ページトップへ戻る

Volume 23, No.2 Pages 105 - 109

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

2014年度指定パートナーユーザー活動報告
極細X線ビームを使った超高圧高温下の物性測定
Materials Property Measurements Under Ultrahigh Pressure and Temperature using Ultrafine X-ray Beam

廣瀬 敬 HIROSE Kei

東京工業大学 地球生命研究所 Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology

Download PDF (786.31 KB)
SPring-8

 

(1)

指定時PU課題番号/ビームライン 2014A0080/BL10XU
PU氏名(所属) 廣瀬 敬(東京工業大学)
研究テーマ 極細X線ビームを使った超高圧高温下の物性測定
高度化 安定高温高圧実験ステーション整備と先導的活用
利用研究支援 当該装置を用いた利用実験の支援
利用期 14A 14B 15A 15B 16A 16B 合計
PU課題実施シフト数 36 57 51 42 41.625 38.375 266
支援課題数 4 10 7 14 17 16 68

 

 

(2)PU活動概要
1)高度化への協力
【高度化その1】
・X線ビーム径を1ミクロン以下に集光

 この高度化には、モノクロメータを液体窒素型のものへ交換することと、X線集光光学系の開発が必要であった。廣瀬を代表者とする科研費・特別推進研究「地球中心核の物質と進化の解明」を予算源に、2013年度中にはモノクロメータの交換と集光光学系の光学部品の導入が完了し、本PU指定期間中は、集光光学系の最適化と実際のユーザー利用への対応が課題であった。
 結果として、従来半値幅で約6ミクロン以上もあったBL10XUのX線ビーム径は1ミクロン程度へ集光可能になり、そもそも試料サイズが極小の超高圧実験、加えて均質な温度領域が狭い比較的高圧下のレーザー加熱実験にとって大きなメリットになった(図1)。他のグループによる超高圧実験にも大きく役立っている。

 

図1 DAC中で加熱された試料表面の温度分布。

 

 

【高度化その2】
・フラットパネルディテクタの導入

 これまでBL10XUにはX線CCDカメラが設置されていた。同じく回折計に装備されているイメージングプレートによるデータ取得に5分以上要するのに対し、短時間内に回折データの取得ができる装置として、ユーザーに広く用いられてきた。設置から10年程度経過し、不具合も目立ってきたため、今回このCCDカメラを更新することとした。
 CCDカメラの後継機として、当初はCMOSカメラを計画していたが、その後、ドイツ電子シンクロトロン(DESY)における実績も考慮し、2014年度にフラットパネルディテクタを導入した。これにより、高速(例えば100 msecごと)で自動連続X線回折データ取得が可能になり、変化が短時間内に起こる高温実験に極めて有効な装置になっている。

 

【高度化その3】
・レーザー加熱光学系の改良

 レーザー加熱DAC実験においては、加熱された試料から輻射スペクトルを取得し、温度を決定している。この輻射スペクトルはレンズを通して分光器へ導かれるため、レンズの色収差の問題(波長ごとに見ている場所が異なるので、試料中に温度差があると正確な温度が測定されない)が以前から繰り返し議論されてきた。そこで今回、温度計算に使用する波長範囲全体にわたって色収差が補正されるレンズを設計し、2014年度に導入した。これに伴い、レーザー加熱光学系と試料観察・温度測定光学系も変更した。
 これにより、レーザー加熱DAC実験において、より信頼度の高い温度測定値が得られるようになった。

 

 

2)高度化に関連する利用実験
 上記高度化その1によって、X線ビームが極細化されたことにより、XRD測定の空間分解能が上がり、またX線観察領域内の温度差もずっと小さくなった(図1)。高度化その2によって、特に融解開始時の変化がとらえやすくなった。また高度化その3は温度決定精度を上げることに貢献した。
 以下に、2014Aから2016B期に得られた主な成果をまとめる。

