ページトップへ戻る

Volume 23, No.3 Pages 202 - 209

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

長期利用課題報告1
ナノX線顕微分光法を利用した分子環境地球化学的アプローチによるサステナブル科学の推進
Development of Sustainable Science by Molecular Geochemistry Approach using Advanced Nano X-ray Spectroscopy

高橋 嘉夫 TAKAHASHI Yoshio

東京大学大学院 理学系研究科 Graduate School of Science, The University of Tokyo

Abstract
 SPring-8において利用可能な幅広いエネルギー範囲での大強度なX線光源を利用したX線分光法は、環境試料中の様々な元素の挙動とその影響の解明(環境化学)や有用元素の濃集過程の解明(資源化学)に寄与する。特にX線分光による原子・分子レベルの化学的素過程の解明は、個々の原子の性質に基づく物質循環の理解や、それに基づく環境影響の将来予測に大きく貢献する。ここでは、関連試料へのX線分光の利用の基盤技術(試料調製、X線分光の高度化、試料損傷低減への工夫など)を開発すると共に、サステナブル社会の実現に寄与する大気化学、資源化学、土壌化学などの分野での最新の研究にこれらを応用することで、応用上の実際的な問題を解決すると共に、この分野における放射光X線分光法の有用性を示した。
Download PDF (2.06 MB)
SPring-8

 

1. はじめに
 サステナブル(Sustainable)社会の実現は、人類にとって必須の課題であり、多くの研究者が、それぞれの専門の立場からサステナブル科学(ここでは、「サステナブル社会実現のための基礎科学」と定義)を推進している。特に地球・環境科学においては、現状の地球環境問題の実態解明と対策や、新たな資源開発によるエネルギー・資源の長期的利用への貢献が重要となる。このような中で我々のグループでは、化学素過程の解明を基に地球表層で起きている物質循環・元素の挙動に関する研究を進めている。こうした化学素過程の解明は、有害元素の挙動(環境問題)、有用元素の濃集現象(資源科学)、地球温暖化問題などの多くの問題の理解・解決の基盤となる。我々は、天然試料の分析や室内模擬実験などの様々な系に対してSPring-8の種々のX線分光法を利活用することで、地球表層で起きる化学素過程の解明に基づく環境化学・物質循環・資源化学の研究を進めており、このような分野を「分子地球化学」と呼んでいる。
 一方SPring-8では、絶え間のない技術革新の末、硬X線では世界最高レベルの100 nmオーダーの微小X線ビーム(ナノビーム)を利用した蛍光X線分析(XRF)や顕微X線吸収微細構造(XAFS)分析(BL37XU)が可能となってきた。このような大強度で超微小ビームの利用は、nmオーダーでの微量元素の分布状態を解明できるだけでなく、十分な光子数を必要とする蛍光分光XAFS分析の微小領域への応用も可能にする(BL37XU)。さらにBL37XUでは、2次元(2D)および3次元(3D)のFull-field顕微イメージングも開発が進行中であり、3D走査型顕微XRF-XAFS分析の開発も検討されつつある。さらに近年では、4 keV以下の軟X線領域のXAFS・顕微XAFSの利用も進んでいる(BL27SU)。
 これらを背景にし、本課題の目的は、分子地球化学的に重要な研究対象に対して、最先端ナノX線顕微分光法により化学素過程を解明し、サステナブル科学の進展に寄与することである。

 

 

2. 本研究の概要
 本課題では、環境試料中の微量元素の化学種を解明するために必要な微小領域のX線分光法の高度化を進めると共に、これを基盤にして、サステナブル科学(気候変動、資源化学、環境化学)を推進してきた。その概要を図1に示す。この中で、図1の左上に示した手法の高度化とその応用について、当初の計画通りの成果が得られた。またこの手法的発展の成果を図1の下に示した様々な研究に応用した。こうした応用的研究は、高度化した手法を実際の実験に適用し、その問題点を洗い出す意味もあり、より多くの研究者が微小領域X線分光法を活用する上でも、大きな貢献をすると考えている。

 

図1 本課題の概要

 

 

