Volume 23, No.3 Pages 293 - 300
3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
「専用ビームラインの再契約」について
Renewal of Contract Beamline Agreement
SPring-8に設置されている専用ビームラインは、登録施設利用促進機関であるJASRIの専用施設審査委員会において、「放射光専用施設の設置計画の選定に関する基本的考え方」に基づき、評価・審査等を実施し、その結果はSPring-8選定委員会で審議されます。平成30年7月に開催しましたSPring-8選定委員会において、以下の4件について、平成30年5月に開催した専用施設審査委員会(以下、本委員会という)での評価・審査結果等を審議し、承認されましたので報告します。
・サンビームBM・IDビームライン(BL16B2・16XU)
(設置者:産業用専用ビームライン建設利用共同体)
利用状況等評価/次期計画審査
・生体超分子複合体構造解析ビームライン(BL44XU)
(設置者:大阪大学蛋白質研究所)
・豊田ビームライン(BL33XU)
(設置者:豊田中央研究所)
・東京大学放射光アウトステーション物質科学ビームライン(BL07LSU)
(設置者:東京大学)
上記の内、産業用専用ビームライン建設利用共同体が設置したサンビームBM・IDビームライン(BL16B2・16XU)については、前回の本委員会(平成29年10月24日開催)にて利用状況等評価・次期計画審査を実施した際、再契約は承認するものの、提案された次期計画では、成果創出の実現に懸念が残り、利用成果の情報発信の強化についての取り組みについても進捗が見えない。加えて産業利用を標榜するビームラインとして、競争領域における成果専有課題に対する組織的な方針、および2019年以降の整備計画も具体性が乏しいとの指摘があり、次期計画の再提出を要請しておりました。
今回、再提出された次期計画書では、上記の指摘に対し、改めて現状の客観的な分析と具体的な対応が検討されており、他の施設・大学・メーカーを含めた情報交流と積極的な情報発信の実施、査読論文掲載目標、成果専有利用拡大に向けた運用方法の導入、中期的な機器整備等について改訂されており、本委員会としてはこれを承認した上で3年後を目処に中間評価を実施することとなりました。
大阪大学蛋白質研究所が設置した「生体超分子複合体構造解析ビームライン(BL44XU)」、豊田中央研究所が設置した「豊田ビームライン(BL33XU)」および、東京大学(放射光分野融合国際卓越拠点)が設置管理する「東京大学放射光アウトステーション物質科学ビームライン(BL07LSU)」は、いずれも契約上の設置期間満了前に「再契約」の意思表示があったことから、本委員会で利用状況等評価および次期計画審査を実施しました。
評価・審査の結果は、ともに再契約は承認するものの、放射光施設をとりまく環境の変化や該当分野の研究進展が早く長期的な見通しが立てにくいこと等の理由から、契約期間を6年間として認めた上で、3年後を目処に中間評価を行うことを勧告することとしました。また、大阪大学蛋白質研究所と東京大学に対しては安全管理体制について懸念があり確認若しくは早急な対応を求めることとなりました。
詳細については、以下、各施設の「契約期間満了に伴う利用状況等評価・次期計画審査報告書」を参照ください。
生体超分子複合体構造解析ビームライン(BL44XU)
契約期間満了に伴う利用状況等評価・次期計画審査報告書
設置者である大阪大学蛋白質研究所から提出された利用状況等報告書、次期計画書及び口頭による報告発表にもとづき、ビームラインとステーションの構成と性能、施設運用及び利用体制、利用成果、及び次期計画について、5月29日に開催した第27回専用施設審査委員会で評価・審査を行った。その結果、第2期の施設運用は順調であり、機器整備もほぼ計画通りで、利用成果の公開も進んでおり、提案された次期計画での利用成果創出についても十分期待できる。しかし、当該分野の研究の進展は早く、年限が定められている外部資金と連動した高度化を進めているため、申請のあった設置期間10年は実態に合っておらず、次期計画は6年間の設置期間として認め、3年後を目処に中間評価を行うことを勧告する。
