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Volume 22, No.2 Pages 116 - 119

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第5回JASRIワークショップ「地球惑星科学検討ワークショップ:大容量高圧プレス・ビームラインの将来」報告
5th JASRI Workshop on Science Discussion for Earth and Planetary Science using Large Volume Press: Report

肥後 祐司 HIGO Yuji

(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 第5回JASRIワークショップとして、地球惑星科学検討ワークショップが2017年2月10日に、SPring-8の上坪講堂で開催された。本ワークショップはSPRUCの「地球惑星科学研究会」、「高圧物質科学研究会」との共催で行われ、大容量高圧プレスを使用した高圧科学研究の将来について、10件の口頭発表と総合討論が行われた。参加者は合計31名で人数は少ないものの、JASRIや国内の主要大学のほか、KEK(高エネルギー加速器研究機構)物質構造科学研究所、CROSS東海(総合科学研究機構 中性子科学センター)、QST(量子科学技術研究開発機構)など、放射光・中性子利用研究に携わる国内の高圧科学研究者が一堂に会した。本ワークショップでは、SPring-8における大容量高圧プレスを利用した放射光X線利用高圧科学研究にテーマを絞り、最先端の研究テーマや実験技術について深い議論が行われた。
 SPring-8において、最大荷重1,000トンを超える大容量プレスを備える唯一の共用ビームラインであるBL04B1は、SPring-8共用開始の最初期から稼働しているビームラインのうちの一つであり、先端的な高圧科学研究を約20年にわたり担ってきた。この間、大容量プレスによる準静水圧・高温環境と高輝度放射光の併用により多くの研究成果を生み出してきたが、近年大容量高圧プレスを利用した高圧科学研究は、従来の静的高圧環境下における結晶構造解析や物性測定から、より複雑な動的高圧環境下における高空間分解能・高速時分割測定にシフトしつつある。
 動的高圧環境を利用した研究として、地球惑星分野では、地震や核・マントルダイナミクス解明のためのマントル鉱物の変形や粘弾性定数測定、熔融鉄の粘性測定が試みられつつある。一方、材料科学分野における利用研究はまだ進んでないものの、高圧ニューセラミックスの高速組織制御技術の開発、巨大ひずみ付加による新規機能性材料の合成など、今後多岐にわたる分野拡大が見込まれる。しかしながら現在、SPring-8において大容量高圧プレスに使用しているX線光源は、偏向電磁石による白色X線およびその白色光をSi二結晶分光装置(無集光)により単色化した光源のみであり、上記の時分割測定や高分解能光学系形成のためにはフラックスを含めた光源特性が絶対的に不足していることが否めない。一方、競合する諸外国の情勢においては、DESYで新しい挿入光源、大容量プレスビームラインが完成間近であるなど、BL04B1の有してきた先端性は主に光源性能の限界から徐々に失われつつある。
 そこでSPring-8でも、高圧科学研究分野で新たなサイエンスを引き続き展開していくために、挿入光源の利用が可能な大容量高圧実験用ビームラインの建設が切望されている。以上のような背景のもと本ワークショップでは、地球惑星科学分野を中心として、今後解決すべきサイエンスの展望と大容量プレスを利用した動的高圧環境下におけるその場測定の役割、さらに必要とされる新ビームラインの具体的なデザインなどについて検討を行った。

 

 

