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Volume 23, No.2 Pages 110 - 120

2. ビームライン/BEAMLINES

共用ビームラインにおける計測技術の高性能化の状況 -検出器の点から-
Performance Improvements of Measurement Techniques at Public Beamlines from the Viewpoint of X-ray Detectors

今井 康彦 IMAI Yasuhiko[1]、杉本 邦久 SUGIMOTO Kunihisa[1]、肥後 祐司 HIGO Yuji[1]、尾原 幸治 OHARA Koji[1]、安田 伸広 YASUDA Nobuhiro[1]、太田 昇 OHTA Noboru[1]、宇留賀 朋哉 URUGA Tomoya[1]、佐藤 眞直 SATO Masugu[2]

[1](公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI、[2](公財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室 Industrial Application Division, JASRI

Abstract
 近年の放射光用半導体X線検出器の発展は著しく、正に十年一昔という言葉が相応しい。世界に目を向けると、大型施設だけでなく中規模・低エミッタンスの放射光施設においても、独自の検出器開発と平行して、コマーシャルベースの高性能検出器を導入し、一部ではSPring-8を上回るクオリティのデータが得られ始めている。供用開始から20年が経過したSPring-8では、その競争力を世界の最先端に保ち、利用成果を最大化していくために、検出器の点からも高性能化を図っていくことが求められている。平成29年度、国立研究開発法人理化学研究所からの幾つかの特別な予算によって、5本の共用ビームライン(BL02B1、BL04B1、BL04B2(BL08W)、BL40XU、BL40B2)に市販の高性能検出器を導入し、計測技術の高性能化を実現した。現在、2018A期からの利用実験へ提供すべく、立上げを進めている状況にある。本稿では、それぞれのビームラインで進めている高性能化の方向、導入した検出器によって実現される展開について紹介する。また、BL46XUにおいて老朽化していた大型検出器の更新も行ったので合わせて紹介している。利用者による新たな研究のキッカケとなれば幸いである。
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SPring-8

 

1. 超高分解能単結晶構造解析による機能可視化技術の高性能化(BL02B1)
 単結晶構造解析ビームライン(BL02B1)では、高分解能単結晶構造解析による機能可視化技術の高性能化を目的として、DECTRIS社製の2次元ハイブリッド型ピクセル検出器PILATUS3 X CdTe 1Mを導入するに至った。本検出器は、CdTe結晶をX線検出素子として用いることによって、高エネルギーX線領域においても、非常に高い検出効率でシグナルを観測することが可能である。また、検出器面積は、83.8 × 33.5 mm2の10個のセンサーモジュールを2 × 5で配置することにより168.7 × 179.4 mm2となっている。検出器の仕様を表1に示す。

 

表1 PILATUS3 X CdTe 1Mの仕様

モジュール数 2 × 5
検出面積(w × h)[mm2] 168.7 × 179.4
ピクセルサイズ [µm2] 172 × 172
ピクセル数 981 × 1043
Gap幅:h / v [pixel] 7* / 17
最大フレームレート [Hz] 500
読み出し時間 [ms] 0.95
素子厚さ [µm] 1000(CdTe)
エネルギー閾値 [keV] 8 – 40
計数率 [photons/s/pixel] 1 × 107
カウンタービット数 [bit] 20
寸法(W × H × D)[mm3] 265 × 286 × 455
重量 [kg] 25

* Plus 1 pixels horizontal gap on each module

 

 

 これまで、BL02B1では、大型湾曲イメージングプレート(IP)カメラによって、超精密構造解析を推進してきたことにより、他の放射光施設が追随できない電子密度分布の直接可視化による研究成果を創出してきた。一方、大型湾曲IPカメラは、IPを検出器として採用していることから、大検出面積の読み取り、消去に掛かるタクトタイムが10分近くあり、動的な超精密構造解析を行うことは、現実的には困難であった。今回、導入した検出器は、0.95ミリ秒の読み出し時間と500 Hzまでのフレームレートの能力を有しており、これまで断念していた動的な電子密度解析による構造物性研究を推進することが可能となる。また、本検出器は、光子計数型であり、原理上、ノイズのないシングルフォトンカウンティングとIPと同等の20 bitのカウンタレンジを有しており、超精密構造解析で要求される強いシグナルと弱いシグナルを1つの回折イメージで測定が可能である。
 本高性能化により導入した検出器は、納期に9ヶ月を要したため2018年1月初旬の納入となった。一方、これに先立ち、既存の回折計システムおよび計測、解析ソフトウェアのアップグレードを先行して実施することにより2018A期から供用開始できるように準備を進めてきた。その結果、納入後、非常にスムーズにコミッショニングを進めることができ、予定していたシャッターレス測定システムを実現できた。図1に導入した検出器を組み込んだ回折計システムを示す。本回折計システムの設計では、既存の大型湾曲IPカメラは、これまで通り使用することができ、新規に導入した検出器と容易に切り替えて実験することが可能である。

