Volume 21, No.4 Pages 309 - 314
2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第13回SPring-8産業利用報告会
The 13th Joint Conference on Industrial Applications of SPring-8
1. はじめに
産業用専用ビームライン建設利用共同体(サンビーム)、兵庫県、(株)豊田中央研究所、(公財)高輝度光科学研究センター(JASRI)、SPring-8利用推進協議会(推進協)の5団体の主催、およびフロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体(FSBL)、SPRUC企業利用研究会、光ビームプラットフォーム、(一財)総合科学研究機構中性子科学センター(CROSS東海)、(一財)高度情報科学技術研究機構(RIST)、茨城県、あいちシンクロトロン光センターの協賛で、第13回SPring-8産業利用報告会が9月7、8日に兵庫県民会館において開催された。また、第14回ひょうごSPring-8賞の表彰式および受賞記念講演が今年も併催された。
本報告会は、専用および共用のビームラインを産業利用に供する各団体がそれぞれの発表会(報告会)をジョイントして構成したもので、(1)産業界における放射光の有用性を広報するとともに、(2)SPring-8の産業界利用者の相互交流と情報交換を促進する目的で、2004年より毎年開催されてきた。一方、「ひょうごSPring-8賞」は、SPring-8立地自治体の兵庫県が、SPring-8の社会全体における認識と知名度を高める目的で、2003年度より本賞を設置し、SPring-8の利用により社会経済全般の発展に寄与することが期待される成果を挙げた研究者らを顕彰してきた。
今回の総参加者数は248名で、口頭とポスターの各セッションでの活発な議論や、技術交流会(参加者118名)での情報交換など盛況を呈し、開催目的の達成とともに益々放射光の産業利用への貢献に期待の高まりが感じられ、今回も幅広い産業分野におけるSPring-8の産業利用に関する情報発信の最良の機会となった。
2. 口頭セッション(第1日目)
セッション1は、7日午後1時から9階けんみんホールにおいて始まり、第14回ひょうごSPring-8賞の表彰式と受賞記念講演が行われた。今回より自薦他薦やビームラインの利用形態、成果公開・非公開を問わず利用成果を募集する「公募制」を導入して実施され、住友ベークライト(株)の妹尾政宣氏が「超高引き裂き強度シリコーンゴム開発への貢献」で受賞した。坂田選定部会長による選定理由と講評、井戸兵庫県知事による祝辞と賞状の授与に続き、妹尾氏の受賞記念講演が行われた。同社の主力事業分野のひとつであるカテーテルなどの医療用機器に用いられているシリコーンゴムは引き裂き強度、引張強度といった機械的強度が課題であった。その対策としてシリコーンゴムにナノシリカフィラーを分散させた複合材料による強度改善を図るにあたり、引張試験機で延伸しながら小角X線散乱(SAXS)と極小角X線散乱(USAXS)測定を行い、ナノフィラー凝集体の分散状態の変化を調べた。その結果、引き裂き強度とフィラーの凝集構造、表面構造、混練過程での分散状態との関係を明らかにし、特性を大幅に改善した。本成果は医療用だけでなく機械部品や衣料品など幅広い分野への展開が期待される。
写真1 妹尾政宣氏による受賞記念講演
セッション2の開会挨拶では、主催5団体を代表してJASRIの土肥理事長より、SPring-8の状況として、(1)利用開始から19年間で累積約20万人が利用し、強力な分析手段として20%近くが産業利用されていること、(2)最近は他施設の利用も可能となり企業利用者の割合は減少しているが、国レベルでの放射光利用コンソーシアムもできて、選択肢が広がっている状況であること、(3)日本から発表された論文の1%強がSPring-8からのものであり、学術的にも貢献していることが挙げられ、今後もSPring-8/SACLAで低炭素化、持続可能な社会実現に貢献できる成果につながる技術開発、支援を行っていくとの挨拶があった。続いてセッション司会のJASRI山川常務理事より、本報告会では優秀発表賞の選定(受賞者は後日、同報告会ウェブページにて発表)があることの告知、アンケートへの協力依頼があった。
