Volume 22, No.4 Pages 316 - 320
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
長期利用課題報告1
放射光メスバウア法とX線粉末回折による下部マントルおよび核構成物質の高温高圧物性の研究
High Pressure and Temperature Studies on the Lower Mantle and Core Materials by using Synchrotoron Mossbauer Spectroscopy and In situ X-ray Diffraction
東北大学大学院 理学研究科 Graduate School of Science, Tohoku University
- Abstract
- 本研究(長期利用課題2013B0104-2016A0104)では、BL10XUに導入したメスバウア分光システムと放射光粉末X線回折実験を用いて、高温高圧下において地球核を構成する鉄・軽元素合金の相関係と磁性を明らかにした。また、下部マントルと核マントル境界におけるマグマと揮発性物質を含む鉱物の相関係と物性を明らかにした。hcp構造のFe-Si合金において電子トポロジカル転移を示唆するアイソマシフトの不連続的な増加を見出した。この転移は、金星などの地球外の惑星核にも見出される可能性がある。下部マントルと核マントル境界における相関係と物性については、マグマを模擬した玄武岩質ガラスにおいて、下部マントル条件ではFe2+、Fe3+が高スピン状態であることを明らかにした。水素および炭素の地球深部での挙動を明らかにし、下部マントルと核マントル境界でのダイヤモンドの生成、水素の存在様式を明らかにした。
1. はじめに
地球中心領域は地球科学のフロンティアである。この領域は、地球核、核マントル境界、下部マントルからなる。この課題では、この地球中心部を構成する物質の物性を高温高圧X線粉末回折実験と放射光メスバウア分光測定を用いて明らかにすることを目的とした。特に、地球核は金属鉄とともに軽元素を含む。この課題では、鉄軽元素系、特にFe-Si合金の相転移、磁性転移とそれらの物性への影響を明らかにすることを目指した。また、下部マントルにはプレートの沈み込みによって炭素や水素などの軽元素物質が核マントル境界にまで輸送される。核マントル境界では、比重の大きなマグマが存在する可能性も指摘されている。この課題においては、下部マントルの高温高圧下における水素・炭素などの揮発物質の挙動の解明、下部マントルにおける重いマグマのモデルとして、玄武岩組成のガラスのスピン状態の解明を目指した。以下にこれらの実験の詳細をまとめる。
2. 実験の方法・技術開発
この課題では、高温高圧X線回折実験においては、両面レーザー加熱式ダイヤモンドアンビル高圧装置を使用している。この装置を用いて、地球核の圧力135 GPa以上、3000 Kを超える超高圧の発生が可能になっている。
さらに、この課題では、BL10XUに新たに導入したエネルギー領域放射光57Feメスバウア分光を用いて、高温高圧下での鉄化合物や金属鉄合金のスピン状態、磁性を明らかにした。高温の発生には、バセット型外熱高圧装置を用いて、約10 GPaにおいて、1000 Kまでの高温高圧において、高温高圧メスバウア分光測定が可能である。
3. 地球・惑星核の相平衡・状態方程式と磁性
(1)Fe-Si合金(hcp構造)の電子トポロジカル転移:
hcp構造をもつFe-2.8 wt%合金、Fe-6.1 wt%Si合金に対して、常温で60 GPaまでの条件でメスバウア分光測定を行い、アイソマシフトの圧力依存性、状態方程式の決定、格子定数比c/aの精密測定を行った。出発物質は57FeとSiの合金である。図1aにhcpFe-2.8 wt%Si合金の高圧下での非磁性を示すhcp相のメスバウアスペクトルを示す。図1bに示すように、これらの合金において、高圧下においてアイソマシフトの不連続が確認され、hcp構造のFeおよびFeNi合金で報告[1][1] K. Glazyrin, L. V. Pourovskii, L. Dubrovinsky et al.: Phys. Rev. Lett. 110 (2013) 117206.されている電子トポロジカル転移の存在がFe-Si合金にも示唆される。hcp構造をもつ純鉄、Fe-2.8 wt%、Fe-6.1 wt%におけるアイソマシフトの不連続は、Siの増加とともに高圧側にシフトする。図1cに示すように、このアイソマシフトの不連続とともに、格子定数比c/aにもキンクが認められる。このc/aのキンクは、高温では高圧側にシフトし、正の勾配をもつことが報告されている[2][2] S. Ono: Solid State Commu. 203 (2015) 1-4.。したがって、電子トポロジカル転移は、正の勾配をもち、地球や金星の核の条件においても起こる可能性がある。したがって、今後、この系における高温高圧での、メスバウア測定によって、惑星内部条件でのアイソマシフトのジャンプの有無を確認することが必要である。
