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Volume 24, No.1 Pages 32 - 35

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第15回アジア結晶学連合会議(AsCA2018)報告
Report on the 15th Conference of the Asia Crystallographic Association (AsCA2018)

杉本 邦久 SUGIMOTO Kunihisa[1]、熊坂 崇 KUMASAKA Takashi[2]

[1](公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI、[2](公財)高輝度光科学研究センター タンパク質結晶解析推進室 Protein Crystal Analysis Division, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 アジア結晶学連合が開催するAsCA Conferenceは今回で15回目を迎え、主要加盟国での開催が一巡する最後の会合として、ニュージーランドのオークランド市で12月2~5日の4日間にわたり開催された。同市は首都ではないが国内最大の都市で、会場となったオークランド大学は国内有数の規模を誇る(図1)。参加者は455名と比較的大きな規模となり、オーストラリアの93名を筆頭に、ニュージーランド86名、日本85名などとなった。
 以下、物質系の内容については杉本が、生物系については熊坂が分担執筆した。パラレルセッションであったことや紙幅の都合もあり、全体をカバーできていないことはご容赦願いたい。

 

図1 会場全景。Owen G. Glenn Building, The University Auckland。

 

 

2. 物質系分野
 物質系では、ガス吸着材料として工業化が期待されているMOF(Metal Organic Frameworks)に関する講演が目立った。MOFは、金属イオンと有機化合物により構築された多孔性の金属錯体フレームワークであるが、ゼオライトに比べて軽量で分子設計や合成も容易であることから、近年、結晶学の分野でも注目を集めている。
 まず、1日目のKeynote Lectureでは北川宏氏(京都大)により、金属-金属-ハロゲン一次元鎖(MMX鎖)により構築される結晶構造と創出されるプロトン伝導性に関する講演が行われた。本講演では、様々なMMX鎖の合成及び結晶構造と物性が報告され、特に4本のMMX鎖によって構築されるMOFナノチューブの空間内に存在する水分子を介した伝導性の劇的な向上については構造的にも説得力があり印象的であった。
 Crystal engineeringのセッションでは、MOFの結晶構造及び物性だけでなく、水素結合などの超分子シントンを用いた分子間の弱い相互作用により構築される結晶構造と物性に関する講演が行われた。Hoi Ri Moon氏(Ulsan Natl. Inst. Sci. Tech.)は、柔軟性を有するMOFに関する講演を行った。本研究では、特にシアノ基をデザインとして組み込んだMOFは、CO2ガスにより加圧することによって細孔を開口することができ、さらに触媒作用を向上させることを見出した。また、植草秀裕氏(東京工業大)は、超分子シントンを活用したCrystal engineeringとして、液体のリモネン及び類縁のモノトルペンがビスフェノールと共結晶化することにより捕捉した結晶構造に関する講演を行った。
 Solid state reactions and dynamicsのセッションでは、Arnaud Grosjean氏(Univ. Western Australia)が、可塑性を示す針状結晶に関する講演を行った。本結晶は、オーストラリアシンクロトロンのマイクロビームを用いて圧力により曲げた状態での構造解析に成功している。その結果、曲げを生じた内側と外側をマッピング構造解析することにより、分子間の弱い相互作用が結晶性を維持することに寄与していることが明らかになった。大原髙志氏(原子力機構)は、2-(2'-hydroxyphenyl)benzimidzoleのα型結晶内で生じる分子内のプロトン移動の温度依存性について報告した。本分子内のプロトン移動は、297 Kの高温領域でのみ生じ、エノール型(O-H⋯N)からケト型(O⋯H-N)への変位はJ-PARCでの中性子単結晶構造解析によって明らかになった。関朋宏氏(北海道大)は、金(I)イソシアニド錯体の機械的刺激による結晶構造の変化が、単結晶-単結晶相転移様式で進行することを報告した。さらに、この機械的な刺激は青色の発光を促し、発光の変化の要因として金原子間の相互作用が鍵となっていることを明らかにした。燒山佑美氏(大阪大)は、H型の分子構造を有する有機化合物の結晶化で用いる溶媒を選択することにより、ペンタンやヘキサンを可逆的に吸脱着できる結晶構造の構築に成功した。
 Structure and properties of functional materialsのセッションでは、Pramod Halappa氏(Indian Inst. Sci.)がPbW(1-x)MoxO4粒子の光触媒有機変換活性に関する結晶構造との相関の講演を行った。本研究では、平均的な結晶構造をリートベルト解析で決定しただけでなく、局所構造を明らかするするために、中性子全散乱粉末回折データによるPair Distribution Function解析を行った。紫外線照射下で行われたその場観察の構造解析から構造の不規則性や局所構造の変動は、触媒活性と相関していることが明らかとなった。
 MOFs and hybrid materialsのセッションでは、Stuart Batten氏(Monash Univ.)が、アルキルアミン配位子を用いたMOFの合成及び結晶構造について報告した。本研究では、選択的にCO2ガスの固定を意識した設計になっており、優れた二酸化炭素の吸着容量と選択性及び水に対する高い安定性を示すことが明らかとなった。さらに、芳香族炭化水素混合物の分離のための分子ふるいや不均一系触媒を目的とした、配位子骨格への金属カルボニル種の導入の取り組みについても報告があった。また、同大学のWinnie Cao氏は、最近、潜在的な分子ふるいとして検討されているキラル配位ポリマーに関する報告を行った。エナンチオマーを選択的に分離するための多孔質キラル配位ポリマーの利点として、孔の形状および大きさの調整可能性であることが挙げられ、本研究では、ナフタレンジイミド配位子により構築した多孔質キラル配位ポリマーが、キラル分割用材料として有望であることを示した。
 Hot structures – chemistryのセッションでは、河野正規氏(東京工業大)が自己集積化を制御することにより構築される配位ネットワークに関する結晶構造解析と吸着特性、酸化還元特性の講演を行った。本来、結晶は熱力学的安定な状態で得られるが速度論的に準安定な構造を生み出すことにより特異な細孔を有するMOFの構築に成功した。
 筆者が、材料・物質に関わるセッションの全体を通して感じたことは、昨年インドで開催されたIUCr2017では、MOFだけではなく、医薬品に関連した共結晶体、PDF解析の講演が多く見受けられた。一方、今回のAsCA2018では、MOFに重点をおいたセッションの編成になっていた。材料・物質の起源を理解する上で、今後も放射光は大変強力なツールであることは変わりないが、世界的なニーズを把握するという点においては、プログラム委員や地域性の違いはあれども、今後も注視していく必要があるであろう。