 

図1 新規に導入したハイブリッド型ピクセル検出器PILATUS3 X CdTe 1Mの回折計システム

 

 

 高速検出器で実現可能なシャッターレス測定では、各回折イメージを測定する際に回折計のポジショニングが不要である。これにより、目的の1つであるデータ計測時間を1/10以下に短縮することが可能になる。また、10倍以上高効率な時間分解計測により、電子密度分布レベルでの構造ダイナミクス解析の実験計画の立案も視野に入れることができる。
 本コミッショニングにより、シャッターレス測定が回折計のポジショニングとシャッターの開閉時間のタクトタイムを削減することを確認し、測定時間を大幅に短縮することが可能になった。本検出器と既存のCCD検出器との比較のために、標準試料シチジンを用いて全方位測定を行ったところ、データ計測時間は、最速でも1時間30分程度かかっていたところが、10分程度に劇的に短縮できることが分かった。これは、当初目的の1つとしていたデータ計測時間を1/10以下にすることを達成したことになる。また、CCDは、ダイナミックレンジが標準的に16 bitであり、不足しているレンジ分は、アブソーバーを用いた回折イメージを足し合わせることにより疑似的に20 bitにしていたが、本検出器は、一度の測定で20 bitのダイナミックレンジの回折データを観測することができる。一方、課題としては、光子計数の検出器に特有の放射光のバンチモードに依存した回折斑点強度の数え落としがあり、それぞれのバンチモードに応じた補正を行う必要がある。導入時期の制約から、1つのバンチモードに関する数え落としの補正のためのデータしか収集できていないが、今後、先行の研究論文なども参考にして補正方法を確立し、2018A期からの供用を行う予定である。
 現在のところ、上述の通り1月に新たな検出器が導入されたことからユーザー実験での供用には至らなかったが、事前準備によりアップグレードした回折計システムのコミッショニングは順調に進んでいる。現在、シャッターレス測定のデータ精度や精密構造解析に適応できるデータ収集などを精査しているところである。また、ユーザーに負担が掛からないソフトウェアのブラッシュアップや測定・解析操作マニュアルの作成も行っており、2018A期からの常設のシステムとして運用を開始する予定である。今後、ビームラインの競争力を高めるとともに、付加価値の高い測定・解析能力を実現し、大型戦略プロジェクトや産業利用の利用拡大を図りたいと考えている。

 

 

2. 大容量プレスによる高圧実験のための白色X線回折測定の高性能化(BL04B1)
2-1 はじめに
 BL04B1(高温高圧)ビームラインでは偏向電磁石による白色X線をそのまま試料に照射し、エネルギー分散法によるX線回折測定を主要な測定手法としている。回折X線のエネルギースペクトル測定にはGe-SSDを使用しているが、ガラス(メルト)試料や高選択配向性試料の測定時にはしばしばdead timeが高くなり測定時間が非常に長くなる問題があった。一方でBL04B1では地球深部科学を主要なサイエンスターゲットとしている。地球内部の地震波速度の異方性や不均一性には鉱物の選択配向や部分熔融(メルト)が深くかかわっており、こうした試料の測定も非常に重要である。また、現在計画中のSPring-8の次期光源計画では高フラックスX線の利用が可能となる。既設システムでは、計数率が低いため、高フラックス光源を使用しても、高速時分割測定ができない。そこで将来的に高フラックスX線を利用した高速時分割測定を実現するためにも、高計数率検出器およびアナライザーを導入した。これらの機器は本稿執筆時で未納品であり、詳しい性能評価やユーザー実験での使用実績はない。しかしながら、2017A期にデモ機を使用して、既設機器や他社製品との比較テストを行った。本稿ではこのテスト結果について簡単に紹介する。

 

