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Volume 22, No.1 Pages 45 - 50

4. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

2015A期 採択長期利用課題の中間評価について
Interim Review Results of 2015A Long-term Proposals

(公財)高輝度光科学研究センター 利用推進部 User Administration Division, JASRI

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SPring-8

 

 第58回SPring-8利用研究課題審査委員会長期利用分科会(2016年10月)において、2015A期に採択された7件の長期利用課題の中間評価が行われました。
 長期利用課題の中間評価は、実験開始から1年半が経過した課題の実験責任者が成果報告を行い、長期利用分科会が、対象課題の3年目の実験を実施するかどうかの判断を行うものです。以下に対象課題の評価結果および評価コメントを示します。

 

-課題1-
課題名 普遍元素を用いる高機能触媒の創製:先端放射光技術の包括的利用に立脚した触媒元素戦略の実現
実験責任者(所属) 高谷 光(京都大学)
採択時の課題番号 2015A0114(BL02B1)、2015A0121(BL14B2)、2015A0122(BL27SU)、2015A0123(BL40XU)
利用ビームライン BL02B1、BL14B2、BL27SU、BL40XU
評価結果 3年目を実施する

 

[評価コメント]
 当該課題は、Pt、Pdなどの貴金属触媒を利用する現行の化学合成プロセスをFe、Mn、Co、Ni、Cu等、比較的資源量が豊富な元素で代替する新しい均一系触媒システム創製を目標に、NMRでの構造決定が難しいFe等の3d金属元素触媒の分子構造や電子状態を、XAFSとX線回折を併用して明らかにすることを目的とした元素戦略の視点からも意義深い課題である。
 これまでに実施された課題実験を通じて軟X線用と硬X線用のフローセルの独自開発に成功し、BL14B2での硬X線溶液XAFS、BL27SUでの軟X線溶液XAFSの測定を可能とし、Fe触媒クロスカップリングをはじめとする様々な均一系触媒反応の触媒中間体の同定と構造決定に成功している。特に、Feクロスカップリング反応において反応活性種の精密な構造や反応機構を明らかにしたことは、本長期利用課題の特筆すべき成果のひとつである。また、単結晶X線回折により得られた触媒中間体の構造とXAFSより得られた構造の比較から立体構造決定におけるXAFSの有効性を証明したことは、測定手法が異なる複数のビームラインを併用できる長期利用課題の特徴を有効に活用した成果である。
 これらの成果は、金属元素の価数や立体構造に関する知見が得られるXAFSの触媒研究における有効性を見事に示すもので、民間企業3社を含む10件以上の共同研究に発展していることを高く評価したい。XAFSスペクトルは解析の任意性が高いことに留意しつつ、触媒反応過程解明に向けた実験技術開発により多くの成果が創出されることを期待している。

 

[成果リスト]
(査読付き論文)

[1]SPring-8 publication ID = 31106
T. Katayama et al.: "Two-Step Synthesis of Boron-Fused Double Helicenes" Journal of the American Chemical Society 138 (2016) 5210-5213.

[2]SPring-8 publication ID = 31335
Y. Bando et al.: "Ion-Pairing Assemblies Based on Pentacyano-Substituted Cyclopentadienide as a π-Electronic Anion" Chemistry - A European Journal 22 (2016) 7843-7850.

[3]SPring-8 publication ID = 31815
W. Naito et al.: "Doubly N-Methylated Porphyrinoids" Organic Letters 18 (2016) 3006-3009.

[4]SPring-8 publication ID = 32098
K. Isozaki et al.: "Synthesis and Applications of (ONO Pincer)Ruthenium-Complex-Bound Norvalines" Chemistry - An Asian Journal 11 (2016) 1076-1091.

[5]SPring-8 publication ID = 32099
R. Yoshida et al.: "ONO-Pincer Ruthenium Complex-Bound Norvaline for Efficient Catalytic Oxidation of Methoxybenzenes with Hydrogen Peroxide" Organic & Biomolecular Chemistry 14 (2016) 7468-7479.

