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Volume 23, No.2 Pages 131 - 140

3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

2018A期 採択長期利用課題の紹介
Brief Description of Long-term Proposals Approved for 2018A

(公財)高輝度光科学研究センター 利用推進部 User Administration Division, JASRI

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SPring-8

 

 2018A期は14件の長期利用課題の応募があり、8件が採択されました。採択された課題の審査結果および実験責任者による研究概要を以下に示します。

 

 

- 採択課題1 -

課題名 イオンポンプの結晶構造解析
実験責任者名(所属) 豊島 近(東京大学)
採択時の課題番号 2018A0144
ビームライン BL41XU
審査結果 採択する

 

[審査コメント]
 本課題では、前課題(P型ATPaseの結晶構造解析:2016A0133~2017B0133)を継承し、医学応用においても重要なCa2+-ATPaseおよびNa+,K+-ATPaseの構造解析と、それらの作動機序を解明するのに必要な結晶中の脂質二重膜の可視化技術をさらに進化させることを目的としている。
 Ca2+-ATPaseおよびNa+,K+-ATPaseの構造解析については、前課題から医学的重要性の高い心筋型Ca2+-ATPaseや調節タンパク質および薬剤との複合体解析により、創薬を指向した構造研究も実施してきた。本課題ではこれらの精密解析を計画しており、これまでに得られた詳細な分子作動機構を踏まえた創薬研究への期待が大きい。
 脂質二重膜の可視化技術については、成果を収めた溶媒コントラスト法に加えて前課題で新たに試みられた重原子置換法による位相を併用する手法開発を進める計画である。結晶化条件のためコントラスト変調が難しいNa+,K+-ATPaseを対象の中心に据えることで、コレステロールが膜タンパク質や膜脂質の動的構造に寄与する機構を構造的見地から解明することを目指しており、基礎研究としても意義が大きい内容となっている。
 以上の研究は、申請者らが長年実施してきたイオンポンプの基礎科学的な構造機能研究を基盤として、さらに応用研究への発展も見据えて実施するものである。どの計画案も当該長期利用研究期間で大きく進展し、SPring-8から世界に発信される重要な成果となると期待される。

 

[実験責任者による研究概要]
 これまでに長期利用課題として、(i)筋小胞体カルシウムポンプ(Ca2+-ATPase,SERCA1a)の種々の状態の結晶構造解析並びにその薬物との複合体の結晶構造解析、(ii)ナトリウムポンプであるNa+,K+-ATPaseの結晶構造解析、(iii)X線コントラスト変調法によるカルシウムポンプ結晶中の脂質二重膜可視化を遂行してきた。本長期利用課題ではそのさらなる発展を図る。
 当面の具体的課題は以下のようである。(i)のCa2+-ATPaseに関しては、(a)Ca2+通路の細胞質側ゲートとなるGlu309Gln変異体のE2状態の構造解析の完成、(b)E1·1Ca2+状態の詳細な解析、(c)調節蛋白質であるphospholamban、sarcolipinとの複合体の構造解析の完成、(d)心筋のカルシウムポンプであるSERCA2aの複数の状態の構造解析、(e)最も広く発現し、遺伝的で重篤な皮膚疾患であるDarrier病の原因ともなるSERCA2bの複数の状態の構造解析を遂行する。特に重点があるのは、(b)のE1·1Ca2+である。SERCA1aは2個のCa2+を順に結合し輸送する。2個目の結合が化学反応(ATPからSERCAへの燐酸転移)を引き起こす。1個目の結合で何が起こり、2個目の結合が誘起されるかを知りたい。予備的構造決定には既に成功しており、本長期利用課題中での完成を目指す。(ii)のNa+,K+-ATPaseに関しては、(f)Na+存在下、且つ燐酸アナログやATPアナログの非存在下で得られる結晶の構造解析が当面の目標である。(iii)の脂質二重膜の可視化に関しては、コントラスト変調を適用できる膜蛋白質結晶は限られるため、もっと一般的な方法である重原子多重同型置換法の適用を目指し、最適な重原子の探索(クラスター等)と方法の改良を行っている。極低角までのデータ収集を必要とし、Heパスの設定等に時間を要する。手法の開発を行いながらの研究であり、長期利用課題でないと実行不可能な課題である。

 

 

- 採択課題2 -

課題名 熱機関用超高速・マイクロスケール燃料噴霧のX線計測:新たなX線計測技法の構築による未解明の物理因子解析
実験責任者名(所属) 文 石洙(Inha大学)
採択時の課題番号 2018A0145
ビームライン BL40XU
審査結果 採択する

 