2-2 導入機器の概要
 今回導入したGe-SSD検出器、CANBERRA社製EGX10-06はGe結晶直径10 mm、結晶厚は6 mmで既設のGe-SSDとほぼ同等の有効径と感度を有している(図2)。本検出器の最大の特徴はI-TRP方式のプリアンプを搭載しており、2 Mcps以上の高カウントレートの入力に対応している。また、パルスチューブ式の電気冷却装置によって、液体窒素補充による測定中断なしに安定した計測が可能となる。また上記の検出器の性能を最大限に活用すべく、高速マルチチャンネルアナライザーも導入した。マルチチャンネルアナライザーの導入に際しては後述の比較テストの結果、Quantum DETECTORS社製Xspress3 miniを選定し導入した。本器は4 Mcps以上の計数率に対応しており、上記のGe-SSD検出器の出力に十分対応できる。インターフェースは汎用性の高いEthernetに対応しており、小型かつ軽量で可搬性にも優れている(図3)。

 

図2 高計数率Ge-SSDの設置状況

 

図3 アナライザーなどの設置状況

 

 

2-3 デモ機による比較テスト
 今回の導入に先立ってCANBERRA社およびQuantum DETECTORS社の協力で、Ge-SSD検出器およびマルチチャンネルアナライザーの試験測定を行った。試験はBL04B1の光学ハッチ3にて実施し、実際の測定条件で比較するためにデモ機を既設検出器と高圧プレス直下のゴニオステージ上に設置した(図2)。
 今回の試験では白色X線を利用したエネルギー分散XRD測定を想定し、次の2つの項目で評価した。まず、①次期光源による高フラックス光源利用や粗粒・選択配向性試料の迅速測定の可否。このテストではGe-SSDに入射する回折X線のフラックスを大きくするために大面積の入射X線をガラス試料に照射してDead timeの比較を行った。次に、②エネルギー分解能の比較も行った。この測定にはAl2O3の良質な焼結体試料を使用した。比較したシステムは次の3種類である。A. 既設システム:Ge-SSD(GL0110P、CANBERRA社製)、アンプ(2026、CANBERRA社製)、ADC(8715、CANBERRA社製)、AIM(556A、CANBERRA社製)、B. 高計数率Ge-SSD+Lynx(CANBERRA社製)、C. 高計数率Ge-SSD+Xspress3(Quantum DETECTORS社製)。計測時間は50~300秒、回折角(2θ)はすべて6°で、試料の直下(150 mm)、受光スリット前にはスリット幅50 µmのコリメーターが挿入してあり、表2のスリットサイズと上記コリメーターによって回折領域を可変できる。
 まず、①のテスト結果を表2に示す。各システムでチャンネル数やアンプのshaping time(rise time)など測定条件はやや異なるものの、高計数率検出器は既設システムに較べてDead timeの大幅な低減が確認できた。特にSiO2ガラス試料を使用した高フラックス条件でのDead timeの差は大きく、既設システムでは全く測定不可能な条件でも、新システムでは問題なく測定可能であった。さらにアナライザーの製品によるDead timeの違いも確認でき、Xspress3が高計数率条件において非常に優れた信号処理能力を有することが確認できた。次に②各システムでの分解能の違いとして、Al2O3の回折線のうち104面の回折線を比較したものを図4に示す。

 

表2 各システムでのDead timeの比較

サンプル 入射スリット条件 受光スリット条件 Dead Time(%)
  V × H(mm) V × H(mm) A. 既設SSD(4 k) B. 高計数率SSD
+ Lynx(16 k)
C. 高計数率SSD
+ Express3(16 k)
Al2O3
(φ 1.0 mm)
0.2 × 0.1 2.0 × 0.2 16.39 1.51  
0.4 × 0.1 2.0 × 0.2 26.89 3.07 0.56
1.0 × 0.2 2.0 × 0.2   10.72  
         
SiO2ガラス
(φ 1.0 mm)
0.2 × 0.1 2.0 × 0.2   1.87  
0.4 × 0.1 2.0 × 0.2   3.67  
1.0 × 0.2 2.0 × 0.2   10.48  
         
SiO2ガラス
(φ 2.5 mm)
0.2 × 0.1 2.0 × 0.2 8.12 2.17  
0.4 × 0.1 2.0 × 0.2 32.32 4.3  
1.0 × 0.2 2.0 × 0.2 99.07 17.24 0.49
1.0 × 0.2 2.0 × 1.0     9.38

 

図4 Al2O3(104)ピーク幅の比較

 

 

