Volume 24, No.2 Pages 142 - 144
3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
SPring-8利用研究課題審査委員会を終えて 分科会主査報告2 −散乱回折分科会−
Proposal Review Committee (PRC) Report by Subcommittee Chair – Diffraction and Scattering –
SPring-8利用研究課題審査委員会 散乱回折分科会主査/広島大学 大学院理学研究科 Graduate School of Science, Hiroshima University
散乱回折分科会では、放射光X線の散乱や回折を利用した研究課題の提案に対して、課題採択とビームタイムの配分を行っている。分科会が扱う研究分野が幅広く、多岐にわたるために、D1からD6までの6つの小分科を設置し、それぞれの小分科の審査委員により審査を行っている。本報告では、D1:無機系結晶、有機・分子系結晶、D2:高圧物性、地球惑星科学、D3:材料イメージング(CT、トポグラフィー等)、D4:非弾性散乱(コンプトン散乱、核共鳴散乱、高分解能X線散乱)、D5:高分子(蛋白質を除く)、D6:非晶質(準結晶、アモルファス、液体等)、低次元系、表面界面構造、ナノ構造、機能性界面・薄膜材料等、ホログラフィーの各小分科を担当した審査員に分科概要を分筆していただいた。
D1小分科では、無機系結晶や有機・分子系結晶に対して、X線回折および散乱という手法が広い範囲にわたって応用された構造物性に関わる課題を審査している。係わるビームラインは、BL02B1単結晶構造解析ビームラインとBL02B2粉末構造解析ビームラインを中心に、10以上のビームラインで様々な実験手法が提案されている。無機系結晶に関する申請数は有機・分子系結晶の約2倍であり、BL02B1では有機・分子系結晶に関する申請が多く、BL02B2ではほとんどが無機系結晶についての申請である。有機なら単結晶ビームライン、無機なら粉末ビームライン、という選択が顕著になっている。類似の試料に対して両方のビームラインに課題申請しているグループがあり、単結晶実験と粉末実験を相補的に利用しようというユーザーが今後増えると予想される。また、外国人、特に中国系のユーザーの申請が増えてきたことが最近の傾向としてある。
BL02B1での採択の競争率が低い状態が続いている。ピクセルカウンターが導入される前と比べると申請数は増えているが、計測効率が上がり単結晶実験にもかかわらず3シフト以下の実験で十分なユーザーが増えたために採択の競争率が低くなっている。低温高圧単結晶実験のような特殊環境下で実験ができるようになれば申請数の増加につながるのではないかという印象を持った。計測効率の向上と関連して、3シフト未満のビームタイムを無駄なく配分できる実施体制を検討する時期にあるのではないかと思われる。これは、BL02B1に限ったことではなく、同様に計測効率の向上したBL02B2にも言えることである。うまくいけば課題申請数の増加に直結すると期待される。その際、非常に多くのビームタイムを使って成果を出そうとする申請と1シフト程度のビームタイムでよい申請では1本の論文に対するビームタイムの効率が違うので、レフェリーの評価点の違いだけで単純に一律に課題採択のための評価をしていいのかという問題点があると考える。
D2小分科では、高温高圧(BL04B1)および高圧構造物性(BL10XU)のビームラインで行われる課題を中心に審査している。申請課題数は多く活発な状況で、全体の4割程度が海外からの申請である。しかし、精力的なパートナーユーザーや長期利用課題へのビームタイムの提供のため、一般課題へ供されるビームタイムが制限されており競争は激しい。また、極端条件での実験が汎用的になりつつあるといえるが、一方で新規または挑戦的な課題の数はやや減少している傾向にある。