以下、項目毎の評価・審査結果の詳細を記載する。
〇ビームラインとステーションの構成と性能
生体超分子複合体構造解析ビームラインは挿入光源のBL44XUから成る。SPring-8にはタンパク質結晶回折実験に用いることができるビームラインが他に6本(共用BL38B1、BL41XU、理研BL26B1、BL26B2、BL32XU、台湾BL12B2)あり、それぞれが特徴的な対象試料をターゲットとしており、棲み分けが進んでいる。他方、ユーザーインターフェースは理研・JASRIにて開発されたシステムが導入され、設置機器の違いはあるものの全体としてよく統一されており、目的に応じてビームラインを使い分けることに支障がない環境を提供している。
本ビームラインは当初よりタンパク質のなかでも巨大な分子(超分子複合体)を標的とし、回折点間隔が狭くなる大きな単位格子を有する結晶に適用するため、ビーム発散角が小さい平行度の高いビームを提供できる設定になっている。横集光ミラーのみを使用し、集光比を小さくした結果、flux densityは他の類似のビームラインと比べて小さくなる。このため、微小結晶への適用はやや困難で、露光時間も長くなる傾向があり、従来使用していたImaging Plate検出器と相まって、標準的な測定時間は1時間半ほどであった。
しかし、2014年に行われた第2期中間評価を踏まえ、モノクロメータの低振動化対策に加え、新たに縦集光ミラーを導入して5倍程度flux densityを高め、20 × 50 µmのビームサイズで~1012 ph/sを実現した。また、2012年のCCD検出器(Rayonics MX-300 HE)導入で測定時間が約20分、そして2018年のPAD(Dectris Eiger X 16M)の導入により測定時間が3−4分と大幅な短縮に成功した。2016年にはサンプル交換ロボットの大容量化(32結晶 > 128結晶)を行い、効率的な実験環境を実現した。また、長格子長結晶からの回折データ測定において、データの完全度を高めるため、低角反射の測定に適したビームストッパーの可動化により、dmax = 400 Åを超える低角反射の高精度測定を実現するとともに、検出器傾斜架台の導入で2,000 Åの長格子結晶でも3.7 Å分解能での取得を実現した。このように、前回中間評価の指摘事項を実施し、従来の特色を発展させ、かつ特色を損なわずに高性能化を達成することに成功している。
〇施設運用及び利用体制
ビームタイムの運用については、基本的にタンパク質研究共同利用・共同研究拠点の理念に基づいた共同利用課題を受け付けるスタイルを採用し、国内外のアカデミアの利用者に広く門戸を開いている。この枠として50%のビームタイムを用意し、課題審査を実施する。指摘のあった台湾NSRRCとの連携協定の下での利用については、同研究所の専門部会で審査を行う形に変更して対処し、現在は10%程度のビームタイムが台湾ユーザーの利用となっている。
また、第1期以来のユニークな運用として、タンパク質結晶解析の中でも生体超分子複合体に関する課題の採択に有利となる制度を設け、当該領域の研究の推進を行っている。該当する課題は、年数件程度に留まるものの、他では見られない特徴的な成果の創出にも貢献している。一方、産業界からの利用については、高性能化に伴ってニーズが高まりつつあり、利用制度の整備も含めた対応は今後の課題の一つといえる。
利用状況については、前述の通り検出器等の高速化に伴って測定の効率化が進み、採択課題数は年間80件を超えるようになり、2011年以前と比べて倍増している。
運用に関する組織面では、責任者である中川教授1名のほか、SPring-8サイトに常駐するスタッフ3名(准教授1名、助教1名、博士研究員1名)でビームラインでの運用を行ってきた。また、理研およびJASRI、台湾ビームラインとの連携により、研究開発や機器設置に関する協力が得られる状況にある。ただし、今年度よりスタッフ1名が減員となっている。上述の通り、測定の高速化が進む中で、実験課題数が増加しており、今後の支援体制の強化が望まれる。