[6]SPring-8 publication ID = 32100
K. Isozaki et al.: "Synthesis of Gold Nanoparticles Bearing Supramolecular Interface for Highly Efficient Catalysts" 62nd Symposium on Organometallic Chemistry, Japan (2015) 119.

[7]SPring-8 publication ID = 32103
R. Agata et al.: "Iron Fluoride/N-Heterocyclic Carbene Catalyzed Cross Coupling-between Deactivated Aryl Chlorides and Alkyl Grignard Reagents with or without β-Hydrogens" Synthesis 47 (2015) 1733-1740.

[8]SPring-8 publication ID = 32104
S. Nakajima et al.: "Synthesis, Structure and Reactivity of Aryliron Intermediates in Iron-Catalyzed Cross-Coupling Reaction" 62nd Symposium on Organometallic Chemistry, Japan (2015) 160.

[9]SPring-8 publication ID = 32105
S. Saito et al.: "Iron-Catalyzed Enantioselective Carbometalation of Azabicyclic Alkenes with Organozinc Reagents" 62nd Symposium on Organometallic Chemistry, Japan (2015) 164.

[10]SPring-8 publication ID = 32106
Y. Aoki et al.: "Iron-Catalyzed C-H Amination of Aniline Derivatives" 63rd Symposium on Organometallic Chemistry, Japan (2017) 147.

[11]SPring-8 publication ID = 32108
H. Takaya et al.: "Solution-Phase Structure Analysis of Molecular Catalysts Based on X-ray Absorption Spectroscopy" Chemistry and Chemical Industry 69 (2016) 391-393.

[12]SPring-8 publication ID = 32114
Y. Haketa et al.: "Dipyrrolylpyrimidines as Anion-Responsive π-electronic Systems" Organic & Biomolecular Chemistry 14 (2016) 8035-8038.

 

 

-課題2-
課題名 革新的機能性ゼオライトの設計を目的とした生成メカニズムの時分割原子・ナノスケール解析
実験責任者(所属) 脇原 徹(東京大学)
採択時の課題番号 2015A0115
利用ビームライン BL04B2
評価結果 3年目を実施する

 

[評価コメント]
 本長期利用課題は、分子ふるい、イオン交換材料、吸着材料、バイオディーゼル燃料や排気ガス浄化触媒として大量に生産され、利用が増大しているゼオライトに新機能、高活性、高耐久性を付与する基盤技術創製を目指したゼオライトの生成過程と機構の解明を目的としている。
 本課題の採択にあたっては、時分割測定に伴う膨大な実験データからナノスケールでの構造情報の効率的な解析の必要性が指摘されていたが、これまでの2年間で分子動力学法とReverse Monte Carlo法を併用した信頼性の高い構造解析法を開発した。この解析手法を用いて、非晶質と結晶が混在するゼオライト生成過程を構成原子の二体分布関数の変化として抽出し、結晶だけでなく非晶質の構造も定量的に取り扱うことに成功している。また、この手法を機能性発現のために広範に利用されている金属包含ゼオライトの構造解析に適用し、Hfを包含したゼオライトについてゼオライト骨格と添加金属の二体分布関数を差し引くことにより、ゼオライトにヘテロ原子として導入したHfは骨格外では酸化物クラスターとして存在するが、骨格中では金属として存在することを明らかにした。高機能性触媒の生成機構に関しては、プラチナ触媒代替材料として注目されているが、酸化被膜の生成によって機能を失いやすく、構造決定も困難であった炭化モリブデン(Mo2C)について、Mo2Cをゼオライト中に導入することによって得られる高い反応選択性と耐久性が、Mo2Cクラスターがゼオライト細孔中に充填された構造によるものであることを示した。特に、Mo2Cやゼオライト単体には無い特異な反応選択性は、両者が近接していることによる協奏的反応であることは、これまでにない高い機能を持ったゼオライトの設計指針として重要な成果である。さらに、当初計画では想定されていなかった成果として、有機構造規定剤を添加して合成される*BEA、CHA型ゼオライトの結晶生成過程の違いを原子レベルで解明することに成功している。
 以上のように、高機能ゼオライトの生成過程と機構の解明を目的とする本課題は、部分的には計画より進んだ成果を上げていると評価できる。最終年度にはこれまでに困難だった水熱条件下でのゼオライト合成のin situ測定を実現し、原子レベルでの結晶への変化過程を解明していただきたい。