[審査コメント]
 本課題は、エンジン内における燃料噴霧の形成メカニズム解明を目指して2014B期より3年間にわたり実施された長期利用課題「クリーン・高効率次世代エンジン開発へのX線光学技法の適用:超高速燃料噴霧の形成メカニズム解明及び理論モデル構築」の発展的継続である。ノズルから噴出した燃料の噴霧構造モデルを構築した前長期利用課題を発展させ、本課題は、ノズル内部流とノズル出口の初期流動に関わる物理因子の解析を目標に、①ノズル内部のキャビテーション構造、②ノズル内部の流速と乱流エネルギー分布、③ノズル内部流による初期流動の不安定性、④ノズル近傍の燃料密度および運動量分布の解明が計画されている。これらの目標、計画には明確な必然性、合理性が認められ、予備的な実験も行われている。更に、計画には位相コントラスト像と吸収像の同時撮影技術や更に高速な撮影技術の開発も含まれていることから、長期利用課題として採択することが妥当と判断する。
 なお、提案された四つのテーマはいずれも挑戦的な内容を含むことから、計画どおりには遂行できない可能性もあると考えられるため、より多くの成果が得られるように優先順位をつけて実施していただきたい。また、前課題に引き続き、得られた成果を幅広くアピールすることをお願いしたい。

 

[実験責任者による研究概要]
 本研究グループは、高圧燃料噴射ノズル近傍流動の現象解明によるエンジン数値解析の高度化、更には低炭素・グリーン社会の早期実現に貢献することを目指し、2013年度からノズル近傍流動の可視化を可能とするX線位相コントラスト画像装置をSPring-8のBL40XUに構築し研究を行ってきた。X線の高いエネルギー(短い波長)は、これまで未知の分野であったノズル近傍の高密度領域の解析を、X線の高いフラックスと短いパルス幅は超高速流動の可視化と解析をそれぞれ可能とする。ノズル近傍の流動分裂及び微粒化過程の可視化には、ナノ秒以下(100 ps程度)の幅と高い光強度(5.0 mA)を有するHモードのシングルパルスを用いた。なお、流速及び乱流エネルギーなどの噴霧ダイナミクス構造を解析するためには、165.2 nsの間隔を持つCモードの3つのX線パルスを受光して3重露光X線画像を取得し、その画像のある関心領域に自己相関解析を行うことで、165.2 nsの間に流動が移動した速度ベクトルを求めた。しかし、ノズル出口および近傍流動の現象解明とモデル化に重要な物理因子の中、まだ計測・解析できていないものも多く存在する。特にノズル出口の初期流動特性を支配するノズル内部流(渦流、乱流、キャビテーションなど)特性と、それが初期流動に及ぼす影響に関する理解が不十分である。
 本長期利用課題では、ノズル内部流とノズル出口の初期流動に関わる物理因子を解析できる新たな計測技法を開発し、その結果を用いてノズル内部流特性と初期流動特性を相関させることを研究の主な狙いとする。今回の長期利用課題で注目する代表的な物理因子としては、「①ノズル内部のキャビテーション構造」、「②ノズル内部の流速と乱流エネルギー分布」、「③ノズル内部流による初期流動の不安定性」、「④ノズル近傍の燃料質量分布」を挙げられる。
 ①については、実機インジェクタに近い形状とスケールを持つアクリルノズルを製作し、実機ノズルの噴射条件に近い条件でノズル内部キャビテーションの可視化を行う。②については、ノズル内部流の粒子映像速度解析(PIV: particle image velocimetry)を行う。液体燃料に10ミクロン程度のトレーサを混合させ、その動きを追跡することで、ノズル内部キャビテーション内の速度分布と乱流エネルギーを定量解析し、その結果を初期流動の不安定性や分裂に相関させる。③については、初期流動の時間変動とその周波数を定量解析し、内部流特性と相関させることを目標とし、1 MHz以上の撮影速度を持ったノズル出口・近傍流動の計測を行う。④については、BL40XUに構築したX線画像装置を用い、燃料噴霧の位相コントラストと吸収を同時に計測する新たな計測技法を構築し、燃料噴霧のX線吸収率からX線光路上の燃料質量分布を計測する。
 上述した物理因子(①~④)の定量化を可能とする新しい計測技法の構築は、世界初となる挑戦であり、独自性を持つ研究課題であるといえる。また、それら物理因子の情報は、次世代エンジンおよびインジェクタの開発と、エンジン数値解析の高度化にその重要性が高く、次世代エンジンの高効率化およびクリーン化に大きく貢献できるものであることを強調したい。

 

 

- 採択課題3 -

課題名 ナノX線顕微分光法を利用した分子環境地球化学的アプローチによるサステナブル科学の推進
実験責任者名(所属) 高橋 嘉夫(東京大学)
採択時の課題番号 2018A0148(BL01B1)、2018A0156(BL37XU)
ビームライン BL01B1、BL37XU(併用)
審査結果 採択する

 

