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Volume 23, No.2 Page 92

理事長室から -創造的科学研究における直観と暗黙知の役割-
Message from President – Role of Intuition and Tacit Knowledge for Scientific Research –

土肥 義治 DOI Yoshiharu

(公財)高輝度光科学研究センター 理事長 President of JASRI

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 前人未踏の永世七冠を達成した羽生善治棋士が、棋士は直観と大局観と読みとの三つを使いこなしながら対局に臨んでいると話している。直観力には論理的思考の蓄積が必要であり、優れた直観は鍛錬と実戦の積み重ねで得られるという。対局中の棋士は、約八十通りの可能な指し手から次手を直観によって瞬時に二か三手に絞り、それらを十手先まで読みつつ大局観をもって最善の手を決断するという。
 理研の研究者らは、プロ棋士たちが盤面を瞬時に判断して最善の一手を導き出す直観的思考のための神経回路を持っていることを見出している。長年の鍛錬によって大脳皮質頭頂葉と大脳基底核が鍛えられ、とくに運動に係わる脳深部の基底核が最善手を直観的に導き出すのに重要な役割を果たしており、プロ棋士においてその働きが顕著であるという。このように、棋士の直観力は長年の経験と鍛錬の努力によって得られたものである。
 さて、創造的研究における科学者の独創性とは、他の科学者が何も見ないところに問題を見出し、また他の科学者が方向を失うところに問題追求の道を見出すことにある。こうした科学者の精神の行為は、厳密に個人的なものであり、事物に関する新しい真実を発見する。真実の発見が、科学における進化の動因となる。このような発見は精神における二つの行為によって行われるが、一つは理性による持続的行為であり、他は感性による瞬間的行為である。瞬間的行為が創造的直観であり、感性が隠れた真実を感じ取るのであろう。研究の初期段階においては、発見しようとするものが何であるかさえ知ることができない場合が多い。
 創造的科学研究においては、科学者の直観とともに暗黙知が重要な役割を果たしているようである。暗黙知の存在と役割は、科学者・哲学者であったマイケル・ポラニー(1891−1976)によって提唱されたものであり、著書「暗黙知の次元」に詳しい。ある個人が身体の五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)や運動、平衡、内臓の各感覚を通して習得し、身体に蓄積保有している知恵や知識が経験知であり、この知のなかに暗黙知がある。暗黙知は、自らは自覚していなくとも、身体が知っている知恵や知識であり、表出と伝達が不可能な知であるという。ポラニーは、「暗黙知は語られることを支えている語らざる部分に関する知であり、我々は語るより多くのことを知ることができる」と表現している。
 我々は自分の身体を道具として使い、身体を通じて事物との直接的な経験のなかで暗黙知を獲得すると、ポラニーは語る。すなわち、人は知りたいと思う事物の内部にまで身体感覚を延長し潜入させて、対象に主体的に係わり、全感覚を働かせて、対象の全体性を捉えるという。この暗黙知が、科学者の独創性や創造的直観の源泉になるという。このように暗黙知は主観的な経験知であり、言葉や数式で表出され伝達できる客観的な理性知と対比できる。天才といわれる人たちは、ある事物に対する統合や潜入の度合いが強く、真理を探りつつ問題の本質を大局的に認識して、真実への発見物語を紡ぐのであろう。
 抒情詩の世界において、斎藤茂吉は「実相に観入して自然・自己一元の生を写す」と定義した短歌における写生の説を唱えた。この実相に観入とは、対象の事物を心眼で把握することを意味しており、茂吉の造語である。短歌の実作にあたり、対象の認知的側面と情意的側面との言語表現の調和が重要である。認知的側面の表現は教え学ぶことができるが、情意的側面は自ら悟入する以外に方法はない。このように、暗黙知は自らの努力によって蓄積される経験知であり、芸術、文学、科学、技術など広い分野において創造力の源泉と基盤になっていると思う。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794