Volume 21, No.4 Pages 293 - 296
2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
The 12th International Conference on Biology and Synchrotron Radiation(BSR2016)会議報告
The 12th International Conference on Biology and Synchrotron Radiation Report
今回で12回目となったInternational Conference on Biology and Synchrotron Radiation(BSR2016)が、2016年8月21日~24日の期間で、アメリカ合衆国カリフォルニア州メンローパークで開催された。日本ではまだまだ暑さの厳しい時期であったが、飛行機から降りたサンフランシスコでは上着があってもよいくらいの涼しさであった。サンフランシスコから南東へ約45 kmのメンローパークでは、会期中は、朝は必ず曇り、日中は快晴という日々であったが、夕方以降上着は手放せなかった。
会場となったSLAC国立加速器研究所は、サンフランシスコからつながるカルトレイン(鉄道)のパロアルト駅から南へ下り、スタンフォード大学キャンパスを経た先に位置する。スタンフォード大学は実に広大なキャンパスをもっており、大学のランドマークであるフーバータワーや、その近くにビジターセンターがあり、ここを起点としたキャンパスツアーも行われている。また、キャンパス内にはメモリアルチャーチやコンサートホール、美術館、隣接してショッピングセンターまでもあり、先述のパロアルト駅からも出ている無料のマルガリータバスがキャンパス内で運行され、さながら一つの街の様相を呈している。SLACへはこのマルガリータバスを利用して行くこともできるが、駅からの直行便はなく、いささか遠いため、SLAC敷地内のゲストハウスを利用することが推奨のようであった。
会場となったSLAC/Science & User Support Building
さて、今回のBSR2016では、オーラル発表はSLAC内の施設であるScience & User Support BuildingのPanofsky Auditoriumで行われた。パラレルセッションは行われず、すべてのオーラル発表がこのPanofsky Auditoriumで行われた。各オーラルセッションは招待講演と一般講演で構成され、放射光やXFELを用いたBiology研究、またX線と、他の測定・解析技術を複合的に利用した応用研究について講演が行われた。オーラル発表は全部で9つのセッションで構成され、セッションの最初に招待講演が行われ、引き続き一般講演が行われた。各セッションのテーマは次のとおりである。
Session 1: Membrane Proteins
Session 2: Macromolecular Complexes
Session 3: Hybrid Methods
Session 4: Bioinformatics and Computing
Session 5: Science with Upgraded SRS
Session 6: Industrial or Pharmaceutical Applications
Session 7: X-ray/IR Imaging/SR-CDI
Session 8: Dynamics
Session 9: 7 Years of XFEL in Structural Biology
本稿では、これらの中からピックアップした、いくつかの口頭発表について報告を行う。
まず、オープニングトークでは、スタンフォード大学教授である若槻壮一氏より、BSRの歴史を中心とした講演がなされた。引き続き、RCSB PDB DirectorのStephen Burley氏、LCLS DirectorateのMichael Dunne氏、SSRL DirectorのKelly Gaffney氏より挨拶があった。
Chairの若槻スタンフォード大学教授(Panofsky Auditorium)
セッション1では、Membrane Proteinsということで、膜タンパク質の構造研究について6件の講演が行われた。上海科技大学 iHuman InstituteのZhi-Jie Liu氏からは、細胞のシグナル伝達に重要であるヒト由来のGタンパク質共役受容体(G protein-coupled Receptor: GPCR)について、その構造と機能に関する研究についての講演が行われた。ヒト由来GPCR構造の報告数が未だ少ないのは、その発現と結晶化の効率の悪さにある。そこでヒト由来GPCRについて、発現と結晶化効率の向上を目的として、意図的に変異でジスルフィド結合を導入し、GPCRの構造を安定化させて発現させる手法の研究が紹介された。またさらに、XFELのフェムト秒レーザーを利用するシリアルフェムト秒結晶構造解析(SFX)による構造決定において、タンパク質がもつ硫黄原子の異常分散を利用する単波長異常分散法(S-SAD法)による位相決定の高効率化への応用と展望も紹介された。
