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Volume 20, No.4 Pages 365 - 374

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

SPring-8シンポジウム2015報告
SPring-8 Symposium 2015 Report

西堀 麻衣子 NISHIBORI Maiko

SPring-8ユーザー協同体(SPRUC)行事幹事/九州大学大学院 総合理工学研究院 Faculty of Engineering Sciences, Kyusyu University

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SPring-8

 

はじめに
 去る9月13日、14日の2日間にわたり、九州大学伊都キャンパス、カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所/I2CNER第1研究棟(写真1、2)において「SPring-8シンポジウム2015 -放射光が先導するグリーンイノベーション-」が、SPring-8ユーザー協同体(以下、SPRUC)、高輝度光科学研究センター(以下、JASRI)、理化学研究所(以下、理研)、九州大学の4者の主催により開催されました。SPRUC発足以来、大阪大学、京都大学、東京大学と続いた第4回目のシンポジウムは、代表機関の一つである九州大学にホストをお引き受けいただきました。会場となった九州大学伊都キャンパスは糸島半島のほぼ中央に位置しており、福岡の中心から公共交通機関で約40分の距離にあります。講演会場のI2CNER研究棟は、玄界灘に望む糸島半島の豊かな自然の中にある新しい建物です。九州大学はカーボンニュートラル・エネルギー社会の実現に向け、新素材・新機能などを有する物質・材料の追究や技術革新の研究を数多く行っており、佐賀県立九州シンクロトロン研究センター内に大学独自のビームラインを建設し、放射光を利活用した教育研究活動を推進しています。今回のシンポジウムでは、新しい試みとして最新のグリーンイノベーションに関するセッションで国内外の研究者からの講演を企画しました。まだまだ暑さが残る中、2日間にわたって密度の濃い熱い議論がなされました。

 

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写真1 九州大学伊都キャンパス

 

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写真2 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所

 

 

Session I オープニングセッション
 オープニングセッションでは、高原淳SPRUC会長(写真3)の挨拶に続いて理研の小安重夫理事(写真4)から挨拶がありました。理研は施設者として放射光利用の裾野を広げていくことと、さらに、激化する放射光の高性能化の国際競争に打ち勝つことを目的として、SPring-8のアップグレード計画を順調に進めていることを述べられました。一方で、供用開始から18年を経過した現在、施設の老朽化と電気・ガス料金の高騰が大きな問題となっており、アップグレード計画においてもこれらの問題を重点的に考え、中長期的な視点から計画を立てて遂行していきたいと述べられました。次にJASRIの土肥義治理事長(写真5)より挨拶がありました。この中で、財団発足25年目にあたる本年、新しい試みとして科学技術助言委員会を発足したことが紹介されました。この委員会はJASRI内部で行われている技術の高度化や利用者の技術支援、情報支援を外部の目から見て助言をいただくことを目的としていることが説明されました。続いて、開催地を代表して九州大学副理事・シンクロトロン光利用研究センター長の副島雄児教授(写真6)より歓迎の挨拶がありました。九州大学では伊都キャンパスへの移転が着々と進められていることや、シンクロトロン光利用研究センターがグリーンマテリアル研究拠点としてグリーンイノベーションの創造を進めていることが紹介されました。また、放射光施設が個々の研究を支援するだけではなく、日本のみならず世界のシンクロトロン放射光施設と連携することにより、現代社会が求める複合的な科学・技術の個々の研究を連結し、科学研究拠点の中核として大きな役割を担うことが大きく期待されると述べられました。最後に、文部科学省 科学技術・学術政策局 研究開発基盤課 量子放射線研究推進室の上田光幸室長(写真7)より来賓挨拶をいただきました。SPring-8は供用開始以来18年間にわたり多くの研究成果を挙げていることを取り上げられ、SPring-8に代表される大型研究施設が、日本が推進するイノベーションの基盤となっていることを述べられました。また、日本は世界随一の性能を持つSPring-8、SACLA、J-PARC、「京」という4大施設を有し、かつ、これらを複合的に利用した研究が推進できる環境にあること、そしてそれらが産業界にも共用される状態にあることを示されました。さらに、これらは大変有利な点であり、今後も世界に誇るトップサイエンス、トップイノベーションが生み出されていくことを期待していると述べられました。