 

[成果リスト]
(査読付き論文)

[1]SPring-8 publication ID = 29615
Z. Liu et al.: "A Top-Down Methodology for Ultrafast Tuning of Nanosized Zeolites" Chemical Communications 51 (2015) 12567-12570.

[2]SPring-8 publication ID = 32342
M. Kanezashi et al.: "Tailoring the Subnano Silica Structure via Fluorine Doping for Development of Highly Permeable CO2 Separation Membranes" ChemNanoMat 2 (2016) 264-267.

[3]SPring-8 publication ID = 32343
H. Yamada et al.: "Downsizing AFX Zeolite Crystals to Nanoscale by a Postmilling Recrystallization Method" Crystal Growth & Design 16 (2016) 3389-3394.

[4]SPring-8 publication ID = 32344
T. Ikuno et al.: "Structure-Directing Behaviors of Tetraethylammonium Cations toward Zeolite Beta Revealed by the Evolution of Aluminosilicate Species Formed during the Crystallization Process" Journal of the American Chemical Society 137 (2015) 14533-14544.

 

 

-課題3-
課題名 サイト選択原子イメージングを基盤技術とした蛍光X線・光電子ホログラフィーの相乗利用研究領域の開拓・創成
実験責任者(所属) 林 好一(名古屋工業大学)
採択時の課題番号 2015A0116(BL13XU)、2015A0124(BL25SU)、2016A0128(BL39XU)
利用ビームライン BL13XU、BL25SU、BL39XU
評価結果 3年目を実施する

※BL39XUは2016A期より利用開始した。

 

[評価コメント]
 本長期利用課題は、蛍光X線ホログラフィーと光電子ホログラフィーの相補的特徴を利用した新しい研究領域の開拓と創成を目標としている。すなわち、蛍光X線と光電子の脱出深さの違いに着目し、それぞれのホログラムからバルクと表面のサイト選択的局所構造を再構成することで、先端材料の構造情報を相乗的に得ることを目指している。
 前半の3期(2015A~2016A)では装置整備と応用研究を実施してきた。新学術領域研究「3D活性サイト科学」の助成のもとで新型蛍光X線ホログラフィー装置を建設し、50ミクロンサイズの試料の測定を可能にするとともに、測定時間も従来の装置と比べて1/3に短縮することに成功している。また、JASRIにおいて開発された減速電界型アナライザーを用いて、化学シフトが観測可能なエネルギー分解能で光電子ホログラムの観測に成功している。応用研究として、構造材料用合金、光触媒材料、酸化物薄膜、機能性合金、超伝導体の測定を行っている。これらの研究から一定の成果が出ており、本長期利用課題は当初の計画どおりに進んでいると判断できる。
 本課題期間の後半では、超伝導材料や新規絶縁体のサイト選択蛍光X線・光電子ホログラフィーの融合研究を推進し、これら先端材料の機能を解明するうえで重要な活性サイトの決定を計画している。この計画は目標を達成するうえで適切かつ重要であり、継続して3年目を実施するべきと判断する。ただし、前半の応用研究では蛍光X線・光電子ホログラフィーの相乗的な成果が十分には見えていない。実験責任者より提出された中間評価事前提出書類の報告にあるように、蛍光X線と光電子の融合研究により表面とバルクの構造を明らかにすることで、材料開発において価値ある知見を提供する相乗的成果が示すことを念頭において3年目を実施していただきたい。

 

[成果リスト]
(査読付き論文)

[1]SPring-8 publication ID = 30591
K. Sugita et al.: "Development of Micro-Photoelectron Diffraction at SPring-8 BL25SU" e-Journal of Surface Science and Nanotechnology 14 (2016) 59-62.

