakabayashi and T. Doi: J. Electrochem. Soc. 166 (2019) E212-E216.(BL13XU)
[2] 塚田智幸、澁谷孝、日野克彦、三宅章子、崔芸涛、赤田圭史、宮脇淳、原田慈久:第31回日本放射光学会年会、軟X線発光分光によるトレハロース溶液中の水の電子状態評価、2018年1月9日(JSR2018学生発表賞受賞)(BL07LSU、BL47XU)
[3] S. Hasegawa, S. Takano, S. Yamazoe and T. Tsukuda: Chem. Commun. 54 (2018) 5915-5918.(BL01B1, BL37XU)

 

 

【補足1】
 新分野創成利用のコンセプトを図補1に示す。施設側とユーザー側、および新分野創成利用課題と分野融合研究の関係を図補1にポンチ絵で示す。

 

図補1 新分野創成利用のコンセプト

 

 

【補足2】
 新分野創成利用とSPRUC新分野創成の体制を図補2に示す。それぞれの責任と権限関係を明確にしておくことが、プロジェクト遂行上必要である。

 

図補2 新分野創成利用とSPRUC新分野創成

 

 

【補足3】
 本研究テーマの位置づけを図補3に示す。重要なキーワードは、バックキャストからの学理解明と、さらなるフォワードである。

 

図補3 研究テーマの位置づけ

 

 

【補足4】
 3つの大括りサブ課題と分担者毎のサブ課題と成果のまとめ。本稿執筆時点で、成果報告を準備中、または投稿中のものが大半であるので、大まかなリストを表補1に示す。

 

表補1 分担者毎のサブ課題と成果

 

 

 

高尾 正敏 TAKAO Masatoshi
SPring-8ユーザー協同体(SPRUC)
分野融合研究(実用)グループ
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0970
e-mail : takaoma@bu.iij4u.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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