 

 

3. 生物系分野
 一方の生物系では、近年進展が著しいcryoEMの話題が目立った。いわゆるSingle particle analysisは蛋白質分子をグリッドと呼ばれる試料ホルダに溶媒ごと分散させ、クライオ温度で氷包埋により固定して、電子線を照射、単粒子の投影像を多数集め、3次元に再構成する手法である。Electron countingが可能な検出器の出現で像のS/Nが格段に改善し、今や結晶解析に迫る空間分解能の分子構造が得られるようになり、特に超分子複合体など生命の中で重要な機能単位となる分子構造の解析に威力を発揮するようになった。解析対象は比較的大きな分子量を必要とし、かつ空間分解能は3~4 Åより低い解析が中心であるが、生物研究においてはそれでも重要な情報を続々と提供しつつある。Marc Strom氏は、近年の高機能電顕開発をリードするThermo Fisher社(旧FEI社)で開発を担当した。タンパク質分子の単粒子解析にとどまらず、細胞のTomographyなど、X線よりも大きい電子線の散乱断面積を生かして、軽元素からなる物質=生命体の可視化を総合的に進めている様子が覗えた。また、Tamir Gonen氏(UCLA)は、microED(微小結晶電子線回折)がタンパク質結晶のみならず、低分子結晶の構造解析に威力を発揮しつつあることを印象付けた。動的回折が無視できないが、高分解能の回折データを微小結晶から短時間に収集できることもあり、その発展は放射光での測定との関係になんらかのインパクトを与える可能性がある。
 CryoEMやmicroEDの有用性が強く認知されてきた一方で、アメリカ結晶学会長も務めるGeorge Philipps氏(Rice Univ.)は、X線の利点を生かした室温での測定により動的構造解析の進展を期待するとともに、それによって描かれうる分子構造のエネルギー地平を求めていくことが次なる目標になるであろうと述べた。もちろん、そのためには、レンジの広い時分割測定を実現するとともに、照射損傷の課題をクリアしていく必要がある。
 この課題解決の期待が高まる手法として、昨今の進展が著しいXFELとシリアル結晶学のセッションでは、久保稔氏(兵庫県立大)がトップバッターとして、最近の成果であるチトクロム酸化酵素とP450norのSACLAでの時分割解析について述べ、Serial femtosecond crystallography(SFX)に高速顕微分光測定を組み合わせ反応過程の構造トレースを分光学の裏付けのもとで進めた。従来、光解離速度が遅いとされてきたケージ化合物の利用例も示し、新たな可能性を感じさせた。Richard Bean氏はEuropean FELの最新の情報を提供した。10 Hz周期ながら、1トレインに2700パルスを含む最大4.5 MHzのパルス光が発生でき、MHz serial crystallographyが売りである。LCLSに倣ってか、真空中でのAerosol jet/Liquid jet/Fixed targetによるサンプル導入は既に準備されているが、極短周期のパルス光はLiquid explosionsを生じ、今後の課題となるであろう。筆者は、SPring-8で進めている室温での固定ターゲットシリアル測定法について報告した。HAG法により微小結晶を室温に保持することで、SFXと互換性の高い測定を行うことができ、その事前の試料評価はもちろん、今後はアンジュレータからの光を分光せずに使うPink beamにより効率的な測定を実現して、時定数の遅い動的解析に使えるように進めていく計画を示した。また、Keynote lectureとしてRichard Neutze氏(Univ. Gothenburg)は、氏がSFXの可能性を示した“Diffraction before destruction”の紹介を皮切りに、LCLSやSACLAで進められたSFXの現状を紹介しつつ、自らが進めたPhotosynthetic reaction centerについて光励起後の1、5、300 ps後の構造を示し、光照射による電荷分離の様子を可視化した最新の時分割構造解析を報告した。また、佐藤文菜氏(自治医大)は、血液中で酸素運搬に関わるミオグロビン・ヘモグロビンのガス吸着と解離の機構について、放射光を活用した時分割測定で詳細に解析した一連の研究を紹介した。
