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Volume 24, No.2 Pages 233 - 238

4. 談話室・ユーザー便り/USER LOUNGE・LETTERS FROM USERS

ヨーロッパ放射光施設視察報告(SLS、PETRA-III、MAX-IV)
Visiting Report on Synchrotron Radiation Facilities in Europe (SLS, PETRA-III, MAX-IV)

筒井 智嗣 TSUTSUI Satoshi、今井 康彦 IMAI Yasuhiko

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 Diffraction and Scattering Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 2018B期運転終了後、約2週間他施設のビームラインの運用状況に関する情報収集をする目的でSwiss Light Source(SLS)、PETRA-III、MAX-IVの施設を訪問した。本稿では、それぞれの施設で見聞きしたことについて報告する。

 

 

2. Swiss Light Source(SLS)[1][1] https://www.psi.ch/sls/
 Swiss Light Source(SLS)は、スイス最大の都市チューリッヒから電車とバスを乗り継いで2時間ほどにあるPaul Scherrer Institut(PSI)の中の1つの施設である[2][2] https://www.psi.ch/。PSIの敷地内には、SLSのほかに、ミューオン(Swiss Muon Source: SµS)[3][3] https://www.psi.ch/smus/ss-swiss-muon-sourceと中性子(Swiss Spallation Neutron Source: SINQ)[4][4] https://www.psi.ch/sinq/sinqの実験施設が存在する。さらに、我々が訪問する前週よりユーザー運転を始めた自由電子レーザー(SwissFEL)も併設されている[5][5] https://www.psi.ch/swissfel/swissfel。この訪問では、cSAXS(コヒーレント小角散乱)のbeamline scientistであるAna Diaz氏のおかげで2日間の短期間の滞在で上記の全ての施設の見学に加えて、今井のセミナーや検出器グループの研究室訪問など分刻みのスケジュールながら、充実した滞在期間を過ごすことができた(図1)。

 

図1 SLS施設内を見学中の筆者。筆者らが立つ真下を電子ビームが走っている。実験ホールの屋根を支える構造材は木製。

 

 

 SLSの各ビームラインの運営は、人員配置も様々であり、各ビームラインでの実験内容や研究分野の文化を反映したように見えた。このため、beamline scientistが各ステーションに1人(博士研究員を除く)のADDRESS(共鳴X線非弾性散乱と角度分解光電子分光)もあれば、3人のbeamline scientistが配置されたcSAXSもある。各ビームラインには専属ではないものの、制御プログラムだけでなく解析プログラムも支援するエンジニアが施設内でのプログラムに関する支援を行っている。このほかにも、構成は各ビームラインで異なるが、各ビームラインを支援する専属のスタッフを加えた形で運用がなされている。
 見学したSLSのビームラインの1つであるADDRESSは軟X線を用いた磁気励起や電荷励起などの素励起の分散関係を調べる共鳴X線非弾性散乱(RIXS)実験ステーションを有する。共鳴X線非弾性散乱は現在各施設がその性能にしのぎを削っている非弾性散乱分野では世界的に最も活発な研究活動が行われている分野の1つであり、ADDRESSの実験ステーションはその先駆けとなるビームラインである。現在多くのユーザーがその利用を希望しており、担当のThorsten Schmitt氏によれば競争率は4倍程度である。この分光器を用いて分散関係を調べるという意味では、この分光器の散乱角2θのエンコーダーは中枢の装置である。ところが、見せていただいたRIXS分光器のエンコーダーは図2のとおり、極めてシンプルな仕掛けであることに驚かされた。45°毎に実験ホールの床に埋め込まれた金属製のマーカーと分光器のアームから垂らされたおもり、これが最先端設備のエンコーダーである。このエンコーダーは日本と違って地震もない安定な地盤を持つスイスならではの仕掛けであるとともに、何がどこまではっきりとわかれば良いという意思表示のようにも見えた。

 

図2 RIXS分光器の極めて“シンプルな”散乱角の基準となるエンコーダー(写真中央部)。

 

 

