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Volume 23, No.3 Pages 215 - 218

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

長期利用課題報告3
巨大球状金属錯体の自己集合と単結晶X線構造解析
Self-Assembly of Giant Molecular Complexes and Their Single Crystal X-ray Diffraction Analysis

藤田 大士 FUJITA Daishi、藤田 誠 FUJITA Makoto

東京大学大学院 工学系研究科 Graduate School of Engineering, The University of Tokyo

Abstract
 複数の分子が自律的に複合体を形成し、高次構造を構築する現象を「自己集合」と呼ぶ。自然界では、例えばウイルスのカプシド構造に代表されるように、数百成分のサブユニットが関わる高度な自己集合の例が多数存在する。しかし人工系における分子の自己集合は、未だその足元にすら及んでいない。我々は、自然界の自己集合系に少しでも迫るため、多成分系の自己集合の方法論や設計指針の確立を目指す研究を行ってきた。先長期利用課題[1][1] 課題番号:2015A0120~2017B0120(BL38B1)、2016A0129~2017B0129(BL41XU)においては、単結晶X線構造解析によって得られた予想外の自己集合構造から、数学的な規則性を見出すことにより、多成分系における分子自己集合の新たな設計指針を見出すことができた。
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SPring-8

 

1. はじめに
 我々のグループは、金属イオンと有機分子の配位結合生成を駆動力とする有機-金属錯体の自己集合、およびその機能デザインに長年取り組んできた。特に関心を持っているのは、内部に原子レベルで精密に制御されたナノサイズの空隙、空間を有する構造体である。我々はこれらを孤立ナノ空間と名付け、各種の特異な物質変換、新物性の発現、分子ナノ環境の構築、巨大分子のカプセル化などをこれまでに達成してきた[2,3][2] M. Yoshizawa, J. K. Klosterman, M. Fujita: Angew. Chem. Int . Ed. 48 (2009) 3418-3438.
[3] K. Harris, D. Fujita, M. Fujita: Chem. Commun. 49 (2013) 6703-6712.

 こうした孤立ナノ空間は、その空間サイズに応じて異なる性質を示し、必然的に応用先も異なってくる。しかし、1–2 nmサイズの空隙・空間は無数の合成報告例があり、その性質の研究が進む一方、例えば5 nmを超えるような大きさの空隙・空間は未踏領域として手付かずのままであった。これはひとえに、分子サイズが大きくなるほどその化学合成が指数関数的に困難になることに由来する。内部に空間・空隙を有する中空分子は一般に、有機合成の手法により事前合成した低分子をサブユニットとし、これを複数分子、分子の自己集合により組み上げることで合成する。しかし、化学者が正確な制御のもと取り扱える成分数は多くは未だ10成分以下、過去に報告された最大例としてもその数倍程度に留まる。
 その一方、例えば図1に示す900個のタンパク質サブユニットの自己集合からなるブルータングウイルスの外骨格(カプシド)のように、自然界には数百成分を超える自己集合例が多数存在する。これら多成分系の自己集合は、化学者にとって手の届かない難題であった。自然界における自己集合に迫るほど多成分の精密自己集合を達成すること、そしてその方法論や設計指針を示すことは、基礎科学的な興味に留まらず、巨大かつ精密に構造制御された界面構造を利用した合成反応への応用、生体高分子との複合利用、さらにはナノ粒子との複合による産業的利用へと展開する上で重要な基盤となる。

 

 

図1 ブルータングウイルスの外骨格(カプシド)の自己集合。900個のサブユニットが、一つの狂いもなく、正確に正二十面体の対称性で全体構造を形作る。

 

 