セッション3は、「豊田ビームライン研究発表会」で、BL33XUにおける研究成果2件が発表された。
加藤氏による「X線吸収分光によるNOx吸蔵還元型(NSR)触媒の時空間解析」では、自動車からの排ガスに含まれる窒素酸化物(NOx)を還元により窒素ガスに無害化する浄化触媒金属Rhの反応管内での還元挙動の場所、時間による変化をXAFS測定および排出ガスの質量分析により捉え、NSR触媒内での吸着、還元反応の様子を明らかにした。続く妹尾与志木氏の「走査型3DXRD顕微鏡法の開発」は、多結晶金属試料内部の結晶方位とひずみを3次元でマッピングする3DXRDにおいて、複数の結晶からの回折斑点の重なりを避けるために、入射ビームを約2 μmに絞り試料を走査することで3次元のXRD測定ができる装置の開発と、それを用いた冷間圧延鋼板の3次元方位マッピング結果の発表であった。測定時間はかかるが、実験データを基に計算機シミュレーションの検証、最適化を行い、計算による実験、解析を行っていく予定とのことである。
セッション4の「JASRI共用ビームライン実施課題報告会」では、JASRI産業利用推進室の廣沢室長による「2015年度産業利用ビームラインの利用状況」の報告の後、金属材料、電子材料から日用品まで多様な分野でのXRD、イメージング、小角散乱、硬X線光電子分光(HAXPES)など多岐に渡る手法を用いた5件の利用事例が紹介された。
最初の廣沢氏による報告では、放射光の産業利用を実施する複数施設の稼動に伴う環境の変化への対応として、「利用者にとって最適な施設利用による産業利用発展に向けたAll Japan体制の構築」のため、(1)SPring-8の特長を生かした利用技術開発、(2)課題解決に向けた利用技術の提供、が挙げられた。また2017A期以降に新たに提供予定の新サービス、装置やBL19B2での測定代行枠の5%増などの利用制度の紹介があった。
利用事例の発表では、まず東京工業大学の林氏より、「In-situ高温X線回折法を用いた耐熱合金上への保護性Al2O3スケール形成機構の解明」と題して、耐熱合金の高温の酸化、腐食環境下から合金を保護するための酸化物形成挙動を高温下でのXRDとTEM観察により調べ、アルミナの形成モデルを発表した。(株)IHIの鶴田氏からの、「放射光X線イメージングによる火力発電所ボイラ配管におけるクリープ損傷の定量評価」では、発電プラントなどで耐熱構造部材として用いられている高Cr鋼溶接継手のクリープボイドの発生、成長メカニズムを把握するために、クリープ損傷の進行度に伴うボイドの密度、サイズをX線マイクロトモグラフィーで3次元的に観察し、クリープボイドが成長と合体により粗大化していく様子を確認した。ボイド発生、成長を予測するシミュレーションによりクリープ寿命評価の高精度化が期待される。(株)DNPファインケミカルの米内氏による、「インク中における顔料界面近傍状態の解析」では、インクに用いる微細顔料の分散状態を分散剤、バインダーの量の異なる試料でSAXS、USAXSの測定を行った結果、顔料の凝集、解砕の状態と粘度や光学特性との相関が確認され、製品設計に有効な手段であることを示した。日本電気(株)の弓削氏からは、産総研と(株)田中化学研究所との共同で、「Fe及びNi置換Li2MnO3正極の充放電反応解析」と題して、リチウムイオン二次電池の充放電に伴う正極表面での電解質や電解液の分解生成物の形成や遷移金属の価数の変化を、X線吸収分光、軟X線吸収分光、硬X線光電子分光を用いて測定し、充放電や劣化のメカニズムを報告した。このセッション最後の講演は、クラシエホームプロダクツ(株)の稲益氏より、「ヒト毛髪内部浸透成分解析、及び、ヘアトリートメント効果評価」について、健康毛、ブリーチ毛、パーマ毛などダメージの異なる毛髪の顕微赤外吸収スペクトルの測定をBL43IRで行い、イメージマッピングで毛髪内部の化学組成の違いを示し、毛髪の化学ダメージ評価に有効な手法であることを示した。
