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Volume 23, No.3 Pages 250 - 253

3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

2015A期 採択長期利用課題の事後評価について – 1 –
Post-Project Review of Long-term Proposals Starting in 2015A -1-

(公財)高輝度光科学研究センター 利用推進部 User Administration Division, JASRI

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SPring-8

 

 2015A期に採択された長期利用課題について、2017B期に3年間の実施期間が終了したことを受け、SPring-8利用研究課題審査委員会長期利用分科会による事後評価が行われました。
 事後評価は、長期利用分科会が実験責任者に対しヒアリングを行った後、評価を行うという形式で実施し、SPring-8利用研究課題審査委員会で評価結果を取りまとめますが、同一研究テーマの課題が2018A期からの長期利用課題として新たに申請されたため、その面接審査と同時に最終期(2017B期)終了前に当該課題のヒアリングを第62回長期利用分科会(2017年12月12日および15日開催)において行いました。その後、当該課題の最終期(2017B期)が終了し、実験責任者より改めて提出された、全期間の研究成果をまとめた最終版の「長期利用課題終了報告書」およびヒアリングの結果を踏まえ、長期利用分科会による最終的な評価結果がとりまとめられました。
 以下に評価を受けた課題の評価結果を示します。研究内容については本誌の「最近の研究から」に実験責任者による紹介記事を掲載しています。
 なお、2015A期に採択された長期利用課題7課題のうち残り4課題の評価結果は次号以降に掲載する予定です。

 

-課題1-
課題名 ナノX線顕微分光法を利用した分子環境地球化学的アプローチによるサステナブル科学の推進
実験責任者(所属) 高橋 嘉夫(東京大学)
採択時課題番号 2015A0118
ビームライン BL01B1、BL27SU、BL37XU
利用期間/配分総シフト 2015A~2017B/234シフト
(BL01B1:54シフト、BL27SU:30シフト、BL37XU:150シフト)

 

[評価結果]
 本長期利用課題は、サステナブル社会の実現を目指し、地球環境問題の実態解明や、その対策の指針を得ることを目的としている。そのために、BL37XUのX線顕微鏡を用いたナノXRF-XAFS法を中心に、BL27XUにおける軟X線顕微鏡や補足的にBL01B1におけるバルク試料評価を利用しつつ、主として微量環境元素の化学種や化学状態の解明を行っている。このように、本課題の特徴は、さまざまな分光法を地球環境科学という観点から活用し、高度化を行っていることにある。微量元素を対象とするため、試料が非常に微小である、対象元素の濃度が非常に低い、などの技術的困難があるが、高度な分析技術を用いて測定に成功している。
 これまでの長期利用課題の期間に得られた成果としては、(i)マクロXAFS法を用いた、エアロゾル中の人為起源鉄の同定と海洋への寄与評価や、海塩粒子中の還元型硫黄化学種の同定、(ii)蛍光分光ナノXRF-XAFS法による硫化物鉱床のモリブデンとタングステンの化学状態の解明や、鉄マンガン酸化物中の白金の化学状態分析、(iii)高エネルギーナノXRF-XAFS-XRDを用いた土壌中テルルの挙動の解明、などが挙げられる。測定技術としては、(i)試料調製・保持法の高度化、(ii)粗いマッピングを先に行うことによる試料中目的場所の迅速探索法の開発、(iii)on-the-fly測定法による試料のX線損傷低減化、などを行っており、地球環境科学のみならず、放射光分析化学全般に大きく貢献している。実験開始後3年で17報の英文査読付き論文を発表していることは高く評価できる。また招待講演等も多く、社会的意義の高い研究成果を挙げていることが認められる。
 このように実験責任者らは本課題において放射光分析技術を駆使し、微量環境元素の分析に取り組み、人類が直面する多くの環境問題の解決に向けた成果を挙げている。本委員会はこの点を高く評価したい。

 

[成果リスト]
(査読付き論文)

  [1] SPring-8 publication ID = 30869
Y. Takahashi et al.: "Transfer of Rare Earth Elements (REE) from Manganese Oxides to Phosphates during Early Diagenesis in Pelagic Sediments Inferred from REE Patterns, X-ray Absorption Spectroscopy, and Chemical Leaching Method" Geochemical Journal 49 (2015) 653-674.