 SLSではいくつかユニークな課題選定が行われていたので、そのうち2つほど紹介したい。1つは、SLSが隣に中性子散乱施設(SINQ)があるという立地を活かした課題選定の取組みである。この取組みは現在粉末回折実験だけに限って運用されているが、1枚の申請書で中性子と放射光X線の回折実験を行って、構造解析に関する研究が行える課題選定である。もう1つは、タンパク構造解析に関するものである。通常、タンパク構造解析においては、ユーザーの各研究室で作成できた試料を施設に持ち込んで実験を行う。それに対して現在SLSで進められている取組みは、ビームラインのすぐ隣でユーザーの試料育成を行い、できたものから順に測定するというものである。このシステムでは、試料の育成状況については各ユーザーが確認できるようになっている。
 見学したSLS以外の施設に関する状況についても少し述べたい。SINQは来年まで、SµSは6月まで設備の改修・改造のため停止しており、各ビームラインを見学することができた。残念ながら、SINQは大規模な改修のため、一部分光器が更新のため分解または解体されていた。SINQの案内をしていただいたSteven van Peregem氏によると、「この停止期間は、忙しいbeamline scientistにとっては論文を書く良い機会となっている。」ということであった。また、SwissFELはSLS、SINQやSµSのあるキャンパスと川を隔てた対岸の森の中に設置されていた。環境保全のため、緑地を一定面積確保する都合上、施設は半地下で、遠目からは実験施設とはわかりにくい構造になっていた(図3)。施設の内部は我々が訪れる前の週に初めてのユーザー運転がようやく始まったばかりで、ビームラインはこれから徐々に整備されていくような印象を受けた。

 

図3 SwissFELに向かう小路からSwissFEL実験施設を臨む。写真中央部が実験ホールの屋根に当たる部分ですが、わかりますか?

 

 

3. PETRA-III[6][6] http://photon-science.desy.de/facilities/petra_iii/index_eng.html
 PETRA-IIIは、ドイツ・ハンブルク市の中心からほぼ西に位置し、Deutsches Elektronen-Synchrotron(DESY)の中の1つの施設である[7][7] http://www.desy.de/。DESYの敷地内は所狭しと放射光実験だけではなく、素粒子実験も含めた加速器の施設が配置されている。このためPETRA-IIIはその周長がSPring-8よりも長い2.3 kmでありながら、実験ホールはリングの一部分だけに設置されている。この訪問では核共鳴散乱ステーションのbeamline scientistであるIlya Sergeev氏にDESY内にある放射光実験関連施設の見学やスタッフとの議論の時間をアレンジしていただいた。
 PETRA-IIIの実験ハッチは、リングの曲率が小さいために非常に手狭な印象を受け、またハッチ間の間隔も非常に狭い(図4)。このため、どのビームラインも光源から試料位置までの距離が100 m程度である。各ビームラインは、PETRA-IIIが直接運営する形態やMax-Planck研究所(MPI)が運営する形態や実験ステーション、各大学の研究グループが設置した実験ステーションをPETRA-IIIのbeamline scientistが管理する形態など多様な方法で運営されている。それぞれのビームラインはbeamline scientistのほかにSLS同様に実験ステーションの支援をするスタッフと、ソフトウェアやデータ取扱いに関する支援を行うスタッフで実際の運用が行われている。分業化はかなり進んでおり、ビームラインの制御に関わる基本的なインフラの部分は後述のITグループが構築したシステム上に、ビームラインで実際に行う測定に必要なソフトウェアをbeamline scientistが作成するということでユーザー実験が行われている。

 

図4 PETRA-IIIの実験ホールの内部。実験ハッチが隙間なく設置されているように見える。

 

 