写真2 口頭発表会場の様子
3. 技術交流会
この後行われた技術交流会には、総参加者の約半分が集い、広い会場が熱気に包まれていた。例年同様に各産業分野、産官学各界よりSPring-8利用者の仲間たちが集まり、テーブルを移動しながら垣根を越えた情報、意見交換が賑やかに行われた。
4. 口頭セッション(第2日目)
2日目は午前9時30分よりセッション5として「兵庫県成果報告会」から始まった。最初に兵庫県立大学の篭島放射光ナノテクセンター長から、兵庫県ビームラインとニュースバルの概要報告の後、BL08B2、BL24XU、ニュースバルそれぞれの利用事例について、合わせて5件の発表があった。
本セッション最初の発表は、(株)住化分析センターの東氏より、「低温下におけるリチウムイオン電池のin-situ分析」として、試料となるラミネートセルをペルチェ素子で冷却しながら共焦点レーザ顕微鏡での観察とXRD測定を行い、電解液成分の凝固が低温での性能劣化の原因であることを明らかにした。(株)ミルボンの鈴田氏は、「X線CTを用いた各国人女性毛髪の観察とヘアケア製品への応用」の発表で、生活習慣の違う各国女性の毛髪のダメージについてX線CT観察を行い、どの毛髪にも共通して毛先のほうが根元より空隙が多いことを見出し、空隙を埋めるため成分を探索した結果、シルク由来のペプチドの有効性を確認した。続いてマツダ(株)住田氏からは、「兵庫県BLにおけるNAP-HAXPES導入計画および産業利用」と題し、導入予定の低真空中での硬X線光電子分光が可能なシステムの紹介と、リチウムイオン電池の正極材料の評価事例、帯電中和銃の検討結果が報告された。兵庫県立大学の津坂氏による「多波近似条件下での前方透過型X線トポグラフィ」では、多波近似条件での回折から特定の回折ベクトルを取り出すことができ、この方法によるサファイアやシリコンのトポグラフィを行い、明瞭な転位像や迅速なバーガースベクトルの決定ができることを示した。同じく兵庫県立大学の宮本氏からは、「New SUBARUガンマ線源と高出力EUV光源の産業応用の可能性」として、レーザー・コンプトン散乱ガンマ線光源の紹介と、それを用いた核医学検査や材料欠陥検査、極紫外光を用いた半導体製造技術への応用に関する発表があった。
セッション6の「サンビーム研究発表会」は、午後のポスター発表をはさんで午後2時50分から、(株)豊田中央研究所の妹尾与志木氏による「サンビーム共同体趣旨説明」から始まり、5件の発表があった。妹尾氏はサンビーム共同体の設立趣旨、これまでの歩みとサンビーム研究発表会の目的が、当初は内部関係者、JASRIに向けたものから利用者同士の情報共有へ、そして最近は一般社会への成果公開へと変遷してきたとの説明があった。
関西電力(株)の向井氏は、「放射光X線回折法によるガスタービン動翼用Ni基超合金の損傷評価」と題し、クリープ損傷度の異なる材料の回折X線幅を測定し、その関係から実機部材の非弾性変形発生の有無が評価できることを報告した。(株)豊田中央研究所の高橋氏による、「HAXPESによるリチウム二次電池被膜の分析」では、黒鉛負極のリチウム脱挿入経路となるエッジ面と不活性なベーサル面で、充放電に伴う被膜の状態が異なることを確認し、また放射光と実験室設備でのチャージアップダメージの違いや試料の大気暴露による影響も合わせて報告された。パナソニック(株)の浅野氏は、「Pt/Y:BaZrO3界面における高プロトン濃度空間電荷層の自発的形成:ナノイオニクス効果」の発表で、電気化学インピーダンス測定とHAXPES測定により、固体電解質と電極界面に電気二重層ができ、その正の空間電荷はプロトンであると結論付けた。日立金属(株)百生氏は、(株)日立製作所と共同での、「架橋ポリエチレン被覆材の銅拡散状態分布の解析」において、電線ケーブルの絶縁被覆材である架橋ポリエチレンの酸化による劣化を促進する銅イオンの拡散状態を1 μm × 1 μm程度に集光したX線でCuの蛍光X線を試料断面でマッピング測定し、FTIRによるC=O結合の分布との比較から、銅による酸化劣化促進と銅害防止剤添加の効果を確認した。最後の講演は、「サンビームにおける多機能走査型X線顕微鏡の開発」と題して、(株)日立製作所の米山氏が、BL16XUにおいて整備してきた、X線をプローブとするX線顕微鏡の機能、性能と測定事例を紹介した。
