Volume 21, No.2 Pages 110 - 112
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第2回SPring-8文化財分析技術ワークショップ2016報告
SPring-8 Workshop on Analytical Techniques for Cultural Heritage : Report
1. はじめに
2016年1月30日に奈良春日野国際フォーラム 甍~I・RA・KA~(写真1)において「第2回SPring-8文化財分析技術ワークショップ2016」を(公財)高輝度光科学研究センター(JASRI)主催により開催致しました。11月に東京・上野で開催した第1回SPring-8文化財分析技術ワークショップに続いて、西日本での同様の分析技術ワークショップとして企画致しました。今回の西日本での開催場所として奈良を選んだ理由は、西日本では有数の文化財を有する県で、西の文化財研究の拠点であると考えたからです。今回のワークショップの開催が1月であるため、降雪について心配もありましたが、前の週の大寒波から打って変わって暖かい日の開催となりました。
写真1 奈良春日野国際フォーラム 甍~I・RA・KA~
今回のワークショップも、SPring-8における文化財研究の潜在的利用者の発掘を目的として、SPring-8スタッフと文化財科学研究者のコミュニケーションを密にするのみに留まらず、学会や専門分野にとらわれない研究者相互の情報交換の場として、文化財の科学研究あるいはSPring-8放射光の利用に関心の高い方々を対象に参加者を募集しました。その結果、文化財研究機関、大学、博物館・美術館の方を含む44名に参加頂きました。東京・上野で開催した2015年11月の参加者には学生の参加者が多く見られましたが、今回の参加者は、研究機関、大学の研究者を中心とした参加者となりました。
2. ワークショップ
冒頭にJASRI土肥理事長より、SPring-8の沿革・概要の紹介、JASRIの紹介、SPring-8の学術利用、産業利用に続く第三の柱として文化財を含めた社会・文化の利用課題が現在年間30件程度だが、100件超を目指したいとの挨拶がありました。
プログラムは、「蛍光X線分析」、「赤外分光分析」、「X線回折」、「XAFS」、「イメージング」、「SPring-8利用制度について」の6つのセッションで構成され、それぞれJASRI研究員による研究手法の紹介、次にユーザーによる研究事例を紹介する形を基本として行われました。
最初の「蛍光X線分析」のセッションでは、JASRI伊藤真義研究員により「蛍光X線分析-手法-」として、蛍光X線分析の特徴、蛍光X線発生の原理、蛍光X線分析装置の概要、放射光蛍光X線分析の特徴、高エネルギー蛍光X線測定の実際が紹介され、高エネルギー蛍光X線分析を用いた文化財の有名な分析事例として、ドイツで行われたゴッホのPatch of Grassの下にもともと描かれていた女性の肖像画についての分析が紹介されました。
「蛍光X線分析」の事例としては、東京理科大学の阿部善也助教により、「高エネルギー放射光蛍光X線分析の文化財への応用例~重元素組成による古代ガラスの非破壊起源推定~」として、分析対象が何故ガラスなのか、古代ガラスの微量元素分析、LA-ICP-MSで何が識別できるのかなどについての講演の後、サーサーン・ガラスの分析事例として、岡山オリエント美術館収蔵の円形切子装飾8点、浮出切子装飾2点、突起装飾3点、アーケード状文1点、壺・瓶3点の蛍光X線分析が紹介されました。また、古代日本ガラスの分析事例として、新沢千塚古墳群126号墳から見つかった切子ガラス椀、紺色ガラス皿の起源推定が紹介されました。
次に、「赤外分光分析」のセッションでは、JASRI池本夕佳研究員により、「赤外放射光を利用した文化財研究」として、赤外分光から分子振動、格子振動、ギャップ間の遷移、偏光などが分かることが紹介され、放射光を利用した赤外分光については、高輝度性を活かした顕微分光が得意であること、試料作成手法であるプレス、ミクロトームやそのハンドリングのためのマイクロマニピュレータなどが紹介されました。文化財分析事例では、オーストラリアンシンクロトロンでの竹の矢に付着している毒物の有無と種類の鑑定についての紹介がありました。
「赤外分光分析」の事例としては、奈良県立橿原考古学研究所の奥山誠義研究員により「放射光赤外分光分析を応用した出土染織文化財の研究」として、文化財としての染織品の調査においては、文化財の繊維は天然繊維で植物性繊維と動物性繊維に大別され、これまで繊維の主な調査法は顕微鏡による鑑定であり、数mm長の試料が必要とされていること、劣化が進行し触れるだけでも粉々に崩壊するような文化財は観察に堪えないなどの問題があったが、SPring-8の利用によって分析が可能となったとのことで、顕微FT-IRによる下池山古墳、藤ノ木古墳、赤尾熊ヶ谷古墳群2号墳で出土した染織文化財の材料と劣化状態の研究の紹介がありました。