 

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写真3 高原淳SPRUC会長

 

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写真4 理研 小安重夫理事

 

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写真5 JASRI 土肥義治理事長

 

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写真6 九州大学副理事・シンクロトロン光利用研究センター長 副島雄児教授

 

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写真7 文部科学省 科学技術・学術政策局 研究開発基盤課 量子放射線研究推進室 上田光幸室長

 

 

Session II 施設報告
 施設報告では、入舩徹男SPRUC利用委員長が座長を務め、施設者理研、登録施設利用促進機関JASRIからの報告とSACLAの現状についての報告が行われました。最初に石川哲也理研放射光科学総合研究センター長(写真8)より、「現況と周辺環境」と題した報告が行われ、電気料金高騰の影響や、老朽化対策など、通常SPring-8を利用するだけでは知り得ない施設状況について詳しく説明されました。老朽化、省エネ、高度化に向けてビームタイムの期間が通常と異なる旨についても、ユーザーに対する丁寧な説明がありました。次に、櫻井吉晴JASRI利用研究促進部門長(写真9)より「SPring-8の成果最大化に向けて」と題した報告がありました。SPring-8を利用した論文数などの統計的なデータが示されたのち、新分野創成と題した技術紹介と、新しい利用制度である「新分野創成利用」の説明がなされました。最後に、矢橋牧名JASRI XFEL利用研究推進室長(写真10)より「SACLAの現状」と題した報告が行われました。まだSACLAに馴染みの薄いSPring-8のユーザーに向けて施設および得られる光について丁寧に紹介された後、測定手法や利用研究例、装置開発について説明されました。講演の最後には、成果の現状について紹介があり、既にNature誌およびその姉妹紙に約20報が掲載されていることなど質の高い成果が多数得られるフェーズになっていることが報告されました。

 

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写真8 石川哲也 理研放射光科学総合研究センター長

 

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写真9 櫻井吉晴 JASRI利用研究促進部門長

 

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写真10 矢橋牧名 JASRI XFEL利用研究推進室長

 

 

Session III 九州大学でのグリーンイノベーション(特別講演)
 特別講演「九州大学でのグリーンイノベーション」では、九州大学の高原淳教授が「放射光X線解析によるグリーンソフトマテリアルの開発」と題してソフトマテリアルの立場から、九州大学の石原達己教授(写真11)が「酸素イオン伝導性に及ぼす化学機械応力の影響」と題してハードマテリアルの立場から、それぞれ30分ずつ講演されました。このセッションは、今年度のシンポジウムのテーマである「放射光が先導するグリーンイノベーション ~グローバルな視点からの発信~」に基づいて、ホストである九州大学の事例を紹介するために企画されたものです。高原教授は講演の中で、高分子を利用したグリーンイノベーションには時間的にも空間的にも揺らいでいる階層構造を理解し、材料開発にフィードバックすることが必要であることを強調されました。また、それには放射光を使った回折・散乱・分光法が、重要な役割を果たしていることを最近の研究成果を基に示されました。石原教授は、固体酸化物燃料電池の電解質や酸化触媒への応用が期待されている酸素イオン伝導体の伝導性向上に向けた取り組みについて紹介されました。その中で、XRDやXPSの結果から、酸素欠陥と伝導性との関係が明らかになってきたことが示されました。

 

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写真11 九州大学 石原達己教授

 

 

