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Volume 23, No.1 Pages 18 - 22

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

長期利用課題報告1
次世代エンジン開発へのX線光学技法の適用:超高速燃料噴霧の形成メカニズム解明及び理論モデル構築
Application of X-ray Optical Techniques for Development of Next-Generation Engines: Unraveling the Spray Formation Mechanism and Development of Universal Spray Models

文 石洙 MOON Seoksu

(国)産業技術総合研究所 省エネルギー研究部門 Research Institute for Energy Conservation, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology

Abstract
 SPring8のBL40XUで行われた本長期利用課題(2014B0111~2017A0111)において、地球温暖化の抑制に資するエンジン超高効率に貢献することを目指し、これまで光学技法では計測できなかった高圧燃料噴射ノズル内部および近傍流動の詳細解析を行った。3年の研究期間で、ノズル内部および近傍流動の定量解析を可能とする新たなX線計測技法を開発しつつ、燃料噴霧の形成を支配する様々な物理因子の影響に関する新たな知見と理論モデルを研究社会に提示してきた。本稿では、これまで構築してきた代表的なX線噴霧計測技法と、評価可能なノズル内部および近傍流動の計測項目について紹介する。また、X線噴霧計測技法から生み出された研究成果と産業技術開発への貢献について紹介する。
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SPring-8

 

1. はじめに
 熱機関は、中・長期的にも他の動力源とは代替し難く、引き続きエネルギー変換機として重要な位置を占めると予測されることから、これらの高効率化・クリーン化が地球温暖化の抑制にもたらす効果は大きい。熱機関の高度化には、燃料と空気を混合する燃料噴射技術が非常に重要であるが、燃料噴射に関わる物理現象のメカニズムには未解明な部分が多い。特に、ノズル内部や近傍の初期流動については、超高速で密集度が高く可視光や紫外線などの光源を激しく吸収・散乱するため、これまでの光学技法では正確な情報を得ることが難しく、それが究極の噴射制御および高精度エンジン数値解析の大きな障害になっていた。
 以上の背景のもと、本研究グループ(産業技術総合研究所−マツダ株式会社−神戸大学)は、初期流動のメカニズム解明および理論モデルの構築を目指し、更には次世代エンジン開発への貢献を目標とし、様々な新燃料の物性、ノズル形状因子、噴射・雰囲気条件が燃料噴霧の初期発達に及ぼす影響に関するX線計測を行ってきた。本研究ではX線位相コントラスト画像法(密度が異なる物質同士の境界面において現れる干渉パターンを撮影する技法)を適用しており、SPring-8のX線の高いエネルギー(短い波長)は噴霧基部の高密度領域の解析を、短いパルス幅は超高速噴霧流の可視化と解析をそれぞれ可能とする[1][1] S. Moon, K. Komada, K. Sato, H. Yokohata, Y. Wada and N.Yasuda: Exp. Therm. Fluid. Sci. 68 (2015) 68-81.
 詳細な実験データに基づいた噴霧形成過程の物理的な理解と理論モデルの構築は、現象モデリングの高度化といった学術的な意味と、次世代エンジン開発への貢献といった技術的な意味を両方持つ。特に、地球温暖化の抑制を目指し、世界中の研究者の間で目標とされている50%のエンジン熱効率を達成するためには、究極の噴霧・燃焼制御が必須であり、それの根幹になる初期噴霧形成過程に関する物理的な理解は重要な課題である。

 

 