 FWHM(keV)はそれぞれ、0.392(既設SSD)、0.320(高計数率SSD+Lynx)、0.306(高計数率SSD+Xspress3)となり、高計数率SSD+Xspress3の組み合わせが最も半値幅が小さく高エネルギー分解能を有することが分かった。
 さらに、非常にプリミティブであるが、実際の高圧実験において高計数率SSD+Lynxの組み合わせで測定試験を行った。デモ機の貸与期間の都合上、導入したシステムと異なる組み合わせであるが、表2にあるように、高計数率SSDの試験としては十分高いパフォーマンスを持っている。今回導入したシステムとは試料には選択配向性の非常に高い高配向性熱分解グラファイト(HOPG)およびHOPGに中性子を照射しc面内に乱れを作った2種類の試料を使用した。この実験ではc面内の乱れが加圧によってどのように緩和されるか、さらにHOPGのc面の乱れのダイヤモンド化への影響を詳細に観察ができた。図5に加圧に伴う002面の回折ピークの変化を示す。

 

図5 加圧に伴う002面の回折ピークの変化

 

 

 これまで、HOPGの002面の回折ピークは回折強度が非常に強く既設の測定システムでは飽和して測定できなかったが、本システムではc面内の乱れに伴う回折ピーク幅の変化を測定可能となった。図4のように002面ピークの非対称性と加圧による緩和過程が明瞭に観察でき、今後詳しく解析していく。今後、本システムの納入後に設置・調整を経てユーザー利用に供していくが、本機器の導入によって従来は測定困難であった高選択配向性試料の測定が可能になるばかりでなく、将来高フラックス光源と組み合わせることで、高速時分割測定や、試料の2次元(3次元)XRDマッピングが可能になると期待される。

 

 

3. 非晶質材料の動的構造変化観察を実現する高エネルギーX線全散乱計測の高性能化(BL04B2、BL08W)

3-1 はじめに
 高エネルギーX線ビームラインBL04B2では、結晶周期性を持たない非晶質材料の構造を調べることが可能な二体相関関数(Pair distribution function, PDF)解析が多く実施されている。PDF解析は、非晶質材料特有のハローな(ブロードな)回折データをフーリエ変換することにより、ある原子から距離r(Å)だけ離れた位置に存在する原子の数、あるいは確率を示すことができる。このPDF解析は広い逆(Q)空間領域の回折データを必要とするため、わずかな散乱角度で広いQ空間領域をカバーできる60 keV以上の高エネルギーX線利用が好まれる。その広いQ空間領域のデータがもたらす高実空間分解能PDF解析により、多くの非晶質材料の構造解析について優れた成果が発信されてきた[1-3][1] T. Matsunaga, J. Akola, S. Kohara, T. Honma, K. Kobayashi et al.: Nat. Mat. 10 (2011) 129-134.
[2] S. Kohara, J. Akola, L. Patrikeev, M. Ropo, K. Ohara et al.: Nat. Commun. 5 (2014) 5892.
[3] Z. Liu, K. Okabe, C. Anand, H. Yamada, T. Wakihara et al.: PNAS 113 (2016) 14267-14271.
。しかしながら、従来のPDF解析に要する測定時間(数時間単位)と、実材料中の反応時間(秒・分単位)には大きな隔たりがあり、非晶質材料の反応過程に関するin-situ構造解析はほとんど展開されていなかった。そこで、これまで計測不可能であった非晶質材料の秒オーダーの経時構造変化の観察を実現することを目的として、平成29年度の特定先端大型研究施設運営費等補助金を原資に、大面積かつ高速連続露光の機能を兼ね揃えた検出器(表3参照)、およびカメラ長と検出器位置の変更を容易にした架台を整備した。本稿では立上げ状況について以下に述べる。

 

表3 フラットパネル検出器のスペック

材質 単層a-Si
検出面グレード CTグレード 不良1%以下
画素ピッチ 200 µm
画素数 2048 × 2048ピクセル
検出エリア 409.6 × 409.6 mm2
露光時間 66.6~999 ms
シンチレータ CsI
寸法 672 × 599 × 44 mm
重量 25 kg

 

 