最後のセッション7では、高エネルギー加速器研究機構の金谷利治氏より、「(1)放射光の産業利用は経済効果や生活を豊かにする製品開発に貢献するために、当初は課題数を増やすことを目指してきたが、今後は数の時代ではなく産業利用の成果とは何であるかを示していかなくてはならない、(2)発表レベルは高くなってきているが、得られた結果を次の製品開発につなげるためのシナリオまで聞きたかった、(3)学術界は産業応用面での厳しい議論も必要で、産学共同で研究開発や人材育成に取り組むべきである、(4)「All Japan体制」は多くの方法を利用したい産業界のほうが推進容易であり、期待している。」との講評があった。最後に山川常務理事から閉会の挨拶を述べ終了した。
5. ポスター発表
セッション5が終了後、昼食休憩の前後1時間づつのコアタイムを設けて2階大展示室においてポスター発表が行われた。主催のサンビーム27件、兵庫県20件、豊田中央研究所6件、JASRI 25件、および協賛のFSBLの2件を合わせて80件の研究成果のポスターに加えて、ひょうごSPring-8賞、SPRUC企業利用研究会、光ビームプラットフォーム、RIST、CROSS東海、茨城県、あいちシンクロトロン光センター、JASRI産業利用推進室およびJASRI利用研究促進部門から合わせて14件の施設紹介や利用制度、利用者動向などのポスターが掲示された。今年は(1)資源・エネルギー、電気化学、(2)触媒、(3)有機材料、(4)金属・構造材料、(5)電子デバイス、(6)食品・日用品、(7)装置・技術等、(8)その他、の分類での展示であったが、各コーナーで熱気が漂い、混雑していた。2年前の第11回より分野別に配置されるようになってから、共通の話題に興味を持つメンバーが集まりやすく、より充実した発表、意見交換の場となっている。
写真3 ポスター発表会場の様子
6. おわりに
こうして本年の産業利用報告会が無事、盛況のうちに終えることができた。準備段階から当日の会場運営、さらに事後のとりまとめなど、主催5団体の事務局のご尽力と共催団体の関係者各位のご協力にこの場を借りて感謝の意を表したい。
(公財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0978
e-mail : takahiko.ooasa@spring8.or.jp
第13回SPring-8産業利用報告会アンケート回答結果
開催日:2016年9月7日(水)~8日(木)
会 場:兵庫県民会館
参加者:248名(産:149名、学:42名、官:36名、JASRI:21名)
回答者:95名(回答率38.3%)
1. 報告会全体について
1-1)過去の産業利用報告会への参加回数を教えてください
1-2)開催場所(兵庫県神戸市)について
【参考】過去の開催場所
第1回~3回:SPring-8、第4回~7回:東京、
第8回:神戸、第9回:名古屋、第10回:神戸、
第11回:姫路、第12回:川崎、第13回:神戸
1-3)実施時期について
【参考】過去の開催時期
第7回(平成22年)東京:11月、それ以外は9月開催
1-4)次回以降の参加について
2. 一般発表内容について
2-1)発表形式(口頭とポスターについて)
2-2)口頭発表時間は適切でしたか
2-3)口頭発表件数は適切でしたか
2-4)ポスター発表時間は適切でしたか
2-5)ポスター発表件数は適切でしたか
3. 発表内容(口頭・ポスター)について
3-1)口頭発表は参考になりましたか
3-2)ポスター発表は参考になりましたか
4. その他
4-1)参加目的(発表者・動向調査など)[重複省略]
【動向調査の目的】
・産業利用
・電池関係
・放射光とその関連技術
・新技術(CT)
・他社の研究
・材料の評価方法
【情報収集の目的】
・産業利用
・技術PR
・最新分析技術
・応用例
・社内でのSPring-8活用のため適用事例
・他の研究成果
【可能性調査の目的】
・スパコンとの連携利用
・会社としての利用 の可能性
・ラボのX線回折装置で測定できるメニューの発掘