BL04B1では大容量高圧プレスを使った高温高圧実験が行われている。国内からの申請課題では、高圧下の密度測定と超音波速度測定による地球内部物質の弾性定数の決定に関する課題が増加している。この他に高温高圧下X線回折実験による状態方程式の決定や、高温高圧下の変形実験などの高圧地球科学の課題が主である。海外からは特定の国に限らず様々な国から課題が申請されている傾向がある。
BL10XUでは、ダイヤモンドアンビルセルとレーザー加熱を組み合わせた高温高圧実験、冷凍機を組み合わせた低温高圧実験、さらに、ラマン散乱、放射光メスバウア分光を組み合わせた複合測定が可能で、高圧力下での多重環境下の複合測定を行えるユニークなビームラインとなっている。BL10XUでは、海外からの申請が増加しており、2019A期では特に北京高圧科学研究中心HPSTARからの申請数が激増した。一方で国内からの申請数は減少傾向にあり、新規の申請数は2件に留まった。
高圧を中心とした極端条件で様々な先進的な計測が可能になってきた一方で、新規の課題や独創的・挑戦的な課題を開拓していくためのサポートやエンカレッジができるような審査方法を検討する時期に来ていると感じられる。
D3小分科では、トポグラフィー(BL28B2)、投影イメージング・CT(課題によっては+位相コントラスト)、結像顕微鏡(課題によっては+CT)、マイクロビーム分析などによるX線イメージング(BL20B2・BL20XU・BL47XU)の課題が主であり、これらのイメージング法の高度化を意図したX線光学系の開発課題の申請もある。概ね視野の大きさand/or空間分解能で、BL20B2(大視野)とBL20XU・BL47XU(高空間分解能)の棲み分けがなされている。BL47XUは硬X線光電子分光(HAXPES)と共用であり、以前は競争率が高かったが、2017B-2019A期においては随分と減った。
D3小分科に限れば、申請数は増加傾向で推移した後2016B期以降は落ち着いている。BL20B2とBL20XUでは概ねユーザーが固定化していることと強くリンクしていると思われる。新規ユーザーもいるが、試料を置くだけで測れるという試料オリエンティッドの課題が多い。BL20XUは常時競争率が高く、申請書の質そのものが採否にとって重要であると言える。BL28B2では白色・ピンクビーム、100 keVを越える高エネルギーを用いる、大強度・高い透過力が必要とされる課題が増えている。白色・ピンクビームの利用は、X線イメージング分野に圧縮センシングなど数理科学的アプローチを導入する潮流とリンクしている。
SACLAではできない、偏向電磁石ではフラックスが不足する高位置分解能非破壊分析の受け皿として、BL20XUの存在意義は大きい。競争力を維持するためには、新しい手法の開発など施設主導の強化策を講ずる必要があるのではないだろうか。
化石、古生物、文化財など社会・文化利用課題で育ったテーマが顕在化しつつあり、JASRIの取り組みの成果と言えよう。宇宙関係課題は評価が高く、社会へのSPring-8のアピールに繋げて欲しい。レフェリーコメントで、「実験室でも可能」との指摘が相変わらず散見される。「SPring-8の必要性」を定量的に記述させるべきではないかと思う。
D4小分科では、非弾性散乱をキーワードとする課題を審査している。関係するビームラインは、BL08W、BL09XU、BL35XUなどであった。それぞれコンプトン散乱法、核共鳴散乱法、高分解能非弾性X線散乱法をベースとするビームライン群である。高エネルギーX線を必要とするコンプトン散乱法のBL08Wは世界的にみても特徴のあるビームラインであり、海外からの申請が半数を占めている。強相関物質群の電子軌道状態や、極端条件下での物質電子状態研究といった基礎科学から、実蓄電デバイスのoperandoイメージングなどの応用分野への展開も進みつつある。BL09XUが展開している核共鳴散乱法も第三世代放射光源によって発展してきた手法であるが、近年、磁性材料から生物試料に至る幅の広い応用研究が展開されてきている。2018年度から生物応用の長期利用課題が2件採択され、HAXPESの実験もビームラインとして受け入れているため、競争が激しい状況であった。BL35XUが展開する高分解能非弾性X線散乱法も第三世代放射光源によって発展してきた手法である。超伝導物質群をはじめとする強相関電子系物質群、液体・ランダム系の格子振動観測、そして地球科学で代表される高圧下での物質群を中心に基礎科学分野で広い応用研究が展開されている。ここ数年の継続的な国内外からの新規ユーザーによる申請により、ユーザー動向が変化しつつある。