2. X線噴霧可視化装置
 図1に、本研究グループにてSPring-8のBL40XUに立ち上げたX線位相コントラスト画像装置の概略図を示す[1,2][1] S. Moon, K. Komada, K. Sato, H. Yokohata, Y. Wada and N.Yasuda: Exp. Therm. Fluid. Sci. 68 (2015) 68-81.
[2] J. Jeon and S. Moon: Fuel 211 (2018) 572-581.
。X線からの熱負荷による実験装置の損傷を防ぐため、X線シャッターを用いて熱負荷を減少させた。X線が流動を通過した後、位相コントラストX線画像をシンチレータ(LuAg:Ce)により535 nmの可視光に変換し、傾き角45度のミラーで反射させ高速度カメラを用いて撮影した。燃料に対するX線の屈折率が1に近いため、液体噴霧からカメラまでの距離が短過ぎると干渉縞が現れなく、また離れ過ぎると干渉縞が大き過ぎるため、鮮明な画像が取得できない。そのため、シンチレータとカメラは液体流動から最適化された距離(35 cm程度)に設置した。液体噴霧に入射する前と通過後のX線強度を極力損失しないように、噴射容器の窓としはX線通過率が95%以上のカプトン(kapton)膜を用いて実験を行った。

 

図1 SPring-8のX線噴霧撮影装置

 

 

3. X線噴霧計測項目および技法
 図2にX線噴霧計測の項目および技法の概略を示す。X線を用いた主な解析項目は、ノズル内部流(①)、ノズル近傍の流動微粒化(②)および流動ダイナミクス(③)である。高圧・高速噴射条件におけるノズル内部流特性やノズル近傍の噴霧微粒化を解析するためには、100 ps以下のX線パルス幅を有するHモードのシングルバンチパルスを用いて単一露光画像を取得した。初期流動分裂により生成される粒子の径や形状情報を解析するため、単一露光画像に最適の閾値を与え、原本画像を二値化した。その後、二値化された画像に粒子探索アルゴリズムを適用し、ある領域に存在する粒子の個数、粒径、真円度などの様々な形状情報を定量解析した[1-5][1] S. Moon, K. Komada, K. Sato, H. Yokohata, Y. Wada and N.Yasuda: Exp. Therm. Fluid. Sci. 68 (2015) 68-81.
[2] J. Jeon and S. Moon: Fuel 211 (2018) 572-581.
[3] K. Komada and S. Moon: Fuel 181 (2016) 964-972.
[4] T. Li, S. Moon, K. Sato and H. Yokohata: Fuel 190 (2017) 292-302.
[5] S. Moon, T. Li, K. Sato and H. Yokohata: Energy 127 (2017) 89-100.
。流動ダイナミクスを解析するためには、165.2 nsの周期を持つCモードの3つのパルスを受光して3重露光画像を取得し、その画像のある関心領域に相関解析を行うことで、流動の変位および速度ベクトルを算出した[1-5][1] S. Moon, K. Komada, K. Sato, H. Yokohata, Y. Wada and N.Yasuda: Exp. Therm. Fluid. Sci. 68 (2015) 68-81.
[2] J. Jeon and S. Moon: Fuel 211 (2018) 572-581.
[3] K. Komada and S. Moon: Fuel 181 (2016) 964-972.
[4] T. Li, S. Moon, K. Sato and H. Yokohata: Fuel 190 (2017) 292-302.
[5] S. Moon, T. Li, K. Sato and H. Yokohata: Energy 127 (2017) 89-100.

 開発したそれぞれの計測技法は、日本初のものであり、世界的にも実現した例が少ない独自性の高いものである。

 

図2 X線噴霧計測項目および技法

 

 

4. 研究の実施条件
 本長期利用課題では、燃料噴霧の形成を支配する五つの因子(ノズル形状、噴射圧、燃料、雰囲気密度、燃料温度)を選定し、膨大な実験データベースを構築した。ノズル形状の影響を調べるため、噴孔径、噴孔長、噴孔角などの異なる12種類のノズルを選定し研究に用いた。一方、噴射圧としては現代のガソリン直噴エンジンに適用されている7 MPaから20 MPaの範囲を、燃料としては密度、粘度、表面張力の異なる5種類を、雰囲気密度としては実機エンジンの雰囲気条件を模擬した1から20 kg/m3の範囲を、燃料温度としては実機エンジン内の燃料温度変動を模擬した常温から85°Cの範囲を適用して研究を行った。

 

 