3. ナノXRF-XAFS法の高度化
 従来からX線を用いた顕微分光の主流となっているKirkpatrick-Baez(K-B)ミラー集光による硬X線領域での2次元のµ(マイクロ)-XRF-XAFS法において、BL37XUでは、高度なK-B技術により、100−300 nm程度のビームが利用できるようになっている。このようなビームの特徴を最大限に活かすため、以下の高度化を進めた。

 

3-1 試料調製・保持方法の高度化
 XRFマッピング像は厚み方向の信号の和となるため、例えば100 nmレベルの顕微計測の場合、試料厚みがミクロンオーダーになると、XRFマッピング像はぼやけたものになる。そのため、本課題で対象とするエアロゾル試料に対して、100 nm顕微計測用試料の調整法を最適化した。エアロゾルは、試料自体がサブミクロン~数ミクロンレベルの大きさであり、これらをTEM用グリッドに採取し、それを直接分析試料として分析する手法を確立した。その際、特にサブミクロンスケールの粒子のみを分離するため、インパクターと呼ばれる粒径分画サンプラーの各段にTEMグリッドを置き、1時間程度のサンプリングを行うことで、粒子の重なりなく試料を採取することができた。これらにより、エアロゾル試料の個別粒子中の各元素のナノXRF-XAFS分析から、化学種解析を行うことが可能になった。

 

3-2 測定目的場所の迅速探索法の高度化
 ビーム径が小さくなると、目的とする試料位置の特定が困難になる。そこで、広エリア(例えば100 µm角)に対し、ミクロンサイズ集光ビームを用いたXRFマッピングをまず行い、目的場所のおおよその位置を決定し、その後で選択した狭エリアを100 nm集光ビームを用いて2次元ナノXRFマッピングを行う「2段階2次元高速XRFマッピング法」を確立した。例えば、K-Bミラーを用いて焦点位置で100 nm程度となっているビームを、広エリア走査用にミクロンサイズのビームにするには、元素マッピングの際、試料をX線の入射方向の下流側に2 mm程度動かして焦点をずらせばよいことが分かった。また、この手法を実際の天然試料へ応用し、有効に機能することを確かめた。これにより、100 nmのビームを用いた際でも、広域のマッピングとサブミクロン領域のマッピングの両方を短時間で観察することが可能になった。

 

3-3 放射光照射による試料損傷低減法の高度化
 100 nmのX線ビームを用いた場合、面積当たりの光子数は増加するため、試料損傷をより低減する必要がある。このために、2次元で試料を走査する際にon the fly計測を行うシステムを導入した。またXAFS測定では、計測時間を短縮するために、クイックXAFS計測システムが利用できるようにした。これにより、試料に照射する総光子数を減らし、試料損傷の低減に寄与することができる。

 

 

4. ナノXRF-XAFS法の最適化と応用研究
 3に示した高度化されたナノXRF-XAFS法などを様々な研究対象に応用することでその最適化を図ると共に、この方法を利用して具体的にどのような成果が得られるかを示すために、以下に示す応用研究を活発に展開した。

 

4-1 化学種と同位体比分析によるエアロゾル中の人為起源鉄の同定と海洋への寄与評価[1,2][1] M. Kurisu, Y. Takahashi, T. Iizuka, M. Uematsu: J. Geophys. Res. Atmos. 121 (2016) 11119-11136.
[2] K. Sakata, A. Sakaguchi, Y. Yokoyama, Y. Terada, Y. Takahashi: Geochem. J. 51 (2017) 215-225.

