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Volume 23, No.4 Pages 343 - 346

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第67回デンバーX線会議(DXC2018)報告
Report on the 67th Annual Conference on Applications of X-ray Analysis (Denver X-ray Conference, DXC2018)

今井 康彦 IMAI Yasuhiko

(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 デンバーX線会議(Denver X-ray Conference, DXC)が、2018年8月6日~10日の5日間、米国コロラド州ウェストミンスターのホテル(The Westin, Westminster)で開催された。ウェストミンスターは、デンバーから北西へ車で20分ほどのところにある。この辺りは、米国で8月上旬に雨が少なく気温も高過ぎないことから、会場として選ばれたそうである。DXCはX線分析をテーマとした年次開催の会議であり、今回が第67回目という長い歴史をもった会議である。会議のメインテーマは、実験室系のX線を使った分析であるが、放射光や中性子ビームライン(BL)の装置のアップグレードや新しい手法の開発なども取り上げられていた。プログラムは、前半の2日間のワークショップとポスターセッション、後半の3日間の口頭発表セッションで構成されていた。例年このような構成になっているようである。セッションの会場は4つあり、パラレルに設定されていた。事前登録の参加者は211名、企業展示の参加者が146名、企業展示が33社であった(日本からの参加者は14名)。企業展示からの参加者が非常に多いのが特徴である。企業展示は、実験室系のX線分析装置とその周辺機器などの実機を持ち込んで行われ、この規模の会議とは思えないほど力の入った本格的なものであった。

 

図1 ポスターセッションの様子

 

 

2. ワークショップ
 ワークショップのプログラムを次に示す。
8月6日(月)午前
 ・Material Identification – The good, bad and ugly
 ・Selecting Software for Rietveld Refinement I
 ・Basic XRF
 ・Quantitative Analysis of XRF I
8月6日(月)午後
 ・Quantitative Phase Analysis
 ・Two-Dimensional Detectors
 ・Selecting Software for Rietveld Refinement II
 ・Quantitative Analysis of XRF II
 ・Energy Dispersive XRF
8月7日(火)午前
 ・Characterization of Thin Films
 ・Line Profile Analysis
 ・Micro XRF
 ・Sample Preparation of XRF
8月7日(火)午後
 ・Imaging
 ・Non-Ambient
 ・Trace Analysis
 ・Handheld XRF – The Silver Bullet or Fools Gold?

 

 この中から3件のワークショップについて報告する。
(1)Material Identification – The good, bad and ugly
 本ワークショップでは、会議のオーガナイザーの一人でもあるInternational Centre for Diffraction Data(ICDD)のTimothy Fawcett氏とJustin Blanton氏から粉末X線回折による相同定(phase identification)に関する講義が行われた。
 はじめに、相同定は指紋照合と同じような技術を用いていると紹介された。指紋の照合は、指紋から中心点・分岐・端点・三角州といった特徴点を抽出し、登録されているデータベースと比較することで行われているらしい。これと同様に、構造が分からない物質の相同定は、X線回折のデータを測定し、データベースと照合することで行われる。この分析でしばしば問題となるのが、X線回折データの質であり、相同定を難しくし、誤った答えを導くこともある。データの質を悪くする典型的な要因には、粒度が大きい・試料が配向している・重元素が入っている・表面のラフネスが大きい・非晶質が混ざっている・相の種類が多過ぎる・格子変形がある・異なる相が似たような構造を持っている・データベースにない分野の相である・固溶体を作っている、などがある。データの質は、good、bad and uglyに分けられ、それぞれの説明があった。Goodデータとは、回折ピーク強度が10,000カウント以上あり、ピークが重なっておらず、回折パターン全体のバックグラウンドが低い、というデータであり、例として牡蠣の炭酸カルシウムが示された。また、Bad caseにはポルトランドセメントが、Ugly caseには、ローマ時代の硬貨・フェキソフェナジン(医薬品)・デスベンラファキシンコハク酸塩水和物(医薬品)が例として示され、悪い原因と解決のための実践的な方法が説明された。難しいデータからの相同定には、まだ人の手を必要としていたが、ソフトウェアによる解析の自動化も進んでいることが分かった。

