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Volume 22, No.2 Pages 128 - 130

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第4回SPring-8文化財分析技術ワークショップ2017報告
SPring-8 Workshop on Analytical Techniques for Cultural Heritage : Report

鈴木 謙爾 SUZUKI Kenji

(公財)特殊無機材料研究所 Advanced Institute of Materials Science

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SPring-8

 

 「先進の光で文化財が語りだす」をテーマにして、第4回SPring-8文化財分析技術ワークショップ/第12回SPring-8先端利用技術ワークショップが、平成29年3月4日午後、朝日新聞東京本社・浜離宮朝日ホールにおいて、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の主催により開催されました。平成27年11月開催の第1回ワークショップならびに平成28年1月開催の第2回ワークショップでは、文化財研究に役立つSPring-8の実験手法ならびに測定事例を紹介し、SPring-8ユーザーを発掘することが主目的でした。しかし、今回の第4回ワークショップでは、実際にユーザーによりSPring-8を用いて得られた研究成果の発表を中心にして、SPring-8利活用のさらなる深化を図るために何をなすべきかがパネルディスカッション形式で検討されました。ワークショップ参加者数も78名に達し、前2回のワークショップに比べて一挙に倍増しました。前回までの参加者は、大学、ミュージアム、研究所等の専門研究者が圧倒的に多いのですが、今回の参加者はいろいろな職種に広がっています。興味深いことに、民間企業の研究者・技術者ならびに無所属の文化財愛好家の参加がかなり目立ちました。
 本ワークショップのプログラムを以下に示します。
〇開会挨拶
 土肥 義治(高輝度光科学研究センター(JASRI))
〇文化財研究ツールとしてのSPring-8
 八木 直人(高輝度光科学研究センター(JASRI))
〇非破壊高エネルギー放射光蛍光X線分析による古代ガラスの起源推定
 ~サーサーン・ガラス容器を中心として~
 阿部 善也(東京理科大学)
〇イランにおける鉄製利器出現の謎を追う
 ~高エネルギー放射光を用いたバイメタル剣のCT画像撮影の成果から~
 四角 隆二(岡山市立オリエント美術館)
〇放射光で江戸・明治の匠の製作技術を探る
 ~自在置物・火縄銃・日本刀などの鉄文化財のX線CT撮影を通して~
 田中 眞奈子(東京藝術大学)
〇パネルディスカッション
 ~文化財研究がSPring-8に求めるもの~
 中井 泉(東京理科大学)
 鈴木 謙爾(特殊無機材料研究所)
 谷一 尚(山陽学園大学)
 山花 京子(東海大学)
〇閉会の挨拶
 中井 泉(東京理科大学)

 

 冒頭に、土肥義治JASRI理事長がワークショップ開会の挨拶を述べられました。その中で、SPring-8における社会・文化利用を学術利用ならびに産業利用に続く第3の柱として伸ばしていきたいとの基本方針の説明があり、参加者一同は大いに勇気づけられ、明るい未来を感じ取ることができました。
 最初の講演では、八木直人JASRI利用研究促進部門コーディネーターから、「文化財研究ツールとしてのSPring-8」と題して、2015A期から始まり2016B期までの2年間に、重点領域指定を受けて実施された文化財分野の研究課題の状況について詳細な説明がありました。この最初の2年間における社会・文化利用分野の全実施課題数は69課題ですが、そのうち41課題が文化財に関する課題であること、測定対象は陶磁器、ガラス、鉄・青銅製品、絵画、漆、木材、染料等の多種多様な文化財資料であること、使用されたビームラインは9本に達すること、測定にはX線回折が一部あるものの、多くは蛍光X線分析、イメージング、赤外分光分析、軟X線分光等の分光分析手法が用いられていること、微小試料測定、局所分析、CT観察も始められていること等々のSPring-8における文化財研究のトレンドが紹介されました。
 続いて、この2年間に実施された多くの文化財研究課題の中から、特にSPring-8放射光の特徴である高輝度・高エネルギーに着目した下記の3ユーザーの研究成果が報告されました。
 阿部善也東京理科大学講師の「非破壊高エネルギー放射光蛍光X線分析による古代ガラスの起源推定~サーサーン・ガラス容器を中心として~」では、SPring-8 BL08Wの116 keV高エネルギーウィグラー光を用いて、大型資料であるサーサーン・ガラス容器中に、微量に存在する重金属元素ならびに、希土類金属元素をppmレベルまで精密に分析した研究成果が述べられました。その結果、イラン北部の古墓より見つかっていたサーサーン・ガラス容器が、サーサーン朝の中心地であったメソポタミア(現在のイラク)で出土したサーサーン・ガラスと同じ化学組成を持つことが示されました。本研究は、SPring-8放射光が大型文化財の非破壊・非接触分析に威力を発揮することを如実に示しています。

 

講演発表の様子

 

 