図1a 21.4 GPaにおけるhcpFe-2.8 wt%Siのメスバウアスペクトル。
図1b Fe-Si合金の常温高圧下におけるアイソマシフト(I.S.)の不連続(矢印)。Si量の増加とともに、不連続は高圧側に移動する。
図1c hcpFeおよびhcpFe-Si合金の格子定数比c/aの圧力変化。アイソマシフトのキンクとともにc/aも変化する。
(2)Fe-Si合金の高温高圧における磁性の変化と構造相転移:
Fe-Si合金は、地球惑星核の候補物質であるとともに、太陽系の衛星や隕石母天体の核を構成する物質である。したがって、高温高圧でのこの合金の結晶構造や磁性は、これらの天体の核の性質を解明するために重要である。本研究ではFe-Si合金のbcc-fcc構造相転移と強磁性から非磁性への磁気転移との関係を明らかにした。Fe-2.8 wt%SiおよびFe-7.5 wt%Siの2つの鉄ケイ素合金に対して、それぞれ7 GPa、10 GPaにおいて900 Kの高温までのメスバウア分光測定および高温高圧X線回折実験を行った。これら2種類の合金に対して、bccからfccへの構造相転移にともなって、磁気特性が強磁性から非磁性に変化することが明らかになった(図2)。すなわち今回実験に使用した2.8 wt%以上のFe-Si合金においては、7~9 GPa圧力においてはbccFeに見られるような非磁性のbcc構造相は存在せず、キュリー点は存在しない。
図2 9 GPaにおけるFe-7.5 wt%Siの内部磁場強度(Sextet-BHF)の温度変化。850 Kで強磁性のBCC構造から非磁性のFCC構造に相転移する。
4. 下部マントル・核マントル境界領域の物質研究
(1)高圧下における玄武岩ガラスの鉄のスピン状態:
57Feを加えた玄武岩組成のガラスの鉄のメスバウアスペクトルを室温で常圧から核マントル境界に近い126 GPaまでの圧力下で測定した(図3)。これまでの実験では、下部マントル条件で、玄武岩組成のマグマ(ガラス)中のFe2+が高スピンから低スピンに変化し、これによってFe2+に富んだマグマが生じると考えられていたが、今回の実験結果、下部マントル全域にわたるすべての圧力において、メスバウアスペクトルは高スピン状態のFe2+とFe3+の2成分で説明することができることが明らかになった。また、圧力の増加とともに、四重極分裂(QS)値が増加し、110~126 GPaでは明瞭な増加傾向を示し、Fe2+の多面体が変形していることを示唆している。そして、Fe2+はJahn-Teller効果によって歪んだ多面体においてより安定になり、共存するブリッジマナイト相よりもFe2+に富むことが予想される。すなわち、下部マントル条件において、メルトによりFe2+が濃集するという融解実験結果は、Fe2+のスピン転移によるのではなく、Fe2+の多面体の変形にともなうJahn-Teller効果による可能性がある[3][3] F. Maeda, S. Kamada, E. Ohtani, N. Hirao, T. Mitsui et al.: Amer. Mineral., in press.。
図3 玄武岩(MORB)ガラスのメスバウアスペクトルの圧力変化。スペクトルは高スピンFe2+(灰色網掛け)と高スピンFe3+(赤線)の2成分で説明できる。
(2)下部マントルおよび核マントル境界における炭素の挙動:地球深部起源ダイヤモンド
地球において重要な揮発性元素の一つ、炭素の下部マントルにおける挙動を解明するために、MgCO3-SiO2系の相平衡実験、MgCO3の相転移の様式を地球の下部マントルの条件において、高温高圧X線回折実験によって解明した。図4aにMgCO3-SiO2系の相関係を示す。この図から明らかなように80 GPa(深さ1,700 km相当)を超える下部マントルにおいては、マントルの地温勾配にそって、ダイヤモンドが生成することが明らかになった。この結果によって、プレートの沈み込みにともなって下部マントルの深部においてもダイヤモンドが生成されることが明らかになった(図4b)[4][4] F. Maeda, E. Ohtani, S. Kamada et al.: Scientific Reports 7 (2017) 40602. DOI: 10.1038/srep40602。さらに、MgCO3においては、80~95 GPa、2000~2500 Kの条件で空間群P1相、95 GPa以上で空間群C2/mのMgCO3II相が安定に存在することが明らかになり、MgCO3II相の状態方程式を決定した。