Session IV 紫綬褒章受章記念講演
 紫綬褒章受章記念講演では、愛媛大学の入舩徹男教授(写真12)が「SPring-8の利用による地球深部科学の発展」と題して、東京大学の豊島近教授(写真13)が「イオンポンプ蛋白質の構造生物学とSPring-8」と題して、それぞれ30分ずつ講演されました。このセッションは、平成27年春の科学技術に関する紫綬褒章の受章を記念して企画されたものです。入舩教授は講演の中で、高温高圧状態にある地球深部の物質科学の発展において、放射光X線を用いたその場観察実験が極めて重要な役割を果たしてきたことを強調されました。SPring-8の供用開始前から、日本の高圧地球科学者がオールジャパン体制で高温高圧ビームラインの建設に協力した結果、SPring-8供用開始後初の成果を筆頭に、多くのインパクトある成果がSPring-8から創出されたことを示されました。講演からは、その後も引き続き大型プロジェクトなどを通じて、成果創出だけでなくBLの高度化や放射光科学に関わる人材育成にも多大な貢献をしてきたことが伺えました。豊島教授は講演の中で、今回の受章理由の一つとなった「イオンポンプ蛋白質のメカニズム解明」は、SPring-8の存在なしには語れないと述べられました。また、構造生物学では構造を決定することが目的ではなく、その構造から機能を理解することが重要であることを強調されました。それには、長期利用課題のような腰を据えて研究ができる環境が大変有効であったことを示され、今後もそのようなシステムを維持していくことがSPring-8からインパクトある成果を創出することにつながるであろうと述べられました。

 

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写真12 愛媛大学 入舩徹男教授

 

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写真13 東京大学 豊島近教授

 

 

Session V SPring-8ユーザー協同体(SPRUC)総会
 SPring-8ユーザー協同体(SPRUC)総会では、SPRUCの活動報告、2014年度決算、SPRUC−JASRI協力協定の変更と2015年度予算報告、分野融合型研究グループの進捗報告、SPRUC運営検討作業部会設置の報告、次期評議員選挙についての説明があった後、SPRUC 2015 Young Scientist Award授賞式が行われました(写真14)。

 

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写真14 SPRUC 2015 Young Scientist Award授賞式

 

 SPRUC 2015 Young Scientist Award授賞式では、冒頭に水木純一郎選考委員長(関西学院大学教授)から講評があり、本アワードが新しい測定手法の開発や、既存の手法であってもSPring-8の特徴を如何なく発揮する研究成果を出した35歳未満の研究者に贈られるものであることが説明されました。また、今回は合計14名の応募があり、その中で分野と成果を考慮した結果、Monash大学のKaye Morgan氏と大阪大学の松山智至氏の2名が選ばれた旨、説明されました。
 引き続いて、受賞記念講演が行われました。Kaye Morgan氏は、新しいX線イメージング手法の開発により、嚢胞性線維症という遺伝病に由来する呼吸器表面粘膜のダイナミクスを短時間で非侵襲的に、かつ高解像度で観測することに初めて成功した研究を紹介されました。薄い粘膜の状態だけを抽出するために位相コントラスト法を活用し、マイクログリッドを用いた溶液の揺らぎ補正を行うなど、いくつもの手法の改良により高輝度、高安定なSPring-8のビーム性能を最大限引き出し、X線イメージング研究を研究室レベルから実際の臨床に使えるレベルまで引き上げた点が高く評価されています。
 松山智至氏は大阪大学で開発された超平滑・高精度ミラー作製技術を最大限活用し、Advanced KBミラー光学系という、非常にアライメントが難しいことで知られる4枚の全反射ミラーによる光学系を組むことによってX線集光光学系を構築し、色収差のない50 nmレベルの高集光を実現した研究成果について紹介されました。この研究は前例のないAdvanced KBミラー、アライメント治具のすべてを自作している点が圧巻で、日本のモノづくり技術がSPring-8と結びついた究極の成果であると言えるでしょう。

 

 

Session VI SPring-8における新たな利用研究のために
 シンポジウム2日目は「SPring-8における新たな利用研究のために」というセッションから始まりました(写真15、16)。このセッションの目的は、すなわち、SPring-8の高度化による新たなサイエンスの広がりを求める、測定法が確立された分野での測定の利便性の追求とユーザーの拡大、および今まで放射光ユーザーとして認識されていなかった分野へ放射光の特性を見極めた上での利活用の浸透を目指すものです。それぞれに対して、JASRIの特長のある取り組みが紹介されました。

 

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写真15 セッション中の会場の様子1

 

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写真16 セッション中の会場の様子2

 

