ページトップへ戻る

Volume 23, No.1 Pages 32 - 34

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

9th International Workshop on Infrared Microscopy and Spectroscopy using Accelerator-based Sources(WIRMS)2017報告
Report on WIRMS2017

池本 夕佳 IKEMOTO Yuka

(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI

pdfDownload PDF (330 KB)
SPring-8

 

 9th International Workshop on Infrared Microscopy and Spectroscopy using Accelerator-based Sources(WIRMS2017)が2017年9月25日から28日の日程で、イギリス、オックスフォードのWorcester Collegeで開催された。加速器をベースとした赤外光源とその利用に関する会議で、2年に一度開催される。会議の様子を報告する。
 会議のセッション構成は、“Facilities Update”、“Biomedical Applications”、“Physics, Chemistry & Materials”、“Technical Development”、“Near-Field IR”、“THz Research”、“Multidisciplinary Applications”からなっていた。
 “Facilities Update”のセッションでは、NSLS(アメリカ)、LNLS(ブラジル)、SPring-8(日本)、ALS(アメリカ)、FELIX(オランダ)、TeraFERMI(イタリア)、Indus-1(インド)、ALBA(スペイン)から報告があった。SSRF(中国)からの報告は事情により当日キャンセルとなった。FELIXとTeraFERMIは、赤外FEL施設であり、現状の施設報告であった。NSLSは、施設アップグレードでNSLS-IIとなり赤外ビームラインが途絶えているが、赤外光を取り出すためにリングの工夫は施してあるため、建設に向けて特に財政面で努力しているとの報告であった。ALSは、現在赤外ビームラインが2本稼働しているが、さらにもう1本追加するとの報告であった。Indus-1とALBAは、赤外ビームラインが最近稼働を始め、データが出始めたとの報告であった。SPring-8については、筆者からの報告で、国内放射光施設の現状と、SPring-8-IIを含む次世代エミッタンスリングにおいては赤外光の強度は低下が避けられないこと、既設の赤外ビームラインにおける利用の最大化や低エネルギーリングの活用を目指すことなどを報告した。一方、ブラジルのLNLSは、赤外ビームラインが1本稼働しているが、現在建設中のSIRIUSにおいても、赤外ビームラインがfirst phaseで建設される計画で進んでいるとの報告であった。SIRIUSは、3 GeV、5 Bend Achromat latticeの低エミッタンスリングで、次世代放射光光源において赤外ビームラインの建設を見込んで進んでいるのはSIRIUSのみである。赤外光の取り出しに関する詳細な説明は今回の講演ではなかったが、前回WIRMS会議において報告していた内容を参考にするなら、蓄積リング真空チャンバーの部分的な改造と、edge radiationを含む光の取り出しにより、THz領域まで十分な強度で取り出せるとのことであった。しかし、SPring-8-IIや他の国内次期放射光光源計画においては、この方策だけでは利用に耐える強度の赤外光を取り出すことは困難である。SIRIUSにおける赤外ビームラインの動向が注目される。
 “Biomedical Applications”のセッションでは、赤外放射光の高輝度特性を利用して、生物試料の顕微分光を行った事例が報告された。海外の放射光施設における赤外ビームラインでは、生物分野の利用が非常に多い。会議では、n-アルカンの分布を指標とした進行性糸球体腎炎の早期診断や、神経膠腫細胞に対する放射線照射の影響、急性骨髄性白血病細胞に対する新薬の影響、分化したIPS細胞とターゲット細胞の性質が同じであるかどうかの検証、変性した大動脈弁の組成分布解析、アルツハイマー病の発症にも関係するアミロイド凝集体の分析など、医学関連の研究が多い。この他、単一の真核細胞を対象として測定した代謝ダイナミクスや、赤外分光による金属タンパク質の酸化還元反応の解析などの講演があった。このセッションで報告された研究の多くは室温・大気環境における顕微分光だが、一部、赤外分光用の水溶液セルを利用したり、試料に電圧をかけてin situで測定した研究もあった。
 “Physics, Chemistry & Materials”のセッションでは、カーボンナノチューブや一次元細孔を持つアルミノシリケートの細孔中における水分子の挙動を調べた研究が報告されていた。細孔表面をアルキル基で修飾したり、試料環境の湿度を変化させたりして水素結合のネットワークが変化する様子を調べる研究であった。また、metal-organic framework(MOF)やゼオライトなどマイクロポーラス物質に吸着された様々な分子の構造を、放射光を利用した赤外分光の他、X線回折・NMR・中性子など多様なプローブを用いて解析する研究の報告もあった。これは、イギリス、Cardiff UniversityのDr. C. L. Jonesの研究で、赤外分光はDIAMONDの赤外ビームラインで行っており、中性子実験はDIAMONDに隣接するISISで行っている。地の利を活かした研究であると感じた。中性子実験は、非弾性散乱を利用したmolecular vibration spectroscopyで、赤外分光との相補利用として興味深かった。MOFを対象とした研究として、骨格構造の振動に着目して遠赤外分光を行った研究の報告もあった。このセッションは、招待講演3件を含む8件の講演で構成されているが、そのうち3件がmicroporous materialを扱っている点が興味深かった。この他、H3Sの超電導状態を調べる報告や、高圧実験を行った研究の報告があった。
