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Volume 23, No.4 Pages 350 - 352

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第34回欧州表面科学会議(ECOSS34)報告
Report on the 34th European Conference on Surface Science (ECOSS34)

室 隆桂之 MURO Takayuki

(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI

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SPring-8

 

 第34回欧州表面科学会議(The 34th European Conference on Surface Science)が、2018年8月27日から8月31日の5日間にわたってデンマークのAarhusで開催された。会場は、Aarhusの中心部に位置するスカンジナビアンコングレスセンター(Scandinavian Congress Centre)であった。筆者は今回が初めてのECOSSへの参加であったが、オランダのアムステルダムで第1回会議が開催されたのが1978年であり、表面物理・化学の基礎から応用に至る分野を俯瞰的に議論する伝統ある会議とのことである。そのような会議の特色を反映してか、今回の会議でもセッショントピックス数は15に及び、常時5つのセッションが並行して進められるマルチトラックセッションの形態であった。ただし、基調講演に関しては各開催日の開始時間から全員が参加する形で行われた。全体で6件の基調講演と27件の招待講演、271件の一般講演、および129件のポスター講演が行われた。最終日は2件の基調講演と各賞の授賞式のみという構成であった。

 

図1 マルチトラックセッションの様子

 

 

 初日のオープニングセレモニーにおいて、この10年余りの間に特に盛んになった研究として二次元物質とダイナミクス観測が挙げられていたが、それを反映するように、“2D materials”と“Ultrafast dynamics and electronic structure”のセッションが設けられていた。特に、“2D materials”の講演件数(招待講演を含む)は45件であり、“Oxide surfaces and thin films”と並んで本会議で最多であった。現在の表面科学のトレンドを反映しているものと思われる。初日のUlrike Diebold(TU Wien)の基調講演によると、酸化物の研究もまた過去10年で盛んになり、ECOSSで一つのセッションに成長したとのことであった。“Ultrafast dynamics and electronic structure”の講演件数は14件と特別に多いというわけではなかったが、電子状態研究のセッション名に“ultrafast”の文字が冠せられているのは、時分割計測が欧州で特に盛んであることを物語っているように感じられた。
 筆者は今回、自身がSPring-8のBL25SUで開発した阻止電場型光電子分析器[1][1] T. Muro, T. Ohkochi, Y. Kato, Y. Izumi, S. Fukami, H. Fujiwara and T. Matsushita: Rev. Sci. Instrum. 88 (2017) 123106.の紹介を目的に、“Novel advancements in theoretical and experimental methods”のセッションに参加したのだが、筆者自身は表面研究の経験がほとんどなく、また前述のようにECOSSへの参加も初めてであったため、いささか自身の興味に偏った報告となることをご容赦いただきたい。以下、いくつかの講演について紹介する。
 会議のオープニングの基調講演を行った前述のUlrike Dieboldは、酸化物表面を25年にわたって研究しているとのことであったが、過去10年は基礎表面科学をエネルギー関連の応用に結び付ける取り組みであったという導入からスタートした。酸化物表面の走査型トンネル顕微鏡(scanning tunneling microscopy: STM)による観察では伝導性の問題が生じる。そこで、超高真空(UHV)環境下での酸化物表面の原子分解能観察を可能にするために開発した非接触原子間力顕微鏡(noncontact atomic force microscopy: nc-AFM)を紹介し、STMではempty statesとして観測される領域がnc-AFMでは観測可能であるという例を示した。表面科学の会議ということもあり後述の講演紹介も含めて全体を通じて走査型プローブ顕微鏡による研究講演が多く、装置開発のたゆみなき努力が続けられていることを実感した。
 会議初日の“Ultrafast dynamics and electronic structure”のセッションで招待講演を行ったRalph Ernstorfer(Max-Planck-Gesellschaft)は、電子と格子との相互作用を観測するために、時分割角度分解光電子分光(time- and angle-resolved photoelectron spectroscopy: tr-ARPES)とフェムト秒電子線回折(femtosecond electron diffraction: FED)を相補的に用いて行ったMoS2の研究を紹介した。Tr-ARPESでは、500 kHzでパルス幅が22 fsのレーザー光を用い、非占有状態に励起された電子を数10 fsの時間間隔で観測した結果を示した。将来の展望はexcited state microscopyに結び付けるとのことであった[2][2] P. Puschnig, S. Berkebile, A. J. Fleming, G. Koller, K. Emtsev, T. Seyller, J. D. Riley, C. Ambrosch-Draxl, F. P. Netzer and M. G. Ramsey: Science 326 (2009) 702-706.。Cheng-Tien Chiang(Martin-Luther-Universität Halle-Wittenberg)は、同じくパルスレーザーを用いたdouble photoemission(DPE)の手法を紹介した。2台の飛行時間(time of flight: TOF)型電子エネルギー分析器を用いてコインシデンス測定を行うものである。DPEが電子相関に起因するという特徴を利用し、CuおよびAgに対して電子相関の強さを評価した結果を示した。電子相関の強さは、single photoemissionに対するDPEの強度で評価するとのことである。Jan Gerrit Horstmann(University of Göttingen)は、彼らが開発した超高速低速電子線回折(ultrafast low-energy electron diffraction: ULEED)を紹介した。電子銃のチップへのレーザーパルス照射によって放出された電子パルスを用い、1 psの時間分解能を達成したとのことである。特別に開発したという直径が数10 µmの電子銃には驚かされた。適用例として、1T-TaS2の電荷密度波(charge density wave: CDW)状態への相転移や、Si(111)上のInワイヤーにおける構造相転移の測定結果が示された。なお、Horstmannはこの講演により、会議最終日にECOSS賞を受賞した。