[2]SPring-8 publication ID = 32027
K. Kaminaga et al.: "A Divalent Rare Earth Oxide Semiconductor: Yttrium Monoxide" Applied Physics Letters 108 (2016) 122102.

[3]SPring-8 publication ID = 32404
F. Matsui et al.: "Photoelectron Holographic Atomic Arrangement Imaging of Cleaved Bimetal-intercalated Graphite Superconductor Surface" Scientific Reports 6 (2016) 36258.

 

 

-課題4-
課題名 スピントロニクスデバイスの外場誘起スピン秩序現象の可視化
実験責任者(所属) 小野 輝男(京都大学)
採択時の課題番号 2015A0117(BL25SU)、2015A0125(BL39XU)
利用ビームライン BL25SU、BL39XU
評価結果 3年目を実施する

 

[評価コメント]
 本課題は、次世代スピントロニクスデバイス開発につながると期待される、外場によるスピン秩序やスピン流の制御、及びそのメカニズム解明を目指して、X線ナノビーム磁気分光計測手法により、元素選択的にミクロスコピックな電子状態を解明することを目的としている。
 この2年間の成果として、Pt/Co薄膜において電界によりPtに磁性が誘起されるという非常に興味深い現象を見出したばかりでなく、スピン流に起因するスピン蓄積現象の可視化を通じて、ジャロシンスキー・守谷相互作用を定量的に評価する手法を導出し、この相互作用の強度が温度によって変化すること、及びその変化が軌道モーメントの変化に呼応していることを発見した。これらの成果はいずれも世界に先駆けての新発見であり、このような競争の激しい分野において、今後もリードし続けるためにも、最終年度も継続して目標を達成していただきたい。
 最終年度の実施計画である、非磁性である単体のPt薄膜における電圧誘起磁性の検証、及びジャロシンスキー・守谷相互作用と軌道磁気モーメントの相関の研究は、いずれも重要な新発見につながるものであり、将来のスピントロニクスデバイス開発の鍵になると期待される。上記の理由から、本課題は長期利用課題として最終年度も継続して実施するのに相応しい課題であると判断する。なお、ジャロシンスキー・守谷相互作用は結晶構造の対称性に敏感であることから、温度変化のメカニズム解明については、構造変化の可能性も検討していただきたい。

 

[成果リスト]
 登録なし

 

 

-課題5-
課題名 ナノX線顕微分光法を利用した分子環境地球化学的アプローチによるサステナブル科学の推進
実験責任者(所属) 高橋 嘉夫(東京大学)
採択時の課題番号 2015A0118(BL01B1)、2015A0126(BL27SU)、2015A0127(BL37XU)
利用ビームライン BL01B1、BL27SU、BL37XU
評価結果 3年目を実施する

 