 まず、高度化の一つとして、利用研究促進部門の木村滋氏(写真17)より、「高空間分解能測定技術R&Dの現状」という題目で講演がなされました。この中で、軟X線、硬X線領域でサブミクロン、数10から100 nmにX線ビームを集光する技術が比較的容易に可能になる技術開発が進み、供用可能になっていることが示されました。さらに、空間分解が必要なXAFSや、磁性体のX線MCDが可能になっており、ナノメートルでの特性評価が進められていることを示されました。

 

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写真17 利用研究促進部門 木村滋氏

 

 次にタンパク質結晶解析推進室の長谷川和也氏(写真18)より「蛋白質結晶回折測定の遠隔実験と測定代行の現状」と題した報告がなされました。蛋白質の構造解析は放射光施設では重要であり、なおかつ実験マネージメントの国際競争が激しい分野です。JASRIでも施設間競争で優位に立つために、課題採択、実験時期の柔軟化、インターネット経由での実験措置の遠隔操作、測定試料のメールインによる測定代行など、様々な取り組みがなされていることが示されました。特に、実験時期の柔軟化に関しては測定試料の結晶化の出来栄えに合わせた実験実施時期の決定など、蛋白質試料の特性に相応しいマネージメントが実施されていることが述べられました。この講演に対し、聴衆からは、さらに使い勝手が改善されることへの期待が寄せられました。

 

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写真18 タンパク質結晶解析推進室 長谷川和也氏

 

 セッションの最後に、産業利用推進室の佐藤眞直氏(写真19)より、「食品産業分野に向けた放射光利用技術開発の現状」と題した講演がありました。これまでも利用がなかったわけではないが、最近の取り組みとして、冷凍食品の生、冷凍、および解凍後の組織構造をイメージングによって観察し、旨さとの関連を調べる研究が紹介されました。冷凍食品の温度管理と食品内部3次元組織観察は、表面観察や、顕微鏡切片観察とは異なる情報を得ることができます。また、油脂と水分の懸濁混合物であるエマルション状態の経時変化なども、X線散乱などを用いることで観測が可能になります。このような、従来にない新たな食品の品質管理手法が確立し、食品業界に浸透すれば、新たなユーザー業界となる可能性があることが示されました。

 

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写真19 産業利用推進室 佐藤眞直氏

 

 

Session VII SPring-8-II計画の現状
 SPring-8-II計画の現状では、始めに、理研放射光科学総合研究センター 回折限界光源設計検討グループの田中均グループディレクター(写真20)が、「SPring-8-IIの設計/R&D進捗」について講演されました。冒頭、SPring-8の建設・開発の歴史的背景から放射光光源の今後のあるべき姿までを概観した上で、SPring-8-IIの位置付けが示されました。さらに、現在、運転中である施設の使命、わが国のエネルギー情勢をふまえた持続可能性などの境界条件をも考慮した設計指針、開発スケジュールが紹介されました。これに基づき、SPring-8-IIで期待される輝度、それを実現するために設計されている極度にコンパクト化された装置・機器、永久磁石を利用した偏向磁石、SACLAからの電子ビーム入射など、アップグレードへ向けた機器開発の進捗状況が紹介されました。

 

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写真20 理研放射光科学総合研究センター 回折限界光源設計検討グループ 田中均グループディレクター

 

 続いて、理研放射光科学総合研究センターの石川哲也センター長が、SPring-8-IIの利用の展望について講演されました。冒頭、人類が新しい光を得る度に革新的な活用方法を生み出してきた歴史を踏まえ、SPring-8-IIの新しい光を活用した革新的研究への期待が述べられました。具体的には、SPring-8-IIなど次世代光源が担う研究領域について、SPring-8を始めとする既存施設がカバーする研究領域と比較しながら、その展望が紹介されました。利用開始後の実際の計測にあたっては、微小領域に効率的に集光されたビームによる試料の放射線損傷の問題を解決した上で、高分解能情報収集手法を確立することの重要性が示されました。「何が起こっているかが解る」ではなく「何故起こっているかが解る」に応えるためのSPring-8-IIとSACLAの組み合わせについて触れ、講演を締めくくりました。

 

 