[審査コメント]
 本長期利用課題は、サステナブル社会の実現に向けた環境科学の推進のために、3つの重要な地球環境科学の研究テーマに、それぞれ異なった測定手法を開発しつつ取り組むものである。その3つとは、(1)XAFS-CT:太平洋のマジュロ環礁を構成する有孔虫は600 µm程度の大きさであり、その酸性化による溶出程度を測定し、Zn、Cu、Pbなどの微粒子による汚染を検証する。また、福島第一原発由来微粒子中の化学種マッピングなども想定される。これら微小試料の分析においては、X線吸収端を利用して元素の分布やその化学状態を可視化するXAFS-CTが有効であるため、この開発を行う。(2)広エネルギー範囲2次元走査型ナノXRF-XAFS-XRD法:風化花崗岩に含まれるレアメタルや希土類元素の利用を目的として元素分析を行うような場合には、試料に多くの元素が含まれるため、蛍光X線の重なりを避けるために励起X線エネルギーを広く変化させる必要がある。ナノビーム集光系においてこれを実現するための技術的改良を行う。(3)蛍光分光法と蛍光分析法の同時適用による超微量元素と主要元素の同時測定:重要な環境汚染源である水銀の微量分析の需要は多いが、そのL端は他元素のK端と近いエネルギーを持つため、感度良く水銀を測定するには分光結晶を用いてエネルギー分解能を上げる必要がある(波長分散法)。しかし同時に他元素の測定も必要であるため、これと同時に通常のナノXRF-XAFS測定(エネルギー分散法)を行うことによって、多元素測定も同時に行う。これはX線照射量を低減するために有用であり、X線損傷が問題となる試料において重要な手法である。一般にナノビームを用いた測定の前にはBL01B1において試料全体の測定を行い、おおまかに試料の実態を把握することが提案されており、これは測定効率向上のために有効であると考えられる。
 このように、提案された研究テーマはそれぞれ地球環境科学において重要であると考えられる。また、提案された測定技術も重要であり他利用者にも有用であるが、その開発はビームライン担当者によって行われる部分が大きいと考えられるため、課題実施にあたってはビームライン担当者とよく協議を行うことが求められる。本課題は計画全体としてSPring-8における地球環境科学の推進と微量分析技術の向上に資するものであり、2年の研究期間も妥当と判断されるため、本委員会は長期利用課題として選定する。

 

[実験責任者による研究概要]
【研究背景】
 サステナブルな社会の実現は人類最大の課題であり、特に地球・環境科学においては、地球環境問題の実態解明・対策や新たな資源開発による資源の長期的利用への貢献が重要となる。我々のグループは、地球表層の化学素過程解明に基づく環境化学・物質循環・資源化学の研究を進めている。これらの研究では、様々な環境試料の生成過程や含有元素の環境挙動の理解に必須な分子レベルの機構解明を行うために、先端ナノX線顕微分光法を中心とした分析法の適用が極めて有効であり、その応用を進めてきた。特に本長期利用課題では、SPring-8を利用した広いエネルギー範囲(5~40 keV)でのXAFS法による元素の化学種同定(スペシエーション)や顕微XRF-XAFS分析(BL37XU)による微小領域のスペシエーション分析の高度化と応用を進める。こうした基礎的な物理化学的情報に立脚した地球化学・環境化学を展開することで、「分子地球化学」・「分子環境化学」とよばれる新しい研究分野を切り拓いていく。

 

【主な研究内容】
1. 環境中の粒子状物質中の元素の分布と化学状態:<XAFS-CTの利用>

 マジュロ環礁(マーシャル諸島)の有孔虫堆積物を対象にして、酸性化による溶解で増加した有孔虫の空隙構造をX線CTで調べると共に、XAFS-CTで有孔虫内に含まれる重金属の化学状態の3次元マッピングを得る。このような酸性化は、大陸からエアロゾルとして運搬された硝酸塩や硫酸塩の影響の可能性がある一方で、近年使われるようになった自動車排ガスなどからのNOxやSOxの影響の可能性があり、これらの原因解明を行う。

2. 福島原発由来のセシウム濃集粒子の空隙率や3D化学種分析:<XAFS-CTの利用>

 微小粒子試料の他の例として、福島原発事故で放出されたセシウム濃集粒子の分析を進める。我々は、セシウム濃集微小粒子を100個以上分離することに成功し、ウラン同位体比の分析なども終えており、より多彩な研究が可能である。これら粒子中には、多数の空隙が存在することが分かっており、XAFS-CTによる空隙構造や化学種の解明から、粒子の生成過程、特に空隙率と揮発性元素の濃度・化学種の関係などについて解析を進める。

3. レアアース・イオン吸着型鉱床の生成機構:<広エネルギーのナノXRF-XAFS-XRD>

 サステナブル社会の構築には、レアメタルや希土類元素(レアアース、REE)の利用が不可欠であるが、資源の希少性や偏在性ゆえに多くの問題が起きている。本研究では、BL37XUを利用した広いエネルギー範囲でのナノXRF-XAFS-XRDを利用すること、風化花崗岩中の多数のREEの化学種を解明し、どのような風化花崗岩がREEのイオン吸着型鉱床に適しているかを調べる。