[評価コメント]
 本課題は、ナノX線顕微分光法を用いて、環境・エネルギー科学を推進することを目的としている。申請書に記された具体的な研究内容・対象は、1. エアロゾル(PM2.5)中の鉄化学種の解明と地球温暖化への影響の推定(温暖化・気候変動関連)、2. マンガン団塊・硫化物中の白金や風化花崗岩中のレアアース・セシウムなど、有用元素や有害元素の濃集過程の解明(資源・環境科学)、3. 微生物を用いた資源回収(バイオテクノロジー)である。本課題では、複数のビームラインを用いたナノX線顕微分光法の高度化及び活用を通して、高輝度放射光が環境・エネルギー科学に資する有力なツールであることを社会に更に広く示す成果が得られると期待される。
 ビームライン担当者達との連携の下で、微小ビームを活かした高感度蛍光分光XRF-XAFS法の実用化、QXAFSや蛍光X線のマッピング測定の高速化、差XRFマッピングの実現など実際の測定に当たり、実験の進め方を判断するために要する時間や測定時間を短縮する方法を実現している。これらの手法は他の課題にも有効であり、放射光利用に長けていない多くの研究者によって放射光を活用した研究を支えると期待される。
 研究課題の1、2を優先し、それぞれ計画どおりに研究が進捗している。また、環礁の土壌を比較し、表層の土壌(堆積物)で酸性化が起き、土壌中の有孔虫からMgが溶出して有孔虫の空隙率が増加していることを明らかにした。
 今後は、これらの対象についてエネルギー可変のX線µ-CT分析を行い、XAFS−CT分析で環境化学的に有効なデータを得ることを計画しており、3年目の実施を推奨する。
 これらの研究成果が地球温暖化対策の策定などの分野で活用されるように研究成果の発信を期待する。また、提案されている研究課題は社会的関心も高いものであるので、社会へ向けた情報発信を進めていただきたい。

 

[成果リスト]
(査読付き論文)

[1]SPring-8 publication ID = 30869
Y. Takahashi et al.: "Transfer of Rare Earth Elements (REE) from Manganese Oxides to Phosphates during Early Diagenesis in Pelagic Sediments Inferred from REE Patterns, X-ray Absorption Spectroscopy, and Chemical Leaching Method" Geochemical Journal 49 (2015) 653-674.

[2]SPring-8 publication ID = 32084
M. Kurisu et al.: "Variation of Iron Isotope Ratios in Anthropogenic Materials Emitted through Combustion Processes" Chemistry Letters 45 (2016) 970-972.

[3]SPring-8 publication ID = 32085
K. Fukushi et al.: "Arsenate Sorption on Monohydrocalcite by Coprecipitation during Transformation to Aragonite" Journal of Hazardous Materials 304 (2016) 110-117.

[4]SPring-8 publication ID = 32494
M. Kurisu et al.: "Very Low Isotope Ratio of Iron in Fine Aerosols Related to Its Contribution to the Surface Ocean" Journal of Geophysical Research 121 (2016) 11119-11136.

[5]SPring-8 publication ID = 32620
K. Tokunaga et al.: "Application of Arsenic in Barite as a Redox Indicator for Suboxic/Anoxic Redox Condition" Chemical Geology 447 (2016) 59-69.

 

 

-課題6-
課題名 ゲノム編集ツールCas9エンドヌクレアーゼのX線結晶構造解析
実験責任者(所属) 濡木 理(東京大学)
採択時の課題番号 2015A0119
利用ビームライン BL41XU
評価結果 3年目を実施する

 

[評価コメント]
 本長期利用課題は、現在多くの注目を集めている、細菌の免疫システムを利用したゲノム編集ツールであるCas9エンドヌクレアーゼのX線結晶構造解析を行い、その変異体解析により、より高効率で使いやすいゲノム編集ツールを開発することを目的としている。2015A~2016A期においては、3種類の細菌に由来するCas9とRNA、DNAとの複合体の構造解析を行って、配列認識の元となる構造的特徴を明らかにしている。さらに、これらの立体構造に基づいてCas9改変体を作成し、配列認識の改変に成功しているとともに、その構造的裏付けを確認している。また、最近発見されたCas9と類似のエンドヌクレアーゼであるCpf1についても、RNA、標的DNAとの複合体を結晶化し構造を明らかにして、CPf1のDNA切断機構を解明した。これらの成果はCell誌の3本の論文を始めとして高インパクトファクターの雑誌に掲載されており、大きな成果として世界的に認知されている。
 これらの研究は、より小さく細胞に入れやすいCas9や、より広範囲の配列を標的にできるCas9を作るなど、ゲノム編集ツールを改良する上での基礎データを提供するものである。今後はさらに多くのCas9類似タンパクについても構造を決定し、また多くの改変体を作り出してその構造と配列認識機能の関係を明らかにすることによって、ゲノム編集ツールの改良が進められることが期待できる。本研究テーマは国際的に注目を浴びており、特許競争が厳しくなっているが、これまでどおりにアカデミックな姿勢を貫き、広く利用されるゲノム編集ツールが生み出されることが望まれる。よって、本課題は3年目も実施することが適当である。

