ページトップへ戻る

Volume 22, No.2 Pages 99 - 103

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

超高引裂き強度を有するシリコーンゴムの開発
Developments of High Tear Silicone Erastomers

妹尾 政宣 SENOO Kazunobu

住友ベークライト株式会社 研究開発本部 R&D Department, Sumitomo Bakelite Co., Ltd.

Abstract
 我々は表面修飾されたシリカフィラー添加によるゴムの補強効果を利用して処方改善を行い、通常の5倍程度の引裂き強度を有するシリコーンゴムの開発に成功した。そこで、放射光を用いた延伸同時X線構造解析手法を用いて、シリコーンゴムの高引裂き強度の発現に影響を与える内包フィラーの凝集状態の延伸に伴う構造変化とその物性との相関について検討した。その結果、延伸同時USAXS測定から延伸に平行な方向において顕著なプロファイルの立ち上がりが観察された。さらに、延伸に伴う表面フラクタル次元を観察したところ、延伸に平行な方向のみ延伸に伴いフラクタル次元の増加が観察された。このことからマトリックスの延伸に伴い延伸に平行方向でシリコーンゴム内のシリカ凝集体の密度揺らぎが増加し、階層構造が変化していることが示唆された。その結果、更なる高機能素材開発に関する指針が得られ、各種製品でナノ構造制御技術に基づく劇的な物性改良(硬度、引裂き強度、延伸度の独立制御)に成功した。
Download PDF (2.22 MB)
SPring-8

 

1. はじめに
 ソフトマテリアルへのフィラーの添加は機械的強度の増加に効果的な方法であることが知られている[1][1] R. G. Jones, W. Ando and J. Chojnowski: "Silicon-Containing Polymers" Edited by Springer (2001).。特にポリジメチルシロキサン(PDMS)へのシリカフィラーの添加はその弾性率や破断伸びを大幅に向上させる[2][2] C-L. Lee: US Patent 4,162,243 (1979.7.24).。PDMS中のシリカフィラーはその強い凝集エネルギーのためマトリックス中で凝集している。一般にPDMSを主鎖骨格に有するシリコーンゴムは耐熱、耐寒、化学的安定性に優れ、離型性や電気絶縁性、気体透過性、透明性が良好であることから医療機器用途の幅広いアプリケーションで使用量が増加している(図1)[3][3] J. E. Mark, D. R. Paul: Prog. Poly. Sci. 35 (2010) 893-901.。しかしながら、シリコーンゴムはイソプレンゴムや天然ゴムに比べて引裂き耐性が弱いため[4][4] J. E. Puskas, E. A. Foreman-Orlowski, G. T. Lim, S. E. Porosky, M. M. Evancho-Chapman, S. P. Schmidt, M. E. Fray, M. Piatek, P. Prowans and K. Lovejoy: Biomaterials 31 (2010) 2477-2488.、含有するシリカフィラーとマトリックスであるPDMSとの界面の破断メカニズム[5][5] D. Yang, W. Zhang, B. Jiang and Y. Guo: Compos. Part A: Appl. Sci. Manuf. 44 (2013) 70-77.や構造制御に関する研究[6][6] 磯貝由紀子、森田涼介、上原宏樹、山延健、秋山映一:高分子論文集 72 (2015) 110-117.が重要になってきている。

 

図1 医療用シリコーン利用製品例:手術後の創部の血液、膿、滲出液などの持続吸引器

 

 

 延伸同時放射光X線測定はゴムマトリックス中でのフィラー凝集体の階層構造を観察する強力な手段である[7][7] S. Murakami, K. Senoo, S. Toki, S. Kohjiya: Polymer 43 (2002) 2117-2120.。ポリイソプレンおよびポリ(スチレン-co-ブタジエン)中のカーボンブラック[8][8] S. Toki, I. Sics, S. Ran, L. Liu, B. S. Hsiao, S. Murakami, K. Senoo and S. Kohjiya: Macromolecules 35 (2002) 6578-6584.や天然ゴム中のシリカ凝集体[9][9] M. Tosaka, K. Senoo, K. Sato, M. Noda and N. Ohta: Polymer 53 (2012) 864-872.の階層構造は延伸下での放射光超小角X線散乱(USAXS)と放射光小角X線散乱(SAXS)を用いて明らかになっている。最近、PDMS中のシリカ凝集体の構造変化について放射光を用いた延伸同時SAXS観察を行った報告において、PDMSの3倍程度の延伸において含有シリカ凝集体の延伸方向への異方性が観察された[10][10] G. J. Schneider and D. Göritz: J. Chem. Phys. 133 (2010) 024903.。しかしながら、階層構造の有無および高延伸下での詳細なシリカ凝集体の構造変化は明らかとは言えない。
 そこで、本研究では放射光を用いた延伸同時USAXS/SAXS構造解析手法を用いて、PDMS中の延伸に伴うフィラー凝集体の階層構造の変化について明らかにしたので報告する。