 タンパク質結晶学の大きな課題である結晶化についてもセッションが持たれた。Fasseli Coulibaly氏(Monash Univ.)は、微小結晶調製について昆虫細胞中での結晶化の開発状況を示した。Monica Budayova-Spano氏(Univ. Grenoble-Alpes)は透析膜を利用した結晶化法の開発について述べた。日本でもかつて新村信雄氏(茨城大)らが大型結晶調製のために類似の技術開発を行っていたが、時期を経てmicrofluidicsを用い、装置の高性能化を進めていた。Robert Thorne氏(Cornell Univ.)は、水のガラス転移温度以下のクライオ温度(~100 K)では分子構造にartifactを生じるため、180 K以上の測定により室温測定と連続したタンパク質構造の可視化を進めている。この温度では冷却して数分以内に氷晶が析出するため、その前にデータを取得せねばならない。近年の高速なピクセルアレー検出器ではわけもない測定であり、我々のHAG法と連携すると汎用的な利用ができそうで、運動性の高いループ領域の可視化などに威力を発揮するかもしれない。
 生物学的にHotな分子の解析報告も目白押しであった。Yanli Wang氏(中国科学院)からはCRISPR-Casの構造解析を総合的に進めている現状を紹介、日本からは阿部一啓氏(名古屋大)が強酸性の胃酸分泌を担う胃プロトンポンプの結晶構造を、中川敦史氏(大阪大)が2重殻を持つイネ萎縮ウイルスの構造と構築原理を、村上聡氏(東京工業大)が多剤耐性菌の薬剤排出ABCトランスポーターの構造を紹介し、鈴木俊治氏(東京大)は生命のエネルギー源を合成する酵素F1-ATPaseの回転機構の詳細をクライオトラップした結晶構造を報告した。Plenary lectureとして、David Eisenberg氏(UCLA)は、脳疾患に関わるアミロイド繊維の構造解析を報告した。繊維状物質の単結晶作成は難しいとされるが、網羅的な研究によりさまざまな種類のアミロイドで繊維化のカギとなる部位を特定し、その分子パッキングの詳細を次々と紹介されたのは圧巻であった。また、本会合はオーストラリア・ニュージーランド結晶学会(SCANZ)の年会(CRYSTAL 32)と合同開催で、同学会が授与するBragg Medalの受賞講演も行われた(図2)。Mitchell Guss氏(Univ. Sydney)は70年代のタンパク質結晶学黎明期から今に至る研究を述懐され、当時のデータ収集や解析を豊富な写真で紹介されたのは強く印象に残った。
 結晶解析では常に問題となるデータの扱いについてもセッションが持たれた。筆者は完全にはフォローできなかったが、オープンデータ・オープンサイエンスが着実に進みつつあり、データ量が膨大であっても取り組んでいかねばならない流れができつつある。川端猛氏(大阪大)は一気に進みつつあるcryoEMのデータベース化を紹介したが、既に膨大な蓄積がある結晶構造解析についても、今後関係機関と連携して進めていく必要性を感じた。

 

図2 会場内。Mitchell Guss氏(Univ. Sydney)の受賞講演。

 

 

4. おわりに
 以上で報告を終えたいが、今回もRigakuをはじめとするスポンサー各社の手厚い支援の下(図3)、域外の欧米からの参加者が56名と多く、特に招待講演者の割合が高くmini IUCr(国際結晶学連合年会)のような活況だったこともあり、やや散漫な内容になってしまったことをご容赦願いたい。次回2019年は、IUCr Conferenceの2020年開催を控え、1992年に第1回のAsCA Conferenceが開催されたシンガポールに戻って開催されることが決まっており、再び活発な議論が期待される。

 

図3 会場内。企業展示の様子。

 

 

杉本 邦久 SUGIMOTO Kunihisa
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : ksugimoto@spring8.or.jp

 

熊坂 崇 KUMASAKA Takashi
(公財)高輝度光科学研究センター タンパク質結晶解析推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : kumasaka@spring8.or.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794