4. 超微量水銀の化学種解析:<蛍光分光ナノXRF-XAFSと通常のXRF-XAFS同時測定>

 水銀は、環境中のあらゆる相に存在し地球規模で循環している元素である一方、その毒性は極めて強く、発展途上国では依然として様々な用途に広く利用されているため、水銀による環境汚染と人的被害は依然大きな問題である。本研究では、これまで開発してきた蛍光分光ナノXRF-XAFS法を、生体試料も含む様々な試料中の水銀に適用し、その分布状態と化学種を明らかにする。その際、水銀に選択的な蛍光分光測定を行うと同時に、別系統のSDDで通常のナノXRF-XAFS測定を行い、他元素のマッピングを同時に得る。

 

【特色】
 これら研究において、XAFS-CTの環境科学への展開、広いエネルギー範囲でのXRF-XAFS-XRD法の応用、蛍光分光法と通常の蛍光法の同時測定などは研究例が少なく、新規性が高い。本研究では、サステナブル科学という人類共通のテーマに対して、SPring-8で発展しつつある先端ナノX線顕微分光法を環境試料に応用することで、新規性が高く社会に貢献できる分子地球化学研究を展開する。具体的に4つのテーマを上記に挙げたが、こうした様々な試料へ高度な手法の応用を進めることは、実試料へナノX線顕微分光法を適用する上での課題をクリアし、地球化学・環境化学への放射光X線分光分析の利用を最適化する上で、大きな貢献をすると期待される。

 

 

- 採択課題4 -

課題名 メガバールケミストリーの推進
実験責任者名(所属) 清水 克哉(大阪大学)
採択時の課題番号 2018A0149
ビームライン BL10XU
審査結果 採択する

 

[審査コメント]
 本研究課題は、申請者がこれまでSPring-8において発展させてきた高圧力下の物質研究を土台として、超高圧物質科学における重要な研究課題である、金属水素の探索、500 GPa超高圧の発生、高温超伝導体の探索を目的として実施する課題である。主要な研究項目として、液体水素金属相探索、固体金属水素探索、2段式型ダイヤモンドアンビルによる500 GPa超の発生、硫化水素周辺物質における超伝導探索などが掲げられている。
 これらの研究項目の大部分は、申請者が代表者である前長期利用課題(2014B0112~2017A0112:「メガバール超高圧物質科学の展開」)の研究項目を同程度の条件下、または、さらに高い条件下で実施するものである。液体金属水素の探索や硫化水素周辺物質における超伝導探索は、前課題において実施しており目標達成への問題点が明確になっている分、実施可能性は高いと考えられる。一方、500 GPa超高圧の発生とそれによる固体金属水素の探索については、上手くいかなかった時の対応など計画が明確でないところもあるように思われる。極めて挑戦的な課題であるため仕方のない部分もあると思われるが、本研究領域を世界的に牽引するグループとして、長期利用課題を活用して是非成功させていただきたい。
 これらの研究を遂行するには、SPring-8を使った長期間の計画的な技術開発や検証実験が不可欠であり、得られる結果の科学技術的インパクトの高さや周辺研究領域への波及効果を考慮すれば、長期利用課題として採択するにふさわしいと思われる。

 

[実験責任者による研究概要]
 メガバール(100 GPa)を超える高圧力の領域では、単純に原子間距離を縮めて結晶構造が変化するといっただけの変化に留まらず、それ以下の圧力では考えられなかった変化を生み出すことが、これまでの研究からも考えられるようになってきた。メガバールの超高圧力によっていわば「化学」操作を行うことで、物質科学および材料開発における新たな知見を創成する可能性をもつと考え、「メガバールケミストリー」と呼ぶことにした。
 研究対象は3項目、「金属水素」、「超高圧発生」、「高温超伝導」とした。これらは超高圧力下という条件はあるものの、物質の存在形態に対する普遍性や可能性の追求であり、基礎科学、惑星宇宙学、科学技術、物質科学に対して明瞭な結果を与えうると考えている。「金属水素」は、液体水素金属相の探索と、固体金属水素探索に加えて、関連する軽元素の超高圧相およびそれらの化合物の高圧相を追求する。「超高圧発生」は、新規形状のダイヤモンドアンビルを設計・作成して「金属水素」の探索を実現させる。「高温超伝導」は、硫化水素周辺物質において超伝導を探索し、結晶構造および超伝導性をはじめとする物性発現の機構を明らかにする。
 メガバールを発生するサイズは微細である。メガバールにおかれた極微細な試料からのX線回折の強度は弱く、試料が軽元素の場合は極めて弱いため、常の(研究室等の)X線源では不可能である。その微細な試料を測定できるSPring-8において、結晶構造だけでなく、電気抵抗・ラマン分光をはじめとした他の情報を同時に計測するところに特色がある。
 本研究は、科学研究費補助金(特別推進研究)「超高圧力下の新物質科学:メガバールケミストリーの開拓」(H26~30)の研究推進に不可欠な超高圧力下の構造科学の推進を目的としており、2014B期採択の長期利用課題「メガバール超高圧物質科学の展開」の内容を引き続いて実施する課題である。これまで申請者が実施してきた一般課題および長期利用課題によって、当該のビームラインにおいては、本研究課題の推進に必要な実験装置の設置や測定技術を開発・提供してきているので、機器の準備は整っている状況であり、極低温冷凍機の開発、高温高圧下の顕微ラマン分光の開発、ヘリウムガス加圧システムなどを設置し、これらは他の共同利用者にも提供している。