5. 主な研究成果
 上述の実験条件と計測項目に対する結果を基に、ノズル内部や近傍の初期噴霧形成に関するこれまで理解できなかった物理現象を解明し、エンジン数値解析や開発に活用できる新たな知見と予測モデルを研究社会に提示してきた。様々なパーラメトリックスターディの結果を用いて公表した研究成果も多数あるが、その中で研究社会に一番認められているのは、図3に示す新たな噴霧構造モデルの構築である。本研究にて提示した噴霧構造モデルは、噴霧支配因子によって変化するノズル出口の流動速度および広がり角(Vexit, θ)を入力値とし、ノズル近傍の相対速度分布(RV: relative velocity)、粒径分布(Dz)、微粒化長さ(zat)などを予測するものである。続く節では、本研究にて構築した噴霧構造モデルの基になる代表的な研究成果について紹介し、それらの学術・技術的な価値と波及効果について説明する。

 

図3 噴霧構造モデルの概要

 

 

5.1 噴霧ダイナミクス構造の解明とモデル化
 図4aに噴霧ダイナミクスと微粒化特性を表現するために定義した様々な因子を、図4bに噴霧ダイナミクス構造の解明に関する研究成果を概略して示す。噴霧ダイナミクスのメカニズムを解明するため、膨大な実験条件に対する噴霧軸の相対速度結果(RV = Vz/Vexit)を無次元化した特性距離(z+)に対してまとめた。ここで特性距離は、燃料と周辺気体が一体として動くこと(ガスジェット)を想定し、ガスジェットの運動量保存則に基づいて燃料密度(ρf)、雰囲気密度(ρa)、初期流動広がり角(θ)、噴孔径(d)の関数で定義されたものである(図4b参照)。結果より、RVz+に対してまとめると、噴射条件に関わらず90%程度の相関率を持ってほぼ同じ線上(式(1)参照)に収斂することがわかった[4][4] T. Li, S. Moon, K. Sato and H. Yokohata: Fuel 190 (2017) 292-302.
 Vz/Vexit = −0.167・z+ + 1 ……… (1)

 

図4 噴霧ダイナミクス構造および微粒化に関する研究成果:(a) 主な解析因子、(b) ノズル近傍噴霧ダイナミクスのスケーリング結果、(c) 噴霧微粒化特性とWe数の相関解析結果

 

 

 この結果は、実機エンジン噴霧のダイナミクス構造を伝統的なガスジェット理論で用いられた物理因子を用いてスケーリングできることを示唆する。しかし、実機エンジン噴霧のダイナミクス構造は、ガスジェット理論に基づく予測結果と定量的には一致しないことがわかった。これは、噴射された液体燃料が微粒化する噴霧基部において生じる燃料と周辺気体のせん断応力が、従来のガスジェット理論においては考慮されていないためである。従って、噴霧のダイナミクス構造は、ノズル近傍の運動量保存則に従わない領域と、噴霧下流の運動量保存則に従う(ガスジェット)領域の2つに分けてモデル化する必要があることに気づき、そのモデルの切り替え点を微粒化長さ(zat)と定義した(図3参照)。このzatの予測法については、5.2節の噴霧微粒化結果と合わせて議論する。
 本研究にて構築した噴霧ダイナミクスモデルは、エンジン噴霧数値解析のサブモデルとして活用できると共に、エンジン燃焼室内の燃料と空気分布の高度制御にその活用性が高いものといえる。

 