 会議2日目の基調講演のAnders Nilsson(Stockholm University)は、触媒反応における中間状態の観測の重要性を説き、SLAC国立加速器研究所のLCLSおよびElettra Sincrotrone TriesteのFERMIにおいて自由電子レーザーを用いて進めている時分割のX線吸収分光(X-ray absorption spectroscopy: XAS)およびX線発光分光(X-ray emission spectroscopy: XES)による研究を紹介した。400 nmのレーザーをポンプ光とするポンププローブ法により、200~300 fsの時間分解能でのワンショット測定が実現しているとのことであった。Ru(001)単結晶上でのCO酸化反応の研究を例として示し、中間状態の観測に初めて成功したことを強調した。
 “Novel advancements in theoretical and experimental methods”のセッションでは、Eli Rotenberg(Advanced Light Source: ALS)が、ALSのビームラインであるMAESTRO(the Microscopic And Electronic STRucture Observatory)に関する招待講演を行った。10 µmの光スポットによるmicroARPESに加えてnanoARPESを開発し、現在のところ100 nm程度の空間分解能での測定が実現しているとのことであった。また、エアロックから各測定装置まで試料を自動で搬送する装置を開発したとのことで、その様子を撮影した動画が紹介された。同じく本ビームラインに設置されているPEEM装置も含め、将来的にはビームラインの全ての装置間で試料を大気暴露することなく搬送できるシステムにするとのことである。nanoARPES装置の開発もさることながら、この搬送システムの構築にも膨大な時間と労力が注がれているものと推察され、同じく共同利用装置を担当する者として感服する思いであった。Alfred J. Weymouth(University of Regensburg)は、lateral force microscopy(LFM)に関する招待講演を行った。通常のAFMではチップを試料表面に対して垂直に振動させるが、LFMでは表面に平行な方向に振動させることにより短距離力の原子間力への感度を高める。その適用例として、Si(100)の水素終端面におけるドメイン境界を用いて1原子レベルでの摩擦を検出したという研究が紹介された。また、チップの先端にCOの1分子を吸着させ、さらに試料表面にもCO分子を吸着させた状態でLFMを行い、COのねじれバネ係数を決定した結果が示された。
 3日目の基調講演は、Roman Fasel(Empa, Swiss Federal Laboratories for Materials Science and Technology)によるグラフェンナノリボン(GNR)の生成とその物性に関する講演であったが、今後数十年の目標はUHV環境での基礎研究をクリーンルームでのデバイス作成に変えていくことであるとの導入からスタートした。グラフェンは高い移動度を持つが、バンドギャップを持たないためそのままではデバイスに応用できない。GNRの場合、リボンの幅でバンドギャップが制御できるため、デバイス応用が期待できる。講演ではGNRのボトムアップ方式による生成法や、電界効果トランジスタ(FET)にする際に必要となる絶縁体基板への転写の方法、GNRで作成したFETの性能などが示された。GNRの成長プロセスはUHV環境下において全てコンピューター制御で行われているとのことであった。筆者も過去にグラフェン関係の研究プロジェクトに参加した経験があるが、現在もデバイス応用に向けた努力が続けられていることを実感した。
 “Organic molecules and molecular architectures on surfaces”のセッションでは、Leonhard Grill(University of Graz)の招待講演において、STMによるポリマーの伝導性測定が紹介された。基板上でボトムアップ方式により分子をポリマー化したのち、STMの探針でポリマーの片側の端をピックアップして持ち上げ、もう一方の端が基板表面に接している状態で電圧を印可し、電流を測定するという手法である。例として、グラフェンナノリボンのエッジに周期的に欠陥がある試料を測定すると、探針を持ち上げる高さに依存して電流が階段状に変化するという結果が示された。筆者はこのような手法があることに驚かされたのであるが、本会議中に他の講演者も同様の測定を示していたことから、多用されつつある手法なのかもしれない。
 会議最終日の基調講演では、Jinfeng Jia(Shanghai Jiao Tong University)が、分子線エピタキシー(molecular beam epitaxy: MBE)を用いて作成した様々な物質に関する研究を紹介した。Jiaは、STMやARPESといった手法をin situで行うことの重要性を強調した。例えば、スタネン(スズの二次元物質)の研究では、彼らはin situでSTM観察を行った後にARPESを測定し、その結果を理論計算と比較していたが、STMで構造を確認しているので理論計算との比較が可能なのだとのことであった。筆者も自身が担当する装置で表面研究を推進しようとしているのだが、このようなin situでの試料作製の必要性を認識することができた。
 さて、ECOSSという会議であるが、前述のように一般公演数が271件に対してポスター講演数が129件と口頭発表に比重がおかれている。つまり、講演申込が口頭発表として受理される可能性が比較的高い会議と期待され、海外での口頭発表の経験を積みたいとお考えの学生・若手研究者の皆様にはお勧めの会議ではないかと感じた(筆者も今回、口頭発表として受理していただいた)。次回の会議(ECOSS35)は、2020年の8月23日から28日にルクセンブルグ大学で開催されるとのことである。「グラフェンの発表は2004年であったが、ルクセンブルグ大学はその前年の2003年に設立された新しい大学」という紹介が印象的であった。

 

図2 ポスター会場の様子

 

 

 

参考文献
[1] T. Muro, T. Ohkochi, Y. Kato, Y. Izumi, S. Fukami, H. Fujiwara and T. Matsushita: Rev. Sci. Instrum. 88 (2017) 123106.
[2] P. Puschnig, S. Berkebile, A. J. Fleming, G. Koller, K. Emtsev, T. Seyller, J. D. Riley, C. Ambrosch-Draxl, F. P. Netzer and M. G. Ramsey: Science 326 (2009) 702-706.

 

 

 

室 隆桂之 MURO Takayuki
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