 

 

- 採択課題5 -

課題名 Identifying mechanisms to improve newborn respiratory function using phase contrast X-ray imaging
実験責任者名(所属) Stuart Hooper(Monash University)
採択時の課題番号 2018A0150
ビームライン BL20B2
審査結果 採択する

 

[審査コメント]
 In this Long-Term Proposal, the group led by Prof. Hooper is aiming to identify approaches and interventions that improve the transition to air breathing at birth in 1) premature spontaneously breathing newborns, and 2) near-term newborns who suffer from transient tachypnea of the newborn (TTN), based on the findings and techniques developed during the past Long-Term Proposal.
 Non-invasive ventilation support often fails in premature newborns, and the group investigated the reason in the previous Long-Term Proposal. The first aim of this Long-Term Proposal is identifying methods to enhance spontaneous breathing and make non-invasive respiratory support successful in premature newborns. For this purpose, effects of the arterial oxygen saturation (SaO2) level and physical stimulation are planned to be investigated. As TTN is a major clinical problem, the second aim of this Long-Term Proposal is clarifying how TTN causes respiratory morbidity in near-term infants. For this purpose, by tracking airway liquid, effects of positive end-expiratory pressure and elevated airway liquid volumes are planned to be investigated. For the development of the phase contrast imaging technique with higher spatial and temporal resolution, a newly introduced sCMOS camera will be tested and utilized.
 This proposal makes use of the unique features of SPring-8 to solve medically critical problems. The results are expected to offer important information for improving resuscitation of neonates which cannot be obtained by any other techniques. Therefore, the committee recommends that renewal of the proposal be approved as proposed.

 

[実験責任者による研究概要]
 The transition from fetal to neonatal life is arguably the greatest physiological challenge that every human must overcome to survive. Most infants make this transition with remarkable ease, but 1 in 5 require some assistance. While the majority of these infants are born premature, many healthy infants born at or near-term also require assistance. These babies often experience complications as the lungs are unable to support the needs of the newborn to commence air-breathing. To reduce the disease burden, we need to better understand mechanisms regulating the transition from fetal to newborn life and how best to assist this process at birth. Our research aims to provide a better understanding of these critical processes using phase contrast X-ray imaging to visualise the lungs in living-breathing animals at the micron scale in real time, something that no other imaging modality can achieve.
 Our previous projects have provided a new understanding of how air-breathing is initiated at birth and has generated pre-clinical evidence for improved/novel respiratory support strategies to improve lung aeration in newborns. Our most recent long-term project focused on imaging the lung and larynx of spontaneously breathing premature newborn rabbits receiving non-invasive ventilation. We confirmed that at birth the larynx is predominantly closed and only opens during a breath, preventing the success of non-invasive respiratory support to ventilate the lung. This provided the first evidence to explain why non-invasive ventilation often fails in premature newborns clinically. Since this discovery, we have investigated mechanisms to support larynx function and spontaneous breathing to improve outcomes. This work has led to international clinical trials and changed newborn resuscitation guidelines. More recently, we demonstrated that greater volumes of airway liquid volumes at birth have adverse effects on newborn lung structure and function. This provided the first physiological evidence underpinning respiratory problems in otherwise healthy near-term babies who develop transient tachypnea of the newborn requiring admission to the neonatal intensive care unit for respiratory support.
 Our recent studies have provided the basis for our next long-term proposal as we continue to work towards identifying mechanisms and interventions to improve the transition from fetal to newborn life. In Aim 1, we will continue our work investigating mechanisms including (i) oxygenation, (ii) physical stimulation and (iii) nasal high-flow therapy to support larynx opening, spontaneous breathing and lung aeration, to promote the success of non-invasive respiratory support in premature newborns. In Aim 2, we will investigate how transient tachypnea of the newborn causes respiratory morbidity in near-term newborns. We will specifically investigate mechanisms (i) underlying airway liquid movement, (ii) downstream effects on the cardiorespiratory transition and (iii) respiratory support strategies to improve cardiorespiratory function in newborns with greater volumes of airway liquid at birth.

Expected Outcomes
 Our work will provide pre-clinical evidence for the fundamental mechanisms regulating the transition to newborn life. We will identify the most effective targets to support the transition from fetal to newborn life to improve respiratory function.

(i) We will determine the oxygen saturation level above which premature rabbits have an open larynx and exhibit a stable breathing pattern, allowing non-invasive support to ventilate the lung.
(ii) We will identify the most effective physical stimulation to promote spontaneous breathing following a period of apnea (temporary cessation of breathing common in premature babies).
(iii) We will gain greater understanding of the effect of nasal high flow therapy (alternative form of non-invasive ventilation) to support lung function in premature newborns.
(iv) We will provide the world’s first demonstration of airway liquid movement after birth and show that the liquid can move between the airways and lung tissue during breathing. We will then identify the most effective ventilation strategy to support airway liquid clearance and improve cardiorespiratory function in newborns with elevated airway liquid volumes.
(v) We will continue developing imaging and analytical techniques that allow us to answer major biomedical questions and identify advances to reduce radiation risks in the clinical setting.