  [2] SPring-8 publication ID = 30908
S. Kikuchi et al.: "Limited Reduction of Ferrihydrite Encrusted by Goethite in Freshwater Sediment" Geobiology 14 (2016) 374-389.

  [3] SPring-8 publication ID = 32084
M. Kurisu et al.: "Variation of Iron Isotope Ratios in Anthropogenic Materials Emitted through Combustion Processes" Chemistry Letters 45 (2016) 970-972.

  [4] SPring-8 publication ID = 32085
K. Fukushi et al.: "Arsenate Sorption on Monohydrocalcite by Coprecipitation during Transformation to Aragonite" Journal of Hazardous Materials 304 (2016) 110-117.

  [5] SPring-8 publication ID = 32494
M. Kurisu et al.: "Very Low Isotope Ratio of Iron in Fine Aerosols Related to Its Contribution to the Surface Ocean" Journal of Geophysical Research 121 (2016) 11119-11136.

  [6] SPring-8 publication ID = 32620
K. Tokunaga et al.: "Application of Arsenic in Barite as a Redox Indicator for Suboxic/Anoxic Redox Condition" Chemical Geology 447 (2016) 59-69.

  [7] SPring-8 publication ID = 34157
K. Tanaka et al.: "Ligand Exchange Adsorption and Coordination Structure of Pd on δ-MnO2 in NaCl Solution" Chemical Geology 460 (2017) 130-137.

  [8] SPring-8 publication ID = 34760
H. Qin et al.: "Tellurium Distribution and Speciation in Contaminated Soils from Abandoned Mine Tailings: Comparison with Selenium" Environmental Science & Technology 51 (2017) 6027-6035.

  [9] SPring-8 publication ID = 34960
K. Sakata et al.: "Lead Speciation Studies on Coarse and Fine Aerosol Particles by Bulk and Micro X-ray Absorption Fine Structure Spectroscopy" Geochemical Journal 51 (2017) 215-225.

[10] SPring-8 publication ID = 34962
K. Tokunaga and Y. Takahashi: "Effective Removal of Selenite and Selenate Ions from Aqueous Solution by Barite" Environmental Science & Technology 51 (2017) 9194-9201.

[11] SPring-8 publication ID = 34966
Y. Watanabe et al.: "Different Partitioning Behaviors of Molybdenum and Tungsten in a Sediment-Water System under Various Redox Conditions" Chemical Geology 471 (2017) 38-51.

[12] SPring-8 publication ID = 34972
Y. Takahashi et al.: "Comparison of Solid-Water Partitions of Radiocesium in River Waters in Fukushima and Chernobyl Areas" Scientific Reports 7 (2017) 12407.

[13] SPring-8 publication ID = 34976
K. Fukushi et al.: "Speciation of Magnesium in Monohydrocalcite: XANES, ab initio and Geochemical Modeling" Geochimica et Cosmochimica Acta 213 (2017) 457-474.

[14] SPring-8 publication ID = 35853
L. Ito et al.: "Origin and Migration of Trace Elements in the Surface Sediments of Majuro Atoll, Marshall Islands" Chemosphere 202 (2018) 65-75.

[15] SPring-8 publication ID = 35950
L. Ito et al.: "Influence of Acidification on Carbonate Sediments of Majuro Atoll, Marshall Islands" Chemistry Letters 47 (2018) 566-569.

 

 

-課題2-
課題名 ゲノム編集ツールCas9エンドヌクレアーゼのX線結晶構造解析
実験責任者(所属) 濡木 理(東京大学)
採択時課題番号 2015A0119
ビームライン BL41XU
利用期間/配分総シフト 2015A~2017B/69シフト

 