3-2 非晶質材料の時分割PDF解析装置の立上げ
 本装置は、BL04B2の61 keVとBL08Wの115 keVの高エネルギーX線を利用し、大面積2次元検出器:フラットパネル検出器XRD1621 AN3にて広いQ空間領域のデータを一度に取得することを目指した。BL08Wの実験ハッチへフラットパネル検出器をセットアップした様子、および検出器の可動範囲に関するレイアウトを図6へ示す。レイアウトから分かる通り、本装置は検出器位置を前後上下に可動できるように設計されている。カメラ長は20 cmから80 cmまで変更可能とした。例えば、BL08Wにてカメラ長を20 cmとすれば、Qmax > 40 Å-1の高実空間分解能データを取得でき、非晶質材料の最近接結合に関する精密な構造解析が可能となる。一方で、80 cmとした場合、Qmax = 20 Å-1程度となるが小角領域のデータおよび角度分解能について、精度を上げることが可能となる(dQ = 0.01 Å-1程度となる)。こちらは比較的大きな構造を有する非晶質材料、例えばイオン液体やナノ粒子などのPDF解析に有効な測定モードと言える。これらは、ユーザーが観察・解析したい現象に合わせて、適宜変更可能である。2017年12月にPDF解析の時間分解能について評価を実施し、標準試料であるシリカ(SiO2)ガラスでは、30秒積算すれば、既存装置2時間(7,200秒)積算と同等の統計精度のPDF解析が可能であることを確認した。しかしながら、既存装置がポイント型検出器によりエネルギー分解し、定量性のあるPDF解析を可能としているのに対し、本装置は検出器がエネルギー分解できないため、ビームラインが有する高次光成分を含んだままの定性的なPDF解析にとどまる(BL08Wの場合3%程度、BL04B2の場合15%程度高次光成分が入る)。今後、エネルギー分解可能な大面積2次元検出器が開発され、この問題が克服されることを期待する。

 

図6 (a) フラットパネル検出器XRD1621 AN3をBL08Wへ導入した様子、(b) フラットパネル検出器の可動範囲

 

 

 2017B期に本装置を利用して、分子性ガラスの構造緩和過程観察、高分子形燃料電池膜の劣化過程観察、ゼオライトの原料調整過程観察、ナノ粒子複合体とポリマー間の結合状態変化過程観察など、トライアル的な測定・解析が一般課題にて実施された。種々のプロセスにおいて、これまで見ることのできなかった構造変化が観測されており、本装置を用いた非晶質材料の秒・分スケールの構造変化に関する研究展開が今後期待される。現在は、バックグラウンドの低減や加熱セルの整備を進めており、本整備が完成すれば、SPring-8における非晶質材料の秒・分スケールの構造変化観察が容易に可能となる。

 

 

4. 高フラックス集光X線を用いた微小単結晶X線回折データ計測システムの高性能化
4-1 BL40XUにおけるEIGER導入の位置づけ
 BL40XUビームラインはヘリカルアンジュレータによるSPring-8で最も高フラックスなX線を利用できるビームラインである。実験ハッチ2では化学系のユーザーを中心として実験室系では測定が困難な新規化合物の構造決定を目的とした微小単結晶X線構造解析実験が行われている。合成系の研究室が多いこともあり、一度のマシンタイム(通常1回3シフト)に大量の試料を測定するため、測定時間を短縮してスループットを向上させるとともに、微小単結晶からの高精度な回折強度データ測定を目指してEIGER X 1M検出器(DECTRIS)を導入した(図7)。

 

図7 BL40XUに導入したEIGERでの測定風景

 

 

 BL40XUビームラインに設置された精密回折計(ピンポイント構造計測装置)ではこれまでSaturn724 CCD検出器(リガク)が利用されてきた。本検出器はピクセルサイズが35ミクロンと回折ピーク形状を細かく測定することが可能であるが、BL40XUのように非常に強いX線に対してのダイナミックレンジは他のCCDと同程度のため、低角の強い回折点から高角の弱い回折点までCCDの飽和を回避しながら測定するためにはアッテネータによる入射X線強度の調整やオーバーロードによる測定が行われてきた。また、露光時間が短くなるにつれ、相対的にCCDの読み出し時間の割合も大きくなるため、ハイスループット化を実現するための課題の1つとなっていた。
 EIGER検出器は光子計数型の検出器でありPILATUS検出器の上位機種的な位置づけになっている(表4)。今回の検出器導入にあたり特に以下の点を重視してEIGERを選定した。
 1)読み出し時間 : 3 µs
 2)ピクセルサイズ : 75 × 75 µm2
 3)最大フレームレート : 3000 Hz
 これらの仕様はイメージ間の読み出し時間を短くしてデータの欠損をなくし、短時間測定でも十分小さなω振動角(Δω)でイメージを取得することができるため、将来的に目指す秒単位での測定時間を可能にする。また、ピクセルサイズについてはCCDよりも大きいため角度分解能が必要な測定には向かないが、より詳細な回折ピーク形状が測定できるように配慮した。

 