安全衛生面については、提出された資料には数行の記述しかなく、最低限の安全管理にとどまっている印象で、安全への高い意識は読み取れなかった。過去にビームラインにおける事故の報告は無いが、安全管理が重要な実験も行われ、かつ教育機関として実験に未熟な学生も多く参加していることを考えると、設置者が安全管理に主体的に取り組む姿勢は重要であり、利用者には、SPring-8施設者や所属機関での教育の他、装置操作等に必要充分な安全教育が実施されているか確認を求めたい。
〇利用成果
大阪大学蛋白質研究所内からの研究成果として、細胞分裂蛋白質複合体、電位依存性プロトンチャンネル、時計タンパク質、アルツハイマー病防御因子、光合成効率調節タンパク質など、本ビームラインの設置の目的の一つである複合体形成によって機能を発揮する蛋白質群の解析で優れた成果を挙げている。
また、共同利用においても、巨大な多剤排出膜蛋白質複合体や光合成関連膜蛋白質複合体など、当該ビームラインの特長(2,000 Åを超える長格子対応、およびdmax = 400 Åを超える低角反射の高精度測定)を活かした数多くの優れた成果を挙げている。発表論文数においても、CCD検出器が導入されて課題数が倍増した2011−2012年を境に大きく伸び、年間50報前後の原著論文が発表されている。インパクトファクターの高い学術誌に、解析高難度の超分子複合体や膜蛋白質の成果も多く報告されている。この成果は、SPring-8の他のタンパク質結晶解析ビームラインと比較しても遜色なく、当該ビームラインの特長を活かした成果と相まって、その研究成果は高く評価できる。
〇次期計画
大型外部資金AMED-BINDSが2017年度から導入されたこともあり、計画案はその時点で立案され、実行が始まっている。昨年度末に導入されたPADによる大面積かつ高速のデータ測定を整備していくとともに、共用ビームラインに導入済みのサンプル交換ロボットSPACEの改良型を導入して試料交換速度を短縮する。また、多軸ゴニオメータSmarGonの導入により、長格子結晶や異常分散測定において結晶方位の軸立てを実施することで、完全度の高い高精度データの取得を目指している。これらの取り組みは、機能的な棲み分けを進めてきたSPring-8の複数あるタンパク質結晶回折実験ステーションの中でもユニークな本ビームラインの特長をより伸ばしていく点で評価できる。ただし、高度化を支える大型外部資金の期間が2021年度までとなっており、その後の計画については不透明な部分が残っているほか、高性能化に対する定量的な目標設定がみられないことは残念であった。
これらのビームライン高性能化を踏まえ、それを生かした大阪大学蛋白質研究所ならではの取り組みも提案された。タンパク質の構造科学的理解は多方面に進んでいるが、本ビームラインの特長を生かした超分子複合体の解析をさらに展開し、動的な離合集散的複合体形成に基づく分子ネットワークの理解に取り組む試みは、次世代の構造生命科学研究を見据えた提案であると評価できる。例えば、植物の光エネルギー変換システムでは、光エネルギーを受容して化学エネルギーに変化するLight Harvesting ComplexやPhotosystemと、そのエネルギー変換を制御するCytochrome bf、エネルギーを使うATP合成酵素などを標的として、それらの細胞膜中での解離会合メカニズムの解明を目指している。こうした複合体の理解においては、X線結晶解析法のみならず、核磁気共鳴法やクライオ電子顕微鏡法など複数の手法を組み合わせたマルチスケールなハイブリッド解析が必要となってくる。同研究所内でこれらの手法に取り組む研究室間の連携関係を再構築することが謳われている。また、同研究所の機能である大学共同利用施設として、これらの普及に取り組むことが盛り込まれていることも評価できる。さらに、大学が設置するビームラインとして、後進の育成にも取り組んでいただくことを期待したい。
なお、安全管理については、利用状況等報告同様、次期計画資料には改善等について何も言及されていない。しかしこの施設では、安全管理が特に重要となるウィルスなど感染性試料の実験が行われる可能性もあるため、安全管理の体制について、改めて確認を求め、万全の体制を立てていただきたい。