2. 各講演のトピックス
 今回、大容量高圧プレスを利用し、世界的にも最先端の研究を行っている研究者9名の方に、外部講演を依頼した。講演は地球惑星科学分野に限定したものの、研究対象や手法は様々であり、大容量高圧プレス技術の応用範囲の広さを物語っていた。以下講演の概要について順に紹介する。
 1件目の講演、「次世代光源と期待されるサイエンス」(大石泰生、JASRI)では、SPring-8-II計画の概要を中心に新しい短周期のアンジュレータ光源の光源特性の紹介と、分光結晶を使用しない高フラックス・ピンクビームの分光技術や利用法が紹介された。大容量高圧プレスでは圧力封止用のガスケット材と圧力媒体により、大きなX線吸収を受ける。新たな短周期アンジュレータによる高エネルギー・高フラックスX線の利用が可能になれば、大容量高圧プレスを利用した時分割実験に大きなブレークスルーをもたらすことが見込まれる。講演後の質問や総合討論でも、本講演で紹介された光源特性に関して特に多くの質問が寄せられ、新アンジュレータへの高い関心が示された。
 2件目の講演は、「DESY・P61.2ビームラインの紹介、そしてSPring-8におけるサイエンス戦略」(西山宣正、東京工業大学)で、昨年の12月までDESYの大容量プレスビームライン(P61.2)のビームライン担当者を務めていた西山氏からDESYの最新情報について紹介があった。講演ではP61.2ビームラインに導入した大型の6軸加圧大型プレスの性能の詳細や、ダンピングウィグラー光源のスペクトルなどが紹介された。DESY・P61.2ビームラインは2017年から共用を開始することが予定されており、今後SPring-8の大容量プレスビームラインの最も強力なライバルになると考えられている。P61.2ビームラインでは高エネルギー・高フラックス光源の特性を生かして、大型の構造材料の非破壊測定も予定されており、SPring-8-IIにおける高エネルギーX線源の活用法について大変参考となった(写真1)。

 

写真1 西山氏によるDESY P61.2ビームラインの紹介の様子

 

 

 3件目は、「相転移カイネティクスの高速時分割測定による惑星内部の動的現象の解明」(久保友明、九州大学)で、地球惑星科学の重要なテーマの一つである、地球深部地震に関する実験的研究について紹介された。深発地震の主因と考えられる脱水分解反応や非平衡状態での高圧相転移では、相転移に伴う動的再結晶や固体流動が重要な要素であるが、時分割2次元X線回折測定がこれらの測定に非常に有効であることが示された。現状のBL04B1では分オーダーの時分割測定しか行えていないが、将来サブミリ秒のX線回折測定が実現すれば、深発地震の発震機構について重要な知見を得うることが紹介された。
 4件目の講演は、「ポストペロブスカイト相転移におけるトポタキシャル関係のその場観察」(山崎大輔、岡山大学)で、下部マントル最下部に存在すると考えられ、マントル対流の理解に非常に重要な高圧鉱物であるポストペロブスカイト相について研究紹介があった。本研究ではペロブスカイト(鉱物名:ブリッジマナイト)からポストペロブスカイトへの相転移における結晶方位関係についてダイヤモンドアンビルセル型高圧装置を使用した予察的な研究結果が紹介された。ポストペロブスカイト相の結晶選択配向や相転移カイネティクスを高圧プレスを使用して精度良く研究するためには、80 keV程度の高エネルギーX線によるX線回折実験が必要であると示された。
 5件目は、「高温高圧変形実験における格子選択配向のその場観察」(西原遊、愛媛大学)について、特に高圧鉱物の変形メカニズムについてこれまでの研究と今後の課題について紹介があった。多結晶試料の個々の粒子について結晶方位と応力を測定することが今後の重要課題であり、高温高圧下での3次元結晶方位マッピング技術の開発が急務であると結論された。
 6件目の「下部マントル鉱物の粘性率測定」(辻野典秀、岡山大学)では、下部マントルを構成する高圧相の2相混合状態での粘性率測定について、高圧実験セルに関する先端的技術開発の紹介があった。また、新光源ビームラインについて具体的な提言もなされ、多結晶試料の粒径や粒子数のその場測定には、高エネルギー(~120 keV)の単色X線の利用や、フラックスを一定に保ったままビームサイズを変更する技術を希望することなどが紹介された。
 7件目の「周期振動におけるその場応力・歪観察による非弾性測定」(芳野極、岡山大学)では、短周期変形実験による地震波の減衰を実験的に再現する、先進的な実験技術について紹介があった。この実験は数Hzの周期的な差応力を高圧プレスに印加するもので、周期加圧装置はすでにBL04B1に導入済みである。これまでの研究で、試料歪を高速で測定する実験には成功しているものの、試料応力の周期変動の高速測定には至っていない。これを実現するためには、ミリ秒オーダーでのX線回折測定が必要であり、高フラックスのX線光源と高速2次元検出器が必須となる。新光源のビームラインにはこれらの機器の整備が必須であると述べられた(写真2)。

 

写真2 芳野氏による周期振動実験の紹介の様子

 

 