表4 EIGERの仕様(DECTRIS社HPから抜粋)

モジュール数 1 × 2
検出面積(w × h)[mm2] 77.2 × 79.9
ピクセルサイズ [µm2] 75 × 75
ピクセル数 1030 × 1065
Gap幅:h / v [pixel] − / 37
最大フレームレート [Hz] 3000
読み出し時間 [µs] 3
素子厚さ [µm] 450(Si)
エネルギー閾値 [keV] 2.7 − 18
計数率 [photons/s/pixel]* 2.8 × 106
カウンタービット数 [bit]** 12
寸法(W × H × D)[mm3] 114 × 133 × 240
重量 [kg] 3.9

*ピクセルあたりに換算
**Auto-Summationで32 bitまで計測可

 

 

 その他の部分としてダイナミックレンジは32ビットまで対応しており、読み出しノイズもないため高いS/N比が期待される。検出面積はCCD検出器(72 × 72 mm2)よりも若干大きく、筐体寸法は小さいため、CCDとの入れ替えだけで設置ができるようになっている。

 

4-2 周辺装置・制御ソフトと測定データの比較
 EIGER本体に付属する周辺機器として、安定化電源、冷却用チラー、乾燥窒素発生装置、DCU(Detector Control Unit)、制御用・解析用PCがある。制御ソフトは、LabVIEW(National Instruments)によって作製したソフトウェアでEIGERやゴニオメータなどすべての機器を制御しており、基本的な測定であれば、ウィンドウ1つだけで測定が行えるようになっている。また、測定データはHKL-2000(HKL Research, Inc.)を始め、CrysAlisPro(Rigaku Oxford Diffraction)による積分処理が可能であり、他のソフトについても順次解析処理が行えるようにする予定である。
 導入直後に行った標準試料(シチジン、C9H13N3O5)の測定結果を表5にまとめている。読み出し時間が短いため、シャッターを開けたままでω軸を−90度から90度まで連続駆動させながらX線を照射して測定を行っている(シャッターレス測定)。表には比較的早いω軸回転での測定(Fast Scan)と露光時間を長めに設定し統計精度を上げた測定(Slow Scan)の2測定を掲載した。測定イメージに対してCrysAlisProで積分して構造解析を行った。R値は同程度の値になっており、これは単に立体構造を知りたい測定であれば1分程度の測定で十分なことを意味するが、注意する点としては統計的な値(Rint、GOF、Flack)は圧倒的にSlow Scanが良い結果になっており、R1も一見短時間測定が良いが計算に使われる2 σ(I)以上の反射の数はSlow Scanの方が多い。これらの値もイメージに対して強度補正を行うことによって改善していくと考えているが注意すべき点である。

 

表5 EIGERで測定したデータ比較

  Fast Scan Slow Scan
試料 シチジン(C9H13N3O5
ω(°) −90~90
Δω(°) 1
露光時間(s) 0.1 5
φ(°) 0, 90, 180, 270
2 θmax(°) 56.2
λ(Å) 0.78203
測定反射数 11550 11597
独立反射数 1910 1927
Rint 0.0842 0.0254
R1I > 2 σ(I)) 0.0252
(558反射)
0.0260
(1905反射)
Rw2 0.0409 0.0678
GOF 0.349 1.083
Flack 2.2(10) −0.1(2)

 

 

4-3 今後の高性能化の方針と懸念点
 このようにハイスループット化と高精度化を目指してBL40XUに導入した光子計数型検出器EIGERを紹介した。2017B期にテスト運用を行い、2018A期からは本格的にユーザー提供が行われている。現在は動作の検証もあるため数分での測定を行っているが、装置の性能的には秒以下の測定が十分可能であり、今後より高速な測定を行えるように処理・解析ソフトウェアの改善を進めるとともに、ロボット化を目指した回折計の高性能化へ向けた取り組みを進めたいと考えている。また、ロボット化の先にはメールインシステムも視野に入るため、よりユーザーの利便性が向上するのではないかと期待している。
 最後に、あまりにも短時間で測定が行えてしまうために、ビームタイム中に解析を行う時間やデータの質を吟味するための時間がなくなってしまうことを懸念している。もはや従来のようにスクリーニングのデータを見ながら測定に適した結晶であるのか、測定条件をどうすべきかを考える前に測定は終わってしまう。そのため、持ち込んだ測定試料を全部測定するために回折斑点を十分測定できる決まったルーチンでの機械的な測定になりがちである。測定条件や解析を人工知能などに任せようとする動きも活発であるが、もうしばらくは人間の判断が重要であるため、大量のデータを測定して持ち帰っても解析ができないということにならないように、基本的なことであるが、準備段階での持ち込む結晶の質の向上と、解析に耐えうるデータなのかを判断できるようになることが求められる。

