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Volume 24, No.2 Pages 223 - 227

3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

利用系グループ活動報告
産業利用推進室 産業利用支援グループ
Activity Reports – Industrial User Support Group, Industrial Application Division

佐藤 眞直 SATO Masugu

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 産業利用推進室 Industrial Application Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 産業利用支援グループはSPring-8の産業利用の拡大を目的として、2000年に前身の産業応用・利用支援グループとしてスタートし、2005年度の産業利用推進室発足時に現在の形となった。そのミッションとしては、(1)産業利用用の3本の共用ビームライン(産業利用BL/偏向電磁石光源ビームライン2本:BL19B2(I)、BL14B2(II)、アンジュレータ光源ビームライン1本:BL46XU(III))の維持管理及びその利用者支援、(2)産業界の利用開拓を目的としたSPring-8の利用技術の開発及び利用支援施策の現場運用である。本稿ではこれまでのSPring-8の産業利用の動向を振り返り、最近の活動状況について紹介する。

 

 

2. 現在の産業利用の動向
 SPring-8の産業利用分野における利用状況を概観する。図1に企業ユーザーが実験責任者の課題数とその全課題数に対する比率の利用年度推移を示す。SPring-8の供用開始後、企業ユーザーの利用も順調に伸び、2007年ごろにはその全課題数に対する課題数比率が約20%に達した。その後、その水準をキープしてきたが、近年若干減少傾向にあり、課題数比率も2017年度で約17%である。この傾向の背景には、利用の拡大期にユーザーとして定着した企業の個別の課題解決が一段落したことが考えられる。これは新規開拓による産業ユーザー層の新陳代謝の活性化が急務であることを意味する。ただし、その新規開拓の方法にも日本の産業界の構造の変化に合わせた方針転換が必要である。図2の企業ユーザーの分野構成比の推移が示すように、2007年ごろには企業ユーザーの約30%を占めるボリュームゾーンを構成していた電気機器業界がリーマンショック以後の業績不振のあおりを受けて大きく利用を減らして昨年度には約15%程度になっており、現在の日本の産業構造を反映して多様な分野によるユーザー層が構成されていることがわかる。つまり、この多様性にどう対応するかが今後の重要な課題である。そのためには、まず利用技術の開発方針としては、個別の課題のニーズに対応するための柔軟なカスタマイズ力が重要となる。さらに、予測が困難な産業界の変化に対応するために、新規分野の利用開拓は今後ますます活性化する必要がある。

 

図1 企業ユーザーの実施課題数及び課題数割合の年度推移

 

図2 企業実施課題の実験責任者所属の分野構成比の2007年度と2017年度の比較

 

 

 また、利用の形態にも大きな変化がみられる。図1に示している課題種による企業ユーザーの課題数推移をみると2007年ごろから有償の成果専有型利用が増え始め、現状では全産業利用課題数に対する成果専有型利用の課題数比率は約60%に達している。これはSPring-8の産業利用が進展して、企業にSPring-8の活用方法とその有用性が認知されたことを反映していると考えられる。この利用コストに対するハードルを下げる駆動力の一つに、2007年から運用がスタートした測定代行が挙げられる。現状では成果専有型利用の約半数の課題が測定代行で実施されている。また、図2で示されているように分析会社の利用が拡大していることから、利用のアウトソーシング化も進んでいることが推察される。

 

 

3. 活動状況
 以上の状況を踏まえた最近の産業利用支援グループの活動について、マーケットリサーチとそれに基づく利用技術開発による新規利用開拓と、産業界の成果専有利用のニーズ増大に応えるための利用環境整備の2つに分類して紹介する。
(1)新規利用開発
 まず、新規利用開拓活動について、それを目的とした利用技術開発事例を中心に3例を紹介する。1つ目は半導体デバイス用薄膜の結晶構造評価を目的としてBL46XUで実施した、エピタキシャル薄膜のX線回折プロファイル3次元逆格子空間マッピング測定技術の整備について紹介する[1][1] 小金澤智之 他:薄膜材料デバイス研究会第14回研究集会予稿集 (2017) 148-151.。本技術は有機エレクトロニクスデバイスの有機薄膜の評価等で活用してきた2次元検出器を用いた微小角入射X線回折測定技術を発展応用したものである。図3で示すように薄膜試料基板の表面に微小な入射角でX線を照射し、試料表面法線に平行な回転軸で試料を360°回転させながら各回転角での試料表面の薄膜からのX線回折パターンを2次元検出器PILATUS300Kで取得する。得られた多数の回折パターンイメージを逆格子空間に座標変換することで、エピタキシャル薄膜の回折プロファイルの3次元逆格子マップを高能率で取得することが可能となる。本技術のターゲットは、輸送機器の電動化で注目されているパワー半導体のような次世代エレクトロニクスデバイスの開発研究である。例えば、パワー半導体用のワイドギャップ半導体デバイスでは、電極−半導体界面での電力損失を抑えるための界面結晶状態の制御が成膜プロセス開発で求められている。薄膜界面近傍の結晶構造の詳細な情報を高能率で取得可能な本技術は同分野の分析ニーズを刺激する技術であり、関連学会でアピールを進めている。

