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Volume 21, No.3 Pages 186 - 188

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第2回SPring-8先端利用技術ワークショップ/第308回生存圏シンポジウム報告 進歩する木のかがく~放射光を用いた木材研究フロンティア~
The 2nd Workshop on Advanced Techniques and Applications at SPring-8 The 308th Symposium on Sustainable Humanosphere

(公財)高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 Communications and Outreach Section, User Administration Division, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 2016年3月18日(金)にキャンパスプラザ京都(京都市下京区)(写真1)において、SPring-8木材科学ワークショップ「進歩する木のかがく~放射光を用いた木材研究フロンティア~」を(公財)高輝度光科学研究センター(JASRI)および京都大学生存圏研究所の主催、(一社)日本木材学会共催により開催致しました。日本は国土の60%以上が森林であり、木材は太古から生活に欠かせない身近な資源として、工芸材料、工業材料、燃料として使われてきており、今後も建築資材など工業材料として重要なだけでなく、サステイナブルな社会に向けたバイオマスなどのエネルギー資源としての重要性が指摘されています。また、日本には木材を使用した文化財が数多く存在し、「木の文化」とも呼ばれる日本の文化史を明らかにする上でも、木材の研究は重要であるにもかかわらず、これまでSPring-8を用いた木材に関する研究は極めて少ない状態でした。

 

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写真1 キャンパスプラザ京都

 

 

 本ワークショップでは、放射光を用いた木材研究に焦点をあて、海外放射光施設における研究も含めた事例紹介を行うとともに、放射光分析技術の紹介を行い、木材科学分野におけるSPring-8の新規利用者の獲得、新規分野への展開を図る目的で開催されました。また、SPring-8に対する理解増進にとどまらず、学会や専門分野にとらわれない研究者相互の情報交換の場として、木材を通して文化財の科学研究、あるいはSPring-8放射光の利用に関心の高い方々を対象に参加者を募集しました。その結果、国内外から木材、文化財研究機関にとどまらず、環境、エレクトロニクス関係など56名の方にご参加頂きました。

 

 

2. ワークショップ
 冒頭に京都大学生存圏研究所の杉山淳司教授より、開催の挨拶がありました。
 プログラムは、「X線イメージングによる三次元・リアルタイム可視化」、「X線回折法によるバイオメカニクス研究」、「セルロース等バイオマテリアルのX線構造解析」、「赤外分光法と蛍光X線分析による工芸品や和紙の研究」、「SPring-8の利用について」の5つのセッションで構成され、それぞれユーザーによる研究事例を紹介する形を基本として行われました(写真2)。

 

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写真2 ワークショップの様子

 

 