 

[成果リスト]
(査読付き論文)

[1]SPring-8 publication ID = 32883
H. Nishimasu et al.: "Crystal Structure of Staphylococcus aureus Cas9" Cell 162 (2015) 1113-1126.

[2]SPring-8 publication ID = 32884
H. Hirano et al.: "Structure and Engineering of Francisella novicida Cas9" Cell 164 (2016) 950-961.

[3]SPring-8 publication ID = 32885
S. Hirano et al.: "Structural Basis for the Altered PAM Specificities of Engineered CRISPR-Cas9" Molecular Cell 61 (2016) 886-894.

 

 

-課題7-
課題名 自己組織化巨大球状錯体分子群の単結晶X線構造解析とタンパク質構造解析への展開
実験責任者(所属) 藤田 誠(東京大学)
採択時の課題番号 2015A0120(BL38B1)、2016A0129(BL41XU)
利用ビームライン BL38B1、BL41XU
評価結果 3年目を実施する

※BL41XUは2016A期より利用開始した。

 

[評価コメント]
 本課題は、自己組織化された巨大球状錯体分子、及び、その内部にタンパク質分子を包含させた球状錯体分子−タンパク質複合体の構造解析の基盤技術を確立し、自己組織化された巨大球状錯体分子群を生体高分子やナノ粒子との複合利用による産業利用へ展開することを目的にしている。
 本課題の2年間には、球状錯体分子の大型化に際して「配位子の柔軟性」が重要であることを見出し、その柔軟性を制御するために、「柔らかさ」を有する有機配位子スペーサーを設計して自己集合挙動を検討した。その結果、M30L60という構成成分90の前人未踏の巨大分子の精密合成に成功するとともに、溶媒(水分子)含有率90%という難度の高い構造解析にも成功した。さらに、当初の計画では想定していなかった自己集合の本質に迫る興味深い幾何学的な問題も見出され、その成果もNature誌に投稿中である。これらはいずれも世界に先駆けての非常にユニークな研究成果で、X線結晶構造解析の分野においてネックとなっている結晶化の問題が解決され、パラダイムシフトが期待できる。
 本課題がスタートした時点では、有機配位子をスペーサーとして用いたM12L24錯体を合成し、その内部に小タンパク質であるユビキチンを内包することに成功したが、X線構造解析の結果、錯体内部に包接されたタンパク質が揺らいでおり、タンパク質に由来する電子密度は観測されるものの、その解釈(アミン酸残基の帰属など)は困難であった。
 以上のことから、今後は、M30L60への中・大タンパク質分子の内包と結晶化、構造解析へと研究を展開させるとともに、小分子の包接のときに見られた自己組織化錯体分子の適合誘導的な構造変化による分子の固定化に習い、巨大球状錯体内部におけるタンパク質分子の固定化の問題にも精力的に取り組まれたい。

 

[成果リスト]
(査読付き論文)

[1]SPring-8 publication ID = 32201
D. Fujita et al.: "Self-Assembly of M30L60 Icosidodecahedron" Chem 1 (2016) 91-101.

[2]SPring-8 publication ID = 32690
D. Fujita et al.: "Self-Assembly of Tetravalent Goldberg Polyhedra from 144 Small Components" Nature 540 (2016) 563-566.

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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