Session VIII ポスターセッション
 ポスターセッション(写真21)はカーボンニュートラル・エネルギー国際研究所/I2CNER第1研究棟大ホールホワイエにおいて行われました。今回のシンポジウムでは、ポスターセッションをランチョンミーティングとし、昼食を取りながらディスカッションを進めていただく形式を取りました。大勢の参加者に対して会場は若干手狭ではありましたが、活発なディスカッションが行われていたと思います。なお、今年度の発表件数は、SPRUC研究会32件、施設・共用BL18件、理研・専用BL22件、PU・長期利用課題26件、JASRI高度化15件の合計113件でした。

 

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写真21 ポスターセッション

 

 

Session IX 放射光が先導するグリーンイノベーションI
 2日目午後のセッションは、今回のシンポジウムの主題である「放射光が先導するグリーンイノベーション」に沿った内容で、国内外の研究者による講演が企画されました。セッションの前半は、アジア・オセアニア地区で活躍されている、台湾国立放射光研究センターのYu-Shan Huang実験施設部門長(写真22)、および、オーストラリア シドニー大学のMitchell Guss教授(写真23)に講演いただきました。Huang部門長からは“Perspective of Advanced Experimental Techniques at Taiwan Photon Source”と題し、昨年末の12月31日にファーストライト(3 GeV、1 mA)を得ることができた新しい3 GeV放射光リング(TPS)の紹介がありました。ビームラインの整備に関しては、第1フェーズでは2016年の供用開始を目指しており、いずれも挿入光源からのX線を利用する7本のビームラインの整備が進められていることが述べられました。また、これらのビームラインの詳細と、第2フェーズ、第3フェーズの計画についての紹介がありました。第2フェーズ、第3フェーズの計画はそれぞれ2020年、2023年までの完了を目指しており、各フェーズで9本ずつのビームラインの建設を計画していることが述べられました。続いてGuss教授からは“How a pathogenic bacterium obtains iron from its host – the role of synchrotron radiation in the structure elucidation”と題し、病原性バクテリアの一つである黄色ブドウ球菌が、どのようにその栄養源である鉄を含む血液中のヘムにアクセスし、鉄を取り込むのかについて、放射光やNMRを利用した構造解析結果についての講演が行われました。残念ながらSPring-8での実験を行ったことはないとのことでしたが、素晴らしい成果を示されておりました。

 

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写真22 台湾国立放射光研究センター Yu-Shan Huang実験施設部門長

 

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写真23 オーストラリア シドニー大学 Mitchell Guss教授

 

 

Session X 放射光が先導するグリーンイノベーションII
 休憩を挟んで引き続き行われたセッションの後半では、国内の3名の先生方の講演が行われました。日本原子力研究開発機構の齋藤寛之主任研究員(写真24)は「アルミニウムを主原料とする新しい水素吸蔵合金の合成」と題した講演で、新しく合成した軽量な水素吸蔵合金であるAl2CuHx合金の研究について紹介されました。この研究では、従来型の水素親和性の高い金属と低い金属との組み合わせを利用して合成する合金からの発想を変え、どちらも水素親和性の低い金属同士の合金から出発し、10 GPa・2500℃の高温高圧合成により150℃で水素を放出する新しい水素吸蔵合金を発見したことと、また、水素吸蔵のメカニズムを高温・高圧下でのその場観察で明らかにしたことなどが示されました。次に、名古屋工業大学の林好一教授(写真25)からは、「酸化物高温強磁性半導体に潜む特異な原子配列の3D原子像化」と題し、高温強磁性半導体であるコバルトを微量添加した酸化チタン薄膜中のコバルト原子の局所構造を、原子分解ホログラフィで解明した結果についての講演がありました。この材料は300℃までの高温で強磁性を示すものの、TEMやXAFSなど他の手法から予測される酸化チタン薄膜中にコバルト原子が均一に分散したモデルでは高温での強磁性を示すことが説明できず、長年議論になっていました。今回、原子分解ホログラフィの一つである蛍光X線ホログラフィを用い、自然には存在し得ない亜酸化物のナノ構造体が薄膜中に形成していることを明らかにしたことが紹介されました。最後の講演者である京都大学の島川祐一教授(写真26)は、「高い磁気転移温度を持つハーフメタル新材料の合成:カチオン秩序による磁気構造制御」と題し、秩序型ペロブスカイト構造酸化物ABO3を例に、カチオンの秩序配列を変化させることで、その磁気構造が制御できるいくつかの例について紹介されました。いずれの講演においても放射光の利用により高精度な解析が行えるようになったことが成果に結び付いたことを強調されました。