2. 研究のアプローチ
 多成分系の自己集合を設計する上で最大の課題は、いかに分散なく狙った構造を正確に組み上げるかである。ミセルやベシクルしかり、高分子の重合しかり、一般に多数の分子を集合させる場合、その構成成分数の分散、すなわち構造の分散は避けられない。構造の分散は、精密な機能を設計・実現する上で大きな障害となる。しかし生体系は何らかの方法で、一成分の狂いすらない正確な自己集合を実現している(図1)。ここで我々は、ウイルス骨格の多くが正二十面体の対称性を持っている事実に着目した。幾何学の知見として、面や頂点形状の合同性などを制約条件に選ぶと、条件を満たす多面体が著しく限定されることが知られている(例えば、正多面体は5種、半正多面体は13種のみしか存在し得ない)。この事実を上手く分子設計に組み込むことができれば、構成成分数、ひいてはサイズ・形状が、離散的な値しか取り得ない系、すなわち構造分散のない系を設計できるのでは、という仮説である。
 仮説の検証にあたっては、次に示す金属錯体の自己集合系を用いた。折れ曲がり角度を有するビピリジル二座配位子(L)と、平面四配位をとるPd2+イオン(M)とを混合すると、MnL2n組成の中空球状錯体が自己集合する(図2a)。金属イオン位置を「頂点」、有機配位子を「辺」とみなした場合、過去に報告された構造はいずれも半正多面体の構造を有していると解釈可能である。実は、頂点の結合次数が4(Pd2+イオンが平面四配位を取ることに由来)の条件を満たす半正多面体は、他には二十・十二面体と斜方二十・十二面体の2つに限定される。この事実に基づき、多面体の形状に沿うように有機分子の折れ曲がり角度を緻密に設計するなどを行った結果、仮説通り、二十・十二面体の構造を有する構造体(M30L60)を選択的に自己集合させることに成功した[4][4] D. Fujita, Y. Ueda, S. Sato, H. Yokoyama, N. Mizuno, T. Kumasaka, M. Fujita: Chem 1 (2016) 91-101.(図2b)。合成した構造体は、成分数が90、直径が8.2 nmと、分子量が正確に定まった合成分子としては群を抜く巨大さであった。

 

 

図2 a) MnL2n球状錯体の自己集合。Pd2+イオンと有機二座配位子を混合し加熱撹拌すると、単一の生成物を与える。配位子の折れ曲がり角度に応じ、異なる多面体構造に収束することが知られている。b) 二十・十二面体の対称性を有する金属錯体。30個のPd2+イオンと、60個の有機配位子から成る。

 

 

3. さらなる展開
 上述した二十・十二面体構造の分子(M30L60)の合成を目指す過程において、当初の予想にはなかった幾何構造を有する分子が偶然得られてきた。詳細は後述するが、結論から述べると、実はこの予想外の幾何構造の生成には、自己集合の本質に迫る興味深い幾何学的な含蓄のあることがわかった。我々はこれら知見を元に、自己集合現象を一般化する理論を構築、実際に理論から予想された構造を合成することにも成功した。これら結果をまとめた論文[5][5] D. Fujita, Y. Ueda, S. Sato, N. Mizuno, T. Kumasaka, M. Fujita: Nature 540 (2016) 563-566.は、化学分野に留まらない大きな反響を受けた。
 より具体的には次の通りである。今回、これまでで最大の折れ曲がり角度(152°)を有するセレノフェンを中心骨格とする配位子を合成し、n ≥ 30のより大きな球状錯体の合成を試みた。しかし単結晶X線回折による分析の結果、このセレノフェン配位子に由来する自己集合生成物は組成こそM30L60であるものの、二十・十二面体とはまったく異なる幾何構造を有することが確認された(図3)。このM30L60錯体は、ねじれた平面を有するため古典的な意味での「多面体」ではない。またその構造はキラルであり、右手型と左手型が存在する特徴がある。そこで本研究では、このキラルM30L60錯体の生成を合理的に説明する数学的考察を試み、化学の要請から以下の3点を仮定した。1)多面体を構成する面は四角形または三角形を取る。2)4つの面が一つの頂点で交わる。3)正六面体の対称性を持つ。そしてF(h, k)(h, k = 自然数)という指数と、その代表値としてQ値(Q = h2 + k2)を定義した。すると、F(h, k)指数により新たに定義された多面体系列は、我々がこれまで対象としてきたMnL2n錯体の自己集合を明確に説明できることがわかった。Q値は、その定義から、Q = 1, 2, 4, 5, 8, 9, 10 …と非連続的な値をとる。そしてこれらQ値の一つずつが、それぞれ一つの多面体に対応する(図3)。我々が過去に報告してきた錯体は、Q = 1(M6L12)、Q = 2(M12L24)、Q = 4(M24L48)であり、今回得たM30L60錯体がQ = 5(M30L60)となる。すなわち本考察は、これまでに報告してきた多面体型錯体を綺麗に説明できている。そこで本研究では、上記式により予言されるQ = 8(M48L96)の合成を試みた。結果、144成分から成る巨大な錯体が、予想とまったく同一の幾何形状で生成していることが実験的にも確かめられた。