 

図3 2次元検出器を用いたエピタキシャル薄膜のX線回折プロファイル3次元逆格子空間マッピング測定技術の概念図

 

 

 次に紹介するのは、最近開発要求が高まってきた複数の利用技術を組み合わせた複合技術開発である。材料の合成過程や機能中の反応メカニズムを解明するには多角的な分析が必要である。例えば、化学状態解析を行う分光と構造解析を行う回折・散乱というように、複数の分析から得られる情報を組み合わせて現象を解釈する必要がある。反応プロセスのその場観察においても同様のアプローチが望まれるが、それぞれの分析技術で得た情報が同じ「その場」を見ていることを保証するには、それらを同時に測定する複合技術の構築が望ましい。そこで、この反応その場観察のニーズ開拓を目的として本技術開発に着手した。その一つとして小角X線散乱(SAXS)-XAFS複合測定技術の開発事例を紹介する[2][2] 渡辺剛 他:電気化学会第86回大会 (2019) 2B08.。これは山梨大犬飼グループとの共同研究で実施したもので、同グループが進めている燃料電池用のPtCoナノ粒子触媒の粒径と結晶構造の観点から劣化試験中の反応プロセスを検討することを目的としたものである。実験は図4のようにBL19B2のSAXS装置にXAFS測定系を持ち込んで実施した。この複合技術開発で留意すべきは、利用ニーズが潜在する多様な分野の個別の課題に対応する必要があるため、装置開発:ハードウェアよりも柔軟な利用技術のカスタマイズ力(組み合わせる測定技術の選択、導入する試料環境制御システムの構築):ソフトウェアを重視する必要があるという点である。

 

図4 BL19B2のSAXS装置において構築したSAXS-XAFS複合測定のレイアウト

 

 

 3例目は新規分野の利用開拓活動について紹介する。前項でも説明したように近年の企業利用課題数の減少傾向は、産業利用拡大期に定着したユーザー層の利用ニーズ:課題解決が一段落したことによるものと考えられ、そのために新しいニーズを持つユーザー層の開拓が急務となっている。そこで、これまであまり利用がなかった分野の開拓を目的とした利用施策として、新産業分野支援課題を2014年度より実施した。これと並行して具体的な候補として食品分野をターゲットとし、学会参加等によるニーズ調査を進めた。その結果、潜在する放射光に適した分析ニーズとして冷凍食品の凍結組織形態の非破壊観察への放射光X線CTの応用技術を検討した。これは、密度差が小さいため実験室のX線CT装置では難しい凍結組織中の氷と食材の識別を、放射光の高輝度単色X線を光源として用いてCTイメージのコントラストを向上することにより可能とすることを企図したものである。まず、実験技術として、BL19B2のX線CT装置上に冷凍食品試料を凍結保持するための液体窒素吹付試料冷凍装置(図5(a)参照)を開発した(現在、本装置はBL14B2に移設され共同利用で運用中)。この装置を用いて観察した冷凍マグロの断層像の事例を図5(b)に示す[3][3] M. Sato et al.: Jpn. J. Food Eng. 17 (2016) 83.。この検証結果を関連学会で紹介し、新産業分野支援課題の利用を促したところ、同分野のユーザーとして大学4グループ、企業3グループの利用を獲得できた。このように、ターゲットを絞った利用施策の運用と技術開発の組み合わせは、新規開拓において有効であると考えられる。

 

図5 凍結試料のX線CT測定用液体窒素吹付試料冷却装置(a)とそれを用いて測定した冷凍マグロの断層像(b)

 

 

(2)成果専有利用の利用環境整備
 企業の研究開発において、分析に要求される要件はタイムリーな実施とコストダウンである。確実な実施を期するためには有償でマシンタイムを確保できる成果専有利用が望ましいし、さらに随時募集で分析ニーズが発生した時にタイムリーに申し込むことが可能な測定代行は理想的といえる。この有償というコストを払っても成果専有課題の利用が増えてきているということは、前述の通りSPring-8の利用価値の認識が産業界で広がってきている証左と考えてよいだろう。今後、この動きを促進するにはこのコストに対するパフォーマンスの向上努力を行う必要がある。
 現在、産業利用BLでは測定代行をルーティン測定のメニューを設定可能な利用技術に限って実施している。この運用を可能としている技術の一つが試料交換の自動化技術である。BL14B2のXAFS、BL19B2の粉末回折及びSAXSでは、試料自動交換ロボットを整備することによって、単純なルーティン測定に関して試料交換にかかるマシンタイムロスを軽減し、有償利用のコストパフォーマンスの向上を実現している。しかしながら、粉末回折については測定手順において測定装置のデバイシェラーカメラにおいて検出器に用いているイメージングプレートに記録されたデータをリーダーで読み出す手間が測定効率の向上を妨げていた。そこで2013年度からこのデバイシェラーカメラに代わる新しい回折計POLARISの開発を行った[4][4] K. Osaka et al.: AIP Conference Proceedings (SRI2018) 2054 (2019) 050008.。本回折計は、オンライン1次元検出器MYTHENを粉末回折プロファイル測定用の検出器として採用しており、上記の問題を克服している。POLARISは2014年度からBL14B2においてオンビームでの立上調整を行い、2017年度末にBL19B2に移設し、2018年度から正式に共同利用で粉末回折実験の運用を開始している。オンライン検出器を採用することで、データ読み出しにかかるマシンタイムロスをなくすことができただけでなく、1回の自動測定で連続で測定できる試料数の上限を試料交換ロボットが搭載可能な試料数100個まで拡張することができた。さらに時分割測定に対応ができることで、ルーティン測定だけでなく、その場測定などの実験に応用を拡張可能となった(図6)。