 ダイアモンド・アンビル・セルを用いた高圧実験については、ビームライン横断的な協力体制が確立されていた。主として極端条件下実験ビームラインであるP02において高圧実験に関するインフラが整備され、現時点では高圧実験が活発に行われている核共鳴散乱や磁気散乱実験との共同研究による利用実験が行われている。前述のSLSで実施されている粉末構造解析における1枚の申請書で複数のビームライン(施設)にまたがる実験ができるような仕組みにはなっていないが、ビームライン間の連携を考慮した課題採択が行われている。
 見学させていただいたP01の核共鳴散乱ステーションのIlya Sergeev氏によれば、このステーションの担当者がいずれもESRFの博士研究員を経て現職に着任したという背景もあり、ESRFの核共鳴散乱ビームラインと多くの点で共通化が図られ、ヨーロッパを中心とした核共鳴散乱ユーザーの利便性を優先した運用がなされている。例えば、データ取得のフォーマットを共通化することで、ESRFを使用したことのあるユーザーであれば、ESRFの実験で利用した解析プログラムなどがそのまま利用できて、ユーザーの省力化を可能にしている。また、一部光学素子、具体的には利用する核種毎に設計しなくてはならない高分解能モノクロメータの貸し借りを行って、beamline scientistの負担の軽減やその光学素子を利用することによる人的交流を行っている。ヨーロッパで核共鳴散乱が行われている施設がESRFとPETRAの2施設だけであることを考えると、この運用は理にかなったものであるとともに我々のような他施設のスタッフから見ればこの協力体制は脅威であると言える。
 データの取扱いについては、PETRA-IIIの施設内で一元化されたシステムが構築されていた。システムは加速器研究所としてのDESYのインフラを活用した形になっており、加速器制御とビームラインでの機器の制御やデータ取扱いに対してITグループとして明確な区別がない印象を受けた。また、ビームラインにおいてデータを取得しながら、ビームラインで行った解析結果を含めて施設側でデータをバックアップするシステムが構築され、ビームライン側でデータ保管に関する心配をすることなく運営できるようになっている。このため、EUの進めるオープン・データが実施されれば、すぐにでも対応できる状態であると担当者のAndre Rothkirch氏は教えてくださった。
 PETRA-III滞在最終日には、EUROPEAN XFEL施設も訪問する機会を得た[8][8] https://www.xfel.eu/。EUROPEAN XFELの施設は全て地下に建設され、加速器の上流こそDESYの敷地内にあるが、3 kmあまり先にある実験ホールは既にハンブルク市の隣町に設置されている。写真はDESYキャンパス内の加速器上流部に建設された建屋で、その前に加速器のトンネルの実物大模型が展示されている(図5)。筆者らの身長が約180 cmであることをお伝えすれば、トンネルの大きさをご理解いただけるものと思う。

 

図5 EURO-XFEL施設の入り口前(DESYサイト内)のXFEL加速器トンネルの実物大模型と筆者。

 

 

 PETRA-IIIには3日間滞在したが、滞在初日は思いがけない視察となった。それは、HASY Laboで核共鳴散乱の研究を開始され、訪問中のホストであるIlya Sergeev氏の博士研究員時代の上司で近々ESRFの核共鳴散乱ビームラインのbeamline scientistを引退されるRudolf Rüffer氏も同行していただいたことである。彼のキャリアのスタートであるハンブルクで核共鳴散乱実験草創期を含めた昔話を聞きながら、施設の見学を行うことができたことは大変有意義であった(図6)。

 

図6 PETRA-IIIのP01実験ハッチにて。左から、今井、Sergeev氏、筒井、Rüffer氏。

 

 

4. MAX-IV[9][9] https://www.maxiv.lu.se/
 MAX-IVは、スウェーデン南部のルンド市の郊外にあり、MAX-IVのスタッフの居室スペースとなっている建屋の最上階から眺めると建設中の中性子施設(European Spallation Source: ESS)を臨むことができる(図7)[10][10] https://europeanspallationsource.se/。今回の訪問では、最初にこの眺望を紹介されたあと、施設の見学やスタッフとの議論を行った。訪問時のスケジュールについては、MAX-IVの各ビームラインでの試料環境の整備に従事されているStefan Carlson氏に施設の見学やスタッフとの議論に関するアレンジをしていただいた。

 

図7 MAX-IVの居室スペース最上階よりESSを臨む。MAX-IVの外側に幾何学的に配置された“丘”。写真中央部の遠くに見えるのは建設中のESS。

 

 

