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Volume 20, No.4 Pages 354 - 356

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第31回欧州表面科学会議(ECOSS31)報告
The 31st European Conference on Surface Science (ECOSS31)

田尻 寛男 TAJIRI Hiroo

(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI

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 欧州表面科学会議(The 31st European Conference on Surface Science)が、2015年8月31日から9月4日の5日間にわたってスペインのバルセロナで開催された。会場は、バルセロナ中心部に近接するバルセロナ国際コンベンションセンター(Centre de Convencions Internacional de Barcelona)であった。第1回会議(オランダ、アムステルダム)開催が表面科学黎明期の1978年で、表面物理・化学の基礎から応用に至る分野を俯瞰的に議論する伝統のある会議である。会期全体を通して5件の全体講演(同時間帯に他の講演がなく、参加者が同時に参加できる講演)と29件の招待講演、298件の一般講演、および267件のポスター講演が行われた。
 会議は、「バルセロナの観光名所であるサグラダファミリアの聖堂内天井装飾の美しい規則的な配列が、結晶表面のいわゆる超格子構造を正に表しており、バルセロナは表面科学を語るにふさわしい場所である」との冗談を交えたオープニングセレモニーから全体講演へと続き、4日間は各日5つのマルチトラックセッションに分かれて講演が行われ(3日目に2件の全体講演を挟む)、最終日は2件の全体講演の後閉会という構成であった。“Catalysis under ideal and real conditions”、“Self-assembly at surfaces”、“Surface Magnetism”などセッション数は計30に及ぶ。講演件数の多い上位テーマは、“Graphene and carbon-based nanomaterials”と“Oxide surfaces and thin/ultra-thin oxide films”、“Molecules at surfaces”となり最近のトレンドをよく表している。今回、本会議初の試みとして、スマートフォン向けのフリーのイベントアプリケーションWhovaが、会議プログラムの閲覧、ホストや参加者とのコミュニケーションツールとして活用された。

 

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図1 マルチトラックセッションの様子

 

 