 

 

5. 小角X線散乱計測システムの高速化による階層構造の動的観察のための整備(BL40B2)
 医薬品や高分子に代表される機能性材料の研究開発において、X線小角散乱法は物質材料の階層的構造の知見を得ることが可能であり、機能性材料のメカニズムを知ることが可能な手法である。静的な解析は情報が限られるために些細な問題に陥る可能性は少なくない。階層的構造解析を高精度なまま時間発展できれば、機能性材料の本質に多面的に迫ることが可能になり研究の質の向上に繋がることが期待される。したがって、小角散乱法および異常小角散乱法の高効率化および高性能化を実現し、高精度小角散乱法の時間分解実験への展開ができるようビームラインの高性能化を図り利用拡大に繋げることを目的とした。
 BL40B2は、モノクロメータで単色化された集光X線を使った小角散乱によって、ナノメーターからサブミクロンオーダーの階層構造解析が行えるビームラインである。既存のイメージングプレート検出器は、フレームレートが150秒で遅く、1 bit刻みのダイナミックレンジが14 bitで狭いため、高精度構造解析の分オーダー以下の時間発展は望むことができない。イメージングインテンシファイアとCMOSカメラを組み合わせたX線検出器では、検出面積が狭く、画像に歪みを持ち、高強度X線の入射で迷光を生じ、高精度な構造解析に限界がある。PILATUS100K検出器は検出面積が狭いので部分的階層構造の解析に限られる。このように保有するX線検出器で、階層構造の動的観察のためには課題が山積みする。これら課題を克服するために、読み出し時間を0.002秒に大幅に短縮し、ピクセルごとにフォトンを20 bitのカウンタで計測することでダークカレントをなくし高精度な構造解析を可能にし、さらに、広い検出面積を有するので階層構造を一度にとらえることを期待し、X線小角散乱計測用2次元検出器に大面積ピクセルアレイ検出器(PILATUS3 S 2M、表6参照)の導入に至った。

 

表6 BL40B2に導入したPILATUS3 S 2Mの主要性能

モジュール数 3 × 8 = 24
センサー 逆方向バイアス型Siダイオード
センサー厚 1 mm
量子効率 5.4 keV : > 80%
8.0 keV : 96%
17.5 keV : 76%
ピクセルサイズ 0.172 × 0.172 mm2
モジュールサイズ 83.8 × 33.5 mm2
フォーマット 1475 × 1679 pixels
エリア 253.7 × 288.8 mm2
モジュール間ギャップ x 7 pixels / y 17 pixels
(面積の8%)
カウンタービット数 20 bits
カウントレート 107 x-ray/sec
エネルギーレンジ 5~36 keV
エネルギー分解能 500 eV
閾値レンジ 2.7~18 keV
閾値分散 50 eV
リードアウトタイム 2.04 ms
最大フレームレート 25 Hz

 

 

 PILATUS3 S 2Mは、最大フレームレートで25 Hzの計測が可能であるが、ビームラインの入射および透過X線強度モニタシステムはこのレートでの計測に対応していなかった。そこで、ビームラインでは2台のカウンタシステムを導入し、この2台で交互読み取りを行うことにより、PILATUS3 S 2Mの最大フレームレートで入射および透過X線強度モニタを可能とした。これまで電圧周波数変換器に最大1 MHz/10 Vを用いているが、この高速モニタ時には計数値が小さくなることが予想されるので、これに加え最大100 MHz/10 Vの変換器の選択を可能にした。また、PILATUS3 S 2Mは横3列、縦8列の合計24のモジュールで大面積のピクセルアレイ検出器を構成しているので(図8(a))、モジュール間ギャップ、すなわち格子状の不感領域が存在する(図8(b))。ビームラインでのユーザー利用で配向性試料や、GISAXSおよびGIWAXSなどの微小角入射X線法では強度の角度分布を考察する場合にギャップの存在が問題になる。このギャップ間の強度分布を検出し、補間(図8(c))する整備も行った。具体的には、検出器を駆動して3回の等時間露光による撮像システムである。この計測で必要となる時間は、露光時間に加えて検出器の移動時間4.2秒で完了する。配向性試料に対する高速時分割実験はギャップの位置を調整するなどの工夫が必要になる。これらの準備を経て、2018年1月17日よりPILATUS3 S 2Mのユーザー利用を開始した。概ね順調に稼働しているが、開始して間もないこともあり、利用者のご意見を頂戴しつつシステムとしてこれから仕上げていきたい。今後は、ビームラインに高集光なミラーシステムを導入し、現在の集光サイズ0.2 mmから0.05 mmを切る集光サイズを実現し、高効率なピンポイント型あるいは走査型の構造解析への展開を図る。この高集光システムは、集光過程でのビームサイズが従来より広く取れる特徴もあるので、X線ダメージを低減した時分割小角X線散乱計測システムの展開にも応用したい。なお、この集光システムは従来の集光系と切り替えて用いることを計画している。このようにPILATUS3 S 2Mの高フレームレートを活かした実験に展開できるようにビームラインの整備を行う予定である。

