Volume 21, No.1 Pages 16 - 18
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
The 8th International Workshop on Infrared Microscopy and Spectroscopy using Accelerator Based Sources(WIRMS2015)会議報告
Report on WIRMS2015
2年ごとに開催される加速器ベース赤外光源の国際会議WIRMS2015(8th International Workshop on Infrared Microscopy and Spectroscopy using Accelerator Based Sources)が2015年10月11~15日にアメリカのニューヨークで開催された。
会場は、Brookhaven National Laboratoryから車で30分程度離れたHyatt Place Long Island/East Endの会議室で行われた。初日はReceptionで、会場敷地内にあるレストランで夕食会が催された。2日目から最終日までが本会議、3日目の夕方はExcursionであった。4日目の夜は、これも敷地内にある小さな水族館でバンケットが行われた。また、最終日は午後からNSLS-IIの見学ツアーが行われた。会議全体を通して、45件の口頭発表があり、内7件が招待講演であった。会議に先立って、NSLS-II DirectorのJ. Hillより、NSLS-IIの現状に関するWelcome Remarksがあり、その後、7つのセッション(Facility Development、Infrared Microspectroscopy and Imaging、Materials Under Extreme Conditions、Condensed Matter and Time-Resolved Spectroscopies、Near-Field Infrared、Coherent THz and Ultrafast、Spectroscopy)があった。この他Open Forumとして、Near-Field Infrared Spectroscopy and Imagingの技術項目に関する検討と、Next Diffraction-Limited Synchrotron Light Sourceにおける赤外とTHzに関する議論に、それぞれ30~40分時間が割り当てられた。順を追って紹介する。
Facility Developmentのセッションでは、ベンディングマグネットから取り出した赤外光を集光するミラー形状について講演を行ったT. Moreno(SOLEIL)が印象的だった。多くのビームラインでは、水平と垂直方向をともに集光するためにtoroidal mirrorを1枚使用している。しかし、赤外は取り込み角が大きく、光源の奥行きがあることと光源が円軌道上にあるため、焦点におけるスポット形状が歪む。SPring-8、BL43IRではこの問題を避けるためmagic mirrorを採用しているが、形状を表す式が複雑で、設計・作成ともにハードルが高い。T. Morenoは、X線ビームラインで利用されているKB mirrorをもとに、水平方向(軌道形状を反映したcylinder mirror)と垂直(ellipsoidal mirror)それぞれ分離したミラーとして設計した。これらは特殊ミラーだが一般的な形状のため、精度の高いミラーを比較的安価に作成でき、スポット形状はtoroidal mirrorから改善される。既に、LNLSで運用しており、他のビームラインでも検討されている。この他、G. P. Williams(Thomas Jefferson National Accelerator Facility)は、加速器ベースの赤外光源利用を創生期から支える研究者の1人として、およそ30年間の経緯と今後の展望について、特にNSLSの動向を踏まえて招待講演を行った。
Infrared Microspectroscopy and Imagingのセッションでは、I. J. Burgess(University of Saskatchewan)が、専用セルを開発して電気化学反応を調べる研究を報告したが、これ以外の講演はすべて、生物関係の研究、もしくは開発技術の測定例として生物試料を扱っていた。赤外放射光を利用して生物細胞の高空間分解能イメージング測定を行った研究はこれまでもあったが、今回の会議では、イメージング結果をさらに、胸部腫瘍やALS(Amyotrophic Lateral Sclerosis)、糖尿病網膜症、神経膠腫などの病気の診断やメカニズム解明に利用する研究が報告された。病気の有無によるスペクトルの変化はわずかで、Principal Component Analysis(PCA)などの計算手法を利用して違いを見出す解析が行われていた。技術開発に重点が置かれた講演としては、M. Martin(Advanced Light Source)が、FTIR Spectro-Microtomographyに関する報告をした他、M. J. Tobin(Australian Synchrotron)が、昆虫の羽など非常に柔らかい試料のATR(Attenuated Total Reflection)測定を行うための装置開発を報告した。この他、L. Vaccari(Elettra)は軟X線照射したヒト胎児性腎臓細胞の放射線損傷を赤外顕微分光で評価する手法を報告した。