 

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写真24 日本原子力研究開発機構 齋藤寛之主任研究員

 

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写真25 名古屋工業大学 林好一教授

 

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写真26 京都大学 島川祐一教授

 

 

Session XI クロージングセッション
 クロージングセッションでは、主催者を代表して若山正人九州大学理事・副学長(写真27)より閉会の挨拶がありました。挨拶の中で、九州大学は代表機関として、社会の発展のために大学として貢献できることを、九州の地より発信していくことが述べられました。また、少し不便な伊都キャンパスにもかかわらず、日本各地から大勢のユーザーの皆様にお集まりいただき、SPring-8シンポジウムを九州大学で開催できたことに深く感謝の意を表されました。

 

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写真27 若山正人 九州大学理事・副学長

 

 

おわりに
 SPRUCが発足して4回目のシンポジウムを無事終えることができましたが、これも多くのユーザーの方々に参加いただき活発な議論をいただけたことに尽きると思います。また、JASRI、理研の事務の方々には準備段階から深く関わっていただきましたことを心より感謝いたします。
 今回、担当行事幹事が現地実行委員を兼ねていたため、実行委員の目線で少し述べさせていただきます。九州大学でSPring-8シンポジウムを開催するにあたり、立地面や開催時期などに不安を感じておられた方も多いと思います。実際、福岡市内中心部からの距離、休日の食事事情など、参加者の皆様にご不便をおかけしたことが多かったと思います。ご不便をおかけした皆様にお詫び申し上げます。
 本報告書をまとめるにあたり、SPRUC会計幹事 久保田佳基先生、企画幹事 西堀英治先生、編集幹事 加藤健一先生、庶務幹事 原田慈久先生、渉外幹事 高尾正敏先生および関西学院大学 藤原明比古先生、佐賀県立シンクロトロン光研究センター 岡島敏弘先生にご協力いただきました。心より感謝いたします。また、手前味噌ではありますが、現地実行委員をお引き受けいただき、シンポジウムの準備・当日運営に多大なる協力をいただきました九州大学の関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。特に、会場設営から撤収、現状復帰に関わる膨大な作業を短時間で終わらせた学生諸君には、最大限の感謝の意を表します。
 最後になりましたが、参加いただいた皆様を含め、このシンポジウムの開催に関わりましたすべての皆様に感謝の意を表してこの報告を終わります。

 

 

SPring-8シンポジウム2015プログラム
9月13日(日)
Session I オープニングセッション

座長:原田 明(SPring-8シンポジウム2015実行委員長、九州大学 教授)

13:00-13:05 開会の挨拶
高原 淳(SPRUC会長、SPring-8シンポジウム2015組織委員長、九州大学 教授)
13:05-13:20 挨拶
小安 重夫(理化学研究所 理事)
土肥 義治((公財)高輝度光科学研究センター 理事長)
副島 雄児(九州大学 副理事、シンクロトロン光利用研究センター長)
13:20-13:25 来賓挨拶
上田 光幸(文部科学省 科学技術・学術政策局 研究開発基盤課 量子放射線研究推進室 室長)

 

Session II 施設報告

座長:入舩 徹男(SPring-8シンポジウム2015プログラム委員長、愛媛大学 教授)

13:25-13:40 現況と周辺環境
石川 哲也(理化学研究所 放射光科学総合研究センター長)
13:40-13:55 SPring-8の成果最大化に向けて
櫻井 吉晴((公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 部門長)
13:55-14:10 SACLAの現状
矢橋 牧名((公財)高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室 室長)
14:10-14:20 休憩

 

Session III 九州大学でのグリーンイノベーション(特別講演)

座長:雨宮 慶幸(東京大学 教授)