 

図8 (a) 24モジュールで構成されたPILATUS3 S 2M(PILATUS3 S 2Mのモジュール交換時に許可を得て撮影した)。ベヘン酸銀のX線回折像、(b) ギャップ補間前の像と、(c) ギャップ補間後の像。

 

 

6. マイクロビームX線回折装置における大型2次元ピクセル検出器の更新(BL46XU)
 BL46XUでは近年、食品業界の加工油脂食品分野の新規利用ニーズ開拓を目的とし、マイクロビームX線回折装置の整備を行ってきた。本装置の目的はマヨネーズやショートニングのようなエマルション食材の安定性向上において重要な、エマルション油滴中の油脂結晶組織制御のための基礎知見を得るために、油滴中の結晶相分布評価を行うことにある。本装置の仕様としては、マイクロビーム形成はフレネルゾーンプレートを用いて行い、試料からのX線回折パターンの検出に大型2次元ピクセル検出器のPILATUS2Mを用いた。試料位置制御のための試料位置観察にX線同軸光学顕微鏡を導入するなど、測定技術の効率化を進めて安定的な運用を確立するに伴い、ユーザー利用も定着してきたが、このPILATUS2Mが最近老朽化のため、測定データの取り込みが測定中に中断するなど、制御が不安定になり、実験に支障をきたすようになってきた。修理も検討したが、本検出器はJASRIとスイスのPaul Scherrer Institut(PSI)とのPILATUS検出器の共同開発において製作された試作機であったため、現在PILATUSを取り扱っているDECTRIS社にメーカー修理を依頼するのは困難であり、さらに本機は現行のPILATUS3タイプよりも前の世代のPILATUS2タイプであったため、部品の確保が困難であることから断念せざるを得なかった。そのため、新規に現行タイプのPILATUS3 X 2M(図9)を2016年度に導入した。性能としては検出素子面積、ピクセルサイズは旧検出器と同じであるが、リードアウトタイムがPILATUS2に比べて3.6 msから0.95 msに高速化されていること、制御システムに検出器制御サーバーとは別にデータ保存用のストレージサーバーが装備されることで時分割測定などの実験における大容量のデータにも対応可能となったこと、などの改良が行われている。導入、立上げは2017年3月~4月に行い、2017A期から共同利用実験における運用を開始した。本機を実装したマイクロビームX線回折装置の外観を図10に示す。本装置を利用したユーザー実験は2017A期から無事安定的に行われた。

 

図9 新規に導入した大型2次元ピクセル検出器PILATUS3 X 2M

 

図10 新規に導入したPILATUS3 X 2Mを組み合わせたマイクロビームX線回折装置の外観

 

 

おわりに
 本稿では、共用ビームラインにおいて実施した高性能化の短期的な取り組みについて報告した。検出器の開発や市販検出器の評価・選定・導入における支援体制の構築など、長期的な取り組みについては、別途報告する予定である。

 

 

 

参考文献
[1] T. Matsunaga, J. Akola, S. Kohara, T. Honma, K. Kobayashi et al.: Nat. Mat. 10 (2011) 129-134.
[2] S. Kohara, J. Akola, L. Patrikeev, M. Ropo, K. Ohara et al.: Nat. Commun. 5 (2014) 5892.
[3] Z. Liu, K. Okabe, C. Anand, H. Yamada, T. Wakihara et al.: PNAS 113 (2016) 14267-14271.

 

 

 

今井 康彦 IMAI Yasuhiko
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杉本 邦久 SUGIMOTO Kunihisa
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肥後 祐司 HIGO Yuji
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尾原 幸治 OHARA Koji
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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