以上のように、全般的な取り組みは高く評価できる。ただし、運用の体制や安全への取り組みと長期計画については懸念もある。したがって、再契約は承認するものの、安全管理体制について改めて確認を求めることとし、次回の中間評価は3年後を目処に実施することが適切であると本委員会は判断する。
以 上
豊田ビームライン(BL33XU)契約期間満了に伴う利用状況等評価・次期計画審査報告書
提出された豊田ビームライン(BL33XU)の利用状況等報告書・次期計画書と口頭による報告発表にもとづき、ビームラインとステーションの構成と性能、施設運用及び利用体制、利用成果、及び次期計画の4項目について5月29日に開催した第27回専用施設審査委員会で評価・審査を行った。その結果、特徴ある機器整備が適切に行われ成果もみとめられることから再契約は妥当であると判断する。なお、次期計画は2028年までの10年間で提案されているが、SPring-8の次期計画等の進捗に応じた見直しが必要と考えられることから契約期間は6年とし3年後を目処に中間評価を行うことを勧告する。
以下、項目毎の評価・審査結果の詳細を記載する。
〇ビームラインとステーションの構成と性能
長年に亘り国内外の放射光施設を利用して研究を行ってきた経験を活かし、共用ビームラインでの実施が難しい、(1)排ガス触媒や二次電池、燃料電池等の機能性材料のオペランド解析と、(2)金属や複合材料の非破壊内部構造解析の二つを研究目的の中心に据え、それらの目的に適したビームライン、実験法の整備を着実に進めている。
(1)は、SPring-8で初めてテーパーアンジュレータを光源として導入し、コンパクト結晶分光器や高速測定に対応出来る電離箱、信号処理系の開発・導入により最短10 ms間隔でのXAFSスペクトル測定を実現している。テーパーアンジュレータとコンパクト結晶分光器の組み合わせはBL28XUやBL36XUなどのSPring-8内の専用ビームラインに導入されたばかりでなく、PETRA III P64にも採用されるなど高速XAFS測定の世界的標準型のひとつになっている。また、自動車用排ガス処理触媒をはじめとする反応をオペランド条件下で測定するために、独立した実験棟を建設し、設定した各種のパラメータに基づき雰囲気等を自動的に制御出来る高速ガス反応解析システムを独自に開発し設置している。独立した実験棟を建設したことにより、高圧ガス規制法の要求を満たし、かつ安全を確保しながら、実験に各種のガスを使用することを容易にしている。
(2)は、多結晶材料中における結晶方位分布を非破壊で3次元的に観察する手法として他に類を見ない走査型3次元X線回折顕微鏡(Scanning 3DXRD microscopy)技術を完成させたことは特筆に値する。更に、スパイラルスリットを用いた局所歪測定技術や樹脂成型過程の広角・小角散乱測定など特徴ある測定技術・機器が整備されるなど、大学等の研究機関との共同研究を通じて先進的な技術や機器の整備を積極的に実施していることは高く評価できる。
当初予定していたXMCD実験装置やエンジンベンチについては社内の技術動向を考慮して整備を見送っているが、(1)と(2)に集中して活動したことにより、結果的には充実した技術開発と機器整備が行われている。
以上のように、社内技術動向に柔軟に対応した技術開発と機器整備が行われ、当初の計画を十分に達成していると判断する。
〇施設運用及び利用体制
一社専用のビームラインであり、社内の設備としてきちんと位置付けて安全管理され、常駐者も配置されている。2010年度以降のユニーク利用者数は常に60人を超え実験の実施と運用に十分な人員が充てられていると考えられる。更に、課題ごとに安全担当者を配置し、課題実験開始時に1時間の実験引継ぎ、実験責任者やヘビーユーザーによる安全活動を実施し、新規利用者への教育を行うなど、実験安全確保に対する手厚い体制が整備され、高いレベルにあると評価できる。
共用ビームラインと同様に半期ごとに課題実施計画を立案しているが、各期の課題実施時間から推定するとビームタイムに多少の余裕があると思われる。短いビームタイムで緊急の課題を実施するなど、専用ビームラインの特徴を活かした運用が望まれる。また、トヨタグループ各社の利用などは委託業務または共同研究のみを受け入れている。これらを含む利用研究課題は研究分野ごとに編成されたチームによる利用実験を半期1課題として運用しているが、実施サイクルごとに細分化するなどして、より具体化した利用計画のもとに実施されることが望まれる。