コーヒーブレイクを挟んで「X線回折」のセッションでは、JASRI梶原堅太郎研究員により「X線回折-SPring-8文化財分析技術ワークショップ-」として、X線回折からは、試料の中に何が含まれているか、試料がどのくらい変形しているかが分かるとの説明がありました。試料の中に何が含まれているかに関しては、「粉末X線回折法を用いたリートベルト法による多層試料の定量分析法の開発と古代セラミックスの産地推定への応用~古代流通ネットワークの構築」の研究から鉱物の回折プロファイル及び産地が既知の回折プロファイルから産地を推定した研究が紹介されました。「紀元前5000年期の人類最初の人造青色着色ビーズの粉末X線回折による成分同定」の研究から、色の違う部分の回折プロファイルと既知の回折プロファイルから加工技術を推定する研究が紹介されました。次にSPring-8のメリットの説明があり、試料の変形に関しての分析事例として、「シンバルの打楽器音に及ぼす残留歪分布の影響に関する研究」の事例紹介がありました。
「XAFS」のセッションでは、JASRI宇留賀朋哉研究員により、「XAFS-手法と事例-」として、XAFS計測法、XAFSから得られる情報、XAFSの特徴、高感度蛍光XAFS測定、顕微XAFSによる2次元化学状態イメージングについて紹介があり、海外の著名な絵画研究事例としてカドミウムイエロー劣化の化学過程、光照射によるクロムイエロー(PbCrO4)退色の化学過程、絵具層の断面の2次元化学状態イメージング、3次元非破壊化学状態イメージングなどの紹介がありました。
「イメージング」のセッションでは、JASRI上杉健太朗研究員により「放射光X線イメージング」として、放射光X線イメージングの特徴、単純投影像の例、CT法の基本、最近の測定例の説明がありました。放射光X線イメージングは、平行度の高い単色光を利用することで、実験室光源では得られないような画像データの取得が可能であること、さらにCT法を適用することにより3次元情報が得られること、空間分解能は150 nm~30 µm程度の範囲で、視野はその500~1000倍であること、などが紹介されました。また、最近の測定例として、古代の刀剣(バイメタル剣)の内部の銅、鉄、酸化鉄などの情報が鮮明に分かるということが紹介されました。
「放射光X線イメージング」の事例紹介としては、京都大学生存圏研究所の杉山淳司教授による「高分解能CTでみる植物のミクロな構造」の発表がありました。2007年1月に熊本県八代市で発見され、16世紀末の豊臣秀吉による朝鮮出兵の際に農民が朝鮮から持ち帰ったとされる木製の仮面についての研究例が紹介されました。この仮面は韓国で国宝に指定されている河回仮面のうちの一つではないかと言われていましたが、剥離した破片からはヤナギ属であると同定され、河回仮面に伝統的に使われるハンノキではないことを明らかにしています。また、束子などに使われるシュロの木の幹の繊維で、シリカ維管束表面の細胞にシリカが規則的に並んでいるところを2次元平面に展開して解析した事例が紹介されました(写真2)。
写真2 ワークショップの様子
最後に「SPring-8利用制度について」としてJASRI木下豊彦利用推進部長より、SPring-8の利用制度全般、社会・文化利用課題、応募方法、課題審査、放射線業務従事者登録、大学院生提案型課題についての紹介が行われました。また、SPring-8にはSPring-8ユーザー協同体があり、その中に文化財研究会があり、ユーザー登録すると文化財研究に関する情報が得られることの紹介で終了しました。
3. 技術交流会
ワークショップ終了後に行われた技術交流会には、今回ワークショップに参加頂いた44名のうち32名の大半の方に参加して頂きました。約1時間半の時間を設けておりましたが、議論が尽きることなくあっという間に時間が過ぎてしまいました。文系・理系、学会や専門分野にとらわれない交流の場となりました(写真3)。
写真3 技術交流会の様子
4. おわりに
2015年度は、東日本、西日本とそれぞれで手法と事例紹介のワークショップを開催致しました。2016年度につきましては、今年度のワークショップにおける皆さまのご意見などを参考にしつつ、引き続き文化財に係るイベントを企画して参りたいと考えております。
(公財)高輝度光科学研究センター
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