岡山大学の沈建仁氏からは、Photosystem IIの構造解析について、SPring-8で測定された1.9 Åの構造、およびSACLAで比較的大きな結晶で利用されるfixed-target crystallography法を用いて、無損傷測定がなされた1.95 Åの構造が紹介された。さらに、活性中心に存在するMnクラスターと呼ばれる構造の、反応中間状態を明らかにするために、ポンプ・プローブ法を利用し、時分割SFXによって得られた構造について、電子伝達経路などの詳細説明がなされた。
セッション2のMacromolecular Complexesでは、タンパク質複合体について6つの講演がなされた。東京大学の濡木理氏からは、ゲノム編集ツールとして注目されているCas9タンパク質およびCpf1タンパク質の構造解析とその機能について報告がなされた。先に報告されたCas9では、2本のガイドRNAと結合し、ガイドRNAの一部と相補的な2本鎖DNAを見つけ出して狙った場所を切断するが、Cpf1では1本鎖のガイドRNAと結合し、切断された末端がCas9の時のそれとは異なる切り口となることを、その構造解析の結果から説明がなされた。
セッション3のHybrid Methodsでは、X線/ニュートロン結晶学、電子顕微鏡単粒子解析、ラマン/吸収分光、表面プラズモン共鳴(SPR)など複数の手法を複合的に用いることで、構造と機能をより詳細に研究する手法に主眼が置かれ、7つの講演がなされた。University of EssexのMichael A. Hough氏より、X線結晶構造解析と単結晶分光測定を組み合わせた測定法について紹介がなされた。タンパク質の酸化還元状態や基質の結合状態を正確に見積もるためには、X線回折測定中に分光測定による状態評価が有効であり、また溶液状態のデータと比較し、反応中間状態の特定も可能となる。本発表ではX線構造解析と分光測定により、ヘムタンパク質の温度依存性による構造と状態変化を捕捉した例や、銅結合タンパク質において、X線照射により結合部位近傍が連続的に変化する様子の、温度による違いを、動画として再構成させた解析例の紹介がなされた。
セッション4のBioinformatics and Computingでは、解析計算法やバイオインフォマティックスによるclassificationについて6つの講演がなされた。University College LondonのChristine Orengo氏からは、CATH FunFamsと呼ばれる、新しいタンパク質構造の分類法について紹介がなされた。アミノ酸配列・構造などにクラスタリングを適用して、分類を行われるのがCATHデータベースであるが、新しい手法では、このCATHの各スーパーファミリーに、隠れマルコフモデルと呼ばれる解析手法を適用し、タンパク質の機能をベースとするクラスタリングを行うということであった。これにより、10,000種の類似構造・機能をもつ分類(CATH FunFams)が同定され、例えば、CATH FunFamsで見出される保存された側鎖により、同じクラスターの構造で活性部位が特定できるとのことであった。
University of LiverpoolのDan Rigden氏からは、分子置換法による解析が適用できない場合に、バイオインフォマティクスによって解を得るソフトウェアの開発が紹介された。本手法ではAMPLEと呼ばれるソフトにより、目的のタンパク質のうち、小さい部分構造に対し、全体としては一致度が低くても部分的に類似している構造コアを見つけて部分置換を行うことで計算の成功率を上げる。AMPLEで試してみると良い目的タンパク質としては、あまり大きすぎない新規構造のもの、コイルドコイル構造をもつもの、既存の分子置換法が効かない複数の類似構造をもつものなどが挙げられるとのことであった。
セッション5のScience with Upgraded SRSでは、放射光施設のアップグレードについて5つの講演がなされた。このうち、MAX IV LaboratoryのMarjolein Thunnissen氏からは、現在コミッショニング中のMAX IVについて、現状とそのスペックの紹介がなされた。MAX IVは1.5 GeVと3 GeVのストレージリングから成り、3 GeVリングでは19本のビームラインが建設されている。Biology関連のビームラインとして、多目的SAXSのためのCoSAXS beamline、2.4~40 keVのエネルギーに対応し、多様な核種が利用可能な(Bio)XAS/XES測定用のBalder beamline、100フェムト秒パルスを出すFemtoMAX、ハイスループット回折データ測定を目的としたBioMAXが説明された。