 8件目の講演は、「高速2次元X線回折パターン測定による高圧下での岩石破壊の前兆現象の解明」(大内智博、愛媛大学)で、マントル内部で発生する『やや深発地震』の発生原因や発震過程解明のために、岩石試料の破壊に伴う相転移や応力変化を、高温高圧下で測定した研究が紹介された。これまでの研究で、X線ラジオグラフィーにより試料の断層形成のその場観察が可能となったほか、アコースティック・エミッション測定との併用により、断層形成の前兆現象について多くの情報を得ることに成功した。今後、応力(圧力)・ひずみの更なる高速測定(ミリ秒オーダー)が実現できれば、地震現象の理解に重要な情報が得られるとういう展望が示された。
 9件目は、「X線イメージングを用いた液体金属の弾性および界面特性測定」(寺崎英紀、大阪大学)について紹介があった。液体は地球内部にマグマとして存在するだけでなく、地球深部の外核に熔融鉄として大量に存在すると考えられている。融体の密度や流動性を測定するためにX線ラジオグラフィー技術を利用した、高温高圧下での融体の3次元密度トモグラフィーの最新成果が報告された。新光源を利用した研究として、金属−ケイ酸塩の分離過程のその場観察のための、高速CT撮影や元素拡散速度を測定するためにX線吸収端を利用した元素マッピング技術の開発が必要であると提案された。
 10件目の「低粘性流体の落球法による粘性測定」(鈴木昭夫、東北大学)では、融体の粘性率を測定するための落球法による粘性率測定技術について紹介があった。特に粘性率の低い流体の粘性率測定には、高速X線ラジオグラフィー測定技術が必須であり、新光源では高フラックスX線を利用した高速X線ラジオグラフィー撮影技術が必要であると提案された。

 

 

3. 総合討論
 講演後は約1時間、総合討論の時間が設けられており、今後の大型プレス用ビームラインに必要な条件について、様々な議論が活発に行われた(写真3)。要点を列挙する。

・利用するX線のエネルギー範囲は?

→大容量プレスを使用した高圧実験では30 keV以下のX線は吸収により利用できないため、高エネルギーX線の利用に特化すべきである。

・従来の白色X線を利用したエネルギー分散型X線回折測定(EDXRD)の利点はどうするか?

→80 keV以上の高エネルギーX線による、角度分散型X線回折測定とコリメータの高速スキャン、もしくはラジアルコリメータの利用で同等の測定が可能。

→白色X線+Ge-SSD検出器では極端に高フラックスなX線は扱えないのでは?

・測定機器はどうするか?

→CdTeのピクセル型検出器をテスト済み。エネルギー分解能を持つものもあり、アンジュレータ光源の高次光の同時利用も可能では?

・材料科学分野の高圧研究者の意見も集約すべき。
・SPring-8-IIで利用可能な新光源のスペックは?
(以下、今後必要な情報)
・利用したいエネルギー範囲(30-120 keV)が発生可能か?
・イメージング実験で最適なエネルギー範囲。

 

写真3 ワークショップ会場の様子

 

 

4. おわりに
 本ワークショップを通じて、大容量高圧プレスを利用した高圧科学研究の方向性について、多くの研究者の意見を聞くことができた。また総合討論では、高エネルギー・高フラックス光源を使用した空間・時間分解X線回折(イメージ)測定が重要であるという共通認識を持つことができた。本シンポジウムを契機として、放射光利用高圧科学研究の更なる発展と、SPring-8-IIを見据えた高エネルギー・高フラックス光の利用実験へ、具体的な議論がより一層活発になると期待される。
 なお、昨年3月にはSPring-8において、高圧力学会主催、SPRUC地球惑星科学研究会と高圧物質科学研究会の協賛で「コヒーレント放射光を利用した新しい高圧力科学」研究集会も開催している。本ワークショップの議題と最も関連の深い学会である日本高圧力学会では、「コヒーレント放射光を利用した新しい高圧力科学」研究・作業グループを立ち上げ、次期光源の利用が検討されている。今回、上記作業グループの代表である鈴木氏も本ワークショップに参加している。これまで本コミュニティーではユーザー・SPRUC研究会・関連学会と施設側関係者が連携して、新光源を利用した研究・技術開発について検討を続けてきた。今後も引き続き活動を継続、活性化し、将来展望の実現を目指したい。

 

 

 

肥後 祐司 HIGO Yuji
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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