Materials Under Extreme Conditionsのセッションでは、R. J. Hemley(Carnegie Institution of Washington)が、H2を含む多くの化合物(CH4(H2)4、C2OH2など)の相図と高圧下の赤外分光について招待講演を行った。また、X. Xi(Brookhaven National Laboratory)は、PbSeなどnarrow-gap半導体のトポロジカル相転移と高圧赤外分光について招待講演を行った。これらはともに、NSLSの赤外ビームラインで行った研究結果であった。この他、U. Schade(Helmholtz-Zentrum Berlin)は、dispersive Fery-spectrographとfocal-plane array detectorを組み合わせた新たな分光器を利用してµsオーダーの時間分解能での分光スペクトルを示した。
Condensed Matter and Time-Resolved Spectroscopiesでは、NSLSで行われていたellipsometryや時分割実験の報告が行われた。
Near-Field Infraredのセッションは、これまでのWIRMSで最も長い時間が割かれていた。M. B. Raschke(University of Colorado)とH. A. Bechtel(Advanced Light Source)が、ALSにおけるscattering-type scanning near-field microscopyの招待講演を行った他、この装置を利用した研究の講演が2件行われた。AFM装置とThermo FisherのFTIR装置を組み合わせたシステムは、数十nmの空間分解能と800~4000 cm-1の広帯域を両立して群を抜いた性能である。この他、PTB(ドイツ)、LNLS(ブラジル)、SPring-8での装置報告があった。また、これまでFELやレーザー光源で行っていたphotothermal probeを利用した近接場装置について、光源を放射光にして開発を始めたことを、G. Cinque(Diamond Light Source)が報告した。
セッション後のNear-Field Infraredに関するOpen Forumでは、L. Carr(Brookhaven National Laboratory)より、装置開発に際して検出器が重要な要素であるとの指摘がなされ、Cu-doped Ge検出器をあげた。感度や冷却温度、リニアリティ、ノイズレベルなどトータルでの検証が必要である。
Coherent THz and Ultrafastのセッションでは、J. Raasch(KIT)が、CSRのシングルショットでTHz分光を行うための検出器開発について、招待講演を行った。
Spectroscopyのセッションでは、R. Plathe(Australian Synchrotron)が、気体のTHz高波数分解能装置にレーザーを導入し、光分解の測定を行った研究を報告した。
会議最後のOpen Forumは30分の枠で、Infrared and THz with Next Diffraction-Limited Synchrotron Light Sourcesについて議論が行われた。現在、様々な施設で検討されている低エミッタンスリングは、蓄積リングのチャンバーが小さい。赤外は大きな取り出し角が必要なため、これまでのように、施設の設計が決まった後に赤外の取り出しを検討したのでは、現状の数分の1程度のフラックスしか利用できないビームラインになる。赤外を取り出す部分のチャンバーを大きくしたり、edge radiationを利用する設計にしたりする検討を、早い段階から開始しなくてはならない点について、P. Dumas(SOLEIL)が指摘した。
会議最初のセッション“Facility Development”でF. Borondics(SOLEIL)は、SOLEILの赤外ビームラインのアップグレード計画を報告した。赤外版KB mirrorを配置した上流optics、近接場装置による回折限界以下の空間分解能での赤外分光、赤外トモグラフ測定、装置制御と解析ソフトをすべて統合したユーザーフレンドリーなシステム開発をあげた。現状では、これが、放射光の特徴を生かした赤外ビームラインの一つの典型と認識されている。しかし、放射光赤外全体を見たとき先行きは明るくない。先に述べた通り、低エミッタンスリングでの赤外の取り出しは容易ではない。また、Wisconsin UniversityのSynchrotron Radiation Centerは閉鎖となり、赤外ビームラインはCAMDに移設を行っている。NSLSも閉鎖し、NSLS-IIにおける赤外ビームラインは建設待ちの状態である。多くの成果を出した赤外ビームラインが一時的にせよ利用できなくなっている現状は、重く受け止める必要がある。放射光赤外は岐路に立っている。稼働している赤外ビームラインの利用と技術開発のアクティビティを維持・向上すると同時に、加速器やX線・軟X線ビームラインの研究者、放射光以外の分野の研究者とも積極的に交流し、取り出し方法やビームラインの意義について議論しなくてはならないと考える。
図1 会議の様子
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