 

図6 検出器にオンライン1次元検出器MYTHENを採用した新回折計POLARISの外観

 

 

 またコストパフォーマンスを向上するには、コストを下げるだけではなく、パフォーマンスを上げる努力も必要である。企業が求めるパフォーマンスは課題解決に対する回答であり、そのために管理しやすい定量的な数値データである。このパフォーマンスを実現できて初めて、SPring-8は企業にとって実用的な分析装置たり得る。そのために必要なものとして、得られたデータの解析環境の整備が挙げられる。この活動を2例紹介する。
 1つ目はBL14B2で進めている標準試料のXAFSデータベースの整備である[5][5] 大渕博宣 他:第20回XAFS討論会 (2017) P-05.。現在、図7の周期律表上で色つきで示した26元素の化合物441種について923個のスペクトルデータを登録済みで、WEB上で閲覧及びダウンロードが可能なデータベース閲覧システムを情報処理推進室の協力のもとに整備している。この標準試料データベースは現在BL46XUのHAXPESでも整備に着手している。

 

図7 XAFS標準試料データベースに登録済みの化合物の主元素(色つき)

 

 

 2つ目は、BL46XUのHAXPESで進めている、材料組成定量評価のためのスペクトル信号強度の相対感度係数評価技術開発について紹介する。これはHAXPESの測定データの内核励起ピークの強度の比較から各化学種の元素の存在比を評価するために必要なパラメータであるが、HAXPESについてはその評価方法についての検討が進んでいないため、本手法による定量評価の成果があまり出ていないのが現状である。そこで、まずWagner達が提唱している相対感度係数の評価方法[6][6] C. D. Wagner et al.: Surf. Interface Anal. 3 (1981) 211.をもとに、様々な元素の酸化物標準試料について測定したスペクトルデータから各元素の内核励起ピーク強度のO 1sピーク強度に対する相対感度係数の結合エネルギー依存性を評価し、光イオン化断面積と光電子の平均自由行程の理論計算値から見積もった相対感度係数の計算値との比較によってその妥当性を検証した[7][7] S. Yasuno et al.: Surf. Interface Anal. 50 (2018) 1191.。その1例として図8に励起エネルギー7.92 keVで測定した2p3/2ピークについて検討した結果を示す。見てわかるようにおおむね傾向の良い一致が見られ、この測定条件ではこの手法の適用が妥当であることが示されている。放射光を用いたHAXPESの利点は励起エネルギーの自由度と測定する内核励起ピークの選択の広さにあり、その測定条件は幅広い。現在、この相対感度係数の励起エネルギー依存性及び内核励起ピーク依存性の検討を継続しており、ユーザーに提供するためのデータベースの整備を進めている。

 

図8 酸化物標準試料のHAXPES測定データから求めたO 1sピーク強度に対する各元素の2p3/2ピークの相対感度係数の結合エネルギー依存性とその計算値との比較(元素のリストは参考文献[7]のTable 1を参照)

 

 

4. おわりに
 産業利用支援において重要な点は、多様な産業ユーザーの利用ニーズへの柔軟な対応である。これは利用技術だけではなく利用形態においても同様である。このような多様性に応えるには、個々のユーザーの課題を理解し、それに対する解決方法を柔軟に提案することができるスタッフの人材育成が必要である。今後ますます多様性を深めていく産業界の状況を鑑みても、この点はますます重要になるであろうと考える。

 

 

 

参考文献
[1] 小金澤智之 他:薄膜材料デバイス研究会第14回研究集会予稿集 (2017) 148-151.
[2] 渡辺剛 他:電気化学会第86回大会 (2019) 2B08.
[3] M. Sato et al.: Jpn. J. Food Eng. 17 (2016) 83.
[4] K. Osaka et al.: AIP Conference Proceedings (SRI2018) 2054 (2019) 050008.
[5] 大渕博宣 他:第20回XAFS討論会 (2017) P-05.
[6] C. D. Wagner et al.: Surf. Interface Anal. 3 (1981) 211.
[7] S. Yasuno et al.: Surf. Interface Anal. 50 (2018) 1191.

 

 

 

佐藤 眞直 SATO Masugu
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 産業利用推進室
旧:(公財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
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e-mail : msato@spring8.or.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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