(2)Two-Dimensional Detectors
 2次元検出器のワークショップは、Bob He氏(Bruker)、M. Mueller氏(DECTRIS)、Scott Speakman氏(Panalytical)、Joe Ferrara氏(Rigaku)の4名が講師となり、40分ずつ講演が行われた。
 Bob He氏は、Innovations and Recent Development in Two-Dimensional XRDというタイトルで、2次元X線検出器の全般的な説明と、Brukerが開発したVÅNTEC-500検出器とDECTRISのEIGER2 R 500K検出器の紹介を行った。VÅNTEC-500は、不活性ガスを媒体とした2次元MikroGAPTM検出器であり、比較的容易に大面積化できるという特徴がある。この検出器は直径140 mmのBe窓を持っており、3~15 keVの間のエネルギーで使うことができ、8 keVに対しては80%の量子効率と、約20%のエネルギー分解能がある。Brukerは、自社の装置にDECTRISのPILATUSやEIGERも付けて販売しており、この講演でEIGER2の紹介も行われた。
 M. Mueller氏は、HPC Detectors in Synchrotron PXRDというタイトルで、世界の放射光施設で使われはじめたEIGER2検出器を、測定例を示しながら紹介した。
 Joe Ferrara氏からは、RIGAKUが開発しているハイブリッド型光子計数型検出器Hypixが紹介された。ASICのアップグレードによってエネルギー分解能が25%から15%へと良くなり、その結果、Cuの特性X線を使った試料による回折の測定で、バックグラウンドとしてカウントされる試料に含まれるFeからの蛍光X線の強度が下がったというデータが示された。これはノイズが少なくなったということを意味する。ハイブリッド型ピクセル検出器はノイズゼロとされているが、厳密には電気ノイズと入射X線の1光子が生成する電気信号レベルとを比較した場合に、前者の方が小さいということであり、Thresholdによってノイズを切ることができる、という意味である。エネルギー分解能が悪く、シグナルとエネルギーの近いバックグラウンドがある場合には、これを落とすためThresholdのエネルギーをシグナルの半分よりも高く設定する方法が取られる。この場合には検出効率が犠牲となる。

(3)Characterization of Thin Films
 X線回折による薄膜評価に関するワークショップでは、ウィーン工科大学のKlaudia Hradil氏とWerner Artner氏が講師となり、測定原理の基礎的なところから、放射光を使った先端的な実験例まで、データ解析の方法も含めて幅広く紹介された。ここでいう薄膜とは1 nm~数 µmまでと幅広い厚さの膜のことであり、実験手法としては、微小角入射X線回折とX線反射率測定に加えて、集光X線(実験室で数10 µm、放射光で100 nm程度)を用いた高空間分解能の逆格子マップ測定も取り上げられた。これらの手法で分かる、応力・歪み、テクスチャー、構造層、膜厚、表面ラフネス、結晶性などが、実験データの例を交えて説明された。

 

 

3. オーラルセッション
 オーラルセッションは、Special Topic、XRD、XRFの3つのカテゴリーからなっていた。構成を以下に示す。
8月8日(水)午前
 ・Plenary Session: Minerals and Gems
8月8日(水)午後
 ・New Developments in XRD and XRF Instrumentation I
 ・Microcalorimeter Detectors & Applications
 ・Non-Ambient
 ・Industrial Applications of XRF
8月9日(木)午前
 ・New Developments in XRD and XRF Instrumentation II
 ・Rietveld
 ・Trace Analysis including TXRF
8月9日(木)午後
 ・Cultural Heritage
 ・General XRD
 ・Advanced Fundamental Parameters
 ・General XRF
8月10日(金)午前
 ・Imaging
 ・Advanced Methods
 ・Industrial Applications of XRD
 ・Quantitative Analysis of XRF F

 プログラムやアブストラクトはWEBで公開されているので[1][1] http://www.dxcicdd.com/18/program.htm、興味のある方はそちらも参照いただきたい。これらのセッションの中から、興味深かった発表について幾つか紹介する。

 Beatriz Moreno氏(Canadian Light Source(CLS))は、CLSで建設の最終段階にあるBrockhouse sectorの3本のBLの紹介を行った。1本は真空封止アンジュレータを光源とし、2本は1つの真空封止ウィグラーを低エネルギー(7~22 keV)と高エネルギー(20~95 keV)で分けて使う形のBLである。アンジュレータとウィグラーの光源には光軸に4 mradの角度差しかなく、そのままではBLが設置できないため、ウィグラーからのX線を横振りのミラーによって曲げることでBLの設置を可能としていた。挿入光源は中国の上海から購入し、BLの光学系の設計はBrazilian Synchrotron Light Laboratoryの協力を得て行われた、とのことであった。アンジュレータは周期長20 mmで、5~24 keVのエネルギー範囲をカバーしている。基本の分光器が、2枚の水冷マルチレイヤーミラー(ΔE/E~10−2、フラックス:1013~1014 ph/sec)というのが特徴である。オプションとしてチャンネルカットの結晶分光器も用意されている。このBLでは6軸の回折計を使って、単結晶構造解析、薄膜の構造解析、異常散乱、非弾性散乱の測定などが行われるようである。ウィグラーの低エネルギー側のBLは、低分子結晶構造解析、高分解能粉末X線回折、in-situ X線回折測定用に3つの実験ステーションが整備されている。一方、高エネルギー側のBLは、pair distribution function解析のためのX線全散乱測定と高圧極限環境下でのX線回折測定が行われる予定とのことであった。