図4a MgCO3-SiO2系の相関係。下部マントル深部の温度圧力条件(80 GPa以上、2000 K以上)ではダイヤモンドが安定に存在する。また、MgCO3の高圧相マグネサイトIIが安定である。
図4b 下部マントル(1,700 km~2,000 km)および核マントル境界において、ダイヤモンドが生成する。
(3)下部マントルと核マントル境界における水素の挙動:含水鉱物δ相−H相固溶体と10 Å相の安定領域
水素はプレートの沈み込みにともなって含水鉱物中の水酸基として下部マントルに運ばれる。本研究においては、水素を深部マントルに輸送する重要な役割を担う含水鉱物10 Å相、下部マントル条件で安定に存在する含水鉱物δ相−H相固溶体(MgSiO4H2-AlO2H solid solution)について、これらの安定領域を明らかにした。
10 Å相は、上部マントルの水素をマントル遷移層と下部マントルに輸送するために重要な含水相である。本研究では5~10 GPa、500~1000 Kの条件で、外熱式ダイヤモンドアンビル高圧装置と高温高圧X線その場観察実験を用いて、この相の安定領域を決定した。そして、この相がマントル深部に水素を輸送することができること、また、この相とともに含水ペロブスカイト相MgSi(OH)6も水素の輸送に寄与することを明らかにした[5][5] S. V. Rashchenko, A. Y. Likhacheva, S. V. Goryainov et al.: Amer. Mineral. 101 (2016) 431-436. DOI: 10.2138/am-2016-5356。含水鉱物δ相−H相(AlO2H-MgSiO4H2)固溶体は、下部マントルの最も有力な高圧含水鉱物である。しかしながら、この相の安定領域は、単純なモデル系での実験が行われているに過ぎない。本研究では実際のマントルを構成するカンラン岩(Peridotite-1 wt%H2O)組成や海洋底玄武岩(MORB-5 wt%H2O)組成に対して、この含水鉱物が安定に存在するか否かを明らかにした。
図5に含水鉱物δ相−H相固溶体の安定領域を示す。この図に示すようにカンラン岩においては、この相は60 GPaまで安定に存在する。また、沈み込むプレートを構成する海洋底玄武岩においては、さらに下部マントル深部にまでこの相が安定に存在し、水素を核マントル境界に輸送することが明らかになった。
図5 マントルカンラン岩組成、沈み込むプレートを構成する玄武岩(MORB)組成における含水δ−H相固溶体(AlO2H-MgSiO4H2)の安定領域。
謝辞
本報告の成果は、日本学術振興会(JSPS)基盤研究(S)15H05748「地球核の最適モデルの創出」による支援によって、SPring-8 BL10XUを用いた長期利用課題(課題番号2013B0104-2016A0104)で得られたものである。
参考文献
[1] K. Glazyrin, L. V. Pourovskii, L. Dubrovinsky et al.: Phys. Rev. Lett. 110 (2013) 117206.
[2] S. Ono: Solid State Commu. 203 (2015) 1-4.
[3] F. Maeda, S. Kamada, E. Ohtani, N. Hirao, T. Mitsui et al.: Amer. Mineral., in press.
[4] F. Maeda, E. Ohtani, S. Kamada et al.: Scientific Reports 7 (2017) 40602. DOI: 10.1038/srep40602
[5] S. V. Rashchenko, A. Y. Likhacheva, S. V. Goryainov et al.: Amer. Mineral. 101 (2016) 431-436. DOI: 10.2138/am-2016-5356
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