D5小分科では、これまでと同様に高分子溶液構造、高分子固体構造、集合体構造(会合体、ミセルなど)のテーマが大部分を占めている。表面・界面に関する実験、マイクロビームの実験、短波長X線を利用したアモルファス構造解析実験、異常小角X線散乱実験も数は多くなかったが提案されていた。ビームラインとしては、BL40B2、BL40XU、BL45XUの利用がほとんどであり、小角散乱実験が多いが、広角散乱を併用することもすでに当たり前になってきている。申請全体として見た場合には、内容的にチャレンジングな課題が少なく、一応の成果が期待できるものが多かった。ユーザーがビームラインの使い方を習熟して成果が出る実験をこなすようになったためと思われるが、一方では、SPring-8ならではの挑戦的なテーマが出てくることを期待する。2019A期では、D5小分科ではあまり見られなかった蜘蛛の糸や生分解性ポリエステルの構造、食品科学などの申請が目についたが、これは理研の小角・広角散乱ビームライン(BL45XU)がタンパク結晶構造解析専用の共用ビームラインになったためではないかと推察された。
D6小分科では、非周期系(液体、アモルファス等)と、不均一系(表面界面構造、薄膜、ナノ構造等)に関する課題を審査している。前者はBL04B2、後者はBL13XUが主に使われるビームラインであるが、非周期系・不均一系が幅広い測定対象にわたることを反映して、BL40B2における小角散乱をはじめ、さまざまなビームラインを用いる申請が含まれる。さらに、科研費・新学術領域「3D活性サイト科学」の平成26年度採択にともなって急速に増加した蛍光X線ホログラフィー、表面界面ホログラフィー、光電子ホログラフィーの課題は、本分科でまとめて審査することになっている。全体的に、申請課題の傾向に大きな変化は見られなかった。BL13XUにおいては、表面回折、異常分散回折、蛍光X線ホログラフィー、マイクロ回折など、多種多様な測定手法が並立する状況が続いている。各分野の課題数は、申請段階ではばらついているが、基本的にレフェリー評価点に基づく採択結果は、分野間でバランスのとれたものになることが多かった。表面回折の課題は、申請数は少ないものの、採択率は概して高い傾向があった。課題採択率に関連して議論になったのは、短期的な要因による非常に大きな変動が見られることである。たとえば、BL04B2では、新型検出器の導入など測定が高度化された結果、測定効率が向上し、1課題あたりの必要シフト数が減少したことにより、競争率が一時期かなり低い水準となったが、1年程度で元の競争率に復帰した。BL13XUでは、BL37XU、BL39XUとともに、蛍光X線ホログラフィーの課題が多数応募されることによって、著しく競争率が上昇した。このような課題採択率の短期的な変動は、いわゆるボーダーライン付近の課題採択に与える影響が大きい。特に、将来のパラダイム革新につながりうる萌芽的な課題は、レフェリーや分科委員間でも評価が分かれることが予想され、行き過ぎた競争率の上昇は、これら「本質的」かもしれない課題を誤って不採択にしてしまうことにつながるのではないかと危惧する意見があった。
分筆いただいた、D2小分科の清水克哉先生(大阪大学)、D3小分科の篭島靖先生(兵庫県立大学)、D4小分科の櫻井浩先生(群馬大学)、D5小分科の金谷利治先生(高エネルギー加速器研究機構)、D6小分科の高橋正光先生(量子科学技術研究開発機構)の各先生方に感謝いたします。なお、黒岩がD1小分科を分筆し、全体をとりまとめました。最後に、他の小分科会委員やレフェリーの方々、そしてJASRIの関係者に深く感謝いたします。
広島大学 大学院理学研究科
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