Volume 21, No.3 Page 180
理事長室から -科研費改革とその時代認識-
Message from President – Reformation of Grants-in-Aid for Scientific Research (KAKENHI) toward Challenges for the Future –
文部科学省科学研究費助成事業(科研費)は、基礎から応用までの学術研究(研究者の自由な発想に基づく研究)の振興を目的とするわが国唯一の競争的資金である。本年度の科研費予算総額は2,273億円であり、政府の全競争的資金(4,120億円)の55%を占めている。競争的資金は公募による競争的研究費で政府に現在19制度あり、原則として間接経費30%が措置されている。科研費申請資格を有する登録者数は約27万人に達し、大学や公的研究機関の研究者のほぼ全員が登録していると考えられる。過去15年間において登録研究者の約30%が科研費を受給した経験があり、また、最近3年間の新規採択数は年間2万6千課題である。このようにわが国の学術研究を支えてきた科研費であるが、半世紀ぶりに審査区分および審査方式を見直し、来年度から新しいシステムで審査することになった。
新しい審査区分は、304の小区分、小区分を集めた65の中区分、そして中区分を集めた11の大区分から構成される。小区分の一つに、量子ビーム科学関連が設定されている。基盤研究(S)は大区分で、基盤研究(A)は中区分で、基盤研究(B,C)は小区分でそれぞれ審査され、書面審査に加えて合議審査や総合審査方式を導入し、創造性、独自性、実行可能性の観点から提案を多面的に審査して、既存の研究分野を深化させる課題に加えて新しい研究領域を開拓するような挑戦的な課題を採択するとしている。科学技術政策の最終目標である社会・産業イノベーションは、新しい研究領域(パラダイム)を拓く独創的な学術研究成果を淵源とする技術革新を経て実現することが歴史的に実証されている。20世紀において、量子力学を基礎に半導体技術が創造され、その技術を基に電子産業が興隆した。また、分子生物学を基礎にバイオ医療・産業が、そして有機金属化学を基礎に精密化学産業が発展した。
ところで、科研費制度の原点は、1918年に創設された科学研究奨励金に遡る。1917年には、理化学研究所が設立された。また、東京大学に航空研究所(1921年)、東北大学に金属材料研究所(1922年)、京都大学に化学研究所(1926年)が同時期に設置されている。1914年に勃発した第一次世界大戦のために、科学技術先進国のドイツから精密機械、医薬品、染料、肥料などの先端工業製品が輸入できなくなり、わが国の軍事や国民生活は多大な影響を受けた。この困窮が産業の基盤となる科学技術の振興を真剣に考える契機となり、政府からの科学技術投資が始まったのである。わが国産業の自立を目指して、産学官の密接な協力によって科学研究の公的研究所が設立され、さらに政府に科学研究奨励金が設けられた。
さて、それから100年後の現在、わが国産業の発展を支えるべき科学技術の重要性が再び認識されるとともに、その競争力の相対的低下が危機感をもって産学官で議論され、その結果、政府は研究投資の最適化を目指して国立大学法人改革、国立研究開発法人改革、科研費改革の一連のシステム改革を進めている。特定放射光施設のSPring-8とSACLAの共用施設運営においても、これらのシステム改革の動向を注視しつつ、利用者の方々の学術研究、戦略研究、産業化研究など多様な研究活動において画期的な成果が多く創出されるよう効果的な支援を続けていきたい。また、科学技術力の強化と組織運営の効率化を目指して財団JASRIの改革を進めている。みなさまのご理解をお願いしたい。