[評価結果]
 本長期利用課題は、現在多くの注目を集め、またその応用に関して激しい競争が繰り広げられているゲノム編集ツールであるCas9エンドヌクレアーゼのX線結晶構造解析を行い、詳細な構造情報を基にさらなる高効率で使いやすいツールの作製を目指して研究を進めた。
 そのために、様々なオルソログの構造解析に挑戦し、小型のSaCas9、Cas9オルソログ中で最大のFnCas9および最小のCjCas9、いずれもsgRNA-DNAとの複合体の解析に世界に先駆けて成功し、CRISPR-Cas9の作動機構の理解につながる成果を挙げた。さらにこれらの立体構造情報に基づいて、SaCas9およびFnCas9の改変を行い、新たなゲノム編集ツールの開発につなげた。
 これらCas9オルソログの構造解析に加えて、当初計画にはなかったV型CRISPR-Cas系に関わるRNA依存性DNAエンドヌクレアーゼCpf1の結晶構造解析にも成功し、CRISPR-Cpf1の作動機構の解明を行うとともに、PAM特性の異なるCas9変異体およびCpf1変異体の結晶構造を決定し、それらのPAM認識機構を解明した。
 また、これらの成果は、生命科学系のトップジャーナルであるCell誌2報などに報告している。
 以上のように、本長期利用課題期間中に、当初目標以上の成果を上げており、長期利用課題の利点を活かして優れた成果を挙げたと判断する。

 

[成果リスト]
(査読付き論文)

  [1] SPring-8 publication ID = 32883
H. Nishimasu et al.: "Crystal Structure of Staphylococcus aureus Cas9" Cell 162 (2015) 1113-1126.

  [2] SPring-8 publication ID = 32884
H. Hirano et al.: "Structure and Engineering of Francisella novicida Cas9" Cell 164 (2016) 950-961.

  [3] SPring-8 publication ID = 32885
S. Hirano et al.: "Structural Basis for the Altered PAM Specificities of Engineered CRISPR-Cas9" Molecular Cell 61 (2016) 886-894.

  [4] SPring-8 publication ID = 36051
M. Yamada et al.: "Crystal Structure of the Minimal Cas9 from Campylobacter jejuni Reveals the Molecular Diversity in the CRISPR-Cas9 Systems" Molecular Cell 65 (2017) 1109-1121.

 

 

-課題3-
課題名 自己組織化巨大球状錯体分子群の単結晶X線構造解析とタンパク質構造解析への展開
実験責任者(所属) 藤田 誠(東京大学)
採択時課題番号 2015A0120
ビームライン BL38B1、BL41XU
利用期間/配分総シフト 2015A~2017B/58シフト
(BL38B1:54シフト、BL41XU:4シフト)

 

[評価結果]
 実験責任者のグループは、一貫して、金属イオンと有機分子の配位結合に基づく有機-金属錯体ハイブリッドの自己組織化と、それにより形成される構造体の内部に生じる空間を活用した機能デザインに取り組んでいる。本長期利用課題では、90成分以上の球状錯体群の作製・構造解析と、内部にたんぱく質を包摂させることによるたんぱく構造解析を目標としていた。
 2年半の活動の結果、正五角形と正三角形からなる頂点が30で辺が60の巨大な球状錯体(M30L60)の作製と構造解析に成功した。さらに、頂点と辺の数が同じM30L60でありながら、正方形と正三角形からなる球状擬似多面体錯体の発見にも成功した。この発見を機に、幾何学のグラフ理論が球状疑似多面体の分類を可能にすることを発見し、球状疑似多面体錯体よりもさらに大きな球状疑似多面体構造の提唱につなげた。実際にも、より巨大な球状疑似多面体錯体M48L96を作製し、構造解析に成功している。
 たんぱく包摂に関しても、有機分子にたんぱくN端との結合部位を入れることによる変異のないたんぱくの包摂や、酵素たんぱくの包摂を実現している。
 さらに、当初目的とは別に、オリゴペプチドが銀イオンに配位する際にΩループ型の配位構造を取ることに注目して新たな方向性を打ち出している。具体的には、Ωループ型配位に基づいて4つの等価なリングからなる高次カテナンの作製と構造解析という新たな成果が見られる。
 これらの成果は、それぞれが学術的に世界的に高く評価できるものであり、実際に論文発表につなげている。さらに、測定技術の観点からも、内部空間に溶媒が含まれることによる困難を乗り越えて構造解析を行っており、長期利用課題として極めて高く評価できる。

 

[成果リスト]
(査読付き論文)

  [1] SPring-8 publication ID = 32201
D. Fujita et al.: "Self-Assembly of M30L60 Icosidodecahedron" Chem 1 (2016) 91-101.

  [2] SPring-8 publication ID = 32690
D. Fujita et al.: "Self-Assembly of Tetravalent Goldberg Polyhedra from 144 Small Components" Nature 540 (2016) 563-566.

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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