1. 新たなFe-N合金の発見
 窒素は宇宙存在度が高い元素な上、親鉄元素でもあり、コアに含まれる軽元素の1つであっても不思議はない。しかしながらFe-N合金に関する過去の高圧実験は30万気圧以下に限られていた。今回Fe4NとFe7N3合金につき、150万気圧まで高圧高温XRD実験を行い、Fe7N3組成の新しい相(β相)を発見した[Minobe et al., 2015 GRL]。これは40万気圧以上で最も鉄に近いFe-N中間化合物であり、地球惑星科学的に重要である。観測される内核の横波速度が、純鉄のそれよりもはるかに遅いことが以前からよく知られている。ごく最近、この遅い横波速度はFe7C3相で説明可能という議論がある。このFe7C3相と今回発見したFe7N3組成のβ相は、同じ結晶構造、似た密度、ほぼ同じ圧縮挙動であり、これが内核でFe7C3相と固溶体を作っている可能性がある。

2. 内核−外核境界における軽元素の分別
 隕石中に含まれる金属の多くが鉄−硫黄合金であることから、硫黄は最も有力なコアの軽元素とされてきた。ゆえに、Fe-S系の状態図は極めて重要である。今回XRD測定をしながら278 GPaまでの相平衡実験、ならびに254 GPaまでの融解実験を行ったところ、圧力の増加と共にFe-Fe3S系の共融点組成が鉄に富んでいくこと、254 GPaにおいては共存する固体と液体中の硫黄量の差が1.5 wt.%しかないことがわかった。このことは、硫黄が主要なコアの軽元素であった場合、固体鉄が結晶化しないこと、内核・外核の密度ジャンプも説明できないことがわかった。つまり、コアの主要な軽元素は硫黄ではないことが明らかになった[Mori et al., 2017 EPSL]。

3. 鉄および鉄合金の融解曲線の決定とコア温度の推定
 鉄の融解曲線、特に内核−外核境界における鉄の融点は、コアの温度を制約する上で極めて重要とされる。これまで数多くの実験が行われてきたが、コア圧力において融解温度には1000ケルビン程度の不一致が見られる。そこで、本PU課題では、温度勾配の大きなレーザー加熱実験に代わり、内部抵抗加熱式DACを用いた実験を290 GPaまで行った。その結果、広く引用されているAnzellini et al. [2013]の結果より、内核−外核境界で500ケルビン程度異なる結果が得られた。これはその分、コアの温度も低く見積もられることを意味する[Sinmyo et al., submitted]。

4. 状態方程式の決定
4-1 Fe7N3の新相(高圧相)の圧縮・熱膨張挙動
 上に記したFe7N3の新相につき、136万気圧・2500 Kまで体積測定を行い、圧縮・熱膨張挙動を明らかにした。この新相の結晶構造はFe7C3のそれと同じであり、また今回の実験で体積・圧縮性もよく似ていることがわかった[Minobe et al., 2015 GRL]。また、内核の密度は、Fe7C3とFe7N3の固溶体で説明できることが明らかになった[Kusakabe et al., submitted]。

4-2 Fe-Si-H合金の圧縮挙動
 われわれは最近、水素がコアの重要な軽元素であると主張している[Nomura et al., 2014 Science]。地球化学・宇宙化学的な考察から、コアには7 wt.%程度のシリコンがあるとされる。そこで今回、(Fe-6.5 wt.%Si)Hx(x = 0.7, 0.9)の圧縮曲線を136万気圧(コア圧力)まで決定し(図2)、水素を含まないFe-6.5 wt.%Si合金のそれと比較して[Tateno et al., 2015 EPSL]、圧縮率に及ぼす水素の影響を明らかにした。その結果、従来の結果と異なり水素は圧縮特性をほとんど変えないこと、低温(20 K)で圧縮を開始するとbcc相からhcp相に相転移すること(dhcp相ではなく)がわかった(図2)[Tagawa et al., 2016 GRL]。

 