 四角隆二岡山市立オリエント美術館学芸員の講演「イランにおける鉄製利器出現の謎を追う~高エネルギー放射光を用いたバイメタル剣のCT画像撮影の成果から~」では、北部イランにおいて紀元前15~13世紀の青銅器時代から鉄器時代への移行期に特徴的にみられるバイメタル剣の高分解能X線CTイメージングが、SPring-8 BL28B2の200 keV入射X線を用いて測定されました。その結果、バイメタル剣は鉄茎の周囲に青銅を溶融して流し込む「鋳ぐるみ」技術により制作されていることが初めて明らかにされました。SPring-8において得られる緻密かつ鮮明な3次元画像は、考古学におけるArchaeometry(考古学資料の科学的分析)の寄与をますます確固なものにするでしょう。
 休憩の後、田中眞奈子東京藝術大学特任講師から、「放射光で江戸・明治の匠の製作技術を探る~自在置物・火縄銃・日本刀などの鉄文化財のX線CT撮影を通して~」と題して研究成果が報告されました。日本刀は、古来より砂鉄から製錬された「たたら鉄」を素材として、日本独特の伝統的鍛造プロセスにより作られています。したがって、日本刀の内部組織の詳細を解明することは、日本独自の鉄冶金技術の発展をフォローするためにも極めて重要です。本研究では、SPring-8 BL28B2の200 keV X線ならびにBL20B2の72 keV X線を用いるCT撮影により、日本刀ならびに火縄銃のミクロ内部組織、そして江戸から明治にかけて製作された自在海老置物の可動式内部接合構造の精密観察が行われました。特に興味深い結果として、自在海老置物の可動接合部には銀蝋が流し込まれて、自在に動かしても顕著な摩耗がないように工夫されていること、また火縄銃では非金属介在物分布を巧みにコントロールした高度な銃身組織が形成されていることが解明されました。
 加えて、茨城県にある大強度陽子加速器施設J-PARCのパルス中性子透過分光イメージングを相補的に利用して、火縄銃の断面組織を構成する結晶粒の原子配列、寸法そして歪のマッピング像の解析に非破壊で成功しており、これは画期的な成果です。

 

 今回のワークショップでは、「文化財研究がSPring-8に求めるもの」をテーマとするパネルディスカッションが特別企画され、中井泉東京理科大学教授が司会者として進行されました。最初に4人のパネラーが自己紹介を兼ねて、各自それぞれが文化財研究とSPring-8に関わるに至る経緯をスピーチしました。中井教授からは、放射光による文化財研究のパイオニアとして30年に及ぶ長い研究の中で、放射光を利用する文化財研究がまさに最先端のサイエンスの研究でもあることを実感として味わっているとの格調の高い経験が語られました。若い人たちへの貴重な教訓です。
 2番目に鈴木謙爾(公財)特殊無機材料研究所代表理事からは、東北大学で長らく液体・アモルファス金属の構造の研究に携わっていたが、大学停年退職後、住友金属工業(株)にお世話になり、そのご縁で京都にある泉屋博古館に所蔵されている、三角縁神獣鏡を含む中国古代青銅鏡100面余の出自を、SPring-8放射光を用いて探る機会に遭遇したことが紹介されました。
 3番目の谷一尚山陽学園大学教授は、ガラス文明研究の専門家として岡山市オリエント美術館長時代にSPring-8での研究を始められた経緯、特に国宝・重文クラスの文化財のSPring-8放射光測定に際して想定される注意事項について有用なコメントを話されました。
 4人目の山花京子東海大学准教授も長年にわたりガラスの考古学的研究に従事されており、SPring-8とは1997年以来の古くて楽しいお付き合いであること、その中で産地や成分を同定するには生データに直に触れ、かつ文理融合の視点が不可欠であること等々の貴重なご意見を力説されました。
 その後、各パネラーから、文化財資料の微量分析、内部可視化、非破壊・非接触測定等々に関してSPring-8放射光が期待されるいろいろなケースについてコメントが出されました。特に、文化財研究に特有な問題点として、他に替え難い唯一無二の文化財の安全な運搬・保管、破損・紛失事故、強力X線照射の影響等が言及されました。文化財資料の取り扱いについては、課題申請者であるユーザーが第一義的な責任を有することは言うまでもありませんが、SPring-8としてもその対応策に関して一考をお願いしたいとの意見が述べられました。

 

パネルディスカションの様子

 

 

 公的研究設備であるSPring-8の利用に際しては、文化財研究といえども趣味的なマニアックな課題は避けられるべきでしょう。しかし、文化財の公的学術研究と私的趣味探求の識別は時には判然としません。文化財研究においてSPring-8の利活用が社会的に許容されるには、成果を私蔵するのではなく、積極的に公開・公表することが肝要であるとの指摘がなされました。これは、「SPring-8に求めるもの」のではなく、ユーザーにこそ求められることです。
 最後に、パネルディスカッションのまとめとワークショップ閉会の挨拶が中井教授から述べられ、4時間に及ぶ興味と熱意が満ち満ちたミーティングが閉じられました。
 閉会後、JR浜松町駅近くの居酒屋においてSPRUC文化財研究会メンバーを中心として懇親会が開催され、熱心な研究交流が遅くまで続けられました。

 

 

 

鈴木 謙爾 SUZUKI Kenji
(公財)特殊無機材料研究所
〒982-0252 仙台市太白区茂庭台2-6-8
TEL : 022-281-0572
e-mail : k.suzuki@aims.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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