 

 Ultimately, these findings will provide the basis for future clinical trials that will influence newborn management guidelines to prevent or minimise the severity of newborn respiratory complications.

 

 

- 採択課題6 -

課題名 ゲノム編集ツールCRISPR-Casヌクレアーゼの構造解析
実験責任者名(所属) 濡木 理(東京大学)
採択時の課題番号 2018A0153
ビームライン BL41XU
審査結果 採択する

 

[審査コメント]
 本長期利用課題は、現在多くの注目を集め、またその応用に関して激しい競争が繰り広げられているゲノム編集ツールであるCas9エンドヌクレアーゼのX線結晶構造解析を行い、詳細な構造情報を基にさらなる高効率で使いやすいツールの作製を目指している。
 申請者は、これまでに数多くのCas9ホモログ/オルソログの単体および各種複合体の構造解析に成功し、それらの成果を基に、より高度なゲノム編集ツールの開発を目指した研究を進めている。
 本提案では、これらの成果をさらに発展させ、異なるPAM認識特異性を持つ様々な生物種由来のCas-RNA-DNA複合体の結晶構造解析を行い、CasによるPAM認識機構の多様性を理解し、さらにその情報を基に各種変異体を作製し、構造・機能解析を進めることで、様々な塩基配列を認識できるCRISPR-Casツールセットを作製し、効率的なゲノム編集技術の確立を目指す。さらに小型CRISPR-Casヌクレアーゼ、Cas-anti-CRISPR複合体などの結晶構造解析を進め、これらの構造情報を基に、多様なCRISPR-CasヌクレアーゼによるRNA依存的なDNA切断機構の完全理解につなげるとともに、新規のゲノム編集ツール開発の推進を目指している。
 本テーマは国際的に広く注目を浴びており、また新規ゲノム編集ツールの開発を目指した激しい競争が続いている。長期利用課題として計画的に研究を進めることでSPring-8の特長を最大限に活かした成果が期待できると判断する。

 

[実験責任者による研究概要]
 原核生物のもつCRISPR-Cas獲得免疫機構に関与するRNA依存性DNAエンドヌクレアーゼCas9はガイドRNAと複合体を形成し、ガイドRNA中のガイド領域と相補的な2本鎖DNAを認識し切断する。標的2本鎖DNAの切断には、標的配列の近傍にPAM(protospacer adjacent motif)とよばれる塩基配列が必要である。PAMは生物種によって異なり、ゲノム編集に広く利用されているStreptococcus pyogenes由来Cas9(SpCas9)はNGGという配列をPAMとして認識する。近年、CRISPR-Cas9を用いたゲノム編集技術は生命科学の基礎研究から臨床応用に至る多岐にわたる分野において利用されている。しかし、解決すべき問題点は依然として残されている。まず、Cas9による標的配列の切断にはPAMが必要であるため、標的配列の選択には制約が存在する。さらに、SpCas9は1368残基からなる大きなタンパク質であるため、ウイルスベクターを用いて動植物細胞に導入することが困難である。また、CRISPR-Cas9の作動機構にも不明な点が残されている。
 本研究課題では、Cas9をはじめとする様々なCRISPR-Casヌクレアーゼの結晶構造を決定し、構造情報に基づきPAMに対する特異性を改変した複数のCas改変体を作製し、任意のDNA配列を標的とすることが可能なCRISPR-Casシステムの構築を目指す。まず、PAM特異性の異なる様々な生物種に由来するCas-ガイドRNA-標的DNA複合体の結晶構造を決定することにより、多様なPAM認識の構造基盤を解明する。次に、PAM認識残基を異なるアミノ酸残基に置換し、異なるPAM特異性をもつCas改変体を作製する。Cas改変体のPAM特異性はin vitroおよび培養細胞におけるDNA切断実験により評価する。以上の戦略により、様々な塩基配列をPAMとして認識できるCRISPR-Casツールセットを作成し、より利便性の高いゲノム編集技術を確立する。さらに、小型のCRISPR-Casヌクレアーゼの結晶構造を決定することにより、最小の機能領域を同定し、コンパクトで導入効率の高いCRISPR-Casシステムを構築する。

 

 

- 採択課題7 -

課題名 中空構造をもつ巨大自己集合錯体分子群の単結晶X線構造解析と機能創出
実験責任者名(所属) 藤田 誠(東京大学)
採択時の課題番号 2018A0154(BL38B1)、2018A0157(BL41XU)
ビームライン BL38B1、BL41XU(併用)
審査結果 採択する

 