 Chengjun Sun氏(Advanced Photon Source(APS), Argonne National Laboratory)は、APSのアップグレード計画APS-Uを視野に入れた小型のX線発光分光器(miniature X-ray emission spectrometer(miniXES))のアップグレードについて発表を行った。miniXESは、フラットな結晶をpseudo-von Hamos配置にすることで、アナライザー結晶をスキャンすることなく、ワンショットでスペクトルを取ることができる[2][2] B. A. Mattern, G. T. Seidler, M. Haave, J. I. Pacold, R. A. Gordon et al.: Rev. Sci. Instrum. 83 (2012) 023901.。エネルギーの変更は、カセットタイプのアナライザー結晶を交換することで簡単に行えるようになっている。しかし、この装置ではサンプル周りのクリアランスが少ないため、触媒のin-situ測定や、試料に高圧をかけることなどができなかった。そこで、クリアランスを拡大させると共に、アナライザー結晶の数を増やし、検出器をPILATUS 100KからPILATUS 2Mへと大面積化し、更にAPS-Uと合わせることで、約500倍の効率向上を目指した装置開発の状況が紹介された。アナライザーにはφ80 mmのSi(531)結晶を63個も使い、マウントの製作には3D printingの技術を使うようであった。これらの開発によって、複数の元素種や吸収端の非共鳴XESの時間分解同時測定と、続けて同じ環境での共鳴XESのin-situ測定が可能にするとのことであった。実験例として、従来のminiXESタイプのスペクトロメーターで測定したFe KβとCu Kβの非共鳴XESを同時測定し、続けて同じ実験条件のままFe KβとCu Kβの共鳴XESを測定した結果が示された。

 Jiliang Liu氏(Brookhaven National Laboratory)は、“Healing X-ray scattering images”というタイトルで、2次元検出器で測定したX線回折・散乱像の修復に関する講演を行った。2次元検出器に存在する欠陥ピクセルの影響を除去するだけでなく、大面積の検出器を構成するモジュール間のギャップの位置にあたる像を修復するという技術である[3][3] J. Liu, J. Lhermitte, Y. Tian, Z. Zhang, D. Yu et al.: IUCrJ 4 (2017) 455-465.。一般的な絵画の修復のような手法ではなく、一定の仮定の下で物理的な原理に基づいて行われていた。欠損のある実空間の回折像をフーリエ変換して逆空間へ持って行き、逆格子の周期性を仮定して、逆格子点の周期性が連続的になるようにコピー&ペーストし、実空間に戻すという手法である。本来は不可能なはずのダイレクトビームストップの後ろの透過強度まで修復している結果もあり、ディスカッションは盛り上がった。欠損のあるデータの解析には、従来の解析ソフトウェアをそのまま使うことはできないが、この方法で修復すればそれが可能になる。対称性を仮定しているため、特異点は復元できないが、小角散乱などのデータであれば、適応可能な例は多そうに思われた。しかし、現時点ではこのような修復がデータの加工にあたるのではないか、という懸念が残る。

 

 

4. 企業展示
 近年の実験室系のX線分析機器の発展には目を見張るものがあった。特にX線CTでは、voxelサイズ0.25 µm角の3次元像がスイッチ1つで得られるようになっていた。マルチパーパスの測定装置の紹介もあった。ロボットのサンプルチェンジャーを備え、サンプル毎に、粉末回折・単結晶構造解析・小角散乱・反射率測定・蛍光X線マッピングなど、異なる測定を自動で行うことが可能となっていることには驚かされた。夜間や週末に人手を必要とせず、装置を休ませることなく、効率的にデータが取得できるようになっている。これらを可能にしているのは、ソフトウェアの力が大きい。ソフトウェアの面では、市販の装置に学ぶことが多いと感じた。放射光施設の中にいると、実験室系のX線分析装置を使う機会が少ないため、大変勉強になった。

 

 

5. おわりに
 ウェストミンスターは西にロッキー山脈を望み、北西にはスポーツ選手が高地トレーニングに訪れることで有名なボールダーがある。ボールダーまで行かなくても、この辺りは標高が1,600 m以上ある。そのため、デンバーはmile height cityとも呼ばれている。会場となったホテルの近くには、トレイルランニングコースなどが整備されており、歩いたり、ジョギングしたり、自転車で走ったりしている人達が見受けられた。
 次回の第68回デンバーX線会議は、2019年8月5~9日の5日間、シカゴ(The Westin Lombard Yorktown Center, Lombard)で開催される。

 

 

 

参考文献
[1] http://www.dxcicdd.com/18/program.htm
[2] B. A. Mattern, G. T. Seidler, M. Haave, J. I. Pacold, R. A. Gordon et al.: Rev. Sci. Instrum. 83 (2012) 023901.
[3] J. Liu, J. Lhermitte, Y. Tian, Z. Zhang, D. Yu et al.: IUCrJ 4 (2017) 455-465.

 

 

 

今井 康彦 IMAI Yasuhiko
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-2750
e-mail : imai@spring8.or.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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