 

 

2. 実験
2.1 試料
 本研究で用いたビニル基含有ポリジメチルシロキサン(ビニル基含有量0.4 mol%)は既報により合成した[11][11] C. Brick, K. Senoo, M. Mori and K. Ito: International SAMPE Technical Conference 44 (2007).。シリカ粒子は日本アエロジル社製(平均一次粒子径7 nm)を用いて、各配合量(0, 25.6, 34.1 wt.%)にて調整した。シランカップリング剤としてGelest社製のヘキサメチレンジシラザンを用い、硬化触媒としてGelest社製の白金/ジビニルテトラメチルシロキサン錯体を用いた。

2.2 シリコーンゴムの作製
 ビニル基含有ポリジメチルシロキサン100 per hundred rubber(phr)に、ヘキサメチルジシラザン10.5 phrと水5.25 phrを予め混練し、その後、シリカ粒子を加えて混練することで混練物を得た。シリカ粒子添加後の混練は、カップリング反応のために窒素雰囲気下、75℃の条件下で1時間混練する第1ステップと、副生成物(アンモニア)の除去のために減圧雰囲気下170℃の条件下で2時間混練する第2ステップとを経ることで行った。また、得られた混練物は、室温にまで冷却させ、この混練物に白金触媒0.05 phrを加えた後、ロールで混練を行いシート化し、170℃、10 MPaで10分間プレスし、1 mmのシート状に成形するとともに一次硬化した。続いて200℃で4時間二次硬化を行い架橋体を得た。

2.3 測定
2.3.1 引張りおよび引裂き試験
 島津製作所製オートグラフAG-5kNX型を用いて室温にて引張り試験および引裂き試験を行った。試験片はシート状シリコーンゴムを用いて、JIS K6251(2004)に準拠して、ダンベル状3号形試験片、ならびに、JIS K6252(2001)に準拠してクレセント形試験片を作製し、JIS K6251(2004)によるダンベル状3号形試験片の引張り強さおよびひずみ、ならびに、JIS K6252(2001)によるクレセント形試験片の引裂き強さおよびストロークを測定した。ただし、引張り強度、ひずみ、引裂き強度およびストロークの測定に用いた試験片の厚みは1 mmとした。

2.3.2 延伸同時X線測定
 試験片は幅1 mm、円周50 mmのリング形状として、自作のプーリーを備えた高速延伸機により延伸を行った(スキーム1)[12][12] M. Tosaka, M. Noda, M. Ito, K. Senoo, K. Aoyama and N. Ohta: Colloid Polym. Sci. 291 (2013) 2719-2724.。本延伸機を用いることにより、サンプルのチャックでのスリップが起きず、サンプルネッキングが避けられる点およびサンプルの延伸中にX線ビームの照射位置が変化しない点が利点となる。放射光を利用したUSAXS/SAXSおよびMSAXS測定は表1の条件下で測定を行った。ビームラインはSPring-8のBL19B2およびBL08B2、BL03XUを利用した(図2)。

 

表1 測定条件

  Beam Line Detector Wave Length (Å) Camera length (m)
USAXS BL19B2 PILATUS 2M 0.689 41.82
SAXS BL08B2 II+CCD 1.00 4.273
MSAXS BL03XU R-AXIS VII 1.00 1.128

 

スキーム1 定点照射型の高速延伸機

 

図2 BL19B2ラインでの超高速引張試験(1 m/s)同時X線散乱観察

 

 

 サンプルの初期および延伸時の厚みは別途マイクロメーターにて測定した。延伸の際のサンプル厚みは透過率から見積もられたX線吸収係数によって計算した(式1)。
 I = I0e-µt ・・・・・(式1)
 I:透過X線強度、I0:入射X線強度、t:サンプル厚み、µ:X線吸収係数
 ここで、
 t (λ) = t (λ = 1) / √λ
 λ:延伸比