[審査コメント]
 課題提案者のグループは、一貫して、金属イオンと有機分子の配位結合に基づく有機−金属錯体ハイブリッドの自己組織化と、それにより形成される構造体の内部に生じる空間を活用した機能デザインに取り組んでいる。本長期利用課題では、従来のMnL2n型巨大中空構造体を更に拡張した未踏領域への挑戦、タンパク質を内包したMnL2n型巨大中空構造体の構造解析、MnL2n型錯体とは異なる中空分子構造体の合成・構造解析という3つの課題に取り組むことが計画されている。
 初めの二つの目標については、2015A期採択長期利用課題における研究成果を踏まえた研究計画となっており、新物質創成の観点から興味深い成果を発信し続けることが期待される。本委員会としては、構造体の大きさに関する単なる記録更新にとどまることなく、内部空間の機能デザインに取り組むことを期待している。例えば、たんぱく質包接やケージのシャペロニン効果の研究は、内部空間の機能デザインという点で重要であり、この様子を構造解析で観測することができれば大きな成果となるであろう。
 MnL2n型錯体とは異なる中空分子構造体の作製については、オリゴペプチドを構成要素とする高次カテナン構造や、らせん配座に基づく細孔構造など、研究の方向性は明確に発表されていた。今後大きな成果につながる可能性があると期待している。
 課題提案者が作製を目指している構造体が内部に比較的大きな空間を有することから、たんぱく質の構造解析よりもさらに難易度が高いと認められる。また、X線構造解析以外には、作製した物質を同定する手段が事実上存在しない。したがって、SPring-8におけるX線回折実験が研究遂行の上で必須である。
 以上を総合して、長期利用課題として採択することがふさわしいと認める。

 

[実験責任者による研究概要]
 我々の研究グループは、空間を持った正方形錯体の自己集合の報告(1990年)を起点に、さまざまな中空錯体を自己集合構築し、その内部空間を活用した新しい機能創出を行ってきた。約四半世紀に渡り、研究は大きな広がりをみせ、今日の物質化学を先導するいくつかの潮流も生み出した。いずれの展開も、未だ無限の広がりの可能性を秘めており、収束の予感は抱いていない。これら研究を通し培ってきた基盤技術は、JST戦略的創造研究推進事業CRESTプロジェクト「自己組織化分子システムの創出と生体機能の化学翻訳」および、同「自己組織化有限ナノ界面の化学」、特別推進研究「自己組織化による単結晶性空間の構築と擬溶液反応」、また現在進行形で取り組んでいる、JST戦略的創造研究推進事業ACCELプロジェクト「自己組織化技術に立脚した革新的分子構造解析」にも引き継がれ、さらに単結晶X線解析に重きを置いた研究に重点をシフトしてきている。
 我々の研究の特色は、自己集合により形成される構造体のもつ内部空間を最大限活用する狙いにある。これらを孤立ナノ空間と名付け、その空間における特異な物質変換、新物性の発現、巨大分子のカプセル化、分子ナノ環境の内包等をこれまでに達成してきた。自然界における自己集合に迫るほど多成分の精密自己集合を達成することは、基礎科学的な興味にとどまらず、巨大かつ精密に構造制御された界面構造を利用した合成反応への応用、生体高分子との複合利用、さらにはナノ粒子・クラスターとの複合による産業的利用へと展開する上で重要な基盤となる。
 SPring-8 BL38B1での測定を通して、2010年当時はコンポーネント数72成分が最大であった球状錯体の合成において、2016年には90成分へと進展させ(Chem 2016, 1, 91-101)、さらには成分数144に達する球状錯体の合成(Nature 2016, 540, 563-566)をも可能としてきた。同時に、異なる2種類の有機配位子からなる球状錯体の合成(Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 13510-13513)や自己組織化の過程における中間体の解明(Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 155-158)、あるいは内部空間へのホスト−ゲスト錯体の集積(J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 12027-12034:J. F. Stoddartとの共同研究)といった、自己組織化に対する理解と応用をさらに深化させる多くの成果を報告している。
 本研究課題では、大きくは3つの課題に取り組む。一つは、従来のMnL2n型巨大中空構造体を更に拡張した未踏領域に挑むことである。二つ目は前長期利用課題に引き続き、タンパク質を内包したMnL2n型巨大中空構造体の構造解析に取り組む事である。そして三つ目は、新たな挑戦として、従来のMnL2n型錯体を脱した分子構造体の合成・構造解析に取り組む。
 これら巨大中空構造体の構築研究は、放射光を用いたX線構造解析抜きには語れない。これら巨大中空構造体は、通常の有機/金属小分子結晶とは異なる特徴を有する。最大のポイントは、分子直径が5−10 nm、分子量は数万に及ぶなど合成分子としては極めて大きな構造を有する点である。この分子量領域では、質量分析装置、核磁気共鳴装置のみにより十分な解析を行うことは困難となり、単結晶X線回折が信頼のおけるデータが得られる唯一の測定手法となる。具体例として、MnL2n型巨大中空構造体の単結晶は、100 Åを超える軸長の単位格子を有し、加えて結晶溶媒の乱れに起因した散乱角増加に対する著しい回折強度減少が見られる。これらの特徴は、タンパク質結晶と類似している。実際にMnL2n型巨大中空構造体の単結晶は、構造生物学研究と同様に実験室系の単結晶X線回折装置では構造解析を行う為のデータ収集が極めて困難である。そのため申請者は、MnL2n型巨大中空構造体の構造学研究の大部分について放射光X線を利用して推進してきた。これら研究を引き続き発展させていくためにも、長期利用課題を十分に活用する計画である。