〇利用成果
BL33XUの特徴のひとつである高速オペランドXAFSを利用して、排ガス触媒、二次電池、燃料電池を対象とした研究では自動車技術会賞技術開発賞、触媒学会学会賞、日本セラミックス協会賞技術賞など学協会賞を複数受賞していることが示すように優れた成果が得られている。走査型3次元X線回折顕微鏡についてもGordon Conference 2017に招待されるなど高く評価されている。イメージングや広角・小角散乱についても受賞や複数の論文が登録されており、BL33XUに整備された全ての機器・装置が有効に活用され特徴ある成果が創出されている。更に中間評価で指摘があった特許等の知的財産についても把握する体制が整えられたことも評価に値する。
以上のように成果非専有課題については、各種学術雑誌に発表されている他、SPring-8産業利用報告会の中でも報告され、そのプロシーディングスはJASRIより公開技術報告書として認定されているように、利用成果公開に向けた努力が認められる。2016年以降はすべての成果非専有課題の成果公開を論文掲載で行う方針への転換は歓迎すべきものであり、その姿勢は高く評価できる。しかしながら、成果登録された論文の中には実施された課題との関連性を読み取ることが難しいものも散見される。成果非専有課題の実施計画の具体化と論文等による成果公開の促進、及び成果専有課題と成果非専有課題の適切な運用に更なる努力が求められる。
〇次期計画
1)非破壊3次元構造解析の飛躍、2)オペランド測定の深化、3)AI利用によるデータ解析の革新の3項目が研究開発方針として提案されている。1)非破壊3次元構造解析の飛躍においては、機械部品の信頼性向上に向けて、これまでに技術開発を行ってきた高精細ラミノグラフィー、回転2次元スリット(スパイラルスリット)を用いた局所歪測定、走査型3次元X線回折顕微鏡、結像型CTの利用と高性能化、2)オペランド解析技術の深化では、XAFSや回折・散乱とイメージングの組み合わせによるマルチプローブ化の進展、時間・空間分解能の向上、複数試料の同時オペランド測定によるスループット向上が提案されている。いずれも、これまでに開発した技術の更なる性能向上と複合化による利用成果の創出を目指した適切な計画と考える。特に、従来の手法では難しい軽元素を対象としたオペランド解析を実現するためにX線ラマン散乱が提案されているが、BL33XUの柱のひとつであるオペランド解析の一層の充実に向けて新しい手法に貪欲に挑戦する姿勢は敬服する。3)AI利用によるデータ解析の革新は大いに期待されるが、更なる具体化に向けて今後も継続的な検討が行われることを期待している。
従来の体制に要素研究企画・推進室を新たに加えた運用・利用体制が提案され、前年度成果やアウトプット計画を課題選定に考慮するなど更なる成果創出に向けての努力が認められる。すべての成果非専有課題は論文掲載により成果公開を行うとの方針は大歓迎である。しかしこれには成果専有課題と成果非専有課題が適切かつ厳格に運用されていることが前提である。このことを十分に認識した上で、利用成果の最大化に向けて今後も継続的に努力していただきたい。
また、JASRIをはじめとしたSPring-8内の他機関との情報交換や技術交流はSPring-8全体の技術水準の向上や成果創出に有効と思われるので、これまで以上に積極的に取り組んでいただきたい。
以上のように、これまでの機器整備や技術開発を活かし、今後も継続的に特徴ある成果が創出されることが期待されるため、再契約が妥当であることに疑いはない。しかし、SPring-8の次期計画等の進捗によっては整備計画の再検討が必要になることも十分考えられる。このため、契約期間を6年とし3年後を目途に中間評価を行うことを勧告する。
以 上
東京大学放射光アウトステーション物質科学ビームライン(BL07LSU)
契約期間満了に伴う利用状況等評価・次期計画審査報告書