 北太平洋などの高栄養塩・低クロロフィル(HNLC)海域における生物一次生産の制限要因として溶存鉄の不足が挙げられる(Martin and Fitzwater, 1988)。この鉄供給による光合成の増減は、気候変動を支配する要因となる。この海洋への鉄の供給源として重要視されているのがエアロゾルである。特に現在の環境では、人為起源エアロゾル中の鉄(Fe)は自然起源の鉄と比べて水への溶解性が高く、注目されている(Takahashi et al., 2013)。この人為起源鉄について、鉄安定同位体比(δ56Fe(‰) = 1000 × [(56Fe/54Fe)試料/(56Fe/54Fe)STD−1])や化学種の観点からなされた研究は少ない。そこで本研究では粒径を7分画して採取したエアロゾルに対して、XAFS法により明らかにした化学種(起源や沈着後の水溶解性と関連)とδ56Feの2つの視点から分析を行い、自然起源と人為起源の鉄の化学種やδ56Feの差を明確にし、さらに海洋表層への影響評価を行うことを目的とした。
 BL01B1ではバルクの平均的な鉄化学種の決定を行い、BL37XUではエアロゾル中の個別粒子の化学種をナノXRF-XAFS法により決定した。バルクのXAFS解析の結果から、粗大粒子側ほどケイ酸塩鉱物であるbiotiteの割合が増え、微小粒子側ほど酸化鉄であるhematiteの割合が増えた。これは鉄が燃焼過程由来であることを示唆している。さらに、本課題で確立した個別粒子のナノXRF-XAFS分析からも、同様の化学種解析の結果が得られた。バルクと個別粒子の化学種解析結果が整合的であったことから、本研究の化学種同定は確からしいといえる。また、鉄安定同位体比の分析を行った結果、全分解試料は、粗大粒子側では地殻物質に近いδ56Fe値(+0.20‰前後)を示したが、微小粒子側では−0.5~−2‰程度と低い値を示した。これは前述のXAFSを用いた化学種の同定結果により合理的に説明可能な結果である。
 本研究で得られたδ56Fe値と化学種は、HNLC海域の鉄の供給源として人為起源エアロゾルの寄与が大きいことを示し、今後人為起源鉄の供給が生物一次生産を増加させ、地球寒冷化に寄与する可能性を示している。また、本研究は、エアロゾルなどの微小粒子への顕微X線分光技術に関する実験手法の確立に貢献すると共に、化学種と同位体比を複合的に利用した研究例として重要である。

 

4-2 海塩粒子中の還元型硫黄化学種(硫化ジメチル)の同定
 4-1の研究に引き続き、海洋エアロゾルの気候変動に与える重要な因子として、海洋表層の微生物が生成する硫化ジメチル(DMS)とその酸化物(Barnes et al., 2006)についても研究を進めた。先行研究により提唱されている気候変動モデルでは、海塩粒子によるDMSやその酸化物の除去が、大気中のDMS濃度を変化させる項として含まれているが、この項に関する直接的な証拠は少ない。そこで本研究では、南極海および赤道太平洋上のエアロゾルの硫黄化学種解析を行った。また海水の主成分であるナトリウム(Na)や、海塩粒子の化学的特性を変化させると予想される炭素(C)も対象とし、海洋エアロゾル中の還元型硫黄化学種の酸化反応抑制機構を解明した。
 粒径を7分画したエアロゾルは白鳳丸研究航海KH-14-6にて、南極海(高栄養塩)および赤道太平洋(貧栄養塩)を選んだ。硫黄やナトリウムの化学種解析は、BL27XUにおけるµ-XAFS分析で明らかにした。
 南極海および赤道太平洋共に、サブミクロンの粒子において、S(0)やDMSが検出された一方で、これらは粗大粒子では検出されなかった。また、蛍光法と電子収量法との比較から、DMSなどの還元型硫黄化学種は粒子内部に濃集していることが分かった(図2)。また別途、軟X線顕微鏡を用いて炭素の局所化学種解析を行った結果、海塩粒子の表面にカルボキシル基と炭酸として存在していた。また、カルボキシル基の一部は不飽和脂肪酸類であるオレイン酸Naとして存在していることがNaの化学種解析から示唆された。粒子表面に不飽和脂肪酸のNa塩が存在した場合、界面活性剤として機能し、海塩粒子の吸湿性(雲生成による地球寒冷化と関係)を軽減させる。さらに、こうした不飽和脂肪酸のNa塩は、粒子内部に存在し、通常大気中で容易に酸化され易いDMSを酸化反応から守る役割を果たしており(図2の右の粒子)、その結果、通常大気中で不安定なDMSが、海塩粒子内部に検出されたと考えられる。DMSは通常大気中で酸化を受けて硫酸塩になり、これが雲を形成することで、寒冷化に寄与すると考えられているので、このような被覆の効果も、エアロゾルの地球寒冷化効果を低減する方向に働く。