 “Near-Field IR”のセッションは、ALS(アメリカ)、PTB(ドイツ)のグループからの報告であった。この他、“Facilities Update”のセッションで、LNLS(ブラジル)の現状報告として近接場分光の紹介に時間を割いていた。これらの装置は、AFMプローブに赤外光を集光し散乱光に含まれる近接場信号を観測するs-SNOM(scattering scanning near-field optical microscope)である。前回のWIRMSでは、これとは測定原理が異なるphotothermal nanospectroscopyに関する講演がSOLEILから報告され、興味を引いた。しかし、今回の会議では、photothermal nanospectroscopyに関する報告はなかった。この測定は、AFMプローブを近接させた試料に赤外光を照射し、試料の熱膨張をAFMプローブで感知する手法で、100 nm以下の空間分解能で赤外スペクトルを測定できる。また、ドイツの赤外FEL施設であるFELBEとTELBEを利用した近接場分光の報告があったが、これもs-SNOMであった。FELBEは、2007年に日本で開催されたWIRMSにおいて、photothermal nanospectroscopyの実験を世界に先駆けて報告した。その際講演を行ったDr. S. C. Kehrが、FELBEを利用したs-SNOMを報告しており、興味深かった。Photothermal nanospectrscopyは、赤外光照射により膨張した試料がAFMのプローブ振動を励起してから緩和する過程を解析するため、照射光は比較的時間間隔が広いパルス光である必要がある。また、測定試料は熱膨張しやすい柔らかい試料がターゲットとなる。これらの特性が装置の開発に影響を与えていることが考えられる。
 “THz Research”のセッションでは、InGaAsを用いた室温で動作するTHz検出器の講演があった他、coherent synchrotron radiation(CSR)を利用した縦方向のバンチダイナミクスの観測、THz領域のundulator radiationに関する研究などが報告された。“Multidisciplinary Applications”のセッションでは、絵画に使われた絵の具の解析の他、隕石に含まれる水や有機物由来成分の分布状態を調べる研究や、タイタン(土星の衛星)の大気状態を模倣した環境を用意し、タイタンで存在が指摘されている窒素化合物の遠赤外スペクトルを測定する研究などが報告された。
 “Technique Development”のセッションでは、focal plane array detector(多素子MCT検出器)を搭載した赤外顕微鏡において、FTIR装置前段においたdeformable mirrorを利用して顕微鏡焦点位置におけるビームプロファイルを整形する講演が目を引いた。DIAMONDとAustralian Synchrotronの研究者が報告していた。顕微鏡視野のより広い領域に均一に放射光を照射するための工夫である。講演では触れられていなかったが、この取り組みは、Wisconsin UniversityのSynchrotron Radiation Centerで2013年に報告された3D赤外トモグラフ測定を念頭において行っているのではないかと思われる。Wisconsin UniversityのSynchrotron Radiation Centerの赤外ビームラインはユニークな設計で、bending magnetから放射される光を12個のミラーで受けて下流に導く。顕微鏡上では、フラットトップで広い視野範囲に放射光が集光される。3D赤外トモグラフ測定のためにはこのようなビームプロファイルが必須であると考えられる。Wisconsin UniversityのSynchrotron Radiation Centerは2014年に閉鎖され、それ以降、他施設から3D赤外トモグラフ測定の例は報告されていない。“Technique Development”のセッションで、もう1点、非常に興味深かったのは、SOLEILの赤外ビームライン研究者であるDr. F. Borondicsからの講演で、最近注目されているsupercontinuum laserを光源とした顕微分光の紹介であった。Supercontinuum laserは、femtosecond laserを種光として、非線形光学現象を引き起こすphotonic crystal fiberによってスペクトル領域を拡張したレーザーである。講演で使用したレーザーはNOVAEが販売しているレーザーで、1.9~3.9 µmを波長掃引することなくsingle shotでカバーする。帯域が広く、FTIRを使った分光測定の光源として利用可能である。平均パワーは1.5 Wで、この帯域だけ考えると赤外域の放射光よりもはるかに強度が高い。講演では、このレーザーを利用した顕微分光と、放射光光源によるものとを比較しており、空間分解能・スペクトルのクオリティともに区別がつかない結果であった。NOVAEは会議のスポンサーとして出席しており、また、同種のレーザーを取り扱うNKT Photonicsの企業展示もあった。この他、quantum cascade laser(QCL)を扱うLASER2000のブースもあった。ポスターセッションでは、ドイツのDr. K. F. Makが、Ho:YAGのfemtosecond laserを種光としたfrequency combで、4.5~20 µmの帯域をカバーするレーザーを開発した研究を報告していた。今回の会議は、加速器をベースとしないレーザー光源が目立つ会議であった。赤外領域の放射光は近赤外から遠赤外まで(波長ではサブµmからサブmmまで)カバーするため、帯域の観点から言えば、放射光の方が広い。しかし、レーザーの開発スピードは非常に早いため、今後の動向を注視する必要がある。

 

 

 

池本 夕佳 IKEMOTO Yuka
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0830
e-mail : ikemoto@spring8.or.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794