設置者である東京大学放射光分野融合国際卓越拠点から提出された利用状況等報告書、次期計画書及び口頭による報告発表にもとづき、ビームラインとステーションの構成と性能、施設運用及び利用体制、利用成果、及び次期計画について、5月29日に開催した第27回専用施設審査委員会で評価・審査を行った。その結果、第1期の施設運用は順調であり、機器整備もほぼ計画通りで、利用成果の公開も進んでおり、提案された次期計画での利用成果創出についても十分期待できることから再契約は妥当であると判断する。ただし、次期計画は10年間で提案されているが、長期的な計画は不透明であり、将来的な見直しも想定されることなどから契約期間は6年とし、3年後を目処に中間評価を行うことを勧告する。
以下、項目毎の評価・審査結果の詳細を記載する。
〇ビームラインとステーションの構成と性能
本施設を構成するアンジュレータ光源は、30 m長直線部に水平および垂直偏光を発生する8の字アンジュレータを交互に8セグメント配置することにより、偏光面が水平あるいは鉛直の直線偏光だけでなく任意角度の直線偏光、左右円偏光の発生と円偏光度の切り替えが可能な仕様となっており、SPring-8初となるだけでなく世界的にも唯一の高輝度・高機能アンジュレータ光源である。高輝度の長尺アンジュレータとスリットレスの高性能軟X線分光器をあわせた光源の構成は高輝度と高分解能を同時に実現するものとして高く評価できる。さらに、中間評価時点では開発が遅れていた高速偏光スイッチングを実現し、世界的に見ても本ビームラインでのみ可能となる実験に成功したことは特筆に値する。
実験ステーションとしては、時間分解軟X線分光実験、フリーポート、三次元走査型光電子顕微鏡、超高分解能軟X線発光の4つが整備されている。時間分解軟X線分光実験ステーションは遠赤外-真空紫外超短パルスレーザーと組み合わせることにより、時間分解能50ピコ秒での時間分解軟X線光電子分光測定が可能となっている。フリーポートに設置された後置鏡による設計集光スポットサイズは水平50 m、鉛直10 mを達成している。三次元走査型光電子顕微鏡ステーションでは高輝度放射光をフレネルゾーンプレートでスポットサイズは70 nmまで集光したナノビームによって、高空間分解能の二次元マッピング光電子スペクトルを得ることが可能となっている。さらに、スペクトルの放出角度依存性を利用した深さ方向の分析を加えた三次元空間解析を実現している。超高分解能軟X線発光ステーションでは、8,000以上のエネルギー分解能を達成し、固体試料に加えて液体、気体試料の測定が可能であり、電池のような複合材料についても高分解能軟X線発光のその場観察が可能となっている。以上のように、世界最高の性能目標を掲げて建設を進めてきた専用目的の実験ステーションについて、すべて目標を達成し、利用実験を進めていることは高く評価できる。
〇施設運用及び利用体制
共同利用に対する取り組みについては、2016年に行われた放射光連携研究機構から放射光分野融合国際卓越拠点への管理・運営組織の変更後も、審査や成果公開の体制が整備された全国共同利用への提供が進められていることは高く評価できる。ただし、中間評価段階で共同利用課題の採択率50%という競争的な環境を維持した外部ユーザー利用の確保が高く評価されたこととは逆に、今回の報告で明らかとなった施設設置組織構成員も含めた一律の全国共同利用体制については、専用施設としての目的達成に対する設置組織の責任を担保する観点から改善(変更)を要するとの意見があったことを付言しておく。安全管理に関しては、安全衛生パトロール結果でいくつかの不備が指摘されたことから、施設研究者の安全意識が十分ではなかったことが危惧される。
〇利用成果
時間分解軟X線分光実験ステーションでは、高繰り返しレーザーが導入され、従来と比較して約200倍の測定効率改善に成功し、微小なスペクトル変化の観測が可能となった。また、波長可変光パラメトリック増幅器の導入によるレーザー波長範囲の拡張やパルス加熱法の導入による試料温度の高温への拡張も行われた。これらの整備を活かして、TiO2表面における光励起キャリアのダイナミクスや酸化物ヘテロ界面における光起電力制御などに関する研究成果が得られている。フリーポートでは、偏光の高速スイッチングを活用したXMCDとカー回転の同時測定、レーザー励起後の電子状態の時間分解測定、ガス雰囲気中光電子分光測定などの研究成果を得ている。三次元走査型光電子顕微鏡ステーションでは、動作中デバイスの電位分布測定を始めとして、異なる機能を持つ多様なナノデバイスの電子状態の観測に成功している。超高分解能軟X線発光装置では、チタン酸化物の電子格子相互作用、磁性体のRIX-MCD、銅酸化物超伝導体の電荷励起状態、振動準位を分離した水のRIX、電池材料のオペランド分析など、多様な試料系について多くの研究成果が得られている。
