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Volume 23, No.1 Page 1

理事長室から -学際研究にて知る日本人の起源と混成構造-
Message from President – Origin and Structure of the Japanese People and Language Elucidated by Interdisciplinary Research –

土肥 義治 DOI Yoshiharu

(公財)高輝度光科学研究センター 理事長 President of JASRI

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 近年、学問領域や研究分野における閉鎖的な細分化、いわゆる蛸壺化が科学の進展と人材の育成を阻害していると指摘されている。文理連携の学際研究によって、日本人の起源と民族構造が明らかになりつつある。ここでは、学際研究の重要性とデータベースの有用性を紹介したい。
 日本人の起源は、これまで考古学、人類学、言語学の研究者によって論じられてきた。考古学や人類学の研究成果によって、約4万年前に日本列島に新人が住み始め、1万5千年前に縄文時代に入り、3千年前より農耕技術をもった人々が戦乱を逃れて朝鮮や華中から北九州に漸次渡来して新しい弥生文化を広めたことが明らかにされている。現代日本人は、狩猟採集民の先住縄文人と稲作農耕民の渡来弥生人とが混血した民族であるという二重構造説が提案された。この二重構造説は、分子遺伝学者らの研究によって実証されつつある。
 1980年頃から分子生物学の技術を用いて、世界各国で現代人のDNA解析が開始され、それらの解析データは国際的な活動によってバンク化された。比較的に塩基配列の少ないミトコンドリアDNA(約1万6,500塩基対)が最初に研究対象となった。ミトコンドリアDNAは、母親のDNAのみが子供に受け継がれる母性遺伝のものであり、母方のルーツを調べることができる。進化の過程でDNAは突然変異するために、その塩基配列に差異が生じる。類似のDNA配列構造をもつ人たちの集団を分類したところ、ミトコンドリアDNAには世界各地に数十もの系統があり、それらの集団の系統関係と分岐年代が解明された。新人の祖先は15万年程前にアフリカで発生し、7万年前にMとNの2系統集団がアフリカを出てアジア大陸の南ルートと北ルートを通って世界各地に進出した。日本列島には、Mから分岐した3系統が、またNから分岐した4系統など多様な人々が辿り着き混成したことが明らかとなった。このように、日本は多様な民の共存する島国である。
 2000年代になるとDNA解析技術が進歩し、長い塩基配列をもつ核DNAの解析も可能となった。Y染色体は父性遺伝する男の遺伝子であり、そのDNA(約5千万塩基対)解析データは世界各地で蓄積・バンク化され、18系統に分類されて系統関係も明らかとなった。父方のY染色体DNAの系統図からも、新人は7万年前にアフリカを出て世界に分散し、日本にはC、D、Oの3系統の人々が来て現在も共存していることが判明した。さらに、北ルートを通って4万年前より日本列島に辿り着いたD系統の縄文人と、南ルートを通って大陸から渡来したO系統の弥生人とが混血して日本民族となり、混合言語の日本語を生み出したことも解明されたのである。現代日本人男性の5割が弥生人の遺伝子を、そして4割が縄文人の遺伝子を有している。
 昨年9月4日午後からSPring-8シンポジウムが広島大学において開催された。前日に北朝鮮が核実験を強行したこともあり、4日午前に原爆ドームを訪れて平和の維持と民族の共存を祈念しつつ情景を歌に詠み、急ぎシンポジウムの会場に向かった。


核実験せし明くる日に原爆のドームを訪ね思ひてゐたり

薄日差す空に立ちゐる原爆のドームにあまた赤蜻蛉とぶ

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794