図2 鉄−シリコン−水素合金の圧縮挙動。

 

 

4-3 氷の体積に及ぼす水素/重水素の同位体効果
 通常、原子をより質量の重い同位体原子に置き換えると、体積が減少する。ところが、氷に対してはこれが必ずしも当てはまらない。極めて単純な物質である氷に関して、異なる体積同位体効果が発生する理由は、これまで明らかになっていなかった。そこで今回、H2O・D2O両方の氷VII相につき、圧縮曲線を求めたところ、16万気圧において、体積同位体効果が通常のものから異常なものへの変化が観測された[Umemoto et al., 2015 PRL]。これはVIII相(水素が秩序良く分布した、VII相に類似する相)に対する理論計算による、14万気圧以上で異常が現れるという予測と極めて良い一致を示す。理論計算によれば、分子内の水素酸素結合の伸縮に対応するフォノンモードの圧力依存性がこの変化に決定的な役割を果たしている。

5. 液体鉄の状態方程式の決定
 コアの密度は重要な観測値の一つであり、高圧下で液体鉄合金の密度を実験的に決定することはコアの組成を明らかにする上で極めて重要である。本PU課題では、液体鉄の密度をXRD測定における液体のハローパターン(diffuse scattering)から決定した[Kuwayama et al., in preparation]。また現在、これと同じ液体試料を、BL43XUにおける非弾性散乱測定によって縦波速度を決定しつつあり、これらによって密度と速度を同時にコアの観測値と比較可能になる。

6. 高圧下における熱伝導率測定
 われわれは最近、室温超高圧における固体のFe、Fe-Si合金[Gomi et al., 2013 PEPI]、Fe-Ni合金[Gomi and Hirose, 2015 PEPI]の電気抵抗率測定に基づき、コアの熱伝導率が従来の推定の3倍近く高いことを示した。これは、古地磁気観測データが示す、少なくとも35億年前からコアの対流が起きていたことを考えると、コアの冷却速度が速い、つまりコアは高温だった、固体コアができたのは10億年より最近、ということを意味する。
 そこで本PU課題では、高圧高温下での電気抵抗率測定を、157万気圧・4500 Kの超高圧高温まで、XRD測定と同時に行った(図3)。その結果は、室温での測定に基づくGomi et al.の予測をサポートし、コアの高い熱伝導率を示すことができた[Ohta et al., 2016 Nature]。

 

図3 高圧高温下における鉄の電気抵抗率の変化。

 

 

3)高度化に関連する利用者支援
 われわれが行った利用者支援の内容は、レーザー加熱システム・フラットパネルディテクタを利用した実験の支援、およびレーザー加熱システムの事前整備・調整である。本PU課題中の3年間に、利用者支援は合計68課題であった。
 今回の高度化計画で実現した、X線マイクロビームは、加熱試料中の温度勾配が大きい、すべてのレーザー加熱実験にとって有用である。また、試料サイズが極端に小さなマルチメガバール(200万気圧)以上の超高圧実験にも大きな役に立っている[Akahama et al., 2014 JAP]。電気抵抗率を測る(超電導を見る)実験においても、電極を避けて試料のXRDデータを取得できるという点で大きなメリットになっている。
 また新たにフラットパネルディテクタを導入したことにより、高速で自動連続X線回折データの取得が可能になった。従来のX線CCDカメラではデータ取得に数秒以上かかっていたことに比べると格段に速くなった。この結果、反応の進行具合や融解の開始(もしくはその兆候)を検知することができるようになった。これらX線マイクロビームや自動連続XRDシステムにより、BL10XUにおけるXRDデータの質がさらに向上したと言える。
 今回はレーザー加熱光学系のアップデートも行った。本研究グループは、同システムの設計・導入・高度化・維持・管理・アップデート・ビームタイム前調整を継続して行っている。BL10XUの全ビームタイムのうち、4割以上がレーザー加熱DAC実験である。われわれはこれら全般を直接的・間接的に支援している。

