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Volume 21, No.4 Pages 387 - 388

4. 談話室・ユーザー便り/USER LOUNGE・LETTERS FROM USERS

SPring-8産業利用報告会に参加して
Comments on the Joint Conference on Industrial Applications of SPring-8

金谷 利治 KANAYA Toshiji

大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK) 物質構造科学研究所 J-PARC 物質・生命科学実験施設(MLF) J-PARC, Material and Life Science Division (MLF), Institute of Material Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization (KEK)

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SPring-8

 

 SPring-8産業利用報告会が平成28年9月7日、8日に兵庫県民会館で開催された。今回は報告会の講評を依頼されたこともあり、2日間みっちりと報告を聞かせていただいた。まず、産業界の研究レベル、発表レベルが以前に比べ非常に高くなったという印象を受けた。10年ほど前であろうか、SPring-8の産業利用分科の委員をさせていただき、多くの申請課題を読ませていただいたことがあったが、その時の産業界の放射光利用研究からの格段の進歩に驚かされた。報告会の最後に講評せよとのことであったが、講評と言えるほど質の高いものではなく、感想ということで少し話をさせていただいた。その内容について、簡単にまとめさせていただく。
 放射光施設に限らず、いわゆる量子ビーム施設では産業利用が声高に叫ばれる。この理由は、多額の国費を投じて建設・運営している施設が国民のために役立っていることを示すためでもあると思われる。すなわち、放射光研究により国民生活の利便性を向上させる製品が生まれること、またそれによる経済効果を示し、国民からの納得を得るためである。しかし、放射光はあくまで解析手段であることを忘れてはならない。放射光を利用したからといって新たな経済効果のある製品がそう簡単に生み出せるものではない。では、産業利用の成果とは何なのであろう?一昔前は、課題申請数、実施課題数のような「数」が成果であった。なぜなら、申請課題数が多いということは、たくさんの企業が放射光施設を使っていて、放射光は産業に役立つことを意味しているとの解釈である。しかし、すでに多くの企業が利用するようになり、「数」が成果という時代は終わった。もちろん新たな製品開発は大きな産業利用の成果であるが、そのような例は稀であり、それだけを産業利用成果と言っていては産業利用の成果はほとんどないことになる。では一体何を以って産業利用の成果とするのであろうか?論文数、特許数、経済効果、製品の品質保証、トラブルシューティングなど、どれもある意味の成果である。しかし、例えばトラブルシューティングなど企業にとっては外に出せる成果ではない。産業利用の評価軸が定まっていないのが現状である。報告会の中で、「産業利用課題の60%以上が成果専有課題である」との報告があった。これは、産業界がお金を払ってでも放射光を利用していることを意味しており、放射光が役に立っていることを示している。しかし、これでは各企業が自分のためだけに放射光施設を独占しているような印象を与え、多くの国民は納得しないであろう。多額の国費を投入した放射光施設を利用したのだから説明責任はある。これからの放射光の産業利用の発展を考える時、産業利用の評価軸の確立は大きな課題である。
 次に2日間の発表を聞いた印象を書いてみたい。先にも述べたが、研究の内容や発表は以前に比べて格段にレベルアップした。研究内容に至っては学術界のレベルを凌ぐものも散見された。しかし、敢えて苦言を呈するなら、「~を測定しました」、「~の結果が得られました」、「~であることがわかりました」で終わる研究発表が多いことである。我々が産業利用に期待するものは、「だからどうした?」、「だから、その発見をどのように使うのか?」、「製品開発に向けて、測定結果からどんなシナリオを作れるのか?」である。新たな開発に向けた方向性やシナリオを聞きたいのである。もちろん、そこで出された方向性が絶対正しいとは思っていないが、その姿勢こそが産業利用であろう。
 さらに思ったことは、学術界と産業界の付き合いについてである。学術界と産業界の放射光を用いた物質研究のレベルの差はほとんどなくなったが、産業界に比べて学術界の人は放射光の基礎的な原理や技術については多くの進んだ研究をしている。その知識、技術をもっと活用できないのか?場合によっては、産業界の方が基礎知識において勝っていることもあるように見えた。その場合には、もっと学術の結果に突っ込めばいいのではないか?産業界の人は良くも悪くも「大人」である。学問的、産業応用的には、もっと厳しい議論が必要であり、お互いを理解した共同研究(いや、協働研究)が望まれる。
 報告会では測定代行制度が進んでいることを知った。これは労力、時間、経済性を考えると歓迎すべきことのようであるが、この状態で企業は放射光を使う人材育成ができるのであろうか?それでなくても、放射光の技術は急速な進展を遂げている。放射光の技術を習得した企業人材育成は大きな問題である。一方、学術界で育った人材が企業戦略を理解して研究を進められるだろうか?現状では、残念ながらそのような人材は育っていないし、学術界がそのような人材をすぐに育てれるとは思えない。報告会で提案されていた放射光施設のAll Japan体制は一般論としては正しいが、成功の一つの鍵は企業戦略を理解しながら基礎的・先端的な放射光技術を習得した人材の育成であろう。そのためには企業から放射光施設への人材の派遣制度など新たな仕組みを考えていく必要がある。
 現在、著者はJ-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)で中性子とミュオンのお世話をさせていただいている。もちろんそこでも産業利用は大きな課題であり、茨城県が中心となり進めてきたが、まだまだJASRIのそれに学ぶことは多い。今後、放射光、中性子、ミュオンさらにはスーパーコンピュータの連携は大きな課題であり、進めていくべきことである。制度、文化の異なる各施設間での連携がそれほど容易いことではないが、研究目標の明確な産業界ならその壁を乗り越えることができるのではないだろうか。施設を跨いだ人材の交流、企業戦略と量子ビーム技術を理解した人材の育成が鍵となろう。

 

 

 

金谷 利治 KANAYA Toshiji
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)
物質構造科学研究所
J-PARC 物質・生命科学実験施設(MLF)
〒319-1195 茨城県那珂郡東海村白方2-4
TEL : 029-284-4208
e-mail : tkanaya@post.kek.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794