 

図2 エアロゾル中の硫黄のK端XANESの蛍光法と電子収量法の比較。海塩粒子内部に不安定な還元型硫黄化学種があることが分かる。

 

 

4-3 蛍光分光ナノXRF-XAFS法による硫化物鉱床のモリブデンとタングステンの化学状態[3,4][3] Y. Watanabe, T. Kashiwabara, J. Ishibashi, O. Sekizawa, K. Nitta, T. Uruga, Y. Takahashi: Chem. Geol. 471 (2017) 38-51.
[4] T. Kashiwabara, S. Kubo, M. Tanaka, R. Senda, T. Iizuka, M. Tanimizu, Y. Takahashi: Geochim. Cosmochim. Acta 204 (2017) 52-67.

 モリブデン(Mo)とタングステン(W)は同族元素で、いずれもレアメタルと呼ばれる貴重な金属資源である。その生産の殆どは中国により独占され、英国地質調査所の金属資源のリスク評価では、Wが2位、Moが5位で、MoとWはいずれも貴重な金属資源である。これらの元素の供給源として、硫化物鉱床が考えられる。本研究では貧酸素な海洋環境で堆積した黒色頁岩中のMoとWのナノXRF-XAFS測定による化学種解析を行うことで、これらの元素の還元的環境での濃集機構について考察を行った。
 ナノXAFS分析には、研磨薄片試料を用いた。BL37XUでの高エネルギー領域(> 20 keV)および低エネルギー領域(< 15 keV)でのナノXRF-XAFS法を用いて、MoとWの試料中での濃集相と存在状態を調べた。Moについては、通常のナノXRF-XAFS測定により、硫化物中の分布とXAFSを得られたが、Wでは有意なシグナルを得られなかった。これは、本試料には亜鉛、ニッケルなどが高濃度に含まれ、通常の蛍光XAFS測定では、W 線(8.398 keV)に対してNi 線(8.265 keV)、Zn 線(8.632 keV)が干渉するためと考えられる。そこで本研究では、蛍光X線測定に用いる半導体検出器と試料の間に湾曲したSi結晶を用いたラウエ型分光結晶(Bent Crystal Laue Analyzer; BCLA; Oxford Danfysik社製)を導入し、干渉するX線を低減させた。さらに、入射光として300 nmオーダーの微小X線を用い、蛍光X線をBCLAで分光測定しながら試料を2次元で走査し、Wの濃集部を探索した(図3)。またバルク試料のMoおよびWの平均的な化学種も、BL01B1で調べた。

 

図3 蛍光分光ナノXRF-XAFS法による黒色頁岩中のW濃集部の探索。W L3吸収端前後でマッピングを得て、その差からW濃集部を探索。

 

 

 得られた分布像とナノXAFSスペクトルから、Moは試料中で硫化物相に高濃度に濃集しており(> 50000 ppm)、モリブデナイト(MoS2)と類似したスペクトルが得られ、この結果から、黒色頁岩中でMoは硫化鉱物へ濃集し、その後のモリブデナイトへの続成変成が起きたことが示唆された。WはMoと比べて濃度が低く(約30 ppm)、NiやZnと比較すると1000分の1程度であったが、BCLAの使用でWの分布とXAFSが得られ(図3)、Wは硫黄配位と酸素配位の2種類の形態で存在していることが分かった。この存在状態の違いは、還元環境におけるWの堆積物への濃集過程がMoと異なることを示す。これらの結果は、海水から金属元素を濃集した海水起源の硫化物鉱床でWの含有量が少なく、Mo濃度が高くなる機構を明らかにした。
 なお、ここで用いた蛍光分光ナノXRF-XAFS法は、世界的にも実施例がなく、本研究課題の先端性を示す。得られた結果は、MoやWの資源探査を進める上で、重要な物理化学的根拠を与える。

 

4-4 蛍光分光µ-XRF-XAFS法による鉄マンガン酸化物中の白金などの化学状態[5,6][5] Y. Takahashi, Y. Hayasaka, K. Morita, T. Kashiwabara, R. Nakada, M. A. Marcus, K. Kato, K. Tanaka, H. Shimizu: Geochem. J. 49 (2015) 653-664.
[6] K. Tanaka, M. Tanaka, N. Watanabe, K. Tokunaga, Y. Takahashi: Chem. Geol. 450 (2017) 130-137.