 

 

図3 Q値によって、規定される多面体群。合成可能なサイズに特定の上限点は存在せず、またその構造は単純なグラフの議論により規定される。

 

 

4. まとめ
 これらMnL2n型巨大中空構造体の合成研究は、放射光を用いたX線構造解析抜きには語ることができない。MnL2n型巨大中空構造体は、通常の有機/金属小分子結晶とは異なるいくつかの特徴がある。一つは、分子直径が5−10 nm、分子量は数万に及ぶなど合成分子としては極めて大きな構造を有する点、もう一つは、真球に近い分子外形とその中空構造から、単結晶の溶媒含有率が最大80−90%と高い点である。これらによりMnL2n型巨大中空構造体の単結晶は、10 nm程度の軸長の単位格子を有し、加えて結晶溶媒の乱れに起因した散乱角増加に対する著しい回折強度減少が見られる。これらの特徴は、タンパク質結晶と類似している。実際にMnL2n型巨大中空構造体の単結晶は、構造生物学研究と同様に実験室系の単結晶X線回折装置では構造解析を行うためのデータ収集が極めて困難であった。そのため我々は、MnL2n型巨大中空構造体の構造学研究の大部分について放射光X線を利用して推進してきた。先研究課題[1][1] 課題番号:2015A0120~2017B0120(BL38B1)、2016A0129~2017B0129(BL41XU)で対象とした単結晶群は、従来にない溶媒含有量の高さから、溶媒揮発を抑えたまま結晶試料を回折装置にマウントする手順や低温X線回折実験のための冷却・凍結方法など、測定に至るまでの条件が、グループで取り扱ってきた従来の結晶よりもより繊細になっており、測定のための条件確立が必要であった。そのためビームラインスタッフとの協力を重ね、測定試料準備からデータ収集完了までの最適化を行い、結果、小さくて放射線損傷を受けやすい錯体試料からも、何とか解析可能なデータを収集できるようになった。近年、我々と類似した分子の合成(および構造解析)を報告するグループは少しずつ現れてき始めたが、それらは我々がおよそ10年前に扱っていたサイズ・成分数の分子であり、その意味において我々のノウハウは10年先んじているとも言える。本研究成果は、これまで設計指針すら立っていなかった自己集合に基づく分子集合体の合成法に、新たな指針を示す成果である。提案手法は、未知構造の予測やその新規構造合成に有用であり、今後、当該分野の加速度的な発展を支える礎となることが期待される。

 

 

 

参考文献
[1] 課題番号:2015A0120~2017B0120(BL38B1)、2016A0129~2017B0129(BL41XU)
[2] M. Yoshizawa, J. K. Klosterman, M. Fujita: Angew. Chem. Int . Ed. 48 (2009) 3418-3438.
[3] K. Harris, D. Fujita, M. Fujita: Chem. Commun. 49 (2013) 6703-6712.
[4] D. Fujita, Y. Ueda, S. Sato, H. Yokoyama, N. Mizuno, T. Kumasaka, M. Fujita: Chem 1 (2016) 91-101.
[5] D. Fujita, Y. Ueda, S. Sato, N. Mizuno, T. Kumasaka, M. Fujita: Nature 540 (2016) 563-566.

 

 

 

藤田 大士 FUJITA Daishi
東京大学大学院 工学系研究科
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
(現所属)
京都大学高等研究院 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)
〒606-8501 京都市左京区吉田本町
TEL : 075-753-9854
e-mail : dfujita@icems.kyoto-u.ac.jp

 

藤田 誠 FUJITA Makoto
東京大学大学院 工学系研究科
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
TEL : 03-5841-7256
e-mail : mfujita@appchem.t.u-tokyo.ac.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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