Northwestern UniversityのGayle Woloschak氏からは、APSにおけるX線蛍光イメージング技術向上の試みについて報告がなされた。この分野では、ナノ粒子で修飾した生物試料(細胞、オルガネラ、細胞内外の分子)に対し、フォーカスしたX線で走査することにより、試料内での粒子の分布をモニタリングする技術が向上しているとのことであった。その研究例として、がん細胞の一種であるヒーラ細胞に対し、Ti、Fe、Znを導入し、異なるフォーカスサイズのビームを用いることで細胞の形状から、細胞内のナノ粒子の局在までスケールをまたがって観察される様子が示された。
セッション7のX-ray/IR Imaging/SR-CDIでは、6つの講演がなされた。このうち、Paul Scherrer InstituteのAndreas Menzel氏より、X線タイコグラフィーを利用したX線イメージング研究の紹介がなされた。X線タイコグラフィーはレンズを用いないイメージング技術であるコヒーレントX線回折イメージング(Coherent X-ray Diffraction Imaging: CXDI)の1つとして分類され、走査型CXDIとも呼ばれている。実施例として凍結した酵母細胞の3D密度マップが150 nm分解能で示され、脂質、でんぷん質、細胞質などが可視化されていた。3D再構成はビームタイム中にすぐさま可能であり、フィードバックをかけることができるとのことである。また、放射線損傷の激しい試料に対応するため、OMNYと名付けられたクライオ環境で測定するための装置の開発が紹介され、マウス脳のクライオタイゴグラフィーによるトモグラフ像の再構成の成功例が紹介された。
セッション8のDynamicsでは、反応のメカニズムや時間依存の構造変化などに着目した6つの演題が講演された。このうち、University of WisconsinのMarius Schmidt氏より、LCLSを利用した、Photoactive Yellow Protein(PYP)の時分割SFXについて報告がなされた。Gas Dynamic Virtual Nozzleと呼ばれる装置で微結晶をインジェクションし、140フェムト秒のパルスレーザーで励起、40フェムト秒のX線をプローブとしてデータを収集した結果、暗状態から励起状態(250フェムト秒)、PYPの発色団であるクマル酸のトランス体からシス体への異性化(800フェムト秒)、その後の熱的変化過程(3~100ピコ秒)、化学的変化過程(1.7ナノ秒~100マイクロ秒)、そして元の暗状態へと反応の全過程を観測することに成功したことが説明された。本研究成果からさらに発展し、光感受性タンパク質のみならず、酵素の触媒反応への応用が期待される。
セッション9の7 Years of XFEL in Structural Biologyでは、XFELが利用開始されてからの構造生物学の発展に着目し、7つの講演がなされた。University of GothenburgのRichard Neutze氏からは、理研SPring-8センターの南後氏らとの共同研究により、SACLAで測定が行われた、光受容プロトンポンプタンパク質であるバクテリオロドプシンの時分割SFXについて報告された。LCPインジェクターで導入されるbR微結晶にポンプレーザーを照射し、フェムト秒X線レーザーでデータを収集した結果、初期反応の中間体であるK中間体構造をとる16ナノ秒からM2中間体をとる1,725マイクロ秒までの時間スケールで構造解析に成功している。これにより、プロトン輸送反応の起点であるレチナール発色団近傍のリアルタイムでの構造変化が明らかとなり、プロトンの受け渡しをするシッフ塩基のpKa値の変化を示唆する構造変化と、その近傍に位置する水分子の重要性が明らかとなった。
Max Planck Institute for Medical ResearchのIlme Schlichting氏からは、SFXにおける位相計算の問題について紹介がなされた。ランダムな方位の微結晶に1回だけX線パルスを照射、破壊することを繰り返すSFXの手法では、データの完全性を高めるために数多くのイメージデータを必要とする。位相決定のためには精度の高いデータが要求されるが、計算手法の発展とともに、必要となるイメージの数は減少してきた。2014年にはガドリニウムを結合させたリゾチームの構造解析での位相計算に60,000枚もの回折イメージを必要としていたが、2016年には7,000枚のイメージから位相決定することに成功している。一方、重原子導入を必要としないS-SAD法ではリゾチームで150,000枚のイメージを必要としており、現実的には低い異常分散シグナルが問題となっている。問題解決方法としては、解析技術の向上に合わせ、XFELにて2波長データを同時に測定できるdual color mode運転が考えられ、これにより少ないイメージで多波長異常分散法(MAD法)による位相決定が可能とのことであった。
次回のBSRは、3年後の2019年に中国・上海にて、上海科技大学 iHuman Instituteのオーガナイズで開催されるとのことである。
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