5.2 噴霧微粒化の解明とモデル化
 噴霧微粒化のメカニズムを明らかにするため、様々な噴射条件における噴霧軸の平均粒径(Dz)をWeber数(We)に対してまとめた(図4c参照)。ここでWe数は、燃料の慣性と表面張力の相関関係を示す指標であり、噴霧の微粒化に密接に関連すると議論されている。膨大なデータベースから、実機インジェクタ噴霧の微粒化はWe数との相関性が高いことが示され、ある臨界We数を超えると噴霧の微粒化が飽和されることがわかった。噴霧の微粒化が飽和される臨界条件は、ノズル形状によって変化するθに支配され、θが大きいほどその臨界We数が小さくなることがわかった[5][5] S. Moon, T. Li, K. Sato and H. Yokohata: Energy 127 (2017) 89-100.
 噴霧微粒化に関する以上の知見は、エンジン開発における噴射系の設計指針を提示できる。例えば、ある燃料やノズルに対する初期流動のθが分かれば、微粒化が飽和される臨界の噴射圧力条件を特定することができ、高圧を生成するために動力を無駄に使わずエンジン動力に活用することが可能になるなど、エンジン高効率化に繋がる様々な噴射戦略が設けられる。
 一方、上述した噴霧微粒化長さ(zat)に影響を及ぼす因子を解明しモデル化するため、噴霧軸の粒径分布を噴霧相対速度分布に照らし合せ、周辺空気と燃料のせん断応力が消滅し、微粒化が終了する微粒化長さ(zat)、あるいはガスジェットの原点を求めた。その結果、燃料や噴射条件に関わらず、zatRV = 0.72の位置で現れることが判明した。従って、図4bの噴霧ダイナミクス結果を元に、zatは式(2)のように表現できることがわかった。

……… (2)

 提示された噴霧微粒化長さの予測モデルは、エンジン噴霧数値解析のサブモデルとして活用できる。また、濃厚燃料領域が伸びる距離を予測することができ、現代エンジンの大きな問題となっているシリンダーやピストンへの壁面燃料付着の評価と防止策の構築にその活用性が高いものである。

 

5.3 エンジン数値解析ツールの正しい使い方の確立
 上述した噴霧構造モデルの構築に関わる学術的な研究以外に、本研究グループは、マツダ株式会社を中心とし、得られた初期流動の定量情報を次世代エンジン開発に活用している。得られた計測結果を数値解析の入力値として活用すると同時に、結果に基づいて従来噴霧解析ツールの正しい使い方を確立することで、エンジン数値解析の精度がかなり改善でき、また効率性も高まっている。これより、従来のエンジン開発における試行錯誤を減らすことができ、自動車メーカーのエンジン開発の効率性を大幅改善できることが判明した。

 

 

6. おわりに
 本長期利用課題(2014B0111~2017A0111)では、産業技術総合研究所−マツダ株式会社−神戸大学の連携研究体制を構築し、新たに構築したX線噴霧計測技法を生かした燃料噴霧の詳細解析とモデル化に関する研究を行ってきた。ノズル形状、燃料物性、噴射・雰囲気条件などの噴霧形成を支配する代表的な因子を選定し、それらがノズル近傍の噴霧微粒化およびダイナミクス構造におよぼす影響を解析することで、噴霧形成を支配するメカニズムを明らかにすると同時に、新たな噴霧予測モデルを研究社会に提示してきた。現在自動車業界はX線計測から得られたデータベースと知見をエンジン数値解析の精度改善および次世代エンジン開発に活用しており、当研究の有り難さが大きく評価されている。
 しかし、ノズル内部や近傍流動の現象解明とモデル化に重要な物理因子の中には、まだ計測・解析できていないものも多く存在する。特にノズル出口の初期流動特性を支配するノズル内部流(渦流、乱流、キャビテーションなど)特性と、それがノズル出口流動(Vexit, θ等)に及ぼす影響に関する理解が不十分であり、今後それらの計測を可能とするX線計測技法の開発と現象解明に関する研究を続けていく。

 

 

 

参考文献
[1] S. Moon, K. Komada, K. Sato, H. Yokohata, Y. Wada and N.Yasuda: Exp. Therm. Fluid. Sci. 68 (2015) 68-81.
[2] J. Jeon and S. Moon: Fuel 211 (2018) 572-581.
[3] K. Komada and S. Moon: Fuel 181 (2016) 964-972.
[4] T. Li, S. Moon, K. Sato and H. Yokohata: Fuel 190 (2017) 292-302.
[5] S. Moon, T. Li, K. Sato and H. Yokohata: Energy 127 (2017) 89-100.

 

 

 

文 石洙 MOON Seoksu
(国)産業技術総合研究所 省エネルギー研究部門
〒305-0044 茨城県つくば市並木1-2-1
TEL : 029-861-3083
e-mail : ss.moon@aist.go.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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