 白金は最も重要なレアメタルであり、その需要は増加傾向にあるが、2050年に現有埋蔵量をほぼ使い切ると予想されている。白金は、現在は南アフリカなどに産出する陸上の白金族鉱床が主な供給源であるが、太平洋などの幅広い地域の深海底に存在する鉄マンガン酸化物(マンガンクラスト・団塊)は、白金を数ppm程度(=地殻平均濃度の100倍以上)に濃縮する上、広大な海域に存在するため、将来の白金資源として注目を集めている。この鉄マンガン酸化物への白金濃集メカニズムを解明できれば、一般的にどのような環境で白金濃集が見出せるかなどの手がかりとなり、白金の資源探査において重要な知見となる。そのため本研究では、マンガンクラスト中の白金の化学状態を調べるために、4でも示した蛍光分光XAFS法を適用し、目的とする蛍光X線を分光結晶で分離抽出し、バックグラウンドに対する目的の蛍光X線の強度比を高めて蛍光XAFSを測定した。今回対象とするマンガンクラストでは、(i)主成分である鉄やマンガンの信号で蛍光X線を測定する半導体検出器が飽和する、(ii)白金より1000倍程度多く含まれている亜鉛(2000 ppm程度)の蛍光X線(線:9.57 keV)と白金の線(9.4 keV)が干渉する、などから、蛍光分光ナノXRF-XAFS法が有効である。
 試料として、インド洋東部(水深3,548 m)で採取されたマンガンクラストの分析を行った。実験は、BL37XUで行い、800 × 800 nm2程度のX線を用いた。分光結晶として、BCLA(Oxford Danfysik社製)を用いた。
 マンガンクラストは、マンガン酸化物と水酸化鉄を主成分とし、NiやZnが1000 ppm程度含まれる一方、この試料中のPt濃度は1.73 ppmであった。BLCAを使用しない場合、有意なPt L3吸収端を観測することはできなかった。そこで、BCLAをPt 線に最適化した結果、蛍光X線でZn 線の強度が低下し、バックグラウンド強度が1%程度に低下した。試料を走査して、Pt 線を目的とした分光による蛍光X線マッピングを得ると共に、白金の濃集部において蛍光分光ナノXAFSスペクトルを得た(図4)。その結果から、マンガンクラスト中でPtは4価であり、またその化学形は海水中の主要化学種である塩化物錯陰イオンから酸化物形に変化することが分かった。これは、マンガン酸化物によりPt(II)がPt(IV)に酸化され、マンガン酸化物中の酸素と直接結合することを示唆しており、天然試料の直接観察からマンガンクラストに白金が酸化を受けて濃縮することを示した結果として重要である。

 

図4 蛍光分光ナノXRF-XAFS法によるマンガン団塊中のPt濃集部(a)の探索と、分光結晶を使用しない場合のPt L3端XANES(b)、および使用した場合のPt L3端XANES(c)。

 

 

4-5 高エネルギーナノXRF-XAFS-XRDを用いた土壌中のテルルなどの有害元素の化学種解析[7,8][7] K. Fukushi, M. Sakai, T. Munemoto, Y. Yokoyama, Y. Takahashi: J. Hazardous Mat. 304 (2016) 110-117.
[8] H.-B Qin, Y. Takeichi, H. Nitani, Y. Terada, Y. Takahashi: Environ. Sci. Technol. 51 (2007) 6027-6035.