 著者一人で会議の全貌を網羅することは不可能であり、放射光利用や実験手法開発といった著者の興味に偏った報告となってしまうことをご容赦願いたい。以下、いくつかのトピックについて講演内容を概観する。
 初日の全体講演では、ESRFのS. FerrerのチェアでLBNLのM. Salmeronが、21世紀の表面科学の夢は触媒反応のコントロールと創成であり、そのためには実環境での表面観察が必須であると明確に説いた。これは、走査トンネル顕微鏡(STM)やX線光電子分光(XPS)実験は、その黎明期の実験では真空環境が必須であったが、真空での表面の化学反応や触媒反応はどうしても大気圧の実環境での反応とは異なるので、実際には確実に存在する“pressure driven force”が効果に現れず正しい答えが出せなかった、という自身の経験が大きいとのことである。1990年代からのSTM、放射光XPSを使って大気圧ガス条件下での表面の化学反応や固体液体界面の研究が紹介された。特にXPSでは、電子の検出のために真空側の検出器とガス・液体環境下の試料とを仕切る必要があり、X線・電子用窓を含む試料セルの開発といった装置開発が非常に重要であるとのことであった。試料基板にメンブレン膜を使い試料の裏側から光電子を取り出したり、最近ではメッシュ状のナノメートルサイズの微小穴をもつ基板にグラフェンを担持させ、窓材とする方法などが採用されているようである。環境科学を志向した基礎研究として、プラチナや銅表面での大気圧条件下での、一酸化炭素の振る舞いと表面面指数との関係や、検出する蛍光X線と二次電子の侵入深さ・平均自由工程の違いを利用した深さ分解測定で反応層を決定した例などが紹介された。
 “Oxide surfaces and thin/ultra-thin oxide films(OXI)”のセッションでは、スペインCSICのM. V. Ganduglia-Pirovanoによる招待講演が行われ、水素生成の産業用触媒として重要なセリアをベースとした触媒システムを理解するために、通常触媒として使用される反応過程が複雑な粉末状セリアではなく、その触媒反応の起源を解明するためのいわゆるモデル触媒システムとして、単結晶セリアの研究を行った例が示された。セリア単結晶表面における酸素欠陥の役割や、アルキンの部分水素化などを理論、実験(放射光XPSなど)の両面から論じた。複雑な系を単純な系で置き換えて理解を深めるべく結晶表面をモデル触媒システムと見なす研究手法は、表面科学のオーソドックスな手法であり、その代表的な講演であった。
 “Surface chemical reactions, kinetics and heterogeneous catalysis(SCR)”のセッションでは、アイントホーフェン工科大のC. J. Weststrateが、コバルトを触媒とする長鎖炭化水素の合成法として知られるフィッシャー・トロプシュ法について、反応プロセスにおける原子鎖生成メカニズムについて、STMおよびElettraとMAX-labの放射光XPSの結果を交えて論じた。ルンド大のS. Blombergは、よく知られたモデル触媒システムであるパラジウム結晶表面での一酸化炭素の酸化について講演した。数十ミリバール以上の一酸化炭素圧力下で、放射光XPSおよびレーザー励起蛍光法による反応表面近傍のガス組成像の同時リアルタイム測定が可能な装置をMAX-labで開発し、サブ秒の時間スケールで反応炉内のガス組成と表面近傍のそれが全く異なることを明らかにした。このような複数プローブによる同時測定装置開発は、最近よくみられる技術開発の一例である。
 3日目のマックス・プランク研究所のA. M. Wodtkeによる全体講演では、電子と原子核の運動が分離できるとする表面化学計算で一般的なボルン・オッペンハイマー近似では、飛翔分子と金属表面との相互作用がうまく説明できず、場合によって飛翔分子が金属スラブをすり抜けてしまう衝撃的な計算例を示し、適切な近似計算の重要性が説かれた。このような場合には有効媒質近似を用いることが妥当で、実際に金表面における水素原子の散乱実験の結果をよく説明できることを示した。一酸化窒素などの開殻分子(ラジカル)のダイナミクスを議論する表面システムの計算にはこの近似が重要である。
 “Real-time processes at surfaces + Surface dynamics(RTP + SDY)”の合同セッションでは、DESYのS. K. VayalilがPETRA IIIのビームラインP03/MiNaXSでの数十ミクロンサイズのマイクロビームを使ったその場微小角入射小角散乱(GISAXS)で、ナノサイズの波打ち構造(リップル)をもつシリコン基板上でのパーマロイ薄膜の初期の成長過程では、基板のリップル構造の方向と大きく相関して、パーマロイ薄膜成長に大きな異方性があることを示した。GISAXSでは散乱パターンは通常、鏡面反射面に関して対称なパターンとなるが、この場合特異な非対称パターンとなる。ストックホルム大のH. Öströmの招待講演では、LCLSのX線自由電子レーザーと可視光レーザーを使った超高速ポンプ・プローブ法でサブピコ秒分解能のX線吸収分光の結果が示された。ルテニウム結晶触媒上の一酸化炭素の酸化過程における、遷移状態分子の電子状態を観察することに成功している。
 “Graphene and carbon-based nanomaterials(GRA)”のセッションでは、ルンド大のJ. Knudsenによるグラフェンに担持された規則的なナノ粒子や、グラフェンに覆われた金属表面に関する招待講演が行われた他、ESRFのG. Renaudは数十ピコメートルの空間分解能をもつ表面X線回折の特性を使って、イリジウム結晶上に成長したグラフェンの歪み構造を解析した例を紹介した。これは、成長基板や欠陥などに起因するわずかな構造の変調によって、グラフェンの物性が大きく変化する特性を応用するための基礎的な構造研究である。なお、ESRFのアンジュレータビームラインID03では2016年から、新しい超高真空装置を備えた表面回折・散乱用の回折装置が稼働するそうである。
 “Semiconductor surface(SMC)”のセッションでは、R. Wolkowの招待講演が目を引いた。水素終端されたシリコン結晶表面の水素を、STMの探針で取り除いて生成したシングルダングリングボンドは、極小サイズの量子ドットとして機能する。それらを並べて原子スケールの究極の電気回路を製作する試みである。ダングリングボンドは活性が高く安定性や有用性に疑問が残るが、設計図どおりにダングリングボンドが回路状に配列している様は、この発想は決して荒唐無稽ではないと筆者に思わせるには十分だった。ここでは探針の先端を一原子にする技術が応用されている。
 “Novel-advancement of experimental and computational methods(NAM)”のセッションでは、DESYのF. BertramがPETRA IIIの60 keVを超える高エネルギーX線と二次元検出器を使った表面X線回折について講演した。高エネルギーX線の利点は、広い逆空間へのアクセスが可能であること、それに付随して散乱角も小さくなるのでX線窓や二次元検出器も大きなものが必要ないことである。これはコスト面からは有利である。一方、散乱断面積はX線波長の自乗に比例して減少するので、高輝度光源であっても検出器の検出効率も勘案すると、高エネルギーX線を利用することが効果的であるかは疑問が残る。実際、散乱強度を稼ぐために測定試料はパラジウムや鉛など重元素を含む系に偏っている。二次元検出器を活用することによる測定の迅速化の恩恵はある。その他、M. FoersterによるALBAのCIRCEビームラインのLEEM-PEEMステーションについて紹介があった。邦人の講演では、KEKの和田・兵頭・一宮らによる反射高速陽電子回折の装置開発に関する一連の講演が印象的であった。陽電子の最表面敏感性を大いに活用した表面構造研究の新しいプローブとしての展開が期待される。
 スペインにはマドリッドに触媒研究所があることもあって、表面の触媒作用や、グラフェン表面などに担持された触媒について報告が多くなされた。これらは同作用への表面状態の活用を意図している。実環境に近い環境での触媒反応の観察が徐々になされつつあり、現実に産業利用されている触媒システムに原子レベルの表面科学的手法でアプローチする試みも始まっており、この傾向は今後拡大していくであろうと思われる。いよいよ触媒の基礎的研究に加えて実用的な系へと研究対象の裾野を大きく広げていこうとする流れを実感させる会議であった。その際に活用されるプローブは、本報告でも多くを取り上げたように、やはり放射光やX線自由電子レーザーである。そう考えた時、ナノ物質のハンドリング技術は、放射光実験装置においても今後ますます必要とされるであろうし、その研究開発も重要度を増すであろうと感じた次第である。次回のECOSS32の開催地はフランスのグルノーブルである。

 

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図2 ポスター会場の様子

 

 

 

田尻 寛男 TAJIRI Hiroo
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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