 

 

- 採択課題8 -

課題名 ゼオライトの精密設計を目的とした非周期系原料及び結晶ゼオライトの原子・ナノスケールPDF解析
実験責任者名(所属) 脇原 徹(東京大学)
採択時の課題番号 2018A0155
ビームライン BL04B2
審査結果 採択する

 

[審査コメント]
 本課題は、2015A−2017B期で実施した長期利用課題を継続し、高エネルギーX線全散乱法の二体分布関数(PDF)解析を用いて、ゼオライトの原子・ナノスケールの構造理解を飛躍的に高めることを目的としている。ゼオライトの生成は、前駆体が非晶質物質であることから、その過程は十分に解明されておらず、経験則に基づいた試行錯誤的な方法により新規材料の合成が行われてきた。本研究では、PDF解析とシミュレーションの併用により導き出した構造情報を指標とすることで、効率的なゼオライト合成を目指している。
 2015A−2017B期では、上記のPDF解析法を非晶質前駆体の結晶化過程の観察に応用し、原料の前処理・ポスト処理による新規組成ゼオライトの合成やナノクラスターの細孔内への導入などに成功している。さらに、X線と中性子の相補利用によるゼオライト結晶化メカニズムの解明やゼオライトの超高速合成法の開発などを行い、多くの成果を報告してきた。
 本申請課題では、結晶化過程の観察に用いるin-situ PDF解析法を発展させるために、多連装CdTe検出器や2次元検出器を利用した計測手法を導入し、時分割計測の高速化を行った上で、重油クラッキング触媒であるFAU型ゼオライトの劣化挙動、脱硝触媒であるCHA型ゼオライトの生成機構と劣化挙動、オレフィン合成触媒であるMFI型、CHA型ゼオライトの生成機構、パラキシレン選択合成触媒であるコアシェル型MFI型ゼオライトの生成機構の研究を提案している。これらは実用上重要な研究課題であり、ゼオライト分野において大きな波及効果が期待できる。したがって、本課題は長期利用課題として採択するに相応しい内容であると判断する。
 一方で、上記の2次元検出器は新規導入となることから、in-situ PDF解析法の開発において新たな工夫が必要になると予想される。ビームライン担当者と密な連携を行い、効率的に研究を実施することを期待する。

 

[実験責任者による研究概要]
 ゼオライトは持続的社会の形成のために大きく貢献するキーマテリアルといっても過言ではなく、今日では年間200万トン以上製造されており、その市場はゼオライト粉末だけで4,000億円以上ある。さらに、ゼオライトの特性が触媒プロセス、工業プラントの性能・サイズなどを決定しており、その波及効果は極めて大きい。近年は自動車用排ガス触媒としての実用化もはじまり、非常に多くの研究論文が報告されている、“古くて新しい材料”である。ゼオライトは主に構造規定剤含有アルミノシリケート非晶質を水熱条件下で加熱し、結晶化させることにより得られるが、出発物質が非晶質であることから、その生成過程は十分に解明されておらず、経験則に基づいたトライアルアンドエラー的なアプローチにより新規材料合成が試みられてきた。
 今後、こういった材料開発において日本が世界を先導する立場をとるためには、その生成過程を原子・ナノスケールで調べることにより、構造規定剤や構成元素の役割を明確にし、得られた情報に基づいた設計を試みる必要がある。そのためには、回折パターンのブラッグピークの有無にかからず、原子・ナノスケールにおける構造情報が直接観測できる、X線二体分布関数(PDF)解析および、その情報に基づいた構造モデリングによる3次元構造解析を時分割で行う必要がある。SPring-8の特徴である60 keV以上の高エネルギーX線を用いれば、世界最高レベルのPDFデータを取得することができるため、これを最大限に生かした長期利用課題を提案する。
 本提案では、2015A−2017Bで行ってきた長期利用課題、“革新的機能性ゼオライトの設計を目的とした生成メカニズムの時分割原子・ナノスケール解析”を継続し、ゼオライトの原子レベルでの理解を飛躍的に高めることを目的としている。具体的には、放射光高エネルギーX線全散乱測定を軸としたゼオライト合成原料(非晶質)の結晶化過程を時分割測定により理解することを第一の目的とする。また、第二の目的として今までに報告例のない新しい組成をもつゼオライトを創造し、新規反応を実現するゼオライト、高触媒活性・高耐熱水蒸気性を併せ持つゼオライトを自在設計するための基盤技術を創出することにある。

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794