 

 

(3)成果リスト(査読付き論文)
 SPring-8利用研究成果登録データベースに登録済みで、PU課題番号が関連づけられた査読付き論文のみを掲載します。(その他、PUとして支援した一般課題の発表論文やポスター発表、受賞歴など多数の成果がありますが、掲載スペースの都合上割愛しています。)

[1] SPring-8 publication ID = 28780
S. Imada: "Sound Velocity and Density of Liquid Fe-Ni-S Alloy at High Pressure" Doctor Thesis (Tokyo Institute of Technology) (2015).

[2] SPring-8 publication ID = 29198
S. Minobe et al.: "Stability and compressibility of a new iron-nitride β-Fe7N3 to core pressures" Geophysical Research Letters 42 (2015) 5206-5211.

[3] SPring-8 publication ID = 29922
K. Umemoto et al.: "Nature of the volume isotope effect in ice" Physical Review Letters 115 (2015) 173005.

[4] SPring-8 publication ID = 30665
C. Kato et al.: "Melting in the FeO-SiO2 System to Deep Lower-Mantle Pressures: Implications for Subducted Banded Iron Formations" Earth and Planetary Science Letters 440 (2016) 56-61.

[5] SPring-8 publication ID = 31199
S. Tagawa et al.: "Compression of Fe-Si-H Alloys to Core Pressures" Geophysical Research Letters 43 (2016) 3686-3692.

[6] SPring-8 publication ID = 31374
K. Ohta et al.: "Experimental Determination of the Electrical Resistivity of Iron at Earth's Core Condition" Nature 534 (2016) 95-98.

[7] SPring-8 publication ID = 33203
K. Ohta et al.: "Thermal Conductivity of Ferropericlase in the Earth's Lower Mantle" Earth and Planetary Science Letters 465 (2017) 29-37.

[8] SPring-8 publication ID = 34002
Y. Okuda et al.: "The Effect of Iron and Aluminum Incorporation on Lattice Thermal Conductivity of Bridgmanite at the Earth's Lower Mantle" Earth and Planetary Science Letters 474 (2017) 25-31.

[9] SPring-8 publication ID = 34471
S. Suehiro et al.: "The Influence of Sulfur on the Electrical Resistivity of Hcp Iron: Implications for the Core Conductivity of Mars and Earth" Geophysical Research Letters 44 (2017) 8254-8259.

[10] SPring-8 publication ID = 34799
Y. Kidokoro et al.: "Phase Transition in SiC from Zinc-Blende to Rock-Salt Structure and Implications for Carbon-Rich Extrasolar Planets" American Mineralogist 102 (2017) 2230-2234.

[11] SPring-8 publication ID = 34800
Y. Mori et al.: "Melting Experiments on Fe-Fe3S System to 254 GPa" Earth and Planetary Science Letters 464 (2017) 135-141.

[12] SPring-8 publication ID = 34801
S. Labrosse et al.: "Fractional Melting and Freezing in the Deep Mantle and Implications for the Formation of a Basal Magma Ocean" in The Early Earth: Accretion and Differentiation, AGU monograph 212 (2015) 123-142.

[13] SPring-8 publication ID = 34805
T. Ishii et al.: "Synthesis and Crystal Structure of LiNbO3-type Mg3Al2Si3O12: A Possible Indicator of Shock Conditions of Meteorites" American Mineralogist 102 (2017) 1947-1952.

[14] SPring-8 publication ID = 35339
T. Wakamatsu et al.: "Measurements of Sound Velocity in Iron-Nickel Alloys by Femtosecond Laser Pulses in a Diamond Anvil Cell" submitted to Physics and Chemistry of Minerals.

 

 

 

廣瀬 敬 HIROSE Kei
東京工業大学 地球生命研究所
〒152-8550 東京都目黒区大岡山2-12-1
TEL : 03-5734-3528
e-mail : kei@elsi.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794