 

 

3. 結果と考察
3.1 引張りおよび引裂き試験
 種々のシリカ含有量のシリコーンゴムの応力歪曲線の結果から以下のことが示された。フィラーとしてシリカを添加しないシリコーンゴムの破断応力は、1 N/mm以下であり、歪はλ = 3で破断に至った。一方、シリカ粒子を25.6 wt.%添加したシリコーンゴムは、λ = 10で応力は10 N/mmを超える値となった。このことからシリコーンゴムはシリカナノ粒子の添加により効率的に補強が成されることが確認できる。我々は表面修飾されたシリカフィラー添加によるゴムの補強効果を利用して種々処方改善を行い、図3に示すように通常の5倍程度の引裂き強度を有するシリコーンゴムの開発に成功した。

 

図3 開発した高引裂き強度を有するシリコーンゴム

 

 

 図4にフィラーが34.1 wt.%含有したシリコーンゴムを用いたサンプル厚みに対する延伸比の影響を示す。見かけのサンプル厚みはシリコーンゴムを延伸させながら放射光X線装置を用いることにより得られたX線透過率から見積もられた。シリコーンゴムの延伸に伴うX線透過率の変化から見積もられた各延伸倍率でのサンプル厚みは線形関数として表される均質な変形であるアフィン変形を仮定した値よりも小さい値となった。一方、実測から得られた厚みはアフィン変形を仮定した値よりも大きいことが分かった。このことから延伸により内部のフィラーの凝集構造が変化していることが示唆された。

 

図4 フィラー34.1 wt.%含有したシリコーンゴムを用いたサンプル厚みに対する延伸比の影響

 

 

3.2 延伸同時X線測定
 延伸過程におけるフィラーの凝集構造の変化と強度との相関を得るため放射光を利用した延伸同時X線測定を行った。図5に延伸における二次元のSAXSパターンの一例を示す。いずれのX線散乱プロファイルにおいても延伸初期から典型的な配向を示すバタフライパターンが得られた[10][10] G. J. Schneider and D. Göritz: J. Chem. Phys. 133 (2010) 024903.

 

図5 延伸における二次元のSAXSパターン

 

 

 これらの結果はシリコーンゴムに補強材として含有しているシリカ粒子凝集体間の干渉による散乱に起因すると考えられ、凝集体の疎密構造内で不均一に延伸されていることが非アフィン変形の要因の一つであることが示唆される。
 図6に得られたバタフライパターンの子午線および赤道方向の±5°の範囲でのセクター平均から延伸に平行および垂直な方向の一次元プロファイルを示す。その結果、並行のプロファイルと垂直のプロファイルが、qが減少するにつれて乖離していくポイントより低いUSAXS領域において、シリコーンゴムの延伸に伴い、延伸に平行な方向のプロファイルの立ち上がりが観察された。このことからマトリックスの延伸に伴い延伸に平行方向でシリコーンゴム内のシリカ凝集体の密度揺らぎが増加し、階層構造が変化していることが分かった。一方、SAXS領域で観察される散乱から剛体球モデルでのフィッティングにより計算された最小単位で存在するシリカ凝集体に起因する形状因子は、延伸に平行および垂直な方向において変化は観察されなかった。

 

図6 フィラー34.1 wt.%含有したシリコーンゴムの延伸による延伸と平行(SD∥)および垂直(SD⊥)方向のUSAXS/SAXS/MSAXS 1Dプロファイル

 

 

3.3 フラクタル次元について
 図6のプロファイルにおいて、関数I(q)~q-(6-Ds)を利用してその傾きを求める解析を行った。Dsは表面粗さの解析に利用される表面フラクタル次元である。延伸に伴う表面フラクタル次元を観察したところ、延伸に平行な方向のみ延伸に伴いフラクタル次元の増加が観察された。これらの結果は延伸に垂直方向における構造変化を伴わないこと、および広角X線回折パターンにおける中間層の形成結果とも関連付けられると考えている。更にUSAXSを用いた測定結果と結びつけて考察することでシリコーンゴム内のシリカ凝集体の階層構造の変化を捉えることができる。現在、シリコーンゴム中のシリカフィラー凝集体の階層構造の延伸同時X線観察における形状因子と質量フラクタルおよび表面フラクタルを考慮した詳細な解析は進行中である。以上の結果から、巨視的な変形挙動がシリコーンゴム複合体内部のフィラーのミクロな変形挙動と密接に関連していることが示された。一方、引裂き強度が低い試料の測定を行って比較した結果ではミクロな変形挙動が観察される前に破断することから、ミクロな変形挙動が引裂き強度などの物性に特異性を与えることが期待される。