 MAX-IVは、共通の線形加速器に1 GeVと3 GeVのリングが併設されている。先行して建設された1 GeVリングは多くのビームラインが既に稼動していた。一方、最新の3 GeVリングについては8本のビームラインが設置されているものの、現在ユーザー運転に供しているビームラインは3本であり、実験ホールもまだまだ多くの未使用スペースが見られた。施設は基本的にスウェーデンの研究予算で運営されているが、隣国のデンマーク、フィンランド、エストニアの予算で運営されているビームラインも存在する。3 GeVリングは低エミッタンス光源であることを反映して、実験ホールの床は5 m近い特殊なコンクリートが施され、建屋の外側には振動抑制のために小さな丘が幾何学的に配置されていた。
 ビームラインは前述のPETRA-IIIと同様に複数人数のbeamline scientistと実験ステーションの支援をするスタッフとソフトウェアやデータ取扱いに関する支援を行うスタッフで実際の運用が行われている。ソフトウェアや取得したデータに関する取扱いは施設のITグループが行っている。そのITグループのスタッフ数は40人で、施設全体で働く技術系・事務系を含む総スタッフ数の約1/6に相当することには驚かされた。
 見学したNano-MAXは、世界に先駆けて稼働を始めたmulti-bend achromat storage ringの低エミッタンスという特徴を活かして、回折限界10 nm集光を目指したNanoprobeのビームラインである。現状では、第2実験ハッチにおいてJ_TECH製のK-Bミラーにより100 mmのワーキングディスタンスで、集光ビームサイズ35 × 39 nm2(24.2 keV)~89 × 93 nm2(9.5 keV)が達成されており、蛍光X線マッピングやコヒーレント回折イメージング、Ptychographyが行われていた。高角の回折線は、市販の工業用ロボットアーム(図8の写真の右に写っているオレンジ色のアーム)に取り付けられたピクセル検出器で測定できるようになっていた。また、実験ハッチの壁がコンクリートで作られているのは特徴的であった。その理由を訪ねたところ、鉄を使っていない理由は、コンクリートの方がコストが安いことに加え、振動し難い・断熱性が高い、とのことであった。Nano-MAXでは将来的に第1実験ハッチで、ゾーンプレートによる集光ビームで、Ptychographyのトモグラフィーなども計画しており、振動の抑制や温度の安定性に特に気を配っている様子がうかがわれた。

 

図8 Nano-MAXビームラインを訪問中の筆者。

 

 

 また、SPring-8の実験ホール内の移動手段と言えば、現在自転車が利用されているが、訪問した3施設全てで実験ホール内の移動手段としてキックボードが使用されていた。中でもMAX-IVでは、人の移動手段だけではなく、少し大型の機器を運ぶ手段としてもキックボードが利用されており、写真のようなキックボードが整備されていた(図9)。

 

図9 荷物運搬用キックボード集積場の様子。このほかに、人の移動専用のキックボードが備えられていた。

 

 

5. おわりに
 今回ヨーロッパにある3つの施設を訪問し、各施設で多くのbeamline scientistとビームラインの日頃の運営において抱えている問題などを議論できる機会を得られたことは大変有意義であった。また、訪問したそれぞれの施設はそれぞれの国で運営されていながらも、例外なく文化も習慣も異なる様々な国籍を持ったbeamline scientist達で日々の研究活動や施設の運営が行われている。その中で意外なコメントを複数のbeamline scientistから聞くことができたので、そのコメントを最後に紹介したい。それは、「母国語でのコミュニケーションほど、言葉が通じるために意思疎通が曖昧になりがちだ。」ということである。この言葉は、そこで働く多くのスタッフにとっての母国語である日本語で日々のコミュニケーションが行われているSPring-8において、今後検証すべき課題ではないかと考えさせられる一言であった。

 

 

謝辞
 本視察は、研究活動強化・事業推進経費の下で実施されたものである。また、今回の視察は訪問した各施設で非常に多くの方の協力なしでは遂行できなかった。その中には、事前のアポイントメントなしでこちらからの突然の問い合わせに快く対応していただいた方もいらっしゃった。今回の訪問が、先方施設の多大なご協力の下で有意義な視察となったことに誠に感謝したい。特に、我々の2~3日という短い訪問スケジュールに合わせて、見学を行う複数のビームラインに加えて、隣接する施設の研究者や情報関係の職員と議論ができるスケジュールを調整していただいたSwiss Light SourceのAna Diaz、PETRA-IIIのIlya Sergeev、MAX-IVのStefan Carlson各氏の協力には改めて謝意を表したい。

 

 

 

参考文献
[1] https://www.psi.ch/sls/
[2] https://www.psi.ch/
[3] https://www.psi.ch/smus/ss-swiss-muon-source
[4] https://www.psi.ch/sinq/sinq
[5] https://www.psi.ch/swissfel/swissfel
[6] http://photon-science.desy.de/facilities/petra_iii/index_eng.html
[7] http://www.desy.de/
[8] https://www.xfel.eu/
[9] https://www.maxiv.lu.se/
[10] https://europeanspallationsource.se/

 

 

 

筒井 智嗣 TSUTSUI Satoshi
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
旧:(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : satoshi@spring8.or.jp

 

今井 康彦 IMAI Yasuhiko
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
旧:(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : imai@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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