 最初の「X線イメージングによる三次元・リアルタイム可視化」のセッションでは、京大生存研の田鶴寿弥子先生により「マイクロCTを用いた木質文化財の樹種調査」として、最初に針葉樹と広葉樹の組織の違いについての説明があり、広葉樹のヤマザクラを例に、光学顕微鏡を用いた一般的な樹種識別法についての説明がなされました。また、木質文化財については非破壊的分析手法の確立が求められてきた経緯の説明がありました。ご講演では狛犬(こまいぬ)を例にとり、木質文化財に対しては試料を採取することが難しいため、修理などの際にこぼれ落ちた微少な木片をSPring-8のマイクロCTで撮像したとの説明がありました。測定の結果、狛犬の樹種がカヤやヒノキであることが解りました。
 秋田県立大学の大徳忠史先生からは「木質バイオマス内部の非定常熱分解挙動のリアルタイム計測」についてご講演を頂きました。まず固体の燃焼および熱分解の基本的な説明の後、熱分解させたヒノキの内部構造変化、重量変化、線吸収係数を調べるためにマイクロCTを用いたとの経緯説明があり、熱分解過程のヒノキの繊維一本一本が可視化出来たこと、また内部構造変化や熱分解が進むにつれてX線が透過しやすくなる(内部密度変化)など、昇温速度の変化に対する一連の成果報告がありました。
 「X線回折法によるバイオメカニクス研究」のセッションでは、京大生存研の杉山淳司教授から、「成長応力とセルロースミクロフィブリル」という題目でご講演を頂きました。内容としては、樹体内の引張・圧縮応力が樹木の姿勢に重要な役割を果たしていることの説明の後、引張・圧縮応力が印加された時の細胞壁のセルロースに着目し、ナノ領域での伸縮など構造変化についてX線回折像から考察がなされました。
 続いてドイツ マックスプランク研究所のピーター・フラッツェル博士から、“Mechanistic insights into passive plant movements by synchrotron X-ray scattering”とのタイトルでご講演を頂きました。ご講演では、植物や樹木の機械的な動きや剛性は細胞壁成分の特にセルロースのミクロフィブリル角(micro-fibril angle)により決まることを説明の後、樹木にかけられたストレスや湿度の影響による局所的なセルロース繊維のミクロフィブリル角分布が、細胞の変形や樹木の形やストレスの生成に作用していることを、X線回折・小角散乱測定から調べた旨説明がありました。また、湿度の影響による木の枝や植物の種子の外的様子も含めた内部構造変化やセルロースの配列の様子を、マイクロCTと小角散乱を使って調べた事例も紹介されました。全体として植物や樹木の動きを司るセルロースのミクロフィブリル角分布測定に放射光が重要であるとの報告の他、燃料などのエネルギー源を持たない生物ロボット(Soft Robot)開発の可能性にも言及し興味が尽きませんでした。
 コーヒーブレイクを挟んで「セルロース等バイオマテリアルのX線構造解析」のセッションでは、初めに「温度・湿度変化に伴う多糖結晶の構造変化」と題して、京大生存研の小林加代子先生からご講演を頂きました。講演内容は湿度や温度が変化することによってセルロースやアミロースなど多糖の結晶構造がどのように変化するかをX線回折測定によってモニタリングしたこと、また、SPring-8の回折実験では高精度のデータが得られ、僅かに分子鎖間の距離が変化していく挙動や、ある条件に達すると構造が急激に変化する様子などが報告されました。
 次に「木材の利用-再生セルロースの水系溶液からの構造形成メカニズム-」と題して、神戸女子大学の山根千弘教授よりご講演を頂きました。講演では再生セルロースが水に対して極度に弱いこと、また、再生セルロースを将来予測されるコットンの大供給不足(コットンギャップ)状況下で、コットンに代わる繊維材料として普及させたいとの目的で、セルロース溶液からどのようにして再生セルロースが形成されるのかをMD(分子動力学)とSPring-8を用いてその生成過程を追跡しました。その結果、MDから提案された構造形成過程がSPring-8の測定でも支持されたとの報告がありました。
 「赤外分光法と蛍光X線分析による工芸品や和紙の研究」のセッションでは、初めに奈良県立橿原考古学研究所の奥山誠義先生に「放射光赤外分光分析を用いた出土植物繊維製染織文化財の研究」というテーマでご講演を頂きました。ご講演では、文化財としての染織品の調査においては、これまでは繊維の主な調査法は光学顕微鏡による鑑定であり、数mm長の試料が必要とされていること、また、劣化が進行し触れるだけでも粉々に崩壊するような文化財は観察に堪えないなどの問題があったことなど、これまでの経緯の説明があり、今回たまたま不可避的にほころび落ちた微少な剥離片であっても、SPring-8の利用によって分析が可能となった旨報告がありました。SPring-8では放射光顕微FT-IRを用いて偏光測定が行われました。測定の結果、大麻(たいま)および苧麻(ちょま)の繊維識別が出来る可能性があること、また劣化状態についても1600年近く地下にありながらも、保存状態が良いことが分かったとの報告がありました。これらの測定結果から、現在行われているような薬品を使った化学的処理を使わなくても長期保存出来る可能性があることが分かってきたとの報告がありました。また、将来にわたって文化財を保存していくためにもSPring-8を用いて、出土した大麻(たいま)や苧麻(ちょま)など文化財の材質ならびに劣化状態を知る必要があるとの説明がありました。
 続いて東京大学の岩田忠久教授から、「シンクロトロン放射光測定における極微量成分から推定する古文書料紙の起源探究」というテーマでご講演を頂きました。研究目的は、古文書を構成する料紙に含まれる微量元素を高感度蛍光X線により分析し、既にデータベース化されている地質図や希土類元素分布図との相関分析を行うことにより、各料紙の産地と原料を推定することでした。分析データを多変量解析することにより、紙の原料である、楮(こうぞ)、雁皮(がんぴ)、三椏(みつまた)から得られたスペクトルに違いが認められたため、SPring-8での分析手法が、古文書の産地と原料を特定するための手法として有効であることが示唆されたとの報告がありました。
 最後に「SPring-8の利用について」のセッションでは、「SPring-8の紹介と木材研究の海外の事例紹介」としてJASRI八木直人利用推進部参事より挨拶があり、チャップマン教授からCanadian Light Sourceにおける農業研究への取り組みが紹介されました。ご講演では、害虫や病原菌に侵された小麦のCT画像や葉の元素イメージング(ケミカルマッピング)例の紹介がありました。続いて「SPring-8の利用制度について」としてJASRI木下豊彦利用推進部長より、SPring-8の利用制度全般、社会・文化利用課題、応募方法、課題審査、放射線業務従事者登録、大学院生提案型課題についての説明が行われ終了しました。

 

 

3. 技術交流会
 ワークショップ終了後に行われた技術交流会には、今回ワークショップに参加頂いた56名の内、33名の方に参加して頂きました。約1時間半の時間を設けておりましたが、議論が尽きることなくあっという間に時間が過ぎてしまいました。文系・理系、学会や専門分野にとらわれない交流の場となりました(写真3)。

 

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写真3 技術交流会の様子

 

 

4. おわりに
 今回のワークショップでは、木材・文化財に限らず国内外から放射光を使った多くの事例が報告され、極めて有意義な会議となりました。2017年度も今回のワークショップにおける皆さまのご意見などを参考にしつつ、引き続き木材・文化財など放射光の普及啓発に係るイベントを企画して参りたいと考えております。

 

 

(公財)高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及啓発課
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-2785
e-mail : kouhou@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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