14:20-14:50 放射光X線解析によるグリーンソフトマテリアルの開発
高原 淳(九州大学 教授)
14:50-15:20 酸素イオン伝導性に及ぼす化学機械応力の影響
石原 達己(九州大学 教授)

 

Session IV 紫綬褒章受章記念講演

座長:高原 淳(SPRUC会長、SPring-8シンポジウム2015組織委員長、九州大学 教授)

15:20-15:50 SPring-8の利用による地球深部科学の発展
入舩 徹男(愛媛大学 教授)
15:50-16:20 イオンポンプ蛋白質の構造生物学とSPring-8
豊島 近(東京大学 教授)
16:20-16:30 休憩

 

Session V SPring-8ユーザー協同体(SPRUC)総会

司会:原田 慈久(SPRUC庶務幹事、東京大学 准教授)

16:30-16:45 SPRUC活動報告、2014年度決算・2015年度予算報告
16:45-16:55 SPRUC 2015 Young Scientist Award授賞式
16:55-17:15 SPRUC 2015 Young Scientist Award受賞講演1
Dynamic phase contrast x-ray imaging for respiratory research

Kaye Morgan(Monash University, Australia)
17:15-17:35 SPRUC 2015 Young Scientist Award受賞講演2
高分解能かつ色収差のない結像型X線顕微鏡の開発

松山 智至(大阪大学大学院 工学研究科)

 

9月14日(月)
Session VI SPring-8における新たな利用研究のために

座長:高尾 正敏(大阪大学 教授)

  9:30-10:00 高空間分解能測定技術R&Dの現状
木村 滋((公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門)
10:00-10:20 蛋白質結晶回折測定の遠隔実験と測定代行の現状
長谷川 和也((公財)高輝度光科学研究センター タンパク質結晶解析推進室)
10:20-10:40 食品産業分野に向けた放射光利用技術開発の現状
佐藤 眞直((公財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室)
10:40-10:50 休憩

 

Session VII SPring-8-II計画の現状

座長:藤原 明比古(関西学院大学 教授)

10:50-11:20 SPring-8-IIの設計/R&D進捗
田中 均(理化学研究所 放射光科学総合研究センター 回折限界光源設計検討グループ グループディレクター)
11:20-11:40 SPring-8-IIの利用に向けて
石川 哲也(理化学研究所 放射光科学総合研究センター長)

 

Session VIII ポスターセッション(大ホールホワイエ)

11:40-13:50
SPRUC研究会 32件
施設・共用BL 18件
理研・専用BL 22件
PU・長期利用課題 26件
JASRI高度化 15件

 

Session IX 放射光が先導するグリーンイノベーションI

座長:尾嶋 正治(東京大学 教授)

13:50-14:20 Perspective of Advanced Experimental Techniques at Taiwan Photon Source
Yu-Shan Huang(Division Head, Experimental Facility Division, NSRRC)
14:20-14:50 How a pathogenic bacterium obtains iron from its host – the role of synchrotron radiation in the structure elucidation
Mitchell Guss(University of Sydney)
14:50-15:10 休憩

 

Session X 放射光が先導するグリーンイノベーションII

座長:岡島 敏浩(佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター 主任研究員)

15:10-15:35 アルミニウムを主原料とする新しい水素貯蔵合金の合成
齋藤 寛之(日本原子力研究開発機構 主任研究員)
15:35-16:00 酸化物高温強磁性半導体に潜む特異な原子配列の3D原子像化
林 好一(名古屋工業大学 教授)
16:00-16:25 高い磁気転移温度を持つハーフメタル新材料の合成:カチオン秩序による磁気構造制御
島川 祐一(京都大学 教授)

 

Session XI クロージングセッション

座長:高原 淳(SPRUC会長、SPring-8シンポジウム2015組織委員長、九州大学 教授)

16:25 閉会の挨拶
若山 正人(九州大学 理事・副学長)

 

 

 

西堀 麻衣子 NISHIBORI Maiko
九州大学大学院 総合理工学研究院
〒816-8580 福岡県春日市春日公園6-1
TEL : 092-583-7130
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Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794