 

 

4. おわりに
 本研究では巨視的な変形挙動がシリコーンゴム複合体内部のフィラーのミクロな変形挙動と密接に関連していることを示し、そのことが引裂き強度などの物性に大きな特異性を与えることを示唆した。高引裂き強度を有するシリコーンゴムは通常のシリコーンゴムに比べて5倍を超える引裂き強度を有し、8倍を超える延伸が可能なため、引張り・破壊・経時劣化過程を観察することができる。このことから、材料内のナノフィラー凝集構造が柔軟に変化追従し、強固で柔軟な階層構造を成していることが明らかになる。その結果、更なる高機能素材開発に関する指針が得られ、各種製品でナノ構造制御技術に基づく劇的な物性改良(硬度、引裂き強度、延伸度の独立制御)に成功した。当社の全医療機器製品に対する高強度グレードのソフトマテリアルを使用した製品の割合は年々増加しており、更なる高強度・高信頼性を有する素材開発の重要性が増してきている。本成果をもって、更にお客様に信頼して頂ける新規医療機器製品群の創成に寄与したい。

 

 

謝辞
 本研究を行うにあたり、以下の皆様に多大なご協力を賜りました。この場を借りて厚くお礼を申し上げます。兵庫県立大学産学連携・研究推進機構 放射光ナノテクセンター 桑本滋生博士、漆原良昌博士、李雷博士、横山和司博士、竹田晋吾博士、中前勝彦神戸大学名誉教授、松井純爾兵庫県立大学名誉教授、京都大学化学研究所 登阪雅聡准教授、橋本竹治京都大学名誉教授。
 広角小角X線散乱実験は、主に兵庫県ビームラインBL08B2、フロンティアソフトマター開発産学連合BL03XU、および産業利用IビームラインBL19B2にて実施しました(課題番号:2011B3330、2012A3229、2012B3330)。

 

 

 

参考文献
[1] R. G. Jones, W. Ando and J. Chojnowski: "Silicon-Containing Polymers" Edited by Springer (2001).
[2] C-L. Lee: US Patent 4,162,243 (1979.7.24).
[3] J. E. Mark, D. R. Paul: Prog. Poly. Sci. 35 (2010) 893-901.
[4] J. E. Puskas, E. A. Foreman-Orlowski, G. T. Lim, S. E. Porosky, M. M. Evancho-Chapman, S. P. Schmidt, M. E. Fray, M. Piatek, P. Prowans and K. Lovejoy: Biomaterials 31 (2010) 2477-2488.
[5] D. Yang, W. Zhang, B. Jiang and Y. Guo: Compos. Part A: Appl. Sci. Manuf. 44 (2013) 70-77.
[6] 磯貝由紀子、森田涼介、上原宏樹、山延健、秋山映一:高分子論文集 72 (2015) 110-117.
[7] S. Murakami, K. Senoo, S. Toki, S. Kohjiya: Polymer 43 (2002) 2117-2120.
[8] S. Toki, I. Sics, S. Ran, L. Liu, B. S. Hsiao, S. Murakami, K. Senoo and S. Kohjiya: Macromolecules 35 (2002) 6578-6584.
[9] M. Tosaka, K. Senoo, K. Sato, M. Noda and N. Ohta: Polymer 53 (2012) 864-872.
[10] G. J. Schneider and D. Göritz: J. Chem. Phys. 133 (2010) 024903.
[11] C. Brick, K. Senoo, M. Mori and K. Ito: International SAMPE Technical Conference 44 (2007).
[12] M. Tosaka, M. Noda, M. Ito, K. Senoo, K. Aoyama and N. Ohta: Colloid Polym. Sci. 291 (2013) 2719-2724.

 

 

 

妹尾 政宣 SENOO Kazunobu
住友ベークライト株式会社 研究開発本部
コーポレートR&Dセンター
〒651-2241 兵庫県神戸市西区室谷1-1-5
TEL : 078-992-3902
e-mail : senoo@sumibe.co.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794