 テルル(Te)は最も毒性の強い元素の1つである一方、先端産業に利用される希少元素(レアメタル)であるが、その地球表層での挙動には不明な点が多い。微量元素の挙動解析に有効な化学種解析法であるXAFS法をテルルに適用する場合、30 keV以上の高エネルギーX線の利用が必要であり、天然試料へのXAFSの適用例は殆どない。本研究では、Te鉱床周辺の土壌に対してナノXRF-XAFS-XRD法を用いることで、Teの挙動を支配する化学素過程を解明すると共に、同族のセレンと比較し、Teの地球化学的挙動の特徴を明らかにした。
 土壌試料は、かつてTeを生産した河津鉱山(静岡県下田市)の坑口付近の土壌を坑口からの距離・深度別に採取した。土壌粒子の薄片を作成し、BL37XUでナノXRF-XAFS-XRD分析を行い、微小領域のTe、Se、鉄(Fe)などの分布(XRF)、化学種解析(XAFS)、鉱物解析(XRD)を行った。また同定された鉱物(goethite、ferrihydrite、illite)に対するSe・Teの吸着分配実験やEXAFSによる吸着種(内圏/外圏錯体)の解析を行った(図5)。

 

図5 ナノXRF-XAFS-XRD法による土壌中のテルルの分布(ナノXRF)、ホスト相(ナノXRD)、原子レベルの局所構造(ナノEXAFS)の解明。

 

 

 土壌中の濃度分析および水抽出実験から、TeはSeに比べて著しく水に溶けにくいことが分かった。ナノXRF-XAFS-XRDの結果から、Seは土壌中で亜セレン酸(Se(IV))の状態で(水)酸化鉄に吸着されるのに対して、TeではTe(VI)とTe(IV)が共存し、(水)酸化鉄および雲母鉱物に分配されることが分かった。一部のTe濃集部位ではTeのK吸収端EXAFSが得られ、Te化学種は(水)酸化鉄に対する内圏錯体であった。さらに、Te・Seのイオンのうち、セレン酸のみが(水)酸化鉄に対して外圏錯体を形成し、他のイオンでは内圏錯体を形成することが分かり、Teに比べてSeの水溶解性が高いと考えられた。Linear free energy relationshipによれば、TeやSeなどのようにプロトン解離をするイオンが示す(水)酸化鉄への分配係数は、イオンのpKaと比例関係にあると共に、pKaが大きい場合に内圏錯体をし易い。この結果から、類似のオキソ酸の吸着種が内圏錯体を形成する場合、その結合状態はbidentateであるため、単一のpKa(pKa1 or pKa2)よりも2つのpKaの平均値(= (pKa1 + pKa2)/2)が、内圏錯体の生成のし易さを反映することが分かった。これらは、オキソアニオンの水溶解性や固相への濃集過程を予測する上で重要な手がかりとなる。なお、本研究はSPring-8の特徴である高エネルギー領域のナノXRF-XAFS-XRD法を利用した成果として注目される。テルルのXAFS関連研究として初のものであり、プレスリリースされるなどした(日経新聞掲載)。

 

4-6 その他
 その他の成果として、X線マイクロCT[9][9] L. Ito, T. Omori, M. Yoneda, T. Yamaguchi. R. Kobayashi, Y. Takahashi: Chemosphere 202 (2018) 65-75.、有害元素の挙動や除去[10-12][10] K. Tokunaga and Y. Takahashi: Environ. Sci. Technol. 51 (2017) 9194-9201.
[11] K. Tokunaga, T. Uruga, K. Nitta, Y. Terada, O. Sekizawa, S. Kawaguchi, Y. Takahashi: Chem. Geol. 447 (2016) 59-69.
[12] Y. Takahashi, Q. Fan, H. Suga, K. Tanaka, A. Sakaguchi, Y. Takeichi, K. Ono, K. Mase, K. Kato, V. V. Kanivets: Sci. Rep. 7 (2017) 12407.
、環境中での鉱物の生成過程に関する研究[13,14][13] K. Fukushi, Y. Suzuki, J. Kawano, T. Ohno, M. Ogawa, T. Yaji, Y. Takahashi: Geochim. Cosmochim. Acta 213 (2017) 457-474.
[14] S. Kikuchi, H. Makita, U. Konno, F. Shiraishi, A. Ijiri, K. Takai, M. Maeda, Y. Takahashi: Geobiology 4 (2016) 374-389.
などを多数行った。後者では、特に硫酸バリウムによるセレンやヒ素の除去に関して多岐に渡る実験を行い、応用的な手法開発では特許1件を出願するに至り、本実験は、産業基盤技術の向上にも寄与している。