以上のように、本施設での研究成果はいずれも長尺アンジュレータの高輝度性を活かした、極めて高い水準のものである。特に、中間評価時点では遅れていた高速円偏光スイッチングを実現し、光源から実験装置まで含めて本施設のみが成しえる研究成果が得られたことは高く評価できる。
成果の公開についても、2014年から2017年までの学術雑誌への発表論文数が著名な学術雑誌を含めて66報であることは評価できる。さらに、同時期における学会賞などの受賞件数41件、招待公演数180件、新聞発表件数32件は他の専用ビームラインと比較して格段に優れている。教育への貢献という点でも、本施設の利用研究を元にした博士論文10報、修士論文18報が有ることや、放射光科学に関する学部教育を設置組織構成員が継続的に行ってきたことは高く評価できる。
〇次期計画
研究に関する次期計画は4つの常設ステーションを軸に提案されている。時間分解雰囲気光電子分光に集光X線を組み合わせた時空間分解雰囲気光電子分光は空間不均一性を持つ触媒の反応機構解明に不可欠となる革新的な実験手法である。時間分解軟X線回折・イメージングステーションでの共鳴軟X線小角散乱測定は、元素選択的かつ高時空間分解能でのスピンダイナミクスの観測を可能とする。オペランドナノ顕微分光ステーションの集光システムの改良はnano-XAFS、RPES、ARPESを可能とするものである。共鳴非弾性散乱X線散乱・回折ステーションで計画されている共鳴非弾性X線回折実験は構造選別した電子状態観測を可能とし、試料のジェット化はX線損傷が大きい生体分子を含む広範な溶液系に研究対象を拡大するものである。以上の常設ステーションにおける次期計画はいずれも妥当なものであり、計画通り実現してもらいたい。
本施設の大きな特徴である高輝度で偏光可変のアンジュレータ光源については、高速円偏光スイッチングを活かしたインパクトのあるオリジナルな研究を展開することを期待する。これと関連して、円偏光高速スイッチングが十二分に活かされる研究課題であり、端緒的ではあるが重要な成果が得られている軟X線共鳴磁気光学効果の研究についても、次期計画に明記願いたい。
設備に関する次期計画として提案されている入射光エネルギーによる集光位置の変化がないミラー集光、およびアンジュレータと光学ステージの連動機構による試料位置へのフレネルゾーンプレート集光は、いずれも本施設の実験ステーションの性能を格段に向上し得るものである。また、実験ステーションごとに提案されている試料環境やデータ収集・解析システムの高度化も、妥当なものである。ただし、提出された次期計画は概括的で定量性と具体性に欠けており、設備全体と各計画についての目標値と長期的なロードマップが示されていないため計画実現性に疑問が残る。
運用体制及び利用体制については、国内外の研究者による共同利用を維持しつつも専用施設としての目標達成の責を負う設置組織の利用強化を期待する。安全管理については、直近で深刻な事態になり兼ねない事案もあったことから、同ビームライン関係者の安全意識や利用者への安全教育を含む安全管理体制の見直しを行い、事故再発防止を徹底した安全管理計画の提出を求める。
予算計画については、施設運営の元となる大学運営費はもとより、第1期で獲得したようなJST、NEDO、科研費などの公的外部資金、民間企業との共同研究資金などについても、本施設設置者である放射光分野融合国際卓越拠点が中心となって、これまで以上の獲得に努められることを期待する。
以上のように、全般的には高く評価できる内容であるものの、安全面、運用面での管理計画、および評価の指針となる具体的な目標値等については指摘もあり、長期的な計画も不透明なことから、再契約は6年で承認した上で、安全管理計画については早急な対応を求めるとともに、次回の中間評価は3年後を目処に実施することが妥当であると本委員会は判断する。
以 上