 

 

5. おわりに
 これらの成果から、環境試料・地球科学試料にナノX線分光的手法を応用する上での試料調製や分析手法について新たな知見を得ることができた。またここで確立した手法を我々が進める様々な環境化学・資源化学的な研究に適用することで、これらの手法の有用性が示せたのではと考えている。これらをより多くの研究者に利用して頂くことで、地球化学・環境化学分野において放射光を利用した科学がさらに発展し、それがサステナブル社会の構築に貢献することを期待したい。
 今後、X線分光分野では、3次元のXAFS-CT分析、さらに高感度な蛍光XAFS法の開発、タイコグラフィー法の適用など、さらなる手法発展が望まれる。さらに本研究でも課題としていたように、これら手法発展において多くの場合必須である大強度な光の利用が試料に与える影響を低減するために、機械学習的な手法を利用して、照射するX線の光子数をなるべく低く抑えるなどの工夫も必要になってくる。

 

 

謝辞
 本長期利用課題を利用した研究において多大なご協力を頂いたSPring-8の寺田靖子博士、新田清文博士、関澤央輝博士、宇留賀朋哉博士、為則雄祐博士、伊奈稔哲博士に心から感謝致します。

 

 

 

参考文献
[1] M. Kurisu, Y. Takahashi, T. Iizuka, M. Uematsu: J. Geophys. Res. Atmos. 121 (2016) 11119-11136.
[2] K. Sakata, A. Sakaguchi, Y. Yokoyama, Y. Terada, Y. Takahashi: Geochem. J. 51 (2017) 215-225.
[3] Y. Watanabe, T. Kashiwabara, J. Ishibashi, O. Sekizawa, K. Nitta, T. Uruga, Y. Takahashi: Chem. Geol. 471 (2017) 38-51.
[4] T. Kashiwabara, S. Kubo, M. Tanaka, R. Senda, T. Iizuka, M. Tanimizu, Y. Takahashi: Geochim. Cosmochim. Acta 204 (2017) 52-67.
[5] Y. Takahashi, Y. Hayasaka, K. Morita, T. Kashiwabara, R. Nakada, M. A. Marcus, K. Kato, K. Tanaka, H. Shimizu: Geochem. J. 49 (2015) 653-664.
[6] K. Tanaka, M. Tanaka, N. Watanabe, K. Tokunaga, Y. Takahashi: Chem. Geol. 450 (2017) 130-137.
[7] K. Fukushi, M. Sakai, T. Munemoto, Y. Yokoyama, Y. Takahashi: J. Hazardous Mat. 304 (2016) 110-117.
[8] H.-B Qin, Y. Takeichi, H. Nitani, Y. Terada, Y. Takahashi: Environ. Sci. Technol. 51 (2007) 6027-6035.
[9] L. Ito, T. Omori, M. Yoneda, T. Yamaguchi. R. Kobayashi, Y. Takahashi: Chemosphere 202 (2018) 65-75.
[10] K. Tokunaga and Y. Takahashi: Environ. Sci. Technol. 51 (2017) 9194-9201.
[11] K. Tokunaga, T. Uruga, K. Nitta, Y. Terada, O. Sekizawa, S. Kawaguchi, Y. Takahashi: Chem. Geol. 447 (2016) 59-69.
[12] Y. Takahashi, Q. Fan, H. Suga, K. Tanaka, A. Sakaguchi, Y. Takeichi, K. Ono, K. Mase, K. Kato, V. V. Kanivets: Sci. Rep. 7 (2017) 12407.
[13] K. Fukushi, Y. Suzuki, J. Kawano, T. Ohno, M. Ogawa, T. Yaji, Y. Takahashi: Geochim. Cosmochim. Acta 213 (2017) 457-474.
[14] S. Kikuchi, H. Makita, U. Konno, F. Shiraishi, A. Ijiri, K. Takai, M. Maeda, Y. Takahashi: Geobiology 4 (2016) 374-389.

 

 

 

高橋 嘉夫 TAKAHASHI Yoshio
東京大学大学院 理学系研究科
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
TEL : 03-5841-4517